【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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魔法の鍵をつくる

 その彼は、僕とミネットを紫色の瞳で胡散臭げに見てきた。

 

「……お前か? ボリス達をボコしたってのは」

「そのようで。……アオと申します。ミスター・ブラックカランズ」

 

 通されたのは倉庫の一室。この部屋が誰の持ち物かはわからなかったが、そこで待っていたのは長い銀髪を後ろでまとめた、かなり大人びた少年だった。彼の本名はコリン達も知らず『ミスター・ブラックカランズ』を自称しているという。

 この倉庫はおそらく動物性の油脂をつかった蝋燭で灯をとっている。火を使えるということは、危ないものは使っていないということか。膠のような匂いが鼻をつく一方で大麻のにおいはしなかった。てっきり薬物の保管庫だと思ったのだが、違うようだ。

 

(まあ、アヘンとかの可能性は捨てきれないんだけど)

 

 そう思いつつ周囲を見回す。コリンがミスター・ブラックカランズをまっすぐ見据えているのが気になったぐらいで、特に変わった様子はない。……いや、ミスター・ブラックカランズ自身が奇妙と言えば奇妙か。

 

 ミスター・ブラックカランズは服装からしてまともだ。質の良いシャツはしっかり洗濯されているだけじゃない。おそらく糊まで効いている。路地裏でそれだけの格好を維持することは難しい。おそらくは誰かに献上させたか、そもそも路上暮らしではないか。

 

 言葉遣いは荒々しいが、発音は綺麗だ。矯正された僕だからわかる。きちんと教育を受けている。発音の良さのわりに、フレーズの選び方が極端だ。縁もゆかりも無い地方の方言を無理矢理再現したような滑稽さがある。

 

 ミスター・ブラックカランズはたぶん別の身分を、公に通じる身分を確保している。僕にはそう見えた。

 

「よく此処に顔を出せたな。仲間をボコボコにしておいて見逃すと思ったのか?」

「どうでしょう? 商人には契約があり、貴族には名誉があるように、浮浪者にもその動きを定めるルールは存在します。僕は安全が確保できればそれでいい。そのための予防的措置と捉えてはいただけませんか?」

「フン、口もよく回る」

「伊達に貴族に仕えてないので」

 

 そう言って肩をすくめて見せる。どこまでミスター・ブラックカランズが情報を握っているかわからないが、昼の騒動について知っていればここで言葉が止まるはず。この『貴族』いうのがバリナード公爵家だと思ってくれればいい。

 

「冗談はよせ。そんなお坊ちゃまがこんな路地裏に出てきて無事なわけあるか」

 

 ……おや、情報上がってないのか。

 

「さあ? 実際に僕は無事にここまで来られてますよ。まぐれだというなら、さっきのボリス君に聞いてみればいいじゃないですか。僕は商談がしたくて来ただけであって、ブラックカランズを脅かしに来たわけではありません。喧嘩は嫌いです」

「商談……?」

 

 ミスター・ブラックカランズは目を細める。

 

「そうです。要求は二つ。一つ目は『ブラックカランズ』の人員に僕に手を出さないように周知してほしい」

「仲間がボコられてんだ。素直に『はいそうですか』といくかよ。うろちょろするのは止めないが、ボコられてクレームをつけられても困る」

 

 ミスター・ブラックカランズは話のわかる相手だ。上手い着地点だと思う。実質的に僕の活動を認めつつも、僕が邪魔になれば排除する手段を確保した。手を出されて僕が強硬策で追い返しても『でも通告はしましたよ?』という大義名分にはできる。僕も不満はない。

 

「では、お互いに文句は言いっこなしということで。何か大きいことが起きそうなら事前通告ぐらいはしますよ」

「……それで、二つ目は」

 

 向こうが切り出してきたということは、こっちが本命だとわかっているということだ。話のわかる相手はラクだ。トントン拍子で話が進む。

 

「このあたりのパンや鉄の価格ややりとりについての情報の継続調査を依頼します。こちらはタダとは言いません。それに見合った報酬をお支払いします」

「……それ、本当に俺たちでやれって言ってんのか? 真面目に言えよ」

「真面目も真面目、大真面目ですよ」

「他を当たれ」

「本当に他をあたっていいんですか? パン屋や商人ギルドとのコネクションを得られるかもしれないのに?」

「知るか。そもそもだ。お前が踊る分にはいいが、こっちに踊らせるにはそれ相応の礼儀ってもんがある」

「なるほど。確かにそれは道理です。どうやれば信頼してもらえますかね」

 

 ここからは腹の探りあい。僕はニコニコと笑いながら答えを待つ。このあたりの所作はリコッタに倣った。あの子の読み合いのセンスは僕以上だ。僕の方は付け焼き刃だが、少しはマシになってると信じたい。

 

「そうだなぁ……。どんな家でも入れる鍵を持ってこい。そしたら考えてやる」

「なるほど、承知しました」

「は?」

 

 ミスター・ブラックカランズは呆けたような顔をした。紫色の瞳がさらに胡乱な色に染まる。

 

「いまなんて言った?」

「ですから()()()()()()と。ひと月ほどお時間をいただければご用意できます」

「……正気か? どこでもだぞ? そんな鍵があるもんか」

 

 鍵というのが比喩表現であることくらい僕もわかっている。向こうは『お断り』としてその条件を出したのだろうが、こっちにはおおよその策がある。たまたまだが考えていたような条件に近い内容を提示してくれて良かった。

 

 そして向こうの要求に応じてこちらが対応した以上、向こうもこちらの要求を飲まざるを得なくなる。筋を通したのはこちらだ。お前も筋を通せと言い張ることができる。

 

「合法的に、かつ、疑われずにさまざまな家や事務所に入れるようにすればよいのでしょう? できますよ」

 

 まあ、調整こそ必要だが難しいことではないだろう。都市部の課題はある程度共通しているし、その課題の一つがここでも解決されていないことがわかった。あとはそれをどう金に換え、公共の福祉にかなう形にするかだが、バリナード公爵領なら、たぶん何とかなる。

 

「ただし、鍵を使って悪いことはできません。粗相があればすぐにその鍵は取り上げられるでしょう。……特に素行のいいヤツじゃないとだめですよ? できればクスリとかにもやられていないクリーンな奴がいい」

 

 向こうはこれがハッタリかどうか、判断に迷っているようだ。まあ、無理もない。向こうは十三歳そこらで、こっちの世界でいう成人直前の年齢だ。その半分ぐらいの経験しかない六歳児からそんなことを言われても信じられないのは当たり前。

 

 だからこそ、ここでちゃんと渡りをつけて、僕を利用するように仕向ける必要がある。これは互いに取って得だと思わせる必要がある。

 

「……何をする気だ?」

「そこはまだ内緒ということで。ひと月後にはわかりますよ。……ここに来れば連絡がとれますか?」

「誰かは詰めているが、俺に会いたいなら星の日にしろ」

 

 前世で言う日曜日だ。やはりミスター・ブラックカランズはこのほかに生業をもっている。

 

「わかりました。では四週後の星の日に」

「……スカしたガキだ」

「ガキはお互い様です。あと、そっちのイヴァンとコリンは大切にしたほうがいい。コリンは字が読めるし、イヴァンの度胸はなかなかだ。では、ごきげんよう」

 

 そう言って背を向ける。

 

「ミネット、帰ろう。今日のところの目的は達成した」

「はい、アオ様」

 

 ミネットもミスター・ブラックカランズに一礼してついてくる。外に出るともう陽が落ちていた。気温も下がってきているから、早めに帰ろう。

 とりあえずやるべき方針が見えた。明日あたりリコッタに頼んでどこかで公爵閣下に相談を……。

 

「待ってください!」

 

 後ろから声を掛けられる。振り返るとコリンがいた。イヴァンも遅れて付いてくる。

 

「……何をする気ですか」

「何をって?」

「ブラックカランズはギャング団です。少なくともあなたはそれに関わらなくても生きていける人だ。なんでそう好んで関わるんです?」

 

 コリンに問われ、笑いかける。

 

「僕は元々こちら側の人間だったから路地裏の怖さも、求められる役目も知っている。ここは一度入るとなかなか抜けられない底なし沼だ。不都合だからといって、誰もケアしないんじゃ、使い潰されて終わるだけ。そんなの間違ってる」

 

 コリンを真っ直ぐ見据える。

 

「なんとかしたいと思っても、僕にこんな大きな街の人間が満足に暮らせる程のお金があるわけじゃない。だから仕組みを整え、スラム街の人間でも真っ当に働き、給金を手にできるようにする。……そのために、ちょっと利用させてもらう」

「利用……」

「コリン、君だってそうだろう? 何かのメリットがあって入り込んだ」

 

 フォルマル商会は複数の公爵領に活動基盤があったはずだ。そんな商会の経営者の息子なんて、養子で欲しいという商人はたくさんいるだろう。人脈を駆使して、そちらに紛れ込むことだってできたはずだ。でもコリンはそうしていない。スラム街、それもバリナード公爵家の目が光るこの城下町に残っている。

 

「僕は君たちを利用する。だからコリン、君も僕を利用しろ。……セントパトリック通りに『迷い猫』という名前の宿屋がある。そこの店主に『アオに話がある』と伝えれば取り次いでくれる。僕は寮に入るからいないことも多いけど、ミネットがよく出入りするから、彼女経由でもいい。何かあったら頼ってくれ」

「……そこまで坊ちゃんと俺に目を掛ける理由はなんだよ」

 

 イヴァンが鋭く聞いてくる。

 

「うーん。なんだかんだいって、恩義があるから、かな」

「あ?」

「まあ、いつか話すよ。君たちとは長い付き合いになりそうだしね」

 

 それだけ言って歩き出す。もう二人は追いかけてこなかった。日も落ちたので、細い路地は歩かない。ちょっと遠回りだが広い路地を使って歩いていると、思わぬ人と鉢合わせた。

 

「……ヴィクトリア姉様に言われてきてみたら、なーんでいきなりギャングのところに突撃してるっすか、このお坊っちゃんは。昨日こっちに来たばっかりじゃないっすか」

 

 町娘風の格好をしたその人、若干褐色の肌は新大陸の出身の特徴らしい。ミネットも目の前の人が誰だか気がついたらしく、驚いたような声を上げた。

 

「ビオネッタさん? どうしてここに……!」

「ヴィクトリア姉様の命令っすよ、当然。アオ様に何かあったら姫様に泣かれますし、姫様に泣かれた結果ヴィクトリア姉様のお叱りがヒートアップするのはこっちが勘弁っす」

 

 やはりこの声、パン泥棒の時に『公女様万歳!』のコールを扇動してくれた声だ。というより、ヴィクトリアさん、裏で過激なことしてるのか? まあ……警護対象に好意を持つことそのものは悪くないけれど、行き過ぎてないことを祈るばかりだ。

 

 しゃがんで視線を合わせてくるビオネッタさん。

 

「アオ様、姫様も悲しむのであんまり無茶はせんでください。万が一にも何かがあったら、連座で折檻受けるのは私たちメイド隊っす」

「……そうですね。以降気をつけます」

「……もうやらないとは言ってくれないんすね?」

「まあ……はい」

 

 正直にそういうと、曖昧な笑みを浮かべられた。

 

「しゃーないので、今度からアオ様が動くときは一声欲しいっす。ヴィクトリア姉様に言えば、誰か隊の腕利きがこっそりとお守りするように手配しますんで」

 

 こっそりとを明言していいのか? まぁ、ありがたいけど。

 

「わかりました。でも、ビオネッタさんはどうしてここがわかったんですか? 行先は教えてなかったはずですが」

「アオ様が持ってる封魔結晶の反応っすよ。姫様と同じ魔力なんでそれを追っかければ一発っす」

 

 ……さてはバリナード公爵閣下、僕やハリエットに封魔結晶を渡したのはこっちの動向をトレースするつもりだったな。悪い人ではないだろうし、権力者としては結構まともだが、友人には絶対したくないお方だ。

 

 たぶん、同族嫌悪だけど。

 

 それよりも、気になった情報がある。

 

「……リアルタイムで魔力をもとに個人を同定できるんですね。ふむ」

 

 確かに魔力には若干の色がある。リコッタは髪と同じ色の桃色だ。相当に圧縮しないと目視はできないが、見えることは見える。そして、ハリエットはより赤い色だったし、ポーレットさんはエメラルドみたいな緑色だった。その色には個人差があるのは僕も気がついていた。

 

 だが、それがリアルタイムで遠方から個人の位置を特定できるとは知らなかった。なるほど、リコッタのメイド隊に腕利きを固め打ちしてるわけだ。リコッタの居場所は隠匿できない。魔力を読める相手から逃げ切ることは不可能ということであり、待ち伏せ仕放題ということだ。

 

 おそらくこれがリコッタが襲われ僕が腕を失ったあの襲撃事件のカラクリだろう。公爵家は当然対策を打つ。リコッタの魔力飽和体質をハリエットが見抜き封魔結晶への魔力放出により、リコッタの魔力のコピーを作成できるようになった。これを利用する気だ。

 

 同じ封魔結晶はハリエットにもわたっている。彼女の役目は魔術的な撹乱あたりだろう。封魔結晶の反応で追えるのであれば、リコッタの魔力を込めた封魔結晶の数だけ、リコッタの反応が増える事になる。それだけリスクを減らせるということだ。

 

 そのためにはリコッタ製の封魔結晶を安全にキャリーできる疑似餌役が必要だ。確かにハリエットは適任だろう。単身で強いし、女性だ。だが、それ以上の補充は厳しかろう。

 

 なにせ超えるべき前提条件が多すぎる。リコッタ様とある程度密なコミュニケーションがとれて、公爵家の都合で抑え込んでも文句が出にくい出自で、荒事に慣れてるほうが望ましい。そんな人物の調達は厳しいだろう。そんな人物が都合よく転がっているわけが……。

 

 いる。ひとりいる。

 

 封魔結晶により魔導術の底上げができ、子爵家とのコネクションでそばにいても疑われず、同年代でリコッタとのコミュニケーションに問題はない……個人的にリコッタのスキンシップは大問題だと思うが、バーバルコミュニケーションについては支障ない。

 

(そりゃあ、同じ学園に突っ込もうとするわけだ……!)

 

 リコッタの許婚候補として、また、子どもがいなかったはずのポーレット家の嫡男として僕がいきなりポップアップしたことで、さまざまな人間が調べに来るはずだ。それを監視できれば、公爵家に敵対的な諜報網を掴める可能性もある。これほど使いやすい撒き餌はなかろう。

 

 このタイミングで封魔結晶が来たのはオーストレスという閉鎖空間からリコッタが出てきて不特定多数との接触が発生しやすくなるからか。

 

 万が一僕がヘマをしても、ポーレットさんさえ黙らせてしまえば、抑え込むのも容易い。遅滞戦闘の捨て駒として殿に置くもよし、魔力を生かしてマップ兵器として単独運用するもよしだ。

 

 整合性が取れてしまう。あぁくそ。洒落にならないぞ。でもここで逃げるわけにはいかない。もう僕はリコッタを切り捨てられない。ポーレットさんを一人にできない。ハリエットへの恩返しもできていない。もう逃げられない。逃げるには背負ったものが多すぎる。

 

 顔色が変わったのか、ビオネッタさんが慌てだす。

 

「やべ、何か余計なこと言っちゃったっすか……」

「貴重な情報ありがとうございました」

「あぁあぁ〜〜〜〜、姫様の封魔結晶置いてったら姫様泣いちゃいますからね!? だめっすからね!?」

 

 ビオネッタさんは一旦ヴィクトリアさんからのお叱りを受けたほうがいいと思う。たぶんこれ、僕が知っちゃいけない内容だ。僕が捕まって敵に情報提供し(ゲロっ)てしまったら全部水の泡。そのリスクを今僕が背負ってしまった。これは、僕が墓場まで持っていかなければいけない秘密だ。死ぬまで取り出されてはいけない秘密だ。

 

 ……もう面倒だ。

 

「ビオネッタさん、一つ協力してほしいことが」

「……なんすか?」

「今から用意する書類をリコ様に知られないようにヴィクトリアさんに渡してもらいたいんです。正確には公爵閣下に」

 

 ここまで来たら下手に策を弄するよりも、書類の束で殴りかかったほうが絶対に早い。搦手より正面突破のほうが公爵閣下の心証もよかろう。

 

「書類……すか?」

「広水連の時と同じぐらいの枚数になるんで覚悟してください。清書も頼みます」

「え゙。アリシア姉様やダリア姉様すら白目剥いてたんすけど、私っすか!?」

「はい。一緒に徹夜しましょう。大丈夫です。今から三人でやれば明日の昼には片付くと思いますよ」

「無理っす! 無理無理無理無理! 事務仕事は苦手なんっす!」

「じゃあ、今すぐお城に駆け込んでここでビオネッタさんが口走ったこと全部リコ様とヴィクトリアさんの前で暴露しますね。死なば諸共です。それでは」

「やるっ! やるっすから待つっすよ!?」

 

 結構愉快な人だな、ビオネッタさん。そんなことを思った。十八時間もあれば一通りドキュメントはまとまるだろう。

 

 ミネットの諦めたようなため息に、僕は苦笑いしかできなかった。




ということで、また官僚パートです。

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