【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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二日目にして

 学園生の朝は早い……ものすごく早い。日の出と同時に叩き起こされる。この時期は日の出も早くて、前世での官僚時代、朝四時に呼集が掛かって市ヶ谷に飛び込んだことを思い出す。

 

「おはよう新入生諸君! それでは服装点検を始める!」

 

 僕は腕をつける都合上さらに前から起きていて、ミネットにアシストしてもらっているから服装点検の結果はマシな方だ。寮の所属を示す襟のラペルピンの位置、帽子のかぶり方など、きっちり上級生から指導をされる。指摘の度に直し、ダメならさらに指摘をされる。何人かは既に涙目だ。

 

 初等部はまだやさしい。十歳になったばかりの中等部からの編入組の皆さんはものすごい勢いで指摘が飛び、そのたびに『自主鍛錬として』腕立て伏せをしている。

 

 見ている初等部の子達が泣き出すと、下級生を怖がらせたとして、中等部の子達がさらに腕立て。中等部には新入生一人につき、上級生が三人もついて、罵倒されながら服装の確認を受けている。

 

 どう見ても軍隊のブートキャンプだ。お客様期間は早速終わったらしい。

 

 僕は行政職(かんりょう)として市ヶ谷(ぼうえいしょう)に入ったので、ここまでの訓練は経験していない。それでも礼儀作法は中高大の部活としてやっていた剣道で叩き込まれたし、同僚となる自衛官たちの話題についていくためにも、そのあたりの所作を教えてもらったりもしていた。だからある程度はできるが、指摘を受ける度に自分の甘さを自覚する。

 

 それにしても、これを六歳から仕込むのか。すごいな穴熊寮。

 

「いいか! 穴熊寮は栄誉ある本校四寮、文武両道の穴熊寮から名前をいただく歴史ある寮なのだ! 貴族だろうがなんだろうが、歴史と伝統の前に平等だ! 歴史に敬意を払えないクソ野郎は今すぐ退寮願いを出せ!」

 

 他の寮とはやり方が違う! と叫ぶ声が聞こえる。まぁ、うん。そうかもしれない。こんなやり方がスタンダードであってたまるか。

 

「これぐらいのことでへばってどうする! 万が一にも決闘になったとき、体力がなくてできませんとでも泣きつくつもりか!?」

 

 なんだ決闘って。この学院は決闘裁判制度でもあるのか。後で調べておこう。因縁で巻き込まれても困る。

 

 教官役の上級生も大変である。初等部担当の指導役は多分『ちゃんとシゴくには優しすぎる』という理由で中等部の指導を外された先輩たちだろう。口調こそ荒いが、声が優しすぎる。

 

 名家名門の御曹司も多いであろうこの学園だ。こんなに罵声を真正面から喰らう機会も少ない。新入生は一部の例外を除いて……つまり、僕とマハマを除いて……震え上がっている。マハマもいろいろ苦労しているらしい。

 

 こういう訓練は、新入生の天狗になった鼻とプライドをへし折りつつ、上意下達の原則とチームワークをたたき込むことが目的だ。したがって上級生にとってはここで怖がっていない生徒がいるとマズいことになる。つまるところ、怖がっていない僕とマハマがいるかぎり、目標は達成されない。

 

 同級生諸君、すまない。

 

「よし! 各員休め! 休めの号令が掛かったら脚を肩幅に開いて、腰の後ろで手を組め! ……おい中等部! 初等部ができていて中等部ができないとか恥ずかしくないのかっ! アオ・ポーレットやジョン・マハマを見習えっ!」

「いっ!?」

 

 このタイミングで名指しは嫌みが過ぎませんかハリス寮長!

 

 そんなことを言う余裕はない。ここでハリス寮長が僕の名前を直々に出したということは、初等部指導を担当している先輩たちでは僕たちを御せないと判断したことになる。僕やマハマよりも指導に当たっていた先輩の方が青くなっている。多分先輩達も後で反省会なんだろう。

 

 先輩の皆さん、すいません。

 

「よし! これから食堂まで行進で向かう! 無事に行進をやりきったらそれで終わりだ! 気張れ!」

「はいっ!」

 

 皆が叫び返す。何人かが明るい表情をしているが、明るい表情をしている子は『行進がダメだったら永遠に終わらない』ということに気がついていない。

 

「よし。まずはやり方を教える。今日中に覚えろ! これから毎日この行進で学校に向かうんだからな!」

「はいっ!」

 

 遠くから同じような怒声が届いているから、程度の差こそあれ、他の男子寮も同じような風景が広がっていることだろう。そう思いつつ姿勢を正す。主席の僕は先頭で穴熊が描かれた緑色の旗を掲げて歩かなければいけないらしい。

 

 そしてこの旗、というより旗竿が重い。これ本当に子どもに持たせる想定の旗か!?

 

「ポーレット! お前が旗手だ! お前が崩れたら全員が崩れる! 死んでも旗を落とすな!」

「はいっ!」

「背を伸ばせ!」

「はいっ!」

「なんだそのへっぴり腰は!? 背を伸ばせ! 伸ばせって言えば伸ばせっ!」

「はいっ!!!!」

 

 ハリス班長直々の激が飛ぶ。どこが悪いかわからないが、少しでも体を伸ばす。自衛隊では『目の輝き不備』とかいう理不尽があったというから、それよりはマシか。それに風がないのが救いだ。これで風に煽られたらバランスを崩す。

 

「よし! ポーレットのへっぴり腰がなんとかなったところでいよいよ行進だ! 前へ――――――――進めっ!」

 

 

 

    †

 

 

 

 朝食提供時間ギリギリまでかかって、それでもなんとか寮に併設の小食堂までたどり着く。朝と夜は基本的にこの食堂で食事、風の日――前世で言う金曜日にあたる――の晩ご飯だけ学院の全学生がそろって大ホールでの晩餐会となる。いまは火の日の朝食だから、各寮の小食堂でのご飯だ。

 

「き、きもちわるい……!」

 

 何人かが既に食欲をなくしている。具だくさんのコンソメのスープ、脂身たっぷりのベーコンとその油を吸ったスクランブルエッグ、スライスされた堅いパンという悪意に満ちた(ごきげんな)朝食である。……油の匂いだけでグロッキーだが、食べなければ保たない。

 

「急げ! 一五分後には正面で整列! 学校への行進だぞ!」

 

 時間が無いのでパンもベーコンも全部スープにぶち込む。汁気を吸ってパンが柔らかくなるまでの間でスクランブルエッグを食べきる。汁気がほぼなくなって野菜のコンソメ煮となった野菜とベーコン、そしてぐずぐずになったパンを胃に詰め込んで終わりだ。行儀とかマナーとか言っている余裕はないし、わざわざフォークとナイフで食べるものでもない。器ごと持ち上げスプーンでかき込む。リコッタもいないし大丈夫だろう。

 

「アオ……お前なんでそんなに食えるの……?」

「食べたいわけじゃないよ。でも急いで食べないといけないわけだし、食べなきゃ体がもたない。ハンガーノックを起こすわけにはいかないからね」

「ハンガーノック?」

「お腹が減りすぎて気絶したりとか、そういうのだね。ほら、少しでも食べよう」

 

 そう返してさっさと食器を片付けに入る。そのタイミングでマハマも食べ終わったようだ。

 

「マハマも早いね」

「時間が無いのは慣れてる。アオは働いたことがありましたか」

「まあね。昔はといっても四カ月ぐらい前だけど、日雇い払いの歩荷(ぼっか)や汲み出しをしてたんだ。時間に追われての食事は慣れてる」

 

 実際、衛生なんてへったくれもないところで腐りかけ野菜の在庫一掃スープにありついて命を繋いできたのだから、これくらいは余裕だ。

 

「マハマも色々大変みたいだね」

「父さんよりは楽」

「お父様はなにを?」

「奴隷商付の通訳。大変そう」

「聞くだけで大変な仕事だ」

 

 そう言うとどこか気恥ずかしげに笑うマハマ。

 

「いつか会いに来て。アオのこと、多分父さんも好きになると思う」

「ありがとう。いつか必ず会いに行くよ」

 

 そんな会話を交わしてから周囲のサポートに入る。サポートといっても、無理に食べてもどしそうになっている子の背中をさすったり、泣いてる子に声かけしたりだ。食器を下げるのを手伝おうとしたら、上級生に自分でさせろと怒鳴られた。……新入生の席は嗚咽やらいろんなものにあふれている。いやまあ、年齢考えれば当たり前なんだけど。

 この寮の新入生は八人で、王の寵児(キングス・スカラ)は僕一人。嫌でも目立つので、変に手を抜くこともできない。いろいろと対応に壁を作られることもあるだろうけれど、それでもその壁は少しでも低い方が良い。

 

 それに縁ができた以上は仲良くしたい。

 

「頑張ってあと一口だけ食べよう。ねっ?」

 

 食事の介助は数ヶ月前は僕がリコッタにされる側だったから、なんだか感慨深い。

 

「ありがとう……アオ、すごいね」

「たまたまだからね、たまたま。お互い様だから、僕が困ったときは助けてよ」

 

 そう励ましつつ食器を片付け、整列。新入生は最後尾につく。寮生全員で行進すると結構壮観だ。途中で他の男子寮の生徒達もそれぞれ行進でやってくる。点呼のために脚を止めた広場でちらりと周囲を見回すと、昨日教室で見た顔は、おしなべて顔色が悪い。ここでだいたい察する。みんな同じように早朝からしごかれたのだ。今朝からの一連の行動は、穴熊寮固有のものではなく、グレイフォート学院の伝統らしい。

 

 学年別に解散し、それぞれの教室へ。ほかの寮の生徒とも合流する。

 

「ポーレット殿、お前なんでそんなに制服が綺麗なんだ? 扱かれなかったのか?」

「扱かれたよ。持たされた旗手用の旗竿、あれ大人用だと思う。本当に重たかった。あと殿はやめて」

「さすがは王の寵児(キングス・スカラ)かな?」

「入試に体力検定も服装検査もなかったと思うけどなぁ」

 

 そんな軽口を言い合いながら教室に向かうと、女子生徒達が待っている。行進があるのは男子生徒だけ。女子は三々五々登校するらしい。

 

「アオ様っ! おはようございます!」

 

 僕を見て飛び込んでくるのはリコッタ。……いや、このタイミングでこの言動はやめてほしい。

 

「おはようございます、リコ様。あと、たくさんの方がいるのですからそう飛びつくのはおやめください」

「……人がいなければ良いのですか?」

「良い悪いではございませんが、人がいないところでは諦めました」

「では、人がいても諦めてくださいませ」

 

 あのですね、と言いかけてうるうるとした目をこちらに向けてくるリコッタ。そうだった。この子はこうなると頑として引かないのだ。

 

「……アオ。お前リコッタ閣下のなんなんだ?」

 

 クラスメートの一人にじとっとした目を向けられる。

 

「アオ様はわたくしのいいな――――――むぐっ」

「ちょっといろいろあってね、お目をかけて頂いてるのさ」

 

 姫様の口を塞いで黙らせる。触覚が無いので傷つけないように慎重に。

 

「そ……そうか……」

「なんだその生ぬるい笑みは」

 

 とっさに突っ込みつつ、そっと手を外す。

 

「どうしてアオ様は私があなたのいいむぐっ」

「自慢されるのは恥ずかしいからです。わかりましたか?」

 

 こくこくと頷いているリコッタをみてそっと手を外す。

 

「……いちゃつきやがって伊達男」

「そんなつもりはないんだけどなぁ」

「でもリコッタ様の命の恩人なんでしょ? 許嫁くん?」

 

 女子がニヤニヤしながら会話に入ってくる。男子の目線が僕に集中する。

 

「許嫁……ねぇ」

「リコッタ様? もうバラしたんですか?」

「……えへっ」

 

 人の口には戸が立てられないとはよく言うものの、二日目でこれか。いつかはバレるとは思っていたが、リコッタ様が思ったよりもあけすけだ。

 

「そりゃあ、聞かれますよね……」

「えっと……ごめんなさい?」

「リコッタ様がそのあたりで嘘をつかれるとは思っていませんので、いつかはバレるとわかってましたが……はい」

 

 こりゃあこれから色々と質問攻めかな。そう思ったタイミングで都合良く予鈴が鳴った。次の休み時間までにいろいろと作戦を練らなければならない。




少なくとも6歳児にする所業ではない。

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