【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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魔導術のイロハふたたび

「起立!」

 

 廊下でスタンバイしていた日直の号令にあわせて起立。全員が起立したタイミングで先生が入ってくる。やたらとがたいのいい長身の男性の教官と、やたらと背の低い女性の教官の二人だった。

 

(……しっぽ? 北方部族出身の先生って珍しいな)

 

 目を引いたのは女性の先生の方で、明るい茶色の髪の隙間からぴょこんと飛び出る細い耳と長く大きな尻尾が背中で揺れている。ちょうど「J」のような形の尻尾や、まん丸で大きな瞳からして、すごくリスっぽい。一瞬生徒たちがざわついたのは、『亜人』の先生は珍しいからだろう。

 

「……号令を」

「気をつけ! 教官に……礼!」

 

 一五度の通常礼。このあたりの所作は現世とあんまり変わらないから助かっている。教壇に立ったのは男性教官の方だった。女性の先生は教壇の脇で答礼を返した。

 

「着席してよろしい。……新入生諸君、入校おめでとう。この『魔導学入門』は、私、グレゴリオ・ハッターと、そちらにいらっしゃるシャルロット・バードン教官の二名で担当する」

 

 ……ん? もしかして、男性のハッター教官よりリスっぽいバードン教官の方が立場が上か?

 

「この授業は選択授業であり、この授業に合格しなくとも進級に影響がない。だからといって生半可な態度で授業に臨めば、命の危険があり得るものである。故に授業を理解する気のないもの、安全をおろそかにするものには、直ちに退出を命じるからそのつもりで受講するように」

 

 横をチラリと見るとリコッタが真剣な表情で話を聞いていた。

 

「この授業の進め方についてだが、主に二つのチームに分かれて進める。一つ目は魔導術に初めて触れる学生向けの基礎から確認する『入門コース』。おそらく諸君らのほとんどはここに入ることになるだろう。もう一つは、自身の魔力特性を既に把握し、最低限の魔導発動が可能な生徒を対象に、次年度以降の初級課程に向けた準備と安全な魔導術の発動を習得する『初等コース』だ」

 

 そうなると、僕とリコッタは初等コースだろう。ハリエットのスパルタ教育とポーレットさんの詰め込み型授業によって基本的な魔導術の発動ができるようになっている。

 

「まず聞くが、この中で既に自身の魔力特性……すなわち、発散系もしくは収束系のどちらが得意かを把握しているものはいるか? いれば挙手を」

 

 僕とリコッタの手が上がる。最前列に座っている僕たちは、後ろでどれだけの人の手が上がっているかはわからない。

 

「よろしい。いま手を上げたもののうち、補助具なしでの魔導術発動に成功しているものは?」

 

 引き続き手を上げる。この質問が飛び出すあたり、僕とリコッタの魔導術訓練はかなり進んでいたことになる。魔導術の独力での発動はハリエットの講義初日で達成していた。……さてはハリエット、授業のステップを恐ろしい数すっ飛ばしたな。

 

「では、今手を上げたものについては、本日の組み分け判定を免除し、初等コースに配置とする……バードン教官」

「はいっ! では手を上げていたみなさん、授業道具をもってこちらへついてきてくださーい!」

 

 リスの尻尾を揺らして手をブンブンと振っている教官についていく。

 

 このタイミングで人数を確認すると、初等コースになった生徒は僕たちの他に男の子と女の子が一人ずつで合計四人。ふんわりとウェーブした淡い紫色っぽい髪をした女の子は、初日にリコッタに対して『魔導術がお得意なんですか?』と聞いていた子だったと思う。男の子の方は白マントなので僕たちと同じ王の寵児(キングス・スカラ)だ。この男の子、本当に同い年かと思う位に体格がいい。

 

「アオ・ポーレットだっけ。さすがは主席だな。……イルチェスター男爵、アーノルド・ストラングウェイズだ」

「よろしく。イルチェスター卿とお呼びすればいいかい?」

「アーノルドがいい。俺もアオって呼ぶからさ」

「了解。男爵同士フランクにいこう、アーノルド。……すごい筋肉だな」

「そりゃあ鍛えてるからな。アオはもう少し筋肉をつけた方がいい。決闘裁判になっても安心だ」

「努力するよ。……その決闘裁判ってよくあるのかい?」

「ここ二〇年はないらしいけどな」

 

 そう小声で話しているうちに、目的の場所についたらしい。いつものような階段教室のようなものではなく、前世の小学校の教室のような平教室で、まばらに机が置いてある。

 

「適当な席についてください。多分あと一人か二人組み分けで来ると思うし、今日は適正の確認ぐらいしかしないから、気楽にいきましょう」

 

 尻尾をゆらしつつ教壇に向かう先生。専用らしいお立ち台を教壇にセットしてこちらを見てくる。その間にもリコッタは定位置である僕の左隣を確保している。

 

「それでは改めて、魔導術入門の初等コースを担当しますシャルロット・バードンです。周りからはシャルちゃん先生とか言われちゃいますけど、好きに呼んでください。あ、背が低いのはこういう種族だからですからね!?」

 

 誰も聞いてないですよとは言わない。バードン教官改めシャルちゃん先生はさすがに僕たちよりは背が高いが、アーノルドとはどっこいどっこい。成人としてはかなり背の低い部類なのは確かだ。魔力量は結構ある。魔力が多いほど成長が遅いというのは本当らしい。

 

「では、それぞれ自己紹介をしていきましょう。お名前と、得意な魔導術は必ず、あとは知っていてほしいことがあればそれも教えてください。では、こちらの子から!」

「はい、ホランド伯爵家が長男、イルチェスター男爵のアーノルド・ストラングウェイズであります。収束系、特に水属性を得意としています!」

「アーノルド君ですね。よろしくお願いします」

 

 ぺこりと礼をするシャルちゃん先生。どっちが先生かわからない感じの丁寧さだ。

 見かけだけの偏見だが、アーノルドが水属性というのはすごく意外だった。絶対風か火だと思っていた。見かけで判断してはいけないというのは本当にそうだと思う。

 

「えっと、アイリス・ミルです。発散系の魔導術を使えます。……えっと、よろしくお願いします」

「アイリスさん、よろしくお願いします」

 

 アイリスはあがり症らしい。蚊の泣くような声で挨拶するとそれだけでリコッタにパスを出してしまった。

 

「バリナード公爵家第一公女、リコッタ・バリナードでございます。収束系の水と土がどちらも使えます。あと……体質として魔力飽和体質があって、日常的に魔力の放出が必要と言われています。えと、よろしくお願いします」

 

 魔力飽和体質のところで、シャルちゃん先生の目がすっと細くなった。一瞬だけ赤い魔力が見えた気がした。……おそらくは、魔力を見たのだろう。

 

「リコッタさんもよろしくお願いします。確かに魔力量も多いみたいですし、頑張っていきましょう」

「はいっ! よろしくお願いします」

 

 リコッタに促され、僕の番。シャルちゃん先生と目があった……その瞬間、シャルちゃん先生がさっと僕の手元を見て、顔に視線をもどした。多分、魔導義肢だと気づかれたし、左目の封魔結晶にも気がついただろう。

 

「エルジック男爵兼オーストレスのフィッツロイ男爵のアオ・ポーレットと申します。発散系の風の魔導が得意です。あと……両腕が魔導義肢なのと、事故で左目に封魔結晶が癒着しています。魔導術の使用については我流でやってしまったことがあるので、しっかりと安全な魔導発動を覚えたいと思います。よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします。アオ君……ん? ポーレット?」

 

 なにか引っかかったようで首をかしげるシャルちゃん先生。

 

「……もしかして、ご親族にレナ・ポーレットさんっていらっしゃいます?」

「はい、僕の養母ですが……お知り合いですか?」

 

 そう言うとシャルちゃん先生が机に突っ伏した。

 

「あぁあぁあぁ……だからアオ君の魔力統制法がエヴァンス=ホックリー式循環システムなんだ」

 

 知らない専門用語が出てきたが、言いたいことはわかる。封魔結晶にかなりの魔力があることはわかっているが、僕自身の魔力量や回復量は決して多くないことがわかったので、ポーレットさんから魔力の節約法というか効率の良い魔力の制御方法を習った。多分、それのことだろう。

 

「もしかしてですが、リコッタさんもレナさんに師事してたりしてましたか?」

「二か月だけですが……先生?」

 

 なおのことぐてっとするシャルちゃん先生。ずっと上向きだったリスの尻尾も力なく垂れている。

 

「どうりで……私が教えられることあるかなぁ……」

「あの、シャルちゃん先生?」

 

 そう声をかけると力ないままこちらを見てくるシャルちゃん先生。

 

「ホックリー先輩……嫁いで家名が変わっていますが、あなたのお母様であるレナ・ポーレットさんは、私がいたランドルト魔術研究学院の大先輩です。史上最年少となる十歳で特級魔導師認定、平民出身にもかかわらず、その才覚のみで国王陛下直々に個人称号を下賜された大魔導師、『鉄血』のレナ・ホックリー……現代魔導術を囓ったことのある人間でホックリー先輩を知らない人間はいません」

 

 なんだかポーレットさんに全く似合わない二つ名が出てきたぞ、なんだ『鉄血』って。

 というより、なんでそんな二つ名がつくほどの才覚があってあんな山奥でのほほんと領主できてたんだ。さっき『エヴァンス=ホックリー式循環システム』なんてパワーワードが飛び出したが、ホックリーという旧姓が何らかの理論に組み込まれる程度には高名な魔導師だったことになる。……前子爵のセドリック・ポーレットは、どんな手をつかって彼女をオーストレスに引っ張り込んだんだろう。

 

「その……母がお世話になりました……」

「いえ、お世話になっているのはこちらのほうです……」

 

 なんだか気まずい空気になるが、気分を切り替えるしかない。ガバッと体を起こしたシャルちゃん先生が自身の頬をパチンと両手で叩いていた。

 

「よしっ! 大丈夫! うん!」

 

 ……たしかにこれは、『バードン教官』じゃなくて『シャルちゃん先生』って呼ばれるよなぁという謎の納得が去来する。

 

「それじゃあ、ちょっと時間が掛かっちゃったけど自己紹介が終わったし、簡単な魔力測定や魔導の知識についてざっと確認していきましょう」

 

 そんなこんなで、授業が始まる。頑張れ、シャルちゃん先生。




好きなんですよ、リスっ子……。

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