【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
「皆さん基本的な発動原理は理解できているみたいなので、いったん試しに魔導術を発動してみましょうか」
「え?」
いきなり? と思うが、シャルちゃん先生には思うところがあるようだ。茶色の尻尾……よく見ると尻尾には黒い線が入っているのでどうやらシマリスらしい……を振りながら笑顔でそう言う。
「じゃあテーブル左右に退けましょう。中央にスペースを作りますよー」
「ここでやるんですか?」
「はい。大丈夫です。危ないときは止めますし、先生なら止められるのです」
シャルちゃん先生はそういいつつ、誰も座っていなかった机を一緒に片付けている。
「それじゃ……
カキン! という乾いた音とともに、空中に赤い立方体が出現した。それが拡張して、二メートル四方の立方体のような形になる。赤い薄い膜で作られたサイコロみたいなものが、僕たちの目線の高さに浮いている。
「うお……」
「ふふん。この的に向かって魔導術を投射してくれれば安全です。でもアーノルド君は自己身体強化かな?」
「えっ……どうしてわかったのですか?」
「アーノルド君に魔導術を教えた人の癖だと思うんですけど、アーノルド君は魔力を体の末端部……ようは手とか脚とかの動きをキーにして動かしてますからね。それって理論を頭の中で動かして発動するいわゆる魔導師というよりは、近距離戦闘の経験がある魔導師さんに多い傾向なんです。剣とか槍で戦いながら魔導術を編むのは相当頭がこんがらがっちゃっちゃ……、噛んだ」
舌までこんがらがってしまっている。照れ隠しに自分の頭をコツンと叩くシャルちゃん先生。
「ともかく、確実に速く決まった動作を正確にするには良い方法です。アーノルド君に魔導術を教えてくれたのはお父様ですか?」
「はい! 自慢の父です!」
アーノルドが胸を張る。
「魔導師としても優秀なお父様ですね。では、アーノルド君からいきましょうか。水の魔導は使えますね? このキューブに向かって、生成した水を叩き込んでみてください」
「はいっ! では……いきます!」
アーノルドが小さく口の中で何かを呟いているのが見えた。僕には何を言っているのかは聞き取れない。直後にアーノルドが拳を大きく振りかぶる。
「――――ぉらあああああああっ!」
叫び声を上げつつそのままキューブを殴りつける。その声に思わず耳を塞いだリコッタ。ドン! という音は水の音だろうか。「水は重たい」とハリエットが言っていたのを思い出すが、確かに脅威だ。アーノルドのような近接型の魔導師と接近戦になれば、ゼロ距離から強烈な水流を叩き込まれる可能性があるわけだ。無策で受ければその質量で吹き飛ばされてあっさり戦線離脱だろう。
「すごいすごい! もう実用レベルですね。ちゃんと純水ですし、圧力も一級品。あとは生成速度の安定化と魔力循環をしっかりできれば四級魔導師認定は通りそうです」
「ありがとうございます!」
ばっと頭を下げるアーノルド。印象としてはあれだ、警察犬みたいな人だ。伯爵家の長男といっていたから、厳しく、そして愛されてきたんだろう。
それよりも気になったのは、あのキューブだ。
「……
要は光ファイバによる
光ファイバは文字通り光を使って通信するが、これは光ファイバの中を光が何度も反射しながら端まで到達するから可能となる。もし、その途中で圧力をかけて光ファイバを歪めたらそこで反射する波長や周期が変わり、信号に変調をきたす。どれだけ変調したのかを確認すれば、道中に何があったのかを知ることができるという寸法だ。
おそらく、シャルちゃん先生はこのキューブで同じことをしている。
数ヶ月だけだが、ポーレットさんに鍛えられたのは無駄じゃなかった。ある程度のロジックが読み取れるようになっている。
「わ、今の一瞬でそこまでわかっちゃいますか」
「すいません。口に出しているつもりはなかったんですが」
感慨に浸っていたけれど、詰めが甘かったようだ。もう少し周囲に気をつけないといけない。
「先生の自信作なんですけどね。もう少し難読化を進めないとだめですねぇ」
反省反省、と言いつつ、キューブを一度消し、再出現させるシャルちゃん先生。すでに組成が変わっている。……シャルちゃん先生、多分生徒が気がつくかどうか試したようだ。
「それじゃあ、アイリスさんいってみましょうか」
「は、はひっ!」
「緊張しなくてだいじょーぶ。失敗してもいくらでもリカバリかけられるし、危なかったら無理矢理止めるから」
シャルちゃん先生はそう言ってアイリスの前にキューブをふわりと移動させる。
「発散系だと、火属性かな?」
「えっと……はい。でも、前、納屋を一年分の干し草ごと燃やしちゃって……使うの怖くて……」
「発散系特化型の魔導師あるあるだね。私の後輩にはパン屋を建物ごと爆散させて入学してきた猛者もいるんだから、大丈夫大丈夫」
「……ん?」
そのエピソードは覚えがあるぞ。頭の中に僕を舎弟呼ばわりしてくる元保護者で命の恩人の顔が浮かぶ。そういえばシャルちゃん先生は『ランドルト魔術研究学院出身』と言っていたから、彼女と会っていてもおかしくない。
(ハリエット、学校でも有名人なのか……)
こめかみを揉んでいると、リコッタが心配そうにこちらを見てきた、大丈夫と手だけで伝えて視線をもどす。
「じゃあゆっくり練習していくとして、今日は風の魔導にしてみる?」
「はい……! あの、魔道具で、これ、使いたいんですけど……!」
「おっけーだけど、ちょっと見せてね?」
アイリスが差し出した小さな木の枝のようなマジックアイテムをシャルちゃん先生は受け取って、握りの部分からざっと眺める。
「んー……描画も大丈夫そうだね。はい、じゃあこれをつかって打ち込んでみて」
「はい……!」
杖を両手で持って真っ直ぐキューブに向けるアイリス。杖の先が揺らめいて、彼女のケープが揺れる。
「おっと……?」
シャルちゃん先生が何かに気がついたみたいだった。僕にはわからない。
「えいっ……っあ!?」
バンと弾かれるようにして真後ろにバランスを崩すアイリス。とっさに体が動いたのは僕とアーノルド。僕の方がアイリスに近い。
(間に合えっ!)
なんとか後ろに飛び込んだ直後、来るであろう衝撃に構えていたが、一向になにもない。
「ふー。大丈夫?」
アイリスが空中に浮いたまま止まっていた。その足下には赤い光で描画された図形が浮かんでいる。……シャルちゃん先生の、魔導術だ。
「さすがアーノルド君、不意の魔力制御も鍛えられてるね。アオ君も、とっさに飛び込んだのはナイス反射神経。だけど二人とも、自分の安全が確保できるかわからないまま飛び込んだらダメだよ? 二次災害……えっと、助ける人が助けられる側になったら大変だからね」
パチンとウインクして、ゆっくりとアイリスを下ろすシャルちゃん先生。
「アイリスさんはおっかなびっくりすぎて魔導が安定してないみたいです。でもこれはトレーニングで解決できます! みんなで頑張っていきましょうね」
「は、はい……ごめんなさい、ありがとうございます」
「うん! ごめんなさいはいらないよ。ここは学校で、これは授業なんだから」
シャルちゃん先生はアイリスの頭を撫でる。
「でもすごいよー。あれだけの出力だと杖のほうが合ってないかもね。魔道具を合ったのに変えるだけでもかなりやりやすくなるだろうから、いろいろ試してみようか」
「わかりました……! やってみます」
「うん。じゃあ次は……リコッタさんいってみようか」
「はいっ!」
同じ流れでリコッタが前に出る。赤いキューブが出現するとリコッタは制服の襟元から、封魔結晶を取り出す。……あれ、僕が渡した封魔結晶だ。ペンダントのようにして持っていてくれているらしい。
「あの、シャルロット先生。氷の生成を試してみたいんですけど、いいですか?」
「もちろん。だけど、このキューブの中に直接生成ってできそうです?」
「はい。やってみます」
そういうと封魔結晶を包み持ち、祈るように手を組んだリコッタは、その姿勢のまま深呼吸をする。
「
彼女の足元に桃色に光る円が現れる。
「空間描画!?」
アーノルドが驚いたようにそういう。
「さっき先生もやってたと思うけど」
「いやいやいや! あれって三級魔導師試験で出てくるようなものなんだぞ!? なんでそれをリコッタ様が……!」
「……リコ様の才能と、先生がよかったからかな」
比較対象がいなかったからわからなかったけれど、ハリエットとポーレットさんは相当発展的なところまで踏み込んで教えてくれていたらしい。
「――――うん、描画も問題なさそうだね。リコッタさん、発動どうぞ」
シャルちゃん先生が内容を見てそう口にする。リコッタがこくりとうなずいて、息を吸う。
「
直後に半透明だったキューブの透明度が下がる。氷が生成されたためだ。ポーレットさん仕込みのおかげか、発動キーとなる詠唱は短く、かなり実
「ふう……っ。緊張しました」
「それでも言うことなし、完璧です。リコッタさんは、レパートリーを増やしつつ、封魔結晶以外の魔道具での発動を覚えていくのがいいかもしれませんね」
「わかりました。ありがとうございます」
ぺこりと一礼するリコッタ。
「……さすがというか、なんというか」
「リコッタ様……すごいです……!」
「えへへ、ありがとうございます」
同級生ズに褒められて気恥ずかしそうな彼女だったが、ちらりと僕を見る。
「でも、魔力量以外では、まだアオ様には勝てないので……」
「ちょっ……!?」
リコッタ様、なんで僕が今から超えるハードルを勝手に高くするのですか。
「……そうなのか?」
「無視できない誤謬があります」
そういうとなぜか乾いた笑みを浮かべるシャルちゃん先生。
「……と、とりあえず。見てみよっか」
僕の前にキューブが現れる。念のためリコッタには少しだけ下がってもらい、発動準備。
「このキューブの中に熱源を生成すればいいですか?」
「火属性だね? おっけー。リコッタさんの時もかなりの物量がかかってたけど、それ以上ということだから、先生もがんばるよー」
この先生ノリノリなんだが、本当に大丈夫だろうか。……まあ、こっちでもセーフティ張っておくか。
「
リコッタと全く同じ空間描画用の
「
直後、アーノルドが背後で驚いた気配。僕は正面を見ているので、表情はわからない。
「空間描画と詠唱の平行発動!?」
「それって……二級試験でも出ないんじゃ……?」
「ちょ! なんで土属性!?」
アーノルドやアイリスに被るようにシャルちゃん先生が気が付いた。内部に生成した描画を解析されたようだ。難読化は僕もまだ苦手だ。でも、今は気にすることではない。
アーノルドが身体で魔力を制御するタイプなら、僕は真逆。思考が先行しないと発動できないタイプだ。それは逆に《思考が追いつくならば、どんな魔術だって発動の可能性がある》ということとほぼイコールだ。確実に反応を制御し、コントロールする意識を持てるのであれば、応用も利きやすい。
閉じられた空間での燃焼のように狭いイメージで何かを燃やすなら、気体よりも液体や固体が燃えるイメージのほうがコントロールしやすい。いっそのことと思い、自分がわかりやすいイメージで燃焼させることにした。
「永く積もりし
陣で生成した微細な酸化鉄とアルミニウムを混合する。微量であればこれらの元素を魔導術で生成できることは、ポーレットさんから教わった。僕が生成できるのはポーレットさんの術に比べれば微々たるものだし、純粋な鉄を生成することはできず、どれも酸化鉄の状態になる。
だがこういう使い方なら、それのほうが都合がいい。
「
火種を投じてやれば、強烈な酸化還元反応が起こる。ゴルトシュミット反応、別名――――――テルミット反応。
キューブの幕のすぐ内側に空気で幕を張る。同時にシャルちゃん先生の魔導陣が床面に現れた。おそらく風の魔導。キューブの外側に光が屈折するほどの密度をもった気体の層が生成される。シャルちゃん先生は僕の魔導を危険と判断したのかもしれない。
強烈な光が生じるが、思ったほどじゃない。多分酸化剤としてつかったアルミニウムの生成量が足りないか多いか、ともかく上手い混合比率にならなかった。もう少し練習が必要だろう。
ふっと光が消えると、ちょっといたたまれない沈黙が落ちた。
「……なる、ほど?」
どこかひきつった笑みのシャルちゃん先生と目が合う。
「えっと……こんな感じになります」
「……まず、土属性を使うならそう言ってほしかったかな。あとで生成式の検図するから描画再現してね。言うまでもないけど、ほかのみんなはアオ君の真似しちゃだめよ?」
できねぇよ、というアーノルドのつぶやきは聞かなかったことにした。
結論 ポーレットさんはヤバい
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