【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
そもそもの話として、裏路地で
子どもが四人並べるかどうかの狭い路地に、角材やら金属棒やらがあり、道の中央は排水用の溝がある。そんな所で袋だたきにしようとしても、そもそも背後に回り込めまい。
「うらああっ!」
飛びかかってくる相手はさっきの自称ボス。殴ろうとすることに意識がいきすぎて、足下がお留守になる。目測も甘いし、そんな状況でまともに本命右フックを放ったところで当たるはずもない。半歩退いて間合いを外す。せめて胴や腕を狙っていれば、外しても引っかかる可能性があったが、大ぶりに頭を狙ってはそれもかなわない。スカった結果としてバランスを崩す。後は前に踏み込んできた足を軽く小突いてやればすっころぶ。
「ぎゃっ!?」
「おいおい。口だけか」
何人かがそのまま殴りにやってきたようだが、かわいそうに。自称ボスがコケたせいで前に出られない。その子を飛び越えられたのが二人。残りはボスに引っかかったりいろいろと大変だ。距離が近いからそうなる。その間に僕は棒材やらなにやらが突っ込まれた箱をひっくり返す。短めの角材やら金属棒などが散らばる。不格好な足止めだが時間稼ぎにはちょうど良い。
なんとか角材などを飛び越えてきた子達が殴りかかってくる。だが、目算が合っていないのか、僕には当たらない。
年齢のせいだと信じたいが、僕はかなり小柄だ。極端に大柄であったり、極端に小柄であることは、接近戦では有利に機能する。急所の高さが普通の相手と比べてズレるからだ。僕は比較的有利な方。より急所を低くする方向、すなわち膝を曲げて相手との距離を近づけることで攻撃を回避できるからだ。
「ちっ、すばしっこ……!?」
「遅い」
相手はアッパーを警戒したのか、僕から距離を取るように重心を後方へずらす。置いてきぼりになった膝を蹴りつける。体重も乗ってないから蹴ったところで痛いだけだろう。怪我をさせたいわけではないのでそのまま痛がらせておく。
(不用意に殴れないのはまぁ、不便かもね)
義腕で殴りつけると重たい怪我をさせそうで怖い。常識的な範囲でリミッターは掛けているものの、それ以前の問題として義肢の表面は金属製だから生身の腕より硬いのだ。掴むにしても結構おっかなびっくりになる。おっかなびっくりになるくらいなら、蹴りをメインにした方が楽だった。
「ミネット」
「はい。アオ様」
しっかり路地の奥まで引き込んだところで、入り口側にミネットが降りてくる。ミネットは長いこと壁に張り付いていたせいか、手を握ったり開いたりしている。悪いことをしたかもしれないが、隠れる方向はミネットの判断だったので、両成敗ということにしておいてほしい。
それにしても、この子達は本当に上を見なかったようだ。尾行対象が一人減っていることにも気がつかないとは、いろいろと大問題だな。あんまり聡い相手じゃない。もっとも、『尾行相手に挟み撃ちにされる』という状況は初めてだろうから、対応できないのも無理ないか。
「ミネット、逃げ出す奴は逃がしていい。攻撃してくるなら、適当に遊んであげて」
「わかりました」
「……舐めるな……ぁ?」
ミネットに殴りかかった相手が宙を舞っている。相手の加速度をつかって斜め上へ投げ飛ばしたのだ。二人ほど宙を舞ったところでミネットへの攻撃が止まる。
ミネットはやっぱり強い。これはメイドさんから事務員さんコースより、リコッタの護衛役とか、用心棒とか、そういう方が彼女の特性には合っているのかもしれない。勉強の仕方が身についてきたところだからちょっともったいないけれど、今度ポーレットさんに相談してみよう。
「……わたしに勝てないのに、アオさまと戦うのは、無理だよ?」
「それは買いかぶりだよ」
肩をすくめて答える。結果的に僕の方の攻撃も止まった。基本的に打ち身以上の怪我はないはずなので、戦力としては減ってない。それでも『こいつらと戦いたくない』という気持ちにはなってくれているはずだ。
「くっそ。なんだお前ら!? なんでこんな貴族のお坊ちゃんがこんなに強いんだよ!」
相手は拾った角材や金属棒を拾って僕の方にじわじわとやってくる。なぜか昔みたアニメ映画のワンシーンを思い出した。その映画だと一対一の戦闘だったけど、確かに戦闘テクニックとしては有用だろう。
「それじゃあそうだね……ひとつ賭けようか?」
そう言いつつ、ポケットから取り出したコインをかざしてみせる。
「表が出たら正直に話す」
指で真上にはじき出し――――――落ちきる前に、相手の懐に飛び込む。
「てめっ……!」
視線がコインに行くからそうなる。僕の初動を見逃した。
金属棒は言うまでもなく、木製の角材もかなりの重量がある。それを力だけで振るったところで、武器に振り回されるだけだ。実際僕もあんな重たそうな木の棒を振り回す自信はない。そんなものを振り回しても初動が遅くなるし、重量を活かして攻撃力を増せる範囲を飛び越えて懐に飛び込んでしまえば、脅威でもなんでもない。
だから、飛び込む。狙いは金属棒を持った先頭の子。適度に体格がよく、懐に飛び込んでしまえばその体を周囲のギャングたちの盾にできる。
「くそっ!」
相手は手にした金属棒を振りかぶる。剣道でいう担ぎ胴のように叩き付けてくる。悪くない判断だが、それより僕が懐に飛び込む方が早い。
僕の肩口にぶつかったのは、金属の棒ではなく相手の手首。僕の義肢に手首の骨を強打する形になった相手はたまらず棒を落とす。相手の骨が折れてないことを願いつつ、僕は相手にタックルし、はじき返す。
カランと跳ねた金属棒を拾い上げ、まだ立っている相手に笑いかける。
「慣れない武器は使わない……喧嘩の鉄則だ。習わなかったのか? それとも、喧嘩なんてしたことないのに喧嘩を売ったのか?」
そう言いながら拾った金属棒を見る。鉄の丸棒で、長さは五十センチ程。細いからぶつけると曲がりそうなわりに、相当重たい。やっぱり僕には合わない武器だな。
でも、脅しには十分か。
「武器っていうのはね。
そう言って右手一本で棒を持つ。左手をかざす。
「
展開したのは、火属性の魔導。鉄の周りの空気だけを三〇〇度付近に押し上げる。鉄の表面が急速に酸化し、色を変える。温度で色が変わるのだが、何色にしよう。とりあえず綺麗に見える青でいいか。
左手の直下が赤く輝き、金属の棒が鮮やかな青色に変色する。本当は周囲を断熱するのだがわざとゆるめに。熱風で服の裾が持ち上がる。結構熱いが、派手でインパクトがある。
「ま、魔導師……!」
「僕の得意分野はこっちなんだ。……じゃあ、続きといこうか」
丸棒の先まで青く変色させて、竹刀を持つように両手で構える。魔導術で戦うと思われてもいいし、剣術で戦うと思われてもいい。ともかくこれまで
「ひ、ひぃいいいいいいいい!」
ようやく走って逃げていくギャングたち。ミネットもその子達を素通りさせて、賑やかだった路地がようやく静かになる。残っているのは僕とミネット、そしてバゲット泥棒二人組。
「……鉄は熱伝導率がいいね」
「アオさま、火傷してませんか?」
「してないしてない。魔導術万歳だよ。肘あたりで熱が止まるように熱を奪って冷やしてたんだけど、熱の奪いすぎで肩が冷たい。しもやけにはなってないと思うけど」
まだ高温だろう金属棒を地面に落とす。この棒材の持ち主がいれば破損した分の補填もできるが、これは誰のなんだろう。まあ、後で考えよう。
「……なんつーバケモンだ」
「失礼な」
バゲット泥棒の体格の良い方のあんまりな感想にはさすがに文句をつけたい。
「で、ブラックカランズに喧嘩を売って俺たちを巻き込んだのはどういう了見だ?」
「ちょっとイヴァン……!」
眼鏡の方が、体格の良い方を止める。体格が良い方はイヴァンという名前らしい。
「リコッタ様の慈悲をむげにされるのは癪だから首を突っ込んだんだけど、余計なお世話だったかな?」
「余計なお世話だ。俺たちみたいな下っ端がブラックカランズに喧嘩を売って勝てる訳がない。それとも、お前がボスとして養ってくれるのか?」
「イヴァン!」
「坊ちゃん。舐められたら骨の髄までしゃぶられるんです」
「そうじゃなくて! この方男爵! 不敬罪でこっちの首が飛ぶの!!」
その言い草に吹き出してしまう。なるほど、そういう認識になるのか。いや、確かになるか。僕が逆の立場だったら気にするし、なってもおかしくない。
「……男爵?」
「一応ね。見分けたのは僕のボタンかな?」
こくりと頷く眼鏡の子。
「……お印のヘルメットはバーヘルメットで右向き。子爵を示す意匠なのに、面が閉じているのは男爵や騎士に許されたものです。それは儀礼称号のあかし……あなたは、子爵になることが約束された男爵様、です」
蹴られたりいろいろして歪んだフレームもむりやり耳に引っかけている眼鏡の子がそう言う。
「ポーレット家が長男、エルジック男爵のアオ・ポーレットだ。君は?」
「コリン・フォルマル、です」
「コリンか。……ん、フォルマル?」
フォルマル……どこかで聞いた覚えがある。どこで……。
「あ、フォルマル商会か! バリナード公爵家の車列に
そう言うと、イヴァンの顔色が変わった。僕より先にミネットが反応し、彼の脚を払った。
「ぐっ……!」
「待ってミネット。彼らにも事情があるんだろう」
「しかし、アオさまに何かあってからでは……」
「大丈夫だから」
そう言ってミネットには離れてもらい、イヴァンの前にしゃがみ込む。多分この子は戦い慣れている。しゃがんだ姿勢から攻撃を出しにくいことに気づける位には経験を積んでいるはずだ。僕の意図を汲んでくれることに賭ける。
「……お前、本家の人間か? 坊ちゃんを追いかけて殺しに来たか?」
「そもそも何の話だ? コリン君が何かをしたのかい?」
「イヴァン、大丈夫だから」
コリンがそう言ってイヴァンの肩に手を置く。
「ですが坊ちゃん」
「大丈夫。彼が殺す気なら、僕も君もとっくに死んでる。……少なくとも、殺す理由がないか、生かす理由がある」
「その二択なら『殺す理由がない』という方が正しいかな。リコッタ様がこのあたりで浮浪者が絡むトラブルに巻き込まれ掛けたというのを政治利用されるのは面倒だったから、先手を打ちたかった。それだけだよ。情報収集のための協力者も欲しいところだったしね」
そう肩をすくめる。
「……それで、コリンはフォルマル商会の人間なのかい?」
「僕の父、デニス・フォルマルは商会の会長でした。……四ヶ月前のバリナード公爵家車列襲撃事件で情報漏洩があったとして取り潰しとなりましたが……もう、過去のことです」
四ヶ月前の襲撃……まあ、アレのことだろう。僕が巻き込まれて腕を失ったあの事件のことだ。
「それで身寄りをなくして、イヴァン君と一緒にスラム街に?」
「まあ、そんなところです」
いろいろ話せない事情があるようだが、聞き出しても仕方が無い。
それにしても、フォルマル商会の会長の息子……少なくとも四ヶ月前までは公爵家の覚えもめでたかったはずだし、他の公爵領で人を集められるだけの基盤を抱えていた商会の経営者一族となれば、眼鏡を手配できたのも納得だ。
正直、ほしい人材ではある。人材斡旋業のノウハウを持つ人とのコネクションとしてもいいし、かなりの知識量があるはずだ。
一方で、情報漏洩による襲撃のきっかけになったのなら、バリナード公爵家にとっては抱え込むことはリスクだ。
「行くところはどこかあるのか。『余計なお世話』の埋め合わせといってはなんだが、屋根のある場所はある程度提供できるけど」
「……すいませんエルジック卿。僕にはやることがあるので」
「わかった。イヴァン君は聞くまでもないかな?」
「お坊ちゃんを置いていけるわけないだろう」
多分イヴァンはコリンの幼なじみだろう。乳母の息子とか、そんなところだろうか。
「じゃあ、迷惑ついでにブラックカランズのボスのところに案内してくれ。下っ端と言っていたけど、ねぐらの場所ぐらい知ってるでしょ?」
「え? 本気だったのか?」
イヴァンに驚かれる。
「言ったでしょ? 安全を確保しに来たって」
さて、もう一踏ん張り、頑張らないといけない。
本来はこの話、前回とあわせて一話の予定でした。いや無理だろ。
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次回 裏路地の王