【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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■□■ 警 告 ■□■

この回は直接的な暴力描写があります。
注意して閲覧のほどお願いいたします。


血と覚悟

「アオ!」

「アーノルド、アイリスまで。寮の門限はいいのか?」

 

 公爵閣下との作戦会議を終えてビオネッタさんとシャルちゃん先生も一緒に学校へ戻ったのだが、建物に入るや否や魔導術入門の仲間が駆け寄ってきた。

 

「あの……リコッタ様は……!」

「命に別状はないよ。今はお城で療養中。しばらくはお城で治療が必要そうだ」

 

 そう言うとアイリスの膝から力が抜けて、アーノルドがその肩を支える。

 

「よか……ったぁ……!」

 

 アイリスは本当にリコッタを敬愛しているから、気が気でなかったのだろう。そんな彼女を危なげなく支えるアーノルドの様子を見る限り、知らせを待っていたアイリスにアーノルドが付き添っていたという状況だろうか。

 

「どうなることかと思ったが……無事ならよかった」

「うん。本当に、運が良かったよ」

「運がよかった?」

 

 アーノルドがオウム返しに聞いてくる。

 

「ああ……きっとね」

 

 そう返しつつアーノルドを見る。

 

「僕たちが離脱した後は?」

「もうしっちゃかめっちゃかさ。晩餐会は即中止。各寮ごとに分かれて解散。ほとんど料理を食べてないからパンが配られてそれでおしまいさ。あとは誰がリコッタ閣下に毒を盛ったのかで一悶着あって、リコッタ閣下にサーブしていたジョン・マハマが事情聴取中らしい。上級生が彼を連れてった」

「マハマを?」

 

 聞き返すとアーノルドが頷いてきた。あまり良い兆候ではない。

 

「シャルちゃん先生とビオネッタさんも付いてきてください。……マハマにまずは話を聞きます」

「わかった!」

「それはいいんすけど、なんで私まで?」

「令状が本物だと証言して一番信用されるのは、聖ディアナ騎士団に籍を置くビオネッタさんです」

「れ、令状……?」

 

 アイリスが回復してきたのか、そう問い返してきた。

 

「情報収集を公爵閣下から直々に任されてね。本件にあっては、僕が公爵領参事官として学院内における初動捜査を掌握する」

「学院で参事官権限を使う気か!? 仮にも学院敷地内は国王陛下の直轄だぞ!」

「公爵閣下の許可は取ったし、シャルちゃん先生の承認ももらったしね問題ないはずだよ」

「おかげで落ち着いたら学院長から大目玉かもしれませんが……」

 

 ため息をつくシャルちゃん先生。

 

「問題になったら公爵閣下に頭を下げてもらいますよ。それに、最悪解雇とかになっても公爵家がカバーします。ご安心ください」

「どこに安心する要素があったのかな?」

 

 雇用という面では安心だと思うのだが、僕の認識がずれているだろうか。

 今回の騒動でシャルちゃん先生が医療系の魔導術を含めた術式の高速展開ができること、それを公爵家の御用医師が認めるレベルで即座に展開、安全に適用できることが公爵家に知られたことになる。公爵閣下のことだから、かなり強引なヘッドハントをかけてもおかしくないことは黙っておいた。

 

「毒殺騒ぎが発生したっていうスキャンダラスな話題の初期消火を公爵閣下と僕で代行するんだ。学院にとってもメリットがある。お小言を言われても、それ以上の動きは取れないとみてるよ。大丈夫」

 

 その説明は公爵閣下からもビオネッタさんからも聞いた。あくまで代官として僕が行使する事になるので僕はノーダメージだが、振る舞いには気をつける必要がある。少なくとも敷地内でこれ以上傷害沙汰を起こすとマズいことになるのは間違い無いのだ。

 

「なんつーか……とんでもないな」

「なりふり構っていられる状況じゃないんだよ」

「そうか……俺たちにできることはあるか? 何でも言ってくれ」

「マハマがどこで聴取されてるか知ってるか?」

「つれて行くよう言ったのは狗鷲寮のファルマン先輩で、穴熊寮の先輩達もいたから本校舎のどこかだ。結構な人数になるし……多分、こっちだと思う」

「急ごう」

 

 アーノルドについていきつつ僕は肩を確認。参事官としての飾緒がいつもの主席飾緒といっしょに掛かっている。代執行命令を出すなら、こちらの身分が一目でわかる必要がある。この学校でこの飾緒の意味を知っている人間がいるかどうかだが、それでも必要な処理だ。

 

(クリストフ・ファルマンがマハマを連れていった……か)

 

 誰かの怒鳴り声が遠くで聞こえてきた。思ったより探し回らずに済んだ。

 

「やっぱりこうなるか。ビオネッタさん、念のため構えておいてください」

「はいっす」

「アイリスは外で待ってて大丈夫だよ。多分かなり酷いことになってると思うから」

「えっ……?」

 

 そう言いつつ脚を早め、騒音の元になっているドアをノックもなしに無理矢理押し開けて怒鳴る。

 

「全員動くな!」

 

 おそらく、美術用の道具が仕舞ってある部屋なんだろう。広くない部屋に十人近くみっちり詰まっている。

 

「……アオ?」

 

 その人混みの中央、ささくれだった古い木の椅子に後ろ手に縛られた姿勢で座らされているマハマが見えた。衣服は全て剥がされ、裸で固定されている。ほとんど開いてない目で僕を見ようとしたようだ。それを見た瞬間、僕の頭の奥底に低い沸点で煮える何かを叩き込まれたように感じた。

 

 床に転がるのは砕けた歯に毛根ごと引き抜かれた髪、生爪や血の付いた糸通し。彼の腰から下は血だらけで、血で汚れていないところを探す方が難しいぐらいだ。

 

「貴様ら……一体何をしているっ!」

 

 追いついたアーノルドが「うっ」と声をあげていた。シャルちゃん先生はマハマを見てあわてて飛び込む。おそらく脚の骨が折れている。シャルちゃん先生は治療に入るつもりだろう。

 

 穴熊寮の人員は見覚えがある。僕に人付き合いは選べと注意してきた先輩だ。

 

「ポーレットか。口の利き方には……」

「全員動くなと言ったのが聞こえなかったのか?」

 

 穴熊寮の先輩にそう言って牽制をしつつ、令状を開く。

 

「一年がどういう」

「もういい黙れ。動くな」

 

 冷静であれと言い聞かせつつも、口は止まらない。

 

「トマス・バリナード公爵閣下は公爵令第四〇六三号に署名され、リコッタ・バリナード第一公女閣下への傷害事件に関する調査を、このエルジック男爵兼オーストレスのフィッツロイ男爵であるアオ・ポーレットが掌握するよう命ぜられた。この令に基づく本件調査のため、クリストフ・ファルマン以下十一名にあってはこの部屋からの速やかな退出を命じる」

「な……」

「この命令は公爵閣下から職権を預かり発しているものだ。抗命してもかまわんが、それは公爵閣下の命に背くものであると理解してから抗うように」

「ま、暴れたいなら聖ディアナ騎士団が准騎士、ビオネッタ・ファルカが相手になるっすよー。令状とエルジック卿の身柄は現状公爵家の庇護下にあるっすからねー」

 

 どこか気が抜けた警告を発するビオネッタさん。

 

「わかったら出て行ってくれ。治療と取り調べの邪魔だ」

「ふざけんな! この新大陸がやったに決まっている!」

「証拠はあるのか?」

 

 僕の方が背が低いので、下から睨むような形になる。

 

「こいつが出した飯でリコッタ閣下が傷ついたんだぞ!?」

「ではなぜシェフを疑わない。なぜ毒味役を疑わない」

 

 答えが返ってこない。ここで踏み込むべきではない。黙ったのならここで僕も引くべきだ。

 

 わかっている。わかっているんだ。

 

「シェフも毒味役も新大陸出身じゃないからか? こんなことをするのは野蛮な新大陸人でなきゃありえないからか?」

 

 あぁ、僕は怒っているんだなと自覚する。

 

「答えないなら言ってやろう。君たちは意志と忍耐力が()()()()()し、自分たちの中に犯人がいるかもしれないという恐怖に耐えきれないだけだ」

 

 自分と似たような人間が、おぞましいことをしたという事実に耐えられないのだ。そしてその状況から脱するために、自らの正当性を証明するためなら、何でもできてしまう。

 

 それが正しいと信じて、なんでもできてしまうのだ。

 

「だれでも良いから犯人として吊るし上げ、異物は排除したのだから日常に戻れると安心してしまいたいんだろう?」

「そんなわけ……」

「ならば君たちの心証以外の証拠を出してみろ!」

 

 怒鳴りつけると後ろでかたりと音がした。アイリスが部屋をのぞき込んで真っ青な顔をしていた。

 

「君たちの行動は公爵領としても看過できない危険な行為だ。彼以外に犯人がいたのなら君たちが勝手に彼を(にえ)にしたことで、毒殺しようとした犯人がのうのうと君たちの学園生活に紛れ込む。君たちはその恐怖に耐えられるのかね? その時はどうする? 誰を生け贄にするんだ? それとも新大陸出身の生徒を皆殺しにするのかね」

 

 答える声はない。

 

「そもそもだ、この血の海を学院長や公爵閣下にどう申し開きする気だ? 犯人かどうかもまだわからない一般生徒を証拠もなく出自だけで犯人だと決めつけ、歯を砕き、髪を抜き、骨を折ったんだぞ」

「お、俺たちを脅す気か!?」

「一般生徒への集団暴行について、僕は一生徒として事実を学院へ報告するだけだ。君たちが学院に泣きつこうが逃げ出そうがシラを切ろうが親に金を積んでもらって解決しようがなんでも好きにすれば良いさ。……わかったらさっさと出て行ってくれ。僕もいいかげんマハマの話を聞きたいんだ」

「だが……」

「これが最終通告だ。クリストフ・ファルマン以下十一名、この部屋から退出しろ。従わない場合は聖ディアナ騎士団に強制執行を命じる」

「はいはい、出て行くっすよー」

 

 ビオネッタさんが生徒達を追い出していく。クリストフと一瞬目が合ったが、今ここで言葉を交わすと、いろいろと良くないものが口から出そうだ。意図的に無視をする。僕も人ができていない。

 

「くそっ、あいつら人間じゃねぇな」

 

 アーノルドが吐き捨てるようにそういった。顔の青いアイリスもこくこくと頷いていた。

 

「人間だよ……悲しいくらいにね」

「逃がしてよかったのかよ」

「放っておけばいい。それよりも今はマハマの対処だ」

 

 マハマの隣に膝をつく。

 

「……マハマ」

「ごめん」

「謝るな。僕に必要なのは情報だ。謝罪じゃない。シャルちゃん先生、医務室まで彼を運んで大丈夫ですか?」

「もう少し待って。止血と骨だけ何とかしちゃうから。……よし! 多分これで大丈夫なはずだけど……この歯まだ乳歯だよね?」

「はい。きょうかん、どの」

 

 マハマの声が弱い。もともと魔力がほとんど無いマハマだから、僕の左目で見ても普段と情報の量は変わらない。

 

「……アオ、ぼくはやってないんだ。やってないんだよ……」

 

 僕はそれに答えられない。僕の予想ではマハマはシロだが、それを裏付ける証拠もない。証拠がないうちは、決めつけるべきではない。限りなく黒に近いグレーがシロであるように、現状彼の犯行を否定できる要素もない。だから彼は犯人ではなくても、容疑者であり続ける。

 

「それを確かめに来たんだ。まずは治療して、話を聞かせてくれ。アーノルドも協力してほしい。君はリコッタ様の向かいに座っていたから、よく見えたはずだ」

「もちろん。そのために残ったんだ」

 

 アーノルドは真面目にそう言ってくれた。

 

「わ、私もできることがある……なら……!」

「うん。話を聞かせてほしい」

 

 アイリスにもそう返しつつ、僕はマントを脱ぐ。マハマの服はどこにあるのかすぐには見つからなかった。今はこれで身体を隠しつつ少しでも保温する。

 

(僕も、公爵閣下を笑えない)

 

 怒りでふつふつと煮える頭を振って、まずはマハマを治療の為に運び出すことにした。




さて、そろそろ話をまとめに入らないといけません。気合いいれて行きます。

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