【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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晩餐会の夜

 今日は風の日、週の終わりだ。

 

 一週間の授業が終わると、全校生徒が大食堂に集まり、みんなで晩ご飯を食べる。ここでも王の寵児(キングス・スカラ)は一段高いところで食事をとることになるし、当番の生徒のサーブを受けながら食事を取ることとなることもあり、遅刻は許されない。

 

「ま、間に合った……!」

「良かったっすよほんと……飛ばした甲斐があったっす……!」

「本当に助かりましたビオネッタさん」

 

 荒い運転の馬車から転がり出るようにして大食堂がある建物に飛び込む。馬車の中で参事官飾緒から主席飾緒に取り替え済なのですでに学生モードだ。おかげで車酔いしかけたけど。

 

 入学からおおよそ一か月がたったこの日、僕は午後から授業を欠席して登城していた。バリナード公爵閣下の采配によって僕に『宰相執務局付参事官』の肩書きがついて仕事が割り当てられたためだ。門番も顔パスで通してくれるようになったのだから、とんでもない好待遇である。

 

 目的はもちろん、硝石関連の事務推進。

 

 公爵閣下はチャップマン宰相に『広水連の制度設計もやったんだから、アオにやらせてみればいい』と言ったらしく、またもや実施体制構築から着手することになった。制度設計のタイムリミットは四ヶ月。公爵家の公印というマジックアイテムで強権を振るえるとはいえ、用地買収含めての期間だからとんでもない短納期(ショート)要求である。半分やけくそで承諾して制度設計に取りかかる。

 

 とりあえず、チャップマン宰相を委員長に置く『硝石採取人制度設計委員会』を設置した。僕は事務局長として参画。委員の定員は三十六名。メンバーにはチャップマン宰相の呼びかけにより、シェフィード市の水道長や農政局長に文書部長などの幹部をはじめ、公爵領宰相執務局や果ては公爵軍の輜重部隊の次長まで、歴戦の猛者が集まった。その委員を『法務』『調達』『人材』『製造』『輸送』『利活用』の六つのワーキンググループに振り分けて検討を開始したのが先週。

 

 事務局にはチャップマン宰相が腕利きの事務員を複数人まとめて宛がってくれたので会議運営や、委員間の調整はすこぶる順調で、今日の午後は初めての週次定例報告会。気合いを入れて臨む必要があった。

 

 結果的に気合いを入れて正解だった。案の定報告会が荒れに荒れたからだ。

 

 公爵閣下の推薦とはいえども六歳児が事務局長となれば、良い感情を持っているはずがない。名誉職に近い委員長は別として、実務を取りまとめる事務局長はお飾りでは済まないからだ。もちろん僕の本業は学生なので、平日の実務は事務局次長や各グループ長にお任せせざるを得ないとしても、その進捗と内容は掌握する必要がある。

 

 だから僕個人への感情如何によらず、報告はきちんと上げてもらわなければならない。あいまいでは済まないところも多いので確認を繰り返すと、すぐに空気がお通夜になった。チャップマン宰相が『これは公爵閣下の勅命により設置された事業であるから、各員より一層の奮闘を期待する』なんて追加で発破を掛ける事態にまでなった。

 

「それにしても、アオ様は物怖じしないんすね」

 

 苦笑いを浮かべながらビオネッタさんが聞いてくる。

 

「しますよ。しますけど制度設計の最初期に上がるような単純な懸念事項に目をつぶって進めるわけにはいかないですから」

「だからって輜重部隊の副長をやり込めるのはあまりに肝が据わってるっす。あのお方、公爵閣下の遠い親戚っすよ」

「あれは利活用ワーキンググループの計画案があまりにザルだからです。調達のみならず、輸送ワーキンググループとすら擦り合わせをしていないのは怠慢でしかありません。木炭の現地調達なんてさせたら市民の分まで接収しないと間に合いませんよ。せめて植林関連のスケジュールをはめる枠ぐらい作ってきてくれれば僕だって黙りました」

「そう言われるとぐうの音も出ないっすね……」

「それに、血筋で優劣が決まるなら皇帝に公爵が勝てますか?」

「……今のは聞かなかった事にするっす」

 

 意図的に混ぜっ返した反論をすると、ビオネッタさんはやれやれといった雰囲気で肩をすくめる。身分や血筋でものを言ってくるお方の相手は疲れるが、まあ、論理で押さえ込むしかあるまい。

 

 ともかく来週の定例報告会までにはある程度の進捗を出さないといけない。これだけの人員を導入する時点で、かなりの予算が動いている。成果を出すにはかなりの速力で走らないといけないから、僕がまだ子どもだとか、そんなくだらない鞘当てをしている時間はないのだ。不満が噴出しようが、裏で陰口をたたかれようが推進するしかないのである。

 

「それにしても、ビオネッタさんが副官としてきてくれて助かりました。ミネットを連れ込む訳にはいきませんからね。ありがとうございました」

「姫様のわがままっすから、御礼は姫様に」

 

 そんな会話をしつつ服装をざっと確認し、大食堂へ入る。ビオネッタさんとはここでお別れだ。

 

(毎度思うけど、すごいんだよなぁ、ここの大食堂)

 

 前世で読んだ魔法使いの海外小説を思い出す。列車に乗るために柱の中に飛び込んだり、箒で空を飛んだりはしないけれど、たしかあそこもこんな大聖堂みたいなところでパーティをしていた。ガヤガヤとしている廊下を進み、正面の一段高いテーブルに向かう。

 

「あっ! アオ様!」

「こんばんは、リコ様」

 

 ぱっとこっちを振り返って声をかけてくるリコッタ。隣の椅子をポンポンと叩くあたり、あそこに座ればいいらしい。

 

「お城はいかがでしたか?」

「チャップマン宰相にはかなわないですね」

 

 そう言いつつ席に着く。もう料理も到着していた。本当に駆け込みといった感じだ。今回僕たちのテーブルを担当するサーブ当番はマハマらしい。料理を置く関係で回収していた膝掛けを、マハマが僕に差し出してくる。

 

「本当にアオはお城に行ってたんだな」

「嘘をついてどうするんだい?……ありがとう。マハマ。いろいろお待たせしてすまなかった」

「どういたしまして。給仕役は追加でお菓子もらえるからいいね」

「違いない」

 

 どうやら当番の生徒達は追加で特別食が配られるということで、結構志願者も多い。こればかりは王の寵児(キングス・スカラ)は絶対にありつけない待遇である。

 

「アオ様のお料理はわたくしが運んだんですよ!」

「それはお手数をおかけしました。リコ様」

「おかげで僕の仕事がありません」

 

 マハマがそう言って笑う。

 

「といっても、ファルマンさんにもお手伝いいただいたんですけどね」

 

 リコッタの言うファルマンさんはクリストフ・ファルマンだろう。ちらりとそちらに視線を送ると、肩をすくめている彼と目が合った。どうやらこちらの会話を盗み聞かれたらしい。

 

「みなさん無事にここにまた集うことができました。今週も皆で食事ができることを女神ディアナに感謝し……」

 

 校長だというすごいヒゲの長老の挨拶が入った。指を組んで食前の祈りをする。ちらりと横をみるとリコッタも真面目に祈っている。お祈りが終ればみんなで食事。今日はラム肉のソテーをメインにした食事らしい。ベリー系、たぶんブルーベリーか何かを使ったソースがかかっている。

 

「……あ、このお肉美味しいですね。ちょっと苦みがきいてて」

「そうですか?」

 

 リコッタがお肉料理に口を付けている。僕も口を付けるが甘酸っぱいだけで、あまり苦みもない。とはいえ、僕は何も思わずに食べた羊串をリコッタは味が濃いと言っていたから味覚は僕より鋭敏だ。

 

「それにしても平日に呼び出しとは、アオは大変だな」

 

 僕の向かいに座ったアーノルドが声をかけてくる。

 

「まぁ、内容が内容だしね。僕の都合で太陽の日に変えてくれとは言えないし」

「ととさ……父上に掛け合いましょうか?」

「いえいえ、リコ様。他の方の方がお忙しいのですから、大丈夫ですよ」

 

 リコッタにそう返して肩をすくめる。

 正直なところチャップマン宰相にこれ以上負担を掛けさせたくないというのが本音だ。入学前に初めて会ったとき、今すぐにでも席を用意するという宰相の冗談は、あながち冗談ではなかったらしいというのは最近わかってきた。宰相執務局は少数精鋭で回さざるを得ない魔境だったようだから、ちゃんと言うことを聞いて事務を回せる人が枯渇しており、僕に仕事を仕込んでなんとかしたいというのがありそうに見える。

 

「そういえば、父上にアオの事を手紙で伝えたんだが」

 

 アーノルドが会話を切り出す。アーノルドの父上といえば伯爵だったはずだ。

 

「ホランド伯に?」

「あぁ。その返事が先ほど返ってきた。来月あたりバリナード城に登城するそうで、そこにあわせて是非とも会いたいそうだ。特命とはいえ六歳の参事官ということで興味津々だったぞ。面会の日程を調整させてくれとのことだ」

「わかった。公爵領南方の鎮守を任されているホランド伯にお目にかかれるとは光栄だ。喜んではせ参じますとお伝え願えるかい?」

「助かるよ。もちろん俺も同席するから安心してくれ。あー……でも筋トレには付き合わされるかもしれないが、それでもいいよな」

「喜んで。僕もいつか戦場に出る身だ。前線を知っている方の教えを得られる機会は貴重だからね」

 

 魔導術の授業で聞いた限り、アーノルドの近接戦闘特化の魔導術は父親仕込みだ。その技術を盗めるとしたら会わない手はない。

 

「もう、アオ様は人気者ですね。妬けてしまいますわ」

 

 リコッタがそう言って膨れて、でもどこか楽しそうに僕を見てくる。

 

「私も鼻が高いです。この人が私のお婿さんになるんだと思うと!」

「恥ずかしいのでやめてくださいリコ様」

 

 そのやりとりを見てアーノルドが苦笑いをしながら僕を見てくる。でも助け船は出してくれないらしい。

 

「どうしてですか。理想の家庭を作ることこそ、夢見る乙女の現実ですのに」

 

 リコッタはそんなことを言っている。

 

「……現実?」

「はい! 女の子なら誰だって、理想の殿方に見初められしあわせな家庭を築くことを夢見るものです。女神だってそう言っています」

 

 そう言って僕の手を取るリコッタ。どこか紅潮した顔で僕を見てくる。

 

「そ、そうなのですか?」

 

 すごく間抜けな返答をしたと思う。こういうときに気が利いたことが言えないのはなんとかしたいが、リコッタの圧に毎回押し負けてしまう。

 

「そうです! いつだって愛はその熱で体を燃やし、その熱はきっと世界を壊してしまうのですから。誰かを頼らずにはいられなくなるのです」

 

 リコッタの言葉に、アーノルドが黙り込んでいる。こちらを見ているマハマも困惑顔だ。

 

「わたしたちはいつかその恋で焼け落ちるとわかって飛び込む羽虫。でも飛び込むのが悪だとは、ディアナも言わなかった」

 

 ……おかしい。

 

「魔女狩りだってそうです。きっと皆恋をして、そして焼かれて落ちていく」

 

 リコッタの声がどんどん大きくなる。

 

「リコ様」

「だれも止められないのです。夜が明けるからといって目を冷ますのではなく、目を覚ましたから夜が明ける! だから夜明けを連れてきたあなたは」

「リコッタ様!」

 

 目の焦点が合っていない。リコッタは僕すら見ていない。腰をあげ、こちらに近づいてくるリコッタ。テーブルにぶつかって、カトラリーが床に落ちる。ベリーの濃い色合いのソースが床にこぼれた。

 

「あなたは……」

 

 彼女の体はふらついている。 瞳孔は開ききっていて、僕の手を取っている彼女の手が強く握り込まれるのが見えた。

 

 異常な散瞳。顔の紅潮。体の震え。リコッタは、僕ではない誰かと話していた。おそらくはせん妄の症状。

 

「私の身を、焦がしてしまうのです」

 

 ぐらりと彼女の体が(かし)ぐ。とっさに引き寄せ、頭を打つことだけは防ぐ。

 

 もう間違いないだろう。

 

「リコ様!」

 

 彼女は、毒を盛られたのだ。




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