【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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それでもあなたを信じる

 アーノルドとアイリスから話を聞いてから寮に戻った時には、既に深夜になっていた。普段なら寝静まっている時間だが、誰も寝付けないのだろう。どこかそわそわとした気配を感じる。

 

「おかえりなさいませ、アオさま。ビオネッタさんもお疲れさまです」

「ミネット、体調は大丈夫なのかい?」

「お疲れさんっすよー」

 

 ビオネッタさんも疲れた顔だ。そりゃそうだ。仕えているリコッタの暗殺未遂事件があったのだから疲れて当然だ。

 

 もっとも、それでも仕事はまだまだ終わらないのだけれど。

 

「ビオネッタさん、廊下側の人払いをお願いできますか」

「お安い御用っすよー」

 

 部屋にはミネットと二人きり。どこか緊張した表情のミネット。それに違和感を覚えた。

 

「……ミネット、()()()()調()()()()()()()()()()

 

 ドキリとした表情をするミネット。やはり、何かを隠している。

 

「……アオさま」

「うん」

「アオさまの肉料理のベリーソースは、甘かったですか?」

 

 その質問で大体察する。

 

「うん、甘かったよ。……ミネットが食べたのは甘くなかったんだね?」

「はい。症状に気がついたのはリコッタさまが倒れた後です。……少し顔がほてったような感覚がある以外はなにも……」

「おそらく試食の量が少なかったことと、体重の差かな。小柄なほうが毒物に鋭敏に反応するし、そもそも殺せるような量じゃなかったんだろう」

 

 俯いて唇を噛んでいるミネット。涙を堪えるような、そんな仕草に見えた。

 

「わたしが、気がつけていれば……」

「無理だよ」

 

 ここは言い切る他にない。

 

「直前での試食でわかるのはそれこそ青酸カリとか苛性ソーダとか、そのあたりの劇的な反応を示すようなものだ。今回はそんな毒ではなかった。ミネットだろうと、他の人だろうと、検出はできなかった可能性が高い」

「そうかもしれませんが……ですが、わたしが気がついていれば、リコッタさまがあのような目にあうことは……」

「無かったかもしれない、かい? 確かにそうだろう。でもその時は君がそうなっていた。……僕はどちらも嫌だ」

 

 ミネットはそれをどこか複雑そうな顔でそれを聞いている。考えたくない可能性として、ミネットが自分で毒を盛った可能性が消せない。嫌な気分だ。

 

「少し整理しよう。ミネットの毒味した肉料理は苦みがあり、食後しばらくして、顔のほてりに気がついた。これで合ってるね?」

「はい」

 

 つまり毒味の段階で、すでに毒は混入していたことになる。

 

「リコ様の分は、ミネットは毒味をしておらず、聖ディアナ騎士団のメイド隊から毒味役を出していた」

「はい。メイド隊のカルラさんが食べていて、リコさまが倒れるまでは元気にしていました。その後はメイド隊に囲まれて連れ出されていたので会えてませんが……すくなくとも命に関わるような症状ではないはずです」

「なるほど」

 

 もう既に理屈が合わない。

 

 ミネットが試食していたのは僕の分だ。それには苦味があったそうだが、実際に僕が食べた肉料理は甘かった。つまり、僕の口には入っていない。

 

「どうしてこう、嫌な歯車のはまり方をするかな……」

 

 ミネットが僕の分の毒味役になったのは、昨日の夜からだ。志願してきた彼女だったが、僕が毒味役をさせることに反対していたのが昨日まで。そうも言っていられなくなったのが昨夜のこと。デッドドロップ経由でミネットがコリンからの手紙を預かったためだ。

 

「『ミスター・ブラックカランズが元フォルマル商会の船荷受入倉庫に出入りしている。当該倉庫は夜間に無灯火の小船舶の出入りアリ。な『の』らかの薬剤を調達した可能性。警戒されたし』……コリンの忠告通りになってしまいましたね」

 

 夜間の無灯火での河川航行はリスクが高い。それでも灯をつけないのは、つけられない事情があるからだ。密輸品か何かを運んでいる可能性が高い。元々フォルマル商会の主力商品は医薬品で、物流網を引き継いだ市長たちも必然的にその方向に商流を確保することになる。だから薬剤を疑うコリンの警告は筋が通っている。

 

 それに、コリンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これは、僕とコリンしか知らないセーフティだ。コリンが何者かに捕まったなどのイレギュラーが発生した場合に機能することを想定しており『一字一句正確に暗号化された文章』はそれ自体が『緊急事態につき救援求む』を意味する。

 

 つまり、この情報そのものは間違い無くコリンから発せられたもので、ミネットは手紙の内容を僕の口以外から知る手段がない。

 

(そうなると……いったんミネットは信用してもよい……か?)

 

 どちらにしても僕とミネットは毒を仕込んでくる可能性を昨日の夜から想定していた。そのため、ヴィクトリアさんたちの医療支援をいつでも受けることができる状況を確立したうえで、ミネットの毒味を許可したのが今朝。あの会場で桶や水瓶がすぐスタンバイされていたのはそういう事情もあった。

 

「……でも、なぜリコッタさまに?」

 

 ミネットが首をかしげる。僕も顔を上げる。

 

「そこなんだよなぁ……」

 

 少なくとも『ブラックカランズ』にはここでリコッタを標的にするメリットが無い。確かに僕への攻撃としてリコッタを狙うのは有効ではあるもののリスクが大きすぎる。

 

「僕が狙いで、入れ替わったのは別の要因と考えるべきだろうが……そうなるとマハマに罪を押し付けるのは無理筋だ。生徒はサーブをするだけだから毒味の後しか関わらない。毒味前に毒を仕込んだとして、マハマに罪をなすりつける合理性はなんだ?」

 

 毒を入れたタイミングがミネットが毒味する前だったことはいずれバレる。毒味の分も含めて有事は保存されるから、確認されたら一発だ。それでもマハマに押し付ける理由があるはずだ。

 

「……わたしが標的で、うまく効かなかったから、とか?」

「だとしたら今度は逆にブラックカランズにはミネットを生かしておく理由がない。ベラドンナに含まれるアトロピンは猫にとっても禁忌だったはずだ。北方部族のミネットにもよく効くだろう。……その状況でミネットを狙うならまず致死量を仕込む。もしくはその場で血を吐くような派手なものを使う。僕が犯人なら、確実にそうする」

 

 そもそも、ミネットの毒味を許したのが今日という時点で事前にミネットを狙うことは難しいだろう。あくまで狙いは僕であると考えるのが正しいだろうか。

 

「あとなんでベラドンナなんだ。もっと気づかれにくい毒物はたくさんあるはずだ。なぜわざわざベラドンナを使った?」

 

 不安そうなミネットの前を横切って、僕は考えをまとめようとするが上手くいかない。

 

「目的も、毒も、その分量も、対象も、何一つ噛み合わない……」

 

 そう言ってベッドに腰をおろし頭を抱える。

 

「大丈夫ですか……?」

「正直頭の中がごちゃごちゃだ。思ったより動揺しているみたいだ」

 

 正直ここまであべこべだと、そもそも別の犯人による別の暗殺計画とか言われたほうがスッキリする。だがそうだとするなら、その後の彼の動きが説明できない。なぜあの時クリストフ・ファルマンはあそこまで動揺していた? マハマに毒を仕込めるタイミングはなかったのに、無理矢理犯人に仕立て上げようとしたのはなぜだ?

 

「経緯や理由はどうであれ、クリストフ・ファルマンはマハマに全てを押しつけるつもりなんだろうけど、動きが妙だ」

「マハマさんに……?」

「僕と接点があって、僕が信頼している相手だからと、リコッタ様も彼のサーブを了承していたからね。一番料理に接近した人ではあるから、疑われてしかるべき位置に立っていた。でもさっきも言ったけど、彼は毒を盛られた後にしか食事に触れていない。毒を盛った犯人が別にいることはいずれ分かる」

 

 本来はマハマから話をしっかり聞きたいところなのにリンチ事件のせいでもはや話を聞くどころではない。彼には治療も必要だし、なにより今の彼に真実を話してくれといったところで『やっていない』しか話してくれないだろう。彼から冷静な情報を得る機会は永遠に失われたと思っていい。

 

「いま、マハマさんは……?」

「医務室で治療中。骨が折れたり歯がなくなったり爪がはがされたり色々しているけど……」

「けど……?」

「……彼は今回の怪我で子どもを作れなくなったそうだ。治療はしているけど、絶望的らしい」

 

 マハマが縛られていたのを見たあの瞬間に制圧するべきだったのだろうか。

 いや、それはできなかった。少なくとも僕の仕事は情報収集であって鎮圧ではない。少なくとも、それを正当化できる論の立て付けはないどころか、国王直轄の敷地内での活動の時点でもはや権限を広げる余地はない。彼らを正しく裁くためには、こちらの正当性を犯すことはできなかった。

 

 リコッタが倒れたあの瞬間、彼を弾劾するべきだっただろうか。

 いや、それもできなかった。あの場で状況を断定することはできないからだ。リコッタの身の安全を確保するためであっても、いや、だからこそ犯人を的確に炙り出さない限りは目的を達成し得ない。あの場での判断は正解だったはずだ。

 

 何ができた。これ以上の最善があったか。

 

 わかっている。

 

 全部言い訳だ。

 

「……くそったれ」

 

 頭が痛い。額を押さえた義肢は冷たかった。

 

「ミネットに体を張らせたのは僕だ。マハマを巻き込んだのも僕だ。こうなる危険性を認識していたはずだ。それでも推し進めたのは僕だ。その結果、彼女が毒を飲んだ。……僕に、覚悟が足りなかった」

「アオさま……」

 

 たとえ、ミネットが毒を盛ったとしても。

 

「僕の甘さが、君やリコッタを殺しかけたんだ」

 

 行き場のないこの重たい(おり)のような気持ちを先人は後悔と名付けたのだろう。そして、そのツケを今もマハマやミネット、そしてリコッタに払わせている。

 

 そして、現状も甘いままだ。ミネットを疑うべきだと理性が告げているが、それを徹底できていない。

 

 理性をねじ伏せて、それでも彼女を信じるのであれば、そのリスクを背負うことと、周りに背負わせることを受忍せねばならない。

 

 もう、逃げ場はないのだ。

 

「次は許されないぞ、アオ・ポーレット。僕に次はない。次はないんだ。考えろ。考えろ。僕にできるのはそれだけだ」

 

 考えろ。あの状況で僕がリコッタを殺すなら、僕が僕を殺すならどうした? 何が一番効果的だ? そして、この状況になったとして、僕なら次に何をする?

 

「幕引きにはスケープゴートが必要だ。生け贄としてマハマを調達したつもりが、僕が間に合ってしまって使えなくなる。シャルちゃん先生経由ですでに学院も事態を把握した以上は隠蔽も難しい」

 

 どんなストーリーをでっち上げれば、僕の動きが止まる?

 

「シャルちゃん先生を狙う? いや、すでに報告を終えているから無駄足だ。報復したところで王立学院の人員に危害を加えたら今度は王宮を相手取っての紛争になる。そのリスクは彼個人としても組織としてもとれないはずだ」

 

 だとしたら何だ。この騒動をどこに落とし込むつもりだったんだ。

 

「リコッタが襲われて公爵閣下とリコッタの周りは既に厳戒態勢だ。周囲でアンオフィシャルな人員をちらつかせることはできなくなった。……持久戦に持ち込めば間違い無く公爵家陣営がスタミナ勝ちする。突き崩す何かを狙ってくるとして……僕か、やっぱり僕を狙うのが手っ取り早いな」

 

 そうなると次の一手はおのずと限られてくる。

 

「相手は僕が魔導術の知識があることを知っている可能性が高い。最初にリコッタが襲われたあの車列襲撃事件の情報を掴んでいるなら、僕の情報も持っているし、路地裏での戦闘の情報も持っているはずだ。魔導戦闘に特化していると思わせているのは隙として使える……か?」

「アオさま」

 

 俯いた僕の視界の先にミネットのシューズが見えた。そのまま彼女がしゃがんだように見える。

 

 直後、パチンとおでこに衝撃が走る。

 

「いい加減にしてください」

 

 ミネットにデコピンをされた気がついた時には、ミネットのそんな言葉が滑り込む。

 

「ミネット……?」

「なんでもかんでも自分だけで背負い込もうとされるのは、アオさまの悪い癖です。リコッタさまにアオさまがついていたように、アオさまにはわたしたちがついています」

 

 ミネットが怒ったような表情を浮かべているのは、初めて見たかもしれない。

 

「わたしのご主人さまはレナさまですし、わたしはお仕事としてアオさまの育児メイド(ナニー)見習いをしています。ですが、わたしはご主人さまに言われていやいや付いてきた訳じゃないんです。これは前も言いましたね」

 

 ミネットは真っ直ぐ僕を見る。

 

「わたしはポーレット家の奴隷です。そして、わたしはポーレット家の奴隷でよかったと思っています。こんなにも愛してもらった、こんなにも大切にしてもらった。ここまで繋いでくれたのは、アオさまです」

 

 すっと顔を近づけてくる。僕は反射的に身体を反らした。

 

「レナさまとアオさまにわたしは救われたんです。……そんな二人が見ようとしている世界を、わたしも見てみたい。そのためなら、わたしは命をかけたっていい。そう思えるぐらいに、わたしはいま、しあわせなんです」

 

 ミネットに手を取られる。僕には触覚がない。それでも、優しく触れてくれているのがわかる。

 

「だから、命じてください。応えてみせます」

 

 そう言い切るミネット。

 

「わたしは、あなたの力になりたい。なによりまず、わたしが信じるわたしであるために必要なんです」

「ミネット……」

「だから、信じてください。あなたとご主人さまのためなら、わたしはきっとなんでもできる」

「その命令が、君を殺してしまうかもしれないんだぞ」

「それでもです。きっとアオさまなら、わたしを無駄死にさせないでしょう?」

「……そうだね。無駄死になんて、させてたまるか」

 

 彼女の死を、リスクとして受忍できるか。受忍してまで、得るべき成果か。

 

 それが受忍できないとして、僕はそれに納得できるか。

 

 明日は星の日で授業がない日だ。……つまり、ミスター・ブラックカランズも僕と同じようにフリーハンドを得る。

 

 先手を打つには今しかなく、そのためのリスクはここで飲み込んで、動かさねばならない。

 

 ここが、分水嶺だ。

 

「僕の動きを止めるなら、参事官権限を引き剥がすのが一番手っ取り早い。そしてそうなると犯人かどうかは別として、僕を容疑者として落とし込むことを狙う。そうなれば、僕が毒物にアクセスできたと思わせるのが最善で、ミネットに毒味の際に毒を盛らせたという主張をしてくると想定される」

 

 そうなると、毒の出所が僕のそばにあるような工作がされる。

 

 その起点になるなら、ただ一カ所だ。

 

 覚悟を決めろ。アオ・ポーレット。

 

「……ミネットの戦闘力を見込んで、頼みがある」

 

 僕は、僕の意志で彼女を連れて行く。失敗は許されない。僕が許さない。

 

 それが、僕の周りの人々を危険にいざなうのであれば、僕はそれに実力を持って抗う。

 

 僕の言葉にミネットが頷いた。

 

「コリンとイヴァンを緊急で保護する。この深夜に敵まみれのスラム街を突っ切るぞ。付いてきてくれ」

「はい、アオさま」

 

 ミネットが言葉を繋ぐ。

 

「お望みならば、地獄まで」




なんだかんだ言って、アオは甘いし感情的なのです。

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次回 ふたたび、スラム街
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