【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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表と裏から

「コリンさん!」

「うわわわわっ!? ミネットさんっ!?」

「なんだぁ!?」

 

 ものすごい勢いで飛び退くコリンに横で寝ていたイヴァンが叩き起こされている。ゴミ捨て場の脇というのは匂いがきついので新入りが寝てることが多いのは知っていたから、探すのは簡単だった。トラブルがなかったとは言わないが、それでもあっさり見つかった方だと思う。

 

 襲ってきた相手を僕とミネットでしばき倒しながら進んできたのだが、様子を見るに金目の物をたかりに来た奴らばかりだった。連携がとれているわけでもない。事前に僕の行動を予測できていなかったなら、少しお粗末で拍子抜けだ。

 

 ビオネッタさんと、彼女に呼んでもらった聖ディアナ騎士団の応援の方数名に別働隊として離れた位置で動いてもらっていたのだが、そこまでしなくてもよかったかもしれない。

 

 まあ、油断するよりはマシだ。

 

「やぁ、コリン、イヴァンも」

「アオさんも……って、真夜中にそんな格好でこんなところに来るなんてどんな了見ですか! 死にたいんですか!」

 

 「そんな」やら「こんな」やら「どんな」やら、とにかく指示詞だらけの不平を小声で叫ぶという器用なことをするコリン。僕は学院の制服フルセットに王の寵児(キングス・スカラ)としてのまっ白なマントまで着こなした正装だし、ミネットもメイド服。そんな二人夜のスラム街を駆けているのだから、事情を知らなきゃ真っ当な感想だと思う。

 

「いいんだよ。大々的に動くしかなくなったからね。それよりも、君たちが無事でよかった」

「何があったんです?」

「コリンの忠告通りになった」

「……毒、ですか?」

「そうだ。ミスター・ブラックカランズがリコッタ閣下に毒を盛った……状況だけならそうなる」

「はあっ!?」

 

 イヴァンが素っ頓狂な声を上げる。口をパクパクさせていたコリンがなんとか言葉を紡ぐ。

 

「それは……変ですね。理屈が通りません。ミスター・ブラックカランズにも、ひいてはこのスラムにも、リコッタ閣下やトマス閣下を敵に回す理由がない」

「そうなんだよ。少なくともそれをしたところでのし上がれる訳ではない。そもそも致死量が入ってなかったようにも思う。……リコッタ様は小柄なのもあって危なかったけれど、それでも死ぬような量じゃなかった」

「……警告の可能性、例えば『いつでも手にかけれる』というメッセージだと考えていますか?」

「だとしたら要求があるはずだけど、それを誰も受け取ってないんだ。どちらかというと、事件を起こして僕になすりつけようとしたように見える。マッチポンプってやつさ」

 

 そう答えて肩をすくめる。

 

「それを伝えにこんな目立つ手段で僕たちのところまで?」

「それもあるけど、多分君たちが僕の攻撃に利用される可能性が高まった。君たちが僕をハメようとしているんじゃなければ付いてきてくれ。……と、言いたいところだったけど、その前にお客さんだね。ミネット、動かなくていい。待ってた来客だ」

 

 僕が後ろを振り返ると、肩で息をしている人影が見えた。僕たちを追いかけてきたらしい。

 

「こんばんは、ミスター・ブラックカランズ」

「……どういうつもりだ」

「どういうつもりもなにも。僕は事実を早急に明らかにしたいだけです。誰がリコッタ閣下に毒を盛ったのか。そしてどういう経路でリコッタ閣下の口に入ったのか。少なくとも公爵閣下はその解明を望んでおられる」

「そのためにお前を参事官にしたのか?」

 

 コリンが息を飲んでいる。そうか、僕が参事官の肩書を持っていることは話していなかったか。

 

「何を勘違いしているんです? 僕は学園に入学した時点で元々宰相執務局付の参事官だ。お父様のウィズ・ファルマン市長に聞いてみるといい。今回の初動調査を取りまとめるのは、学院に出入りできる人員の中で最も権限が強かったからに過ぎない。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 苦虫をかみつぶしたような顔をするクリストフ。

 

「……何が目的だ」

「ですから、事実の解明です。……それでしか、リコッタ様を守る術はない」

「ならなぜ俺をあの場で切り捨てなかった?」

「おや、自白ですか?」

 

 肩をすくめつつそう口にする。一歩前に踏み出した。

 

「あの場には物証もない。貴方が毒を盛ったということを客観的に証明する手段がない。……少なくともマハマが疑われて反論できない程度には、貴方は正々堂々振舞っていたはずだ。万が一にも犯人ではない可能性が残っているのなら、罰せない。それだけでした」

 

 わざと、過去形で語る。これはハッタリだ。ハッタリでも、ここで下手に出るわけにはいかないのだ。

 

「ですがね、ミスター・ブラックカランズ。僕もそう簡単に許すわけにはいかないんだ。僕の庇護下にあるべき使用人に毒を盛られ、その罪をクラスメートになすりつけられた。あまつさえそれがリコッタ様の口に入った。……それはその罪を白日の下にさらすこと以外では清算しえないものです」

 

 毒の流入ルートに迫っていることを仄めかせておく。こちらが本気であることが伝わってくれればいい。そして、実態以上にこちらが上回ってると誤認してくれればいい。

 

「……何が言いたい」

「ただの警告ですよ」

 

 そう言ってこちらから踏み込む。

 

「ミスター・ブラックカランズ、今夜あなたはここから生き延びる。それはあなたが事実をきれいに覆い隠せたからではないし、ましてや僕があなたを許したからではない。……逃げるなり、お父上に頼るなり、好きにするがいい。僕をちょろちょろさせたくなければ、公爵閣下に直談判すればいいさ。おそらく今なら聞いてくれるぞ。少なくとも僕はまだ、閣下の前で君の名前を出していない」

「そんなことできるわけないだろう!?」

「大麻の違法取引きと不正流通が露呈するからか? それともリコッタ様の行脚の情報を売り捌いたことがバレるからか?」

 

 ぐ、と黙り込むクリストフ・ファルマン。

 

「安心してください。僕は今回の事件に関してのみ調べます。君と父上にトドメを刺すのは、僕じゃない」

「……どういう意味だ」

「じきにわかります。……今日はあなたを追いかけない。逃げられる時に逃げろ、クリストフ・ファルマン。夜が明けるころにはスラムが、街が、僕が、お前を殺しに掛かるぞ」

 

 行くぞ、とイヴァンとコリンにも声をかける。ミネットがそれでも一礼して追いついてくる。

 

「……血の匂いがします」

「大丈夫だよ、ビオネッタさん経由でいろいろ押さえてもらっただけ。多分何人か返り討ちにしたんだろう。できるだけ殺さないでと頼んでるしね」

「そのビオネッタってのは?」

 

 イヴァンが後ろを警戒しつつ聞いてくる。

 

「リコッタ様付のメイドだね」

「ってことは聖ディアナ騎士団かよ」

「そういうこと」

「いいのか。お前は公爵閣下がここに手を入れる事を嫌ってたんじゃないのか?」

 

 イヴァンにそう言われる。僕は空を見上げた。

 

「そうだね。公爵閣下でも触れられない深さまで手を伸ばすつもりだった。……それはきっとミスター・ブラックカランズもそうだっただろう。きっと彼と僕は似ている」

 

 本当に、嫌になる。

 

「アオ様」

 

 ミネットが警告を発した。正面から人がわらわらと出てくる。ビオネッタさんたちの側方支援をすり抜けたか?

 

「おー……いつぞやのボリス君かな。だいたい二か月ぶりか。息災でなにより」

「あの時のクソガキ……!」

「そう、あの時のクソガキだ。残念ながらいま僕は恐ろしく機嫌が悪い。喧嘩になったら君たちを殺すまで止まらないかもしれない。そうなる前にさっさと道をあけてくれないか」

「ふざ……!」

 

 取り巻きが踏み込む前に、あの時の自称ボス君ことボリスが前に出る。そのタイミングでコリンが僕の前に来る。

 

「……コリンとイヴァンを連れて行く気か」

「そうなるね」

「ってことはお前がコリンの言っていた男爵様か」

「アオさん。ここは僕が」

 

 コリンがそう言ってボリスの方に歩みを進めた。

 

「ボリス、首尾は?」

「お前の言うとおりだった。ミスターが出入りしてた川沿いの第四三倉庫、そこにやたらと小さい船があって、こんなもんが」

 

 コリンが何かを受け取っている。麻かなにかの小ぶりな巾着袋だ。中身を確認したコリンが差し出してくる。

 

「これで、証拠として足りますか?」

 

 中にあったのは黒い実。おそらくは、ベラドンナだ。

 

「これが僕に出した警告の源泉か」

「ボリス達に内偵を頼んでいたんです。中身が大麻か何かわからなかったので早めに現物を押さえたかったのですが、一歩及ばず」

「……いや、十分だ。さっきのミスター・ブラックカランズが追ってたのはこれだったな。これが僕の身の回りで見つかってリコッタ様に僕が毒を盛ったことになる。そんな筋書きかな」

 

 どちらにしても、ベラドンナが手に入ってしまったのなら、早めにお城の安全な場所に預けてしまおう。変に突かれるのも嫌だ。

 

「それにしても君たちがコリンに協力してるとは」

「悪いかよ」

「助かるけど、力関係が逆転してるのに驚いてたのさ」

「別に逆転はしてねぇよ。俺たちがミスターを頼っていたのはデカいバックがついていて俺たちを守ってくれるからだ。でもそんな奴が俺たちに変なクスリを広めようとしているとか、貴族様に楯突くとかなら話は別だ。とばっちりで殺されたくはないからな。で、男爵殿が守ってくれるなら尻尾は振ってやるさ。いけ好かないガキでも、ツテを持ってるのが新入りでもな」

 

 君もガキだろうとは言わない。ともかくコリンは上手いこと皆を転がしたらしい。

 

「その忠誠に、僕も答えるべきだな」

「あの時の賭けの結果を聞いてないぞ、結果が出る前に殴りやがって」

「賭け……? ああ、表が出たら正直に話すってやつか」

「結果はもう知らんが、詫び代わりに話してもらうぞクソガキ男爵殿」

 

 そう言われ肩をすくめる。

 

「そうだな、だが話す前にもう一仕事頼みたい。今度はちゃんと()()()()()()()だ」

 

 人数は八人。ちょうど銀貨が十分に手元にあるから、それぞれに押しつける。

 

「今から言う情報は半分本当で半分ガセ。ブラックカランズの面々に噂として流せ。それは事前報酬、事がおわったらもう一枚ずつ銀貨を流す」

「話がわかる貴族様だ。俺たちが欲しいものをよくわかってる。で? 何を流せば良い?」

「ミスター・ブラックカランズはリコッタ閣下に毒を盛った。その報復として、聖ディアナ騎士団が近々ブラックカランズの殲滅に投入される」

「……それ、どっちが本当だ?」

「前半が本当、後半がガセだけど」

 

 ボリスが盛大に天を仰ぐ。

 

「なら()()本当じゃなくて全部本当じゃねぇかよ既に。あの鬼強い新大陸のメイドってどっかの騎士団だろ。とっくにみんなしばかれてるよ」

「姉様達はこんなもんじゃないっすよー」

「ひっ!」

 

 背後から音もなく現れたビオネッタさん。

 

「そう脅かさないでくださいビオネッタさん。ミスター・ブラックカランズが暴れ回らない限りはこれ以上の投入はない。みんなまとめて強制退去とかにはならないから安心してくれ」

「アオ様が護衛を頼むくらいだからどんなバケモノが出てくるかと思ったらたいしたことないっすね」

「買いかぶりです。あとミネット、そんな力強く頷かないで、僕これでも非力な六歳児のつもりなんだけどなんだけど」

「冗談で言っているなら笑えないし、本気で言ってるならあまりに自己認識が低すぎます」

「弱いから閣下に権力で守ってもらってるつもりなんだけどな」

「だーめだこの男爵様。なんにも見えてねえ」

 

 コリンのみならず、イヴァンにまで突っ込まれる。

 

「ともかくだ。急ぎで情報を流してくれ。……ブラックカランズの牙城、刈り取るぞ」

 

 そう答えて路地裏から大通りへ。この時間の町中は寝静まっている。金庫などを守る寝ず番の警備員やホームレスが僕たちを怪しげに見ている。実際怪しいだろうし、下手に声をかけてトラブルに巻き込まれたくないのだろう。だれも僕たちを邪魔してこない。

 

「もっとおだやかに進めるつもりだったんだけどね……」

「本当ですか?」

「ここで嘘なんてつかないよ。本当は四年かけてじわじわ進めるつもりだったんだ。計画が台無しだよ」

 

 相手が僕を殺しに来るなら、もしくはリコッタが本命だとしても、個人ではすでにできない規模まで問題が膨れ上がった。それは僕にとっても、ミスター・ブラックカランズにとっても同じ事。

 

 だからやることは一つだ。

 

「拘泥しても仕方がない。ミスター・ブラックカランズの補給路を遮断するぞ。少なくともここからブラック・カランズが逆転するにはより大きな資金と人員が必要になった。彼に残った選択は、市長とのコネクションを頼るか、そのままのたれ死ぬかだ」

 

 そう口にすると、イヴァンが笑った。彼が笑ったのは珍しい。

 

「えげつないねえ」

「そうだね。自分でもここまで冷酷になれるかと、驚いているよ」

「いいことだ。スラム上がりはそうじゃないとな。気に入ったよアオ。思ったよりガッツがある」

「ならこれからも協力してくれるとうれしいんだけど?」

 

 僕がそう聞くと首を横に振るイヴァン。

 

「それを決めるのは、坊ちゃまだ。俺はお前に忠誠を誓うことはない。俺がついていくのは坊ちゃまだけだ」

「いい友人を持ったみたいだね、コリン」

「僕だってあなたとも友人でいたいと思ってますよ、アオさん」

 

 そう言いながらコリンは眼鏡を外し、テンプルをくるくると回す。ネジ式になっていたらしい。

 

「アオさんは僕の敵討ちを支援してくれると約束してくれた。僕はそれを信じて情報を集めた。……今こそ、契約を履行するときです」

 

 テンプルの中から小さく丸められた紙が出てくる。

 

「父からの預かりものが、ここにあります。これを公爵閣下にお渡しする必要がある」

「……さてはあの日のパン泥棒もわざとだな?」

「うまいこと解決されたのでアテが外れたんですからね」

「そりゃ失敬」

 

 どおりであの時リコッタに近づくルートで飛び込んできたわけだ。最初からリコッタが相手だとわかって、トラブルに巻き込む気満々だったことになる。

 

「さすが商人、したたかだ」

「皮肉のつもりかもしれませんが、僕たち商人にとってそれは褒め言葉ですよ」

「褒めてるのさ。したたかじゃないと生き残れない」

 

 眼鏡をかけ直すコリンは脚を止め、僕を真っ直ぐ見てくる。

 

「でもそんな僕を引き込んだのはあなただ、アオ・ポーレット。契約に基づき、情報提供の対価として僕とイヴァンを、公爵閣下の元へ」

 

 実際タイミングも良いだろう。おそらくその紙は数ヶ月前の公爵家車列襲撃事件に繋がる鍵だ。これがブラックカランズに繋がるのであれば、ファルマン家に対する情報と資金の流入を大手を振って遮断できるようになる。

 

 大義名分と実利が揃った。

 

「もちろん契約は履行するよ……まあその前に、風呂ぐらいは入った方がいい。あの宿屋の女将さんが湯を沸かしてくれているからね。まずは身ぎれいにして、それからだ。夜明けと同時に登城しよう」




コリンはアオよりヤバい奴です。

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