【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

42 / 85
深い溝・高い垣根

「……はぁ」

「アオ。疲れてる?」

 

 穴熊寮に戻ってきて談話室で伸びていると、マハマに声を掛けられた。

 

「ちょっとね。……マハマは選択授業は取ってるんだっけ?」

「五限目? 取ってる。商学」

 

 僕やリコッタが魔導術を習っている間に、マハマは商学の授業を取っていたらしい。たしかに選択科目の一つに入っていた。

 

「アオは魔導術でしたか?」

「そうだね。教官に怒られた」

「どうして?」

「危ないことをしすぎだってさ。母さんには問題無いっていわれていたんだけどね。ここでは禁止だって」

「アオも怒られるんだ」

「知らないことを勝手にやったら怒られる。そこに差は無いからね」

 

 シャルちゃん先生には自主練をきつく止められた。初等部における魔導術は『初等部卒業までに四級、進路として魔導師を考えるならば、中等部卒業までに三級の取得を目指す』というのが指導目標らしい。

 だからアーノルドは四級の取得が見えてきている時点で既に上澄み。アイリスも例年ならばクラストップぐらいの実力らしい。……らしいのだが、リコッタと僕がやり過ぎたせいで、シャルちゃん先生が頭を抱えている。『多分四級すっ飛ばして受験しても三級は受かるし、今から頑張れば初等部のうちに二級も見えてくるのでは?』というのはシャルちゃん先生の談。

 そもそも魔導師の認定は『四級で半人前、三級で一人前、二級で師範代』というのが普通なのだと授業の後でアイリスが教えてくれた。じゃあその上の一級以上はどうなのかと聞けば、一級魔導師は既に人外の領域にあり魔導師部隊の隊長などがこのレベル。特級魔導師に至っては単身で軍を相手にできるレベルの実力を求められる化物で、現在存命の特級魔導師は十人もいないとのこと。……ポーレットさんはいったい何があったんだ本当に。

 

 なにはともあれ、僕はシャルちゃん先生から。『あのホックリー先輩の教え子ということですから驚いても始まりませんけど、学院では一に安全、二に安全、三・四がなくて、五に安全ですから! 仮に使えたとしても定理に落とし込めない魔導の発動は禁止!』とキツく言われてしまったのである。

 

(まあ、定理に落とし込めれば使っていいわけだから、どこかで魔法解析の知見を得ないとな……)

 

 その前に、この生活に慣れないといけないのだけれども。

 

「アオは他になにか取ってるの?」

「あとは剣術の授業かな。それ以外はなにも」

「二つ取ってるのはすごい」

「マハマもすごいよ。努力家だ」

 

 そう言うとどこか気恥ずかしげに笑うマハマ。

 

「お父様は通訳だって言ってたけど、マハマも話せるのかい?」

「もちろん。王国語の方が慣れない」

「君の母語はなんて言うんだい?」

「サマナ語。興味ある? 話してみたい?」

「うん。教えてほしい。マハマがよければ」

 

 新大陸の言葉を覚えることは多分有効だ。新大陸出身のビオネッタさんがリコッタ付のメイド隊に籍を置くご時勢だ。今後僕も交渉や折衝の機会もあるだろう。実際の交渉は王国語だとしても、挨拶や簡単なセンテンスぐらいは覚えておきたい。

 

 そんな下心があるのだが、マハマはすごく人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「もちろん。アオはいい人だ」

「そうかい?」

「僕を奴隷みたいに見ない」

「そりゃあ……そうか。そう見る人もいるんだね」

「新参者? だから」

 

 奴隷や新参者といったワードの発音が完璧に近いということは、何度も言われてきたんだろう。そんなことを気にしないように振舞いつつも、その評価は彼自身に刻まれてしまっているのだろう。

 

「文字とか、書いてくるから、明日でいい?」

「もちろん。明日は選択授業もないしね。場所は……僕の部屋使おうか。同じ寮生だから入れてもいいはずだし」

「わかった」

 

 それだけ話して、マハマが廊下に消えていく。マハマの体力はすごい。僕も鍛えた方がいいだろう。

 

「ポーレット君」

 

 ぼうっとしていたら声を掛けられた。千客万来とはこういうことかな。視線を上げると見知らぬ顔……胸元の学年章からして上級生だ。

 

「はい。なんでしょう」

王の寵児(キングス・スカラ)とはいえ、人付き合いは考えた方がいいぞ」

 

 あー……まあ、そうくるか。

 

「忠告ですね。ありがとうございます」

「そうか、では」

「ですが、僕の友人は僕が選びますので」

 

 喧嘩を売るのは得策ではないかもしれない。それでもまあ、フェアに話してくれようとする相手は貴重だ。

 

「……アレは新大陸だぞ?」

「それがどうしました? 少なくとも彼は入学選抜を突破しているので、僕と彼は生徒として対等。それでも問題視するということは、僕かマハマを入学させることとしたこの学院の判断が誤っているという問題提起でしょうか。それであれば僕にではなく学院本部にどうぞ」

「いや、そうではなくてだな……」

「では、どういう意味です?」

「いや、いい……」

「そうですか。わかりました。忠告だけ受け取っておきます」

 

 聞く気は無いけど。とは言わない。向こうもわかっているだろうし、向こうが引いた以上は、こちらも引くのが礼儀だ。実際、声を掛けてきた上級生はそそくさと談話室から退出している。僕の声が大きかったのもあって、居づらくなったのだろう。悪いことをしてしまった。

 

 まあ、いいけどさ。

 

 椅子の背もたれに体を預けなおす。色々覚えないといけないことも多いから、そんな視点が多数派かもしれないということだけを覚えて後は気にしないことにした。

 

 

    †

 

 

 

 朝の集団行動の自主練と授業、放課後にマハマとの言語トレーニングとみっちりやってたらあっという間に週末になってしまった。今日は週末……ということで、街へのお出かけを許される日である。

 

(僕は半分公務なんだけど、ね……)

 

 ミネットに付き添ってもらってやってきたのは、入学前までお世話になった宿屋だった。どうやらこの宿はポーレット子爵領に縁のある夫婦の経営らしく、僕やポーレットさん向けに、常に一部屋は空き部屋を確保してくれているらしい。ありがたい話である。

 

「まあまあまあ、坊ちゃま。お待ちしておりました。ジャン様がすでにご到着されてますよ」

「ありがとうございます。すいません、便利に使わせてもらっちゃって」

「いえ、レナ様とセドリック様から受けたご恩にくらべればこれぐらい!」

 

 そう言って笑う恰幅の良い女将さん。ポーレット家は本当に人に恵まれている。

 

「こんにちは、アオ様。……少し、引き締まりましたか」

「学院名物らしい行進練習のおかげです。ジャンさんも少し痩せましたか?」

「いえいえ、逆に食事が進んで仕方が無いのです。まだまだ若い者には負けませんぞ」

 

 笑って応対してくれたのは、オーストレスのフィッツロイ男爵領を束ねてくれている代官のジャンさんだ。机の上には書類がいくつか。ジャンさんが僕にあげた方がいいと判断した書類たちだ。

 

「学院生活はいかがですか」

「毎日ヘロヘロですよ。……ですが、充実してます。知らなかったことを知るのは楽しいですから」

「ははは、アオ様は人生に退屈しそうにありませんな」

「退屈するヒマがありません」

 

 王の寵児(キングス・スカラ)のマントを外すと、ミネットが預かってくれる。ミネットのこのあたりの所作も安定してきた。ジャンさんの前に僕が座ると、ミネットは僕の斜め後ろで待機。ジャンさんはいつも通りの笑みを浮かべて僕を見つめる。

 

「さて……レナ様から硝石の件と、シェフィード市内情報網の構築についてお伺いしました。レナ様がいたく心配されてましたよ」

「……すいません。ですが、多分これが最速なはずです」

「最速……とは?」

「公爵閣下が僕やポーレットさんを封魔結晶を使って封殺(ピンどめ)したように、僕も公爵閣下を情報と兵站で封殺(ピンどめ)するんですよ」

 

 即答すると、ジャンさんは驚いたような表情を見せた。

 

「貴族は公人です。公を徹底するために私人としての人格を捨てないといけない時もありましょう。でも僕はそれに耐えられるほど強くない。……だから、公私混同を見逃してもらえるぐらいには、重要なピースとして重用してもらわないといけない」

 

 指を組む。感覚のない、金属の指。それにももう慣れてしまった。

 

「僕は公爵閣下やリコッタ様、そして母上に救ってもらった。その生きる世界がよりよいものであってほしい。そしてそれは……きっとどこかで既存の権力システムと対立する。その時のために信頼と交渉窓口を確立する必要があります」

「まったく……どこまでも恐ろしい子だ。アオ様は」

「性分ですので諦めてください……さて、どれから目を通せば良いですか?」

「では……」

 

 書類の山を見つつ意見交換が始まる。主な確認は来年度の営農計画と圃場整備案について。僕の領土になるフィッツロイ男爵領は羊毛とソバが主な産業となるから、その長期的な管理方針をジャンさんと二人で決めていく。できればもっと領民と話したいが物理的な距離もあって難しい。ここはジャンさんを信頼するしかない。

 

「……はい。以上となります。また一か月後に書類などをお持ちしますので」

「お願いします」

「アオ様はこの後はどうされるのです?」

「今後のキーマンになりそうな子とちょっとおしゃべりを」

「アオ様がそういう子となると、優秀なのでしょうな」

「えぇ……フォルマル商会はご存じですか?」

「たしかアオ様も巻き込まれた事件でお取り潰しになったのでは?」

 

 ジャンさんも知っているということは、知名度が十分にあった、かつ、そのお取り潰しの理由も知られているということだ。コリンの父親は結構危ない橋を渡っていたのかもしれない。

 

「はい。その会長の息子に当たる人物がスラム街に潜伏してまして、コネクションを得ることができました」

「……その子を『保護』なさるおつもりですか?」

「その子達が望めば。……ジャンさん、ちょっとこの後同席してもらえますか。場合によっては、オーストレスでかくまう事になるかもしれない」

「フォルマル商会はバリナード公爵家に弓を引いたことになっています。抱え込むとなると厄介ですぞ」

「わかっています。ですので、まずは話だけ。……使える人脈は、確保しておく必要がある」

 

 みすみすその人脈を逃がすのは惜しい。どういう事情があるにしろ、そのネットワークそのものは確保しておきたい。

 

「あの……坊ちゃま。坊ちゃまと面会したいという方が……」

「わかりました。通してあげてください」

 

 さて、いろいろと綱渡りな状況になってきたが、上手く乗り切るしかない。この胃がひりつくような感覚は久しぶりだった。




着々と仲間の囲い込みが進んでいくアオ陣営。

感想などはお気軽にどうぞ
次回 フォルマル商会になにがあったのか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。