【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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登場人物がやたらと多いです()


学園生活のはじまり

「少し早いが、これにて初日の講義を終わる。各寮長が迎えに来るので、それまでこの教室で待機すること。先の休憩でわかっているとは思うが、手洗いは男子が出て左、女子が出て右だ。号令担当は明日から日直にやってもらうからな。では、起立……礼!」

「ありがとうございました!」

 

 頭を下げる礼をして、教官が退出。まだ夕方には早い時間だが、今日はこれで終わりとのこと。教室は大学の階段教室を彷彿とさせる大講堂で、これがいくつもあるのだからすごい。さすがは王国唯一の王立学院の分院といったところか。

 

「ふひゅう……緊張しましたぁ……」

「そうですね、お疲れさまでした」

「アオ様はあんまり疲れているようには見えませんが」

「……まあ、勉強はここ最近多くて慣れましたから」

 

 隣で背もたれに体を預けたのはリコッタである。長椅子状の座席に適度に距離を置いて座っているのだが、じわじわリコッタの方から距離を詰めてくる。一度大きく距離を取ろうとしたら『えいっ』と近づかれたので、僕に逃げ場はない。

 

 何の因果か、成績順でも名前順でも背の順でも、どうあがいても隣になるはずのないリコッタが僕の隣の席に指定(アサイン)されていた。なんらかの圧力があったのかもしれないが、確かめる術は僕にない。もっとも、寮が男女別というところであそこまでごねたリコッタ様だから『男女合同の授業ぐらいは隣に』となったのかもしれない。……いや、いいけどさ。いいんだけどさ。

 

(主に男子勢からの視線が……僕に突き刺さる……!)

 

 そりゃあそうだ。リコッタはこの公爵領の首長たる公爵の長女なのだ。コネクション確保を見込んで保護者から『彼女と仲良くしておくように』と言い含められた生徒も多いだろう。

 それを抜きにしても、リコッタは可愛い部類だと思う。明るいピンクブロンドという目立つ色合いの長い髪に整った顔立ち。天真爛漫な振る舞いと、よく通るソプラノ。高飛車になることなく、コツコツと頑張れる性格に、対等に話そうと努力する性根の優しさ。……正直、モテる要素しかない。魔力飽和体質の弊害で身長が低く、背の順だと最前列になるというのもあるが、どこかマスコットっぽくて男女問わず『守ってあげたい』という感情を抱くだろう。

 

 そんな彼女が、明らかに僕にだけ距離が近い。そりゃあ目立つ。ものすごく目立つ。

 

 それにくわえて、僕が主席であることは今僕の右肩に掛かっている青い編み紐……主席飾緒で丸わかりなのだ。

 

「リコッタ様! リコッタ様は白百合寮でしたよね? ご一緒できてうれしいです!」

「はい。えっと、そうですね。白百合寮です」

「あのっ! リコッタ様! リコッタ様は魔導術がお得意って本当ですかっ?」

「えっと、あの……ほんのちょっとだけですよ?」

 

 リコッタが早速、女子のクラスメートに囲まれている。ちらちらとリコッタが僕を見てくるが、片付けて撤退準備。ガールズトークに挟まっても僕の精神がすり切れるだけだ。

 

 荷物をまとめに入ったら、後ろからつんとつつかれた。振り返ると黒い髪をした男の子だった。多分新大陸出身の子だ。ビオネッタさんと肌と髪色が似ている。机の上にちょっと飛び出した黒いコートを見る限り、王の寵児(キングス・スカラ)ではないようだ。……つくづくこの階級制度は残酷だ。

 

「なぁ。アオっていいましたか?」

「うん。君は?」

「マハマ。ジョン・ボドウェ・スクワント・マハマ」

「マハマって呼んでいいかい?」

「うん。ジョンよりうれしい」

 

 訛が強いから、おそらくネイティブスピーカーではない。複数の言語が混用され単純化したピジン言語というやつだろう。語形変化も単純化している。ジョンはおそらく本土の人間が呼びやすいようにつけられた通称名なんだろう。

 

「マハマ。よろしく。僕はアオ・ポーレットだ」

 

 こちらは文法は変えずに語彙をシンプルにして返す。正直このあたりはホームレス時代の言葉遣いに近くて肌に馴染む。とてもやりやすい。

 

「ぽーりぇ……ぽー……?」

「アオでいい。僕はアオだ」

「アオ。……アオ。発音しやすくて助かるね」

 

 握手を交わす。僕は白手袋越しになる。マハマがどこか困ったように笑った。

 

「手、かたいね?」

「あー、そうだね。僕の手は特別なんだ」

 

 そう言って手袋を外してみせる。魔導義肢の金属光沢を見て驚いた様子のマハマ。

 

「かっこいいね」

「ありがとう。僕も気に入っているんだ。人と違うというのは、大変だけど誇らしいことだから」

 

 そう口にしつつ笑ってみせる。

 

「アオ、いい人だな」

「マハマこそ。マハマの寮はどこだい?」

「えーっと、アグマ……? アニャンガ……?」

「穴熊かな? 君が穴熊寮なら僕もそうだ」

「良かった。迷惑掛けたら、ゴメン」

「迷惑?」

「新大陸だから、僕」

「関係ないよ。同じクラスだ。同じ仲間だ」

 

 やっぱりあるんだろうな、身分差別。僕含めて子どもの集団だ。過激なときはとことん過激になるのだろう。マハマはいろいろと苦労が多そうだ。

 

「アオ、いい人だな。やっぱり」

「いい人でありたいとは思っているよ。ありがとう」

 

 そんな会話をしていると、上級生が何人も入ってくる。皆白いマント……王の寵児(キングス・スカラ)だ。寮長は名誉役職というのもあり、成績優秀者が担うのが一般的らしい。

 

 とりあえず前に向き直って――――――おや、見覚えがある人がいるぞ。

 

「新入生諸君! 入学おめでとう! 寮長を代表して歓迎しよう。狗鷲寮寮長のクリストフ・ファルマンである! まずは、――――――!?」

 

 向こうも僕に気がついた。……彼、ミスター・ブラックカランズ改めクリストフ・ファルマンとのアポイントは来週末だったはずだが、思わぬ所での再会になった。というより、その死神でも見たような驚きようはなんだ。

 

「……ファルマン寮長?」

「あ、あぁ。すまない。慣れない演説をするものではないな!」

 

 寮長陣の一人らしい女の子に声をかけられて正気に戻ったクリストフ。

 

「では、今からそれぞれの寮ごとに整列し、移動する。寮長が名前を呼ぶので、呼ばれた人から、荷物をもって寮長の前に並ぶように!」

 

 この学園の寮は八つ。男子寮が六つに女子寮が二つだ。今年の新入生が六八人だからおおよそ八人ずつに分かれる形だ。寮の希望は基本的に第一希望で通るようだが王の寵児(キングス・スカラ)は別だ。寮間の人数調整が入るし、そもそも王の寵児(キングス・スカラ)は寮の希望用紙を白紙で出すのがマナーらしい。

 

 実際僕も白紙で出したし、別にこだわりはないので良いのだが。

 

「アオ・ポーレット君!」

「はいっ!」

 

 僕の寮長は糸目に眼鏡の先輩だった。……その目の細さは前が見えているか心配になるぞ。

 

「こんにちは、ポーレット君。寮長のハリスだ」

「お世話になります」

「期待してるよ、首席君」

 

 あとからもどんどん呼ばれるので会話はここで途切れる。ちなみにリコッタの寮長は、クリストフに突っ込んでいた女の子だった。リコッタは名残惜しそうに僕を見ているが、どちらにしても明日の授業は一緒になるのだから勘弁して欲しい。かわいい子には旅させよというのだし、同じ敷地内の別棟に行くぐらいで今生の別れみたいな表情はしないで欲しいのだ。

 

「みんなついてきて。行進のやりかたは、明日の朝練で勉強しよう。それでは穴熊寮の戦友諸君! 今日からの君たちの家に向かってー、前進っ!」

 

 糸目のハリス寮長はかなりの早足で前進する。僕たちは小走りで後ろをついて行く形になる。走りながら進むというのは単純だが、案外楽しい。この寮長は子どもの心を掴むのが上手そうだ。

 

「戦友……かぁ」

 

 軍隊や騎士団に進む人も多いのがこの学校だ。戦友というのもそういう事情があるからだろう。

 

「ポーレット君はそういう言い方嫌いかい?」

 

 ハリス寮長に聞かれてしまったらしく、笑いながら声を掛けられた。

 

「大好きです。ですが、戦場が無くとも平和に暮らせるような世の中はもっと好きです」

「違いない」

 

 彼に笑われる。でもいやな感じはしなかった。

 

 

 

    †

 

 

 

 割り当ての部屋は穴熊寮の建物の一階、窓際だった。個室とはいえ北向きで、あまり日の入らない部屋だ。人通りがほぼない裏庭に面していて、学校の敷地を隔てる壁が見える。あの向こうはシェフィード市のはずれだ。良い位置だと思う。やろうと思えば夜中に窓から抜け出すことができる位置。……そんな予定はないけれど。

 

「お疲れ様です。アオさま」

「ありがとうミネット。……いろいろと大丈夫かい?」

 

 そんな個室へ入ると、ちょうどベッドメーキングをしてくれていたミネットと目が合った。大丈夫かい? という質問に困ったように笑うミネット。ネコミミがふにゃりと垂れる。こういうところで素直なのは助かる。

 

「……バレてますか」

「アルコールの匂いがする。消毒液だね?」

「少し手を切りました。……それだけです」

「そっか」

 

 おそらく、手を切るような状況に置かれたと見るべきだろう。

 

「手当ては自分で? それとも誰かにしてもらった?」

「ビオネッタさんが手当てをしてくれました」

「なら大丈夫そうかな……念のため確認しておこうか」

 

 僕が救急箱と消毒用アルコールを棚から出してくると、恥ずかしそうにそっと手を出してくるミネット。包帯の巻き方などは僕も一通り習った。『リコッタ様のお側にいる方ですから』ということでヴィクトリアさんから救急救命要員としての手ほどきを受けたのだ。少しはまともにできるだろう。

 

「アオさま、初日はいかがでしたか?」

「緊張したよ。……リコッタ様の人気がすごかった」

 

 雑談をしつつ傷を確認、傷の断面が綺麗だから、おそらくガラスか何かで切っている。これなら傷の治りも早いだろう。……それがミネットのうっかりならいい。そうじゃない可能性を、僕は考えている。

 

 僕への風当たりが強くなることは想定済だ。そして、時間をかければそれを押さえつけることも、きっとできる。……少なくとも初等部の間は、僕の『前世の記憶』という下駄は機能するだろう。それ以上のことができるかは、僕の頑張り次第だ。少なくとも、努力できる環境は二割運、八割がポーレットさんやリコッタのおかげで構築が完了した。

 

「ミネット」

「はい」

 

 きっちりと包帯を巻き直しミネットと視線を合わせる。

 

「多分、これからミネットへの風あたりが強くなる」

「アオさまが王の寵児(キングス・スカラ)で主席だからですか?」

「あと、リコッタ様に気に入られているのに、僕が『格下のはずの』新大陸出身の子と仲良くしたり、別の寮長に喧嘩を売ったりね」

「……早速なにしたんですか?」

 

 じとっとした目を向けられる。もう喧嘩を売ったのかと言いたげな目だ。

 

「ミネットはおどおどしているより、今の方がよっぽどいいね」

「ごまかさないでください。リコッタさまに言いつけますよ。ご主人さまから、アオさまが無茶をしそうになったらリコッタさまに告げ口するようにと言われています」

「それを僕に伝えていいのかい?」

 

 今朝名残惜しそうに見送ってくれたポーレットさんを思い出す。どうやら僕の動きはリコッタやポーレットさんに筒抜けになるようだ。……まぁ、その方が楽かと思い返す。

 

「前にスラムで会ったミスター・ブラックカランズは覚えているね?」

「はい」

「彼が狗鷲寮の寮長だった」

 

 驚いた表情のミネット。

 

「そんなことが……」

「あるみたいだね。名前はクリストフ・ファルマン。おそらくはこのシェフィード市のファルマン市長の関係者。……たぶん、息子だと思う」

「……他の寮長に喧嘩を売ったりっていうのは、もう三週間前に売ったからということですか?」

「そう。でもまあ、僕がこのコートを着たままスラム街に飛び込むよりはマシかもね」

 

 盛大にため息をつかれる。

 

「でしたら、もう無茶はあんまりしないでください。徹夜での書類作りはご遠慮願いたいです」

「次があったら気をつける。……うん、気をつけるよ」

「早速次がありそうな言いぶりじゃないですか?」

「ないない。大丈夫大丈夫」

 

 少なくとも直近にはない。こんな反応する子だったっけと思うが、素を出してくれるのはうれしい。

 

「昨日バリナード公爵閣下の紹介で、ファルマン市長には会っている。だから公爵閣下の肝煎りで硝石工場の話が動き出してることもミスター・ブラックカランズは聞いているはずだ。おそらくスラムの子ども達を硝石採集人として組織化し、薄く広く街中に浸透させる計画も、気づかれている」

 

 公爵閣下はファルマン市長が離席してからその話題を出していた。ファルマン市長には聞かせたくなかったからだろう。

 

「推測には過ぎないけれど、ミスター・ブラックカランズが市長の息子であった場合、市長はなんらかの価値を『現状の子どもたち』に見いだしている可能性が高い」

「……教育と仕事で子ども達を変えたいアオさまとは対立……するのですか?」

「まだわからない。でも市長のもくろみと僕のもくろみが相反する場合、厄介なことになる」

 

 そう言うと、ミネットも考え込む様子。

 

「……そうなると、アオさまとの交渉材料として狙われるのは、わたし、ですか?」

「可能性は否定できない。ただでさえミネットは『金だけは持っている新興貴族が連れ込んだメイド』という印象だろうし、北方部族出身で、奴隷身分、それに一度『公爵家と揉めた』前歴持ちだ」

 

 僕への交渉カードとして使われる可能性があるというのは、わかりきっている。だから彼女へのアプローチが一種の警報装置(アラート)として機能するはずだ。

 

「……だから、何かあったらあの宿……『迷い猫』に逃げ込め。あそこならポーレットさんに連絡がつくし、アシストが受けられる」

「アオさまはどうされるのですか?」

「元々僕は浮浪者だったんだ。自分の身くらいなんとかなるさ」

 

 半分おどけて……つまり半分本気でそういうと、盛大にため息をつかれた。

 

「わかりました。……わかりたくはないですが、わかりました」

「どういう意味だい?」

「わたしがご主人さまに言われていやいや付いてきただけの育児メイド(ナニー)だと思われるのは、いくらアオさま相手でも癪だということです」

「……本当にどういう意味だい?」

「知りません」

 

 ぷいとそっぽを向かれる。困った。本当に意味がわからない。いつかビオネッタさんやヴィクトリアさんに相談したらわかるだろうか。いつか聞いてみよう。




ようやく、ようやく入学……!

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