【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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今回は別視点です。


ひとりでなんて歩ませない

「なんで三人で寝ることになるんですか」

「アオ様が無茶をするからです」

「だって、全然頼ってくれないんですもの」

 

 私がお返事をすると、ポーレットさんも応援してくれた。腕を外したアオ様は、真ん中で少し恥ずかしそう。月明りがきれいな夜だったので、そんな顔も見えてしまった。

 

「リコッタは怒っています」

「……それはわかります。ですが、あの路地裏にリコ様を連れて行くわけにはいかないのです」

 

 それをわかっているとは言わない。

 

「アオ様」

「はい」

「リコッタは、怒っています」

「はい」

 

 繰り返して言った私を、アオ様は戸惑ったように見る。月明かりで青い瞳がより深くなる。吸い込まれそうな瞳というのは、アオ様の目のことをいうのだ。そんなことを思った。

 

「私を連れて行ってくださらなかったからではありません」

「……はい?」

 

 はじめてアオ様に呆れたかもしれない。たぶん本当に私を置いていったからだと思っていたのだろう。そんなことが理由じゃないのはアオ様ならわかるはずなのに。

 

 それでもそれにフタをしてしまうのは、たぶんアオ様にとって譲れない一線の向こうに答えがあるからだ。その一線を明確に引かせてしまったのは、たぶん私のせい。もしかしたら、私の身分のせい。

 

 だとしたら、悲しい。

 

「アオ様にとって私はきっと、守るべき人なのでしょう」

「……そうですね。はい。そう思っています」

 

 アオ様が言いよどんだのは、きっと私を傷つけないような言葉を探したから。なのに結局『はい』と真っ直ぐに答えたのは、きっと傷つけないような言葉を使う方が、私が傷つくと思ったから。

 

 こんなにも思いやりに満ちている。それでもアオ様は私の気持ちに気がつかないフリをする。

 

「……アオ様はずるいです」

「リコ様。僕とリコ様では……」

「そう言って遠ざけないでくださいまし。リコッタはアオ様と一緒にいたいのです。それは、アオ様と一緒に進みたいのです」

「そうできるように、僕も頑張っているつもりですが……」

「それです!」

 

 ぐいと顔を近づけると、その分顔を後ろにひかれる。ポーレットさんがアオ様の頭を避けるようにちょっと下がった。

 

「私は、アオ様の隣で、アオ様と一緒に頑張りたいのです。それでもアオ様は一人で決めて、一人で結果を出してしまわれます」

「……それは」

 

 きっとアオ様は私のことを心配してくださっている。わかっている。わかっているのだ。

 

「私には見えないものがアオ様に見えているのでしょう。そして、それを私に見せられないとお考えになったのでしょう? だから、全部引き受けてしまえばいいと思われたのでしょう?」

「……僕には、わからないのです」

 

 絞り出すような声だった。

 

「僕はずっと、自分だけの世界で生きてきました。環境が許さなかったといえばそれまでです。ですが、僕を助けてくれたハリエットをかえりみることはしなかった。パンを恵んでくれた店主をかえりみることはしなかった。こっそり日当をおまけしてくれた倉庫の管理人をかえりみることはしなかった」

 

 できなかったのではなく、しなかったのだとアオ様は言う。

 

「そんなはずがありません。だってアオ様はこんなにも真っ直ぐに誰かと向き合えるではありませんか」

「それは他人で、僕にとって抽象だからです。具象じゃないからなんですよ、リコ様」

 

 そう、どこか寂しそうに笑うアオ様。

 

「僕はきっと、他人に興味なんてなかったんだと思います。そこにいる誰か一人一人を区別する必要なんて無かった。生き方を教えてくれた人というラベリングであって、ハリエット・イェイツという人間を見てこなかった。きっと僕は、そのロールに執着して、そして、それでしか人を見てこなかった」

 

 制服の採寸に街に出たあの日、アオ様が言っていた言葉を思い出した。

 

――――向けられた敬意は自らの能力によるものではないということを本当に意識しつづけなければ、自分が壊れてしまいそうです。

 

 あのとき私は、それはアオ様が私の勘違いを正すために使った言葉だと思った。でもそれはアオ様自身に向けた戒めだったのだ。

 

「そのくせ、そのロールには干渉したがる……全く以て度し難いですよ」

 

 寂しそうな笑みを貼り付けたまま、アオ様が続ける。

 

「僕は誰かに褒めてほしかったのかもしれません、誰かに認めてほしかったのかもしれません。だからホームレスなりに、できることはなんでもしてみました。でも、僕が欲してたのはきっと『救っている自分』であって、救った結果じゃなかったのでしょう。……リコ様とポーレットさんに会って、痛いほどわかりました」

 

 はじめて聞くアオ様の弱音。

 

「……だから、自分以外が大切になったのに、その気持ちをどこに落ち着けたらいいのか、わからないのです。たぶん。まだ頭の中がごちゃごちゃで、うまく言葉にできないんですが、たぶん」

 

 くすりと、笑ってしまった。ちょっとだけムッとしたような表情のアオ様。

 

「アオ様にも、わからないことがあるのですね」

「……僕を何だと思われてるのですか?」

 

 ほんとうにアオ様は不器用だ。

 

 アオ様は、理屈の世界で生きている。理屈じゃわからないことも、理屈でわかろうとしてしまう。

 

「真っ直ぐで、不器用で、かっこいい私の許婚です」

 

 ぎゅっと彼の胴に手を回す。

 

「リコ様……」

「私はアオ様が男爵だから愛しているのではありません。お強いから愛しているのではありません。アオ様だから、愛しているのです」

 

 理由なんて、考えても答えは出ない。そんなことだってあるのに。なぜか好きなことも、なぜかいやなこともたくさんあるのに。

 

「アオ様は、リコッタが公爵家の長女だから助けてくれたのですか?」

「それは違います」

「ならば、きっとそれと一緒なのです」

 

 アオ様の身体に顔を押し付ける。こうしていると、少しだけ、安心できる気がした。

 

「一緒がいいのです。アオ様が倒れそうな時に、隣にいられるようになりたいのです」

 

 安心したら、まぶたが急に重くなってきた。

 

「だから、私は……守られるだけしゃなくて……だから……」

 

 言葉が、止まってしまう。

 

 もう少しだけ、夜が長ければいいのに。

 

「……わかんないよ」

 

 アオ様の声が、そう、聞こえた気がした。

 

 

 

    †

 

 

 

「……わかんないよ」

 

 リコッタ様は眠ってしまったらしい。ポツリとつぶやくようなアオの声が落ちる。

 

「……ねえ、アオ」

 

 リコッタ様に毛布をしっかりかけてやり、ついでにアオを後ろから抱きしめる。

 

「なんですか」

「リコッタ様のこと、好きなんでしょう?」

「わかりません。でも、きっと大切なんだと思います」

「リコッタ様がアオのことを好きなのも気がついているんでしょう」

「……たぶん」

 

 煮え切らない反応だった。アオの背中は温かい。それをしっかり抱きしめる。

 

「リコッタ様のこと、ちゃんと見てあげて。リコッタ様にとっても、アオは大切な人なのよ」

 

 アオの顔を見ることはかなわない。それでも、戸惑っている気配だけが伝わってくる。

 

「それでも、僕の道行きにリコッタを連れていくことはできないんですよ」

「それはなぜ?」

「僕は誰かを傷つけることでしか、誰かを守れないからです。そういう生き方を選んだからです。……その先にあるのは地獄だと知ってなお、それを選ぶと決めたんです」

 

 アオは、武人としての生き方を選んだ。それは今日の昼下がり、トマス閣下との面会のタイミングで彼自身が宣言した。きっとそれは、トマス閣下の思惑でもあり、彼自身の意志でもあった。

 

「今日が歴史に変わったとき、僕の選択が誤りだったと誰かが誹ってくれればいい。あれが蛮勇だったと嗤ってくれればいい。……リコッタ様が戦争を乗り切って、平和に生きていくには、この世界を救う以外に手はないんですよ」

 

 世界の一つも救えないで、女の子一人笑わせることなんてできません。

 

 そんなことを口にして、アオはおどけたように笑う。

 

「戦争は外交の形の一つだというのなら、帝国に対して公爵領は既に外交上の敗北を喫しています。そして、負け続けている。経済規模、人口、インフラストラクチャ。公爵領が『士気』や『練度』で維持をしている防衛戦を些末な問題にしてしまうほどの物量差があります。……帝国と、王国の中の公爵領じゃ、当たり前の話です」

 

 どれだけ優秀な魔導師でも、軍隊に囲まれては遅かれ早かれ墜とされるだろう。その場での勝利はともかく、戦況そのものは物量が決定する。

 

 アオは、戦争を見ている。そして戦争の向こうにいるリコッタの背を、大きくなった彼女の背を見ている。……ここからアオの瞳は見えないが、残酷なまでに冷静な色をしているに違いない。月が雲に隠れ、光量が落ちる。

 

「……愚直に正面から戦争をしたところで、僕や公爵閣下の先に待つのは敗軍の将としての扱いでしょう。命令書にサインするのが、帝王なのか国王陛下なのかはわかりません。それでも確実に公爵家は消え去る」

 

 アオは思考の奥底に沈んでいく。どこまで見通せるのだろう。そうして見えてしまった不幸せをなんとかしようと、アオはひとりでボロボロになっていく。

 

「それを避ける手段で、僕が思いつく手段は一つだけ。少しでも帝国とのギャップを埋めて、その実力の均衡をもって戦争を抑止し、緩衝地帯を維持する」

 

 首を振ってこちらを見るアオ。ミステリアスに瞳が暗く沈む。

 

「いつか母さんの思うような世界が普通になったら、きっと僕の馬鹿げた戦略が税金の無駄だと気がついてくれる。そうしたらお役御免ですね」

「アオ……」

「そんな未来が来ればいい。その時に僕は稀代の英雄になっているかもしれない。……そして部隊を率いて戦争をする以上、ほぼ確実に戦争犯罪は発生する。どんなに規律を維持しても、略奪や暴力は、程度の差はあれ発生する」

 

 戦争犯罪。

 軍隊が物資を現地の意思によらず調達するのは『暗黙の了解』だ。その調達は、奴隷の確保も含まれている。私の配下の子爵軍では、禁じるように厳命してあるが、それでも発生し、そのたびに処断をしている。そのせいもあって、志願兵は他の領地より少ないのが現状だ。いつかは変えるべき、今の当たり前なのだ。

 

「僕はそれを許す気はない。それは裁かれなければならない。例外は認められない。……それが僕自身を断頭台に送るとしても、必ず」

「……アオは、リコッタ様を付き合わせたくないのね」

「はい。僕が望んで飛び込む戦場です。……僕はいつか人を殺す。ペンで、剣で、魔法で、誰かを殺す。平和になって僕を誰かが弾劾してくれるその日まで、僕は英雄の仮面をかぶる。リコ様がその時に、一緒に殺されることは、あってはならないんです」

 

 英雄になれるかも、僕が生きてる間にそんな世界ができるかもわからないんですけどねと笑うアオ。公爵閣下はアオに英雄として動くことを求めるだろう。そしてアオはきっと十二分に応えるだろう。……そして、いつか、世界を変えるつもりでいる。変えるために使った暴力を自身と共に葬り去ってでも、変えるつもりでいる。

 

 それが、リコッタ・バリナードという少女を救うと信じて。

 

「世界の一つも救えないで、女の子一人笑わせることなんてできない……か」

「はい」

 

 公爵閣下を前に、戦争への参画の下準備を始めたことを知らせたアオ。あれはきっと、アオなりの宣戦布告だったのだ。

 

 たった一人を救うために、アオは、この世界に戦争を仕掛けた。

 

「……僕がそうなってしまったら、母さんは難しい立ち位置に置かれます。可能な限り僕の身一つに収まるようにはしたいですが、まず無理でしょう。……その時は、僕を恨んでください」

「母より先に死ぬことは許しませんからね」

「その時は地獄でしっかり叱ってください」

 

 そんなこと、させるもんですか。

 

 そう思いつつも、抱きしめる。ちゃんと愛されているということが伝わるように、強く。

 

「そうね。本当にそうなってしまったら、目一杯叱ってあげますから」

 

 明日は入学式だ。私がアオを止めなきゃいけない時までは、きっとまだ時間があるはずだ。




ようやく入学……! セットアップまでが長い……!

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