【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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今回は別視点です。

また、最後に告知があります。


コリン・フォルマルの事情

「コリン」

 

 アオ・ポーレットと名乗った男爵は、宿屋の一室で僕たちを待っていた。隣のイヴァンが逆光にわずかに目をしかめている。

 

王の寵児(キングス・スカラ)……。アオ、本当にお前学生だったのかよ」

「まあね」

 

 イヴァンの軽口を気にすることなく、男爵は肩をすくめる。

 

「紹介します。この方はジャン・ホランドさん。オーストレスのフィッツロイ男爵領の代官を任せている方です。ジャンさん。こちらは、コリンとイヴァン」

 

 男爵は、フィッツロイ男爵領の代官を()()()()()と言った。エルジック男爵の名乗りは儀礼称号で、領地を持たないはずだ。つまり、この彼はエルジック男爵とフィッツロイ男爵の二つの爵位をもっており、しかもそのうちの一つは領地をもち、統治の義務をもつ正式な貴族だということだ。

 ……この男爵、本当に何者なんだ?

 

「はじめまして、コリン。アオ様がお世話になったようで」

 

 どちらがコリンでどちらがイヴァンかわからないはずなのに、正しい相手に手を差し出してくる代官の方。こちらの情報は筒抜けだ。警戒をしつつも笑顔で手を握る。

 

「コリン・フォルマルです。はじめまして」

 

 イヴァンも握手を交わして着席。席につくと、男爵付のメイド……たしか、ミネットと言ったと思う……が、紅茶を出してくれた。香りからしてかなり良いお茶だと思う。商人の息子相手とはいえ、今はホームレス。このような扱いをされる謂れはない。

 

「大丈夫。毒は入ってない。僕が口をつけたものでよければ交換するけど」

「いえ、そんなことを警戒しているわけではありません……ですが」

 

 僕の言葉の先を、男爵はじっと待っていた。僕は慎重に言葉を選ぶしかない。待たせるのは申し訳なくても、言葉を間違う訳にはいかないのだ。

 

「……エルジック卿はリコッタ閣下と一緒に行動できるほどに、公爵閣下の覚えがめでたいはずです。そんなあなたが僕と話していていいんですか?」

「褒められたものではないかもね。でも、君が首謀者というわけでもなさそうだから、こうやって話している」

 

 なぜとは男爵も聞いてこない。男爵はフォルマル商会が情報流出の起点となったことを既に知っていて、それを評価した上でここにいる。

 

(この男爵、かなり危ない相手だぞ……!)

 

 男爵の扱いを『取扱注意』から『要警戒』に引き上げる。僕の体がこわばったのに気がついたのか、イヴァンが体をすっと前に倒し、指を組んだ。イヴァンが前に出てくるのは、僕が冷静ではない証だ。小さく息をつく。

 

「それで、何が目的だ?」

「イヴァン」

 

 やはり正面突破をしかけるイヴァン。軽くその手を叩いて、口調だけでも直させようとする。……多分、男爵にはポーズだとバレている。それでも、止めないわけにはいかない。

 

「いいよ、コリン。イヴァンにとって僕を信じる理由はないわけだしね」

「それで、男爵殿はその理由を提示してくれるのか?」

「提示できるかどうかは、君たちがスラム街で何をしようとしているか次第だね」

 

 いきなり男爵が本題に触れた。

 

「でもまあ、君たちに拘る理由は説明できると思う。こっちの事情を話すよ。口止めもしない。言いふらしても良いし、利用してもいい」

 

 それは『その程度の情報しか流さない』ということと同義だ。……ミスター・ブラックカランズのところに殴り込んだあの日、目の前の男爵は『寮に()()』と言っていた。すなわちあのタイミングで入学か転入をしている。つまりは初等部入学の六歳か、中等部入学の十歳のどちらかだ。見るからに年下だから、六歳だろう。

 僕も父さんからは『そんなに急いで大人になるな』と言われてきたけれど、どちらが年上かわからなくなる。これでも十歳の誕生日は迎えたんだけどな。

 

「……拘る理由とは?」

「君たちを恨んでいないというのは前提条件として押さえておいてほしいんだけど、僕は四ヶ月前までは隣のファイフ公爵領で浮浪者をしていて……たまたまバリナード公爵の車列の歩荷として、あの現場にいたんだ」

「……お前、それでよく『殺す理由がない』なんて言えたな」

 

 イヴァンが冷や汗を掻きながらそんな言葉を捻り出す。……歩荷を斡旋していたのはフォルマル商会だ。

 

「本音だよ。死にかけたけど今は生きているし、公爵閣下の采配で貴族になった。感謝こそすれ、恨む理由はない」

「そんな理由のお情けならいらないぜ、貴族様」

「もちろん。僕の理由を晒せば君たちがこっちに着いてくれるなんて思ってないよ」

 

 男爵は自然体でそう返す。……そりゃあ自然体のはずだ。多分この宿は男爵のご家族の肝煎りだ。その背後には間違い無く公爵家が控えている。ここでトラブルを起こしてしまったら、僕もイヴァンも五体満足では帰れないだろう。

 そもそも、ポーレットという名字からして、オーストレス川流域を支配しているポーレット子爵家の嫡男だ。セドリック・ポーレットは若くして宰相として取り立てられたほどの実力者。その後継者にバリナード公爵が()()()()()ということはそれだけ公爵閣下も彼を重用しているということでもある。

 

「それでも僕の過去を明かしたのは、黙っていては不誠実だと思ったからだ。信頼は一瞬で消え去るし、お金で買い戻せるものでもない」

 

 そう言って男爵はすっと指を組んだ。白手袋に包まれた手だった。

 

「信頼は仕事に結びつく。信頼が無くなれば買い手もつかなくなる。だからこそわからない。……どうして君がどこにも拾われずにこんなところでホームレスをしているんだ?」

「……今あなたが仰ったとおりですよ。信頼が無くなれば買い手もつかなくなる」

「だが君が弓を引いたわけでもあるまいし、名前を変えて別の所に紛れ込むことだってできたはずだ。でも、そうしなかった」

 

 コリン。と男爵が呼んでくる。

 

「君には名前を捨てられない理由がある。コリン・フォルマルでしか果たせない何かがある。そうだね?」

 

 ……この男爵、やっぱり危険だ。

 

「もし僕が、商会解散の敵討ちで本当に公爵家に弓を引いたら、どうします?」

「それは困るなあ……でも、そうだとしたらなおのことスラム街というのが腑に落ちない。貴族とのコネクションをより得やすい商人に名前を変えて潜り込むほうが建設的だ。だから、目的はスラム街にある、違うかい?」

 

 イヴァンですら黙り込んでいる。どこまでこの男爵は網を広げているんだろう。

 

「……お手上げです。エルジック卿」

「坊ちゃん」

 

 男爵の言うとおりだ。男爵は僕たちを何らかの意図をもって利用しようとしている。

 

 ならば。

 

「でも、ここで諦めるわけにはいかないのです。……敵討ちというのは本当です。でも弓を引くべきは、公爵家じゃない。……父に情報を売らせた奴がいます」

 

 僕も、男爵を利用する。利用しろと彼が言った。それでどんな目にあっても、文句はあるまい。

 

「ミスター・ブラックカランズ、クリストフ・ファルマンだな」

「……ご存じだったのですか?」

「ご存じもなにも、同じ学園生だからね。僕を見かけて死神でも見かけたような顔をしていたよ」

 

 男爵が肩をすくめる。

 

「クリストフ・ファルマンの父親はウィズ・ファルマン侯爵。このシェフィード市の市長を信任されている名士だ。そんな人物に繋がる筋が公爵家の移動ルートを売らせたとなると、そのインパクトは計り知りれない。なるほど。コリンはそれを白日に晒したいのかい?」

「商会が情報を漏洩したのが事実である以上、父は処刑されて当然でした。しかしながら我が一族の商会を贄として切り捨てたやつらがのうのうと生きているのは、鼻持ちにならない」

 

 男爵はそれを聞いて、小さくため息をついた。

 

「そもそもの話になって悪いんだけど、どうして歩荷の斡旋をフォルマル商会が?」

「フォルマル商会はもともと医薬品を中心とした販売ネットワークを抱えていて、それを商会内部の輸送網をつかってやりとりしていました。元々ファルマン市長はうちのスポンサーで、輸送網の強みを評価して公爵閣下に紹介いただいたと聞いています」

「スポンサー、ね……」

「ファルマン市長はうちの医薬品の斡旋を希望していました。……公爵軍向けの医薬品として、もしくは、嗜好品として」

「大麻……いや、阿片か」

「はい。鎮痛剤として有用ですが、父は販売を渋っていたようです」

 

 男爵はどこか嫌そうな顔をする。

 

「で、情報を売らせて、取り潰した?」

「おそらく、うちの商流をそのまま乗っ取られたものと思われます」

 

 男爵はそれを聞いて考えこむような仕草を見せた。

 

「……なるほど、ね。大麻や阿片の依存性はすさまじい。売人ネットワークを構築できれば莫大な儲けも出るだろうし、それを使って人を一カ所に繋ぎ止めることもできるわけだ。……不愉快極まる」

 

 男爵はちらりと僕を見る。

 

「コリン、イヴァン。地獄を見る覚悟はあるかい?」

「ここがそうさ」

 

 イヴァンが即答。僕は意図を掴みそこねた。

 

「……復讐は生産性がないとか、そういう話であれば承知の上です」

「僕自身、私刑には全くもって賛同できない。せめて……そうだね。そういうのは手続きを踏んでやるべきものだ。公が公平に裁いてくれるという幻想を信用しろというには、この国の制度は未熟だけどね」

「国王陛下への不敬ととられますよ」

「であれば、国王陛下に未熟な制度を運用させている議会と家人の失策だよ」

 

 この男爵、言うことが結構滅茶苦茶だ。

 

「……君の素性をミスター・ブラックカランズは知っているのかい?」

「わかりません。父の失脚前にファルマン市長には一度面会したことがありますが、クリストフと面識はありませんでした」

「ウィズ・ファルマンがどこまで情報を連携しているか次第か……コリン、商会の雪辱を果たしたとして、その後はどうする?」

「どうするもなにも、僕には帰る家はありませんからね。どこかで雇ってもらえないか探しますよ」

「そうか……わかった。じゃあ、商談に入ろう」

「商談?」

 

 男爵は氷のような目をこちらに向けている。

 

「僕はバリナード公爵家に恩があって裏切れない状況だ。その状況下において、ファルマン市長の謀反は看過できない状況にある。個人的にはわざわざ路地裏を薬漬けにしているのは気に入らないし、できるだけ改善したい。故にそれらに関する情報の提供を期待し、君の活動を支援する」

「……分の悪い賭けですよ」

「もちろんわかっている。でも、リコッタ様が巻き込まれる可能性も高い以上、こちらも手をこまねいているわけにもいかないんだ。こちらもクリストフについてわかった情報があれば連携する」

 

 さて、と男爵が会話を切る。

 

「僕は君を利用する。コリンも僕を利用しろ。その上で必要なものはお互い融通したいね」

「……エルジック卿、本当にそれだけですか?」

「どういう意味だい?」

「あなたが動くのはリコッタ閣下のためというのはわかりました。では、あなたが得る実利は?」

「……そうだね。自己満足と、わずかな報酬と、次なる義務。そのあたりだろうね」

「あなたが得るものが労力に対してあまりに不釣り合いです。その恩を使って、僕やイヴァンを巻き込むつもりですか? あなたは僕たちに恩を売りたいように見える」

「もし君たちが、僕の道行きに付き合ってくれるなら」

 

 そう言って男爵は立つ。

 

「他人のためにスラム街にまでついてきてくれる友人がいる。……君はきっと『良い奴』だ。その良い奴の仮面をかなぐり捨ててでも真実を得ようとするならば、その先は地獄だ」

「わかったような口をきくな」

 

 イヴァンが僕より先にぴしゃりと言った。

 

「汚名を着せられ、命からがら逃げ出した坊ちゃんの痛みも、旦那様がどんな気持ちで坊ちゃんを送り出したのかも知らないくせに」

「もちろん僕にはわからないよ。僕はイヴァンでも、コリンでもないからね。でも、スラム街の過酷さは知っている。義憤に燃える気持ちの厄介さもね」

「義憤だと?」

「そう。義憤だ。僕も捨てられずにいる。それを個人的なものだと偽り、復讐とラベリングした。……その先は地獄だ」

「……それでも、僕はそれを選ぶ。僕の意志で。僕の責任で、選ぶんだ」

 

 男爵は、僕の答えを聞いてどう思ったのだろう。わからない。でもどこか、悲しそうに見えた。

 

「なら、きっと君と僕は共犯者になれる。コリン・フォルマル……ようこそこちら側へ」

 

 男爵が……アオ・ポーレットが手を差し出してくる。

 

「契約は対価がセットですよ、アオさん」

「ならば、どうしてもマズくなったらフィッツロイ男爵領にかくまうよ。……ジャンさん、まだ他言無用でお願いします」

「またレナ様が怒りますよ」

「その時は怒られますので、一緒に頭を下げてください」

「まったく……困った領主様です」

 

 代官がため息をつく。

 

「それでも、アオ様のことですから止まる気もないのでしょう?」

「はい」

「でしたら、ポーレット家の使用人としても、それを支えるのが勤めですので」

「ありがとうございます。頼らせてもらいますね。……ミネット」

「はい!」

「コリン達との連絡チャンネルを確保する。定期的にミネットはここに顔を出すようにしよう。……ここのパイが美味しいから、時々僕がお使いを頼んだ体でいこう」

「わかりました」

 

 メイドさんがぺこりと頭を下げる。

 

「コリン、ブラックカランズの人員とコミュニケーションを密にしてくれ。おそらく近々ミスター・ブラックカランズも動くはずだ」

「……既になにか掴んでいるのですか?」

「というより、僕の素性は当然向こうに伝わっているからね。それに僕はリコッタ様から一方的に許嫁認定されてしまっていて……既に彼から圧を受けている。この状況で『ブラックカランズ』に接触したんだ。向こうは乗っ取りを警戒している」

「警戒しているんじゃなくて、事実でしょう?」

「そうとも言う」

「……わかりました。やれるだけやってみます」

「頼むよ」

 

 アオが僕の肩を叩く。それが面会時間終了の合図だった。




ようやく切り崩しに入りました。……こいつあんまり学生しないな!?

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次回 メイドとしてのわたし



【祝!】本作、書籍化が決定しました!
現在とある出版社さんと書籍化に向けて対応を開始しています。
まだまだ明かせることは少ないですが、決まり次第ご報告いたします!

がん! ばる! ぞー!

また書籍化に向け、タイトルを(ものすごく微妙に)変更しました。
旧:公爵公女の義腕騎士-転生者、ホームレスから成り上がる-
↓↓↓
新:公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-

これからも応援よろしくお願いいたします!
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