【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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未熟者

「……アオがわざわざ連れてきたということは、相応の確度を持った話ということか」

 

 おそらく寝ていないであろう公爵閣下がこめかみを揉みながらそう言っている。コリンは片膝をつき、頭を下げたままの姿勢だ。公爵閣下の脇にはチャップマン宰相も控えている。

 

「コリンと言ったか。確かに君が持ち込んだ紙のサインと、私が処刑を命じたデニス・フォルマルのサインは一致する。君がデニス・フォルマルの息子であるということは間違いなさそうだ。その上で……これを信じろというのか」

「はい、閣下。さらなる証拠が必要であれば、デニスの装具品にあったであろう指輪をご確認ください。罪人の装具はそのまま埋められているでしょうから、それを掘り起こせば確認ができます。父が残したものであることは、確認できるかと存じます」

 

 どうにも信じられないと言った様子で、公爵閣下は背もたれに体重を預ける。

 

「アオ」

「はい」

「いささか信じられん。ウィズ・ファルマンは私によく尽くしてくれた。その彼らが私だけではなく、リコの命まで狙うなど……」

「関係者であることは間違いありません。問題は首謀者が誰かです」

「……首謀者がウィズなのか、息子のクリストフなのか、はたまた別の誰かがいるのか……か」

 

 本人の反応からしても、実行犯としてクリストフ・ファルマンが動いたことは確かとみていいだろう。彼がどこに泣きつくかを追う段階に入ったが、泣きつく場所はほぼ一カ所に限られる。

 

「ウィズ・ファルマン市長を参考人として招集するべきです」

「……そう、だな。クリストフが頼るならそこしかあるまい」

 

 大きく息をつく公爵閣下。

 

「アーヴィング。至急でウィズを呼び出せ。……お前に頼むのは、酷かもしれんが」

「彼の良心が既に腐り落ち善意の底が抜けていたのであれば、それに引導を渡すのもまた友の勤めでしょう。直ちに」

 

 チャップマン宰相が礼をして、さっと下がる。

 

「さて、コリン。君の告発が本当だったとしても、君の父親が我が公爵領の軍機を不当に流した事に変わりない。故に、彼の名誉回復はない。それは承知の上か?」

「はい、公爵閣下」

「ではなぜ今更ここに来た。これをなぜこうなるまで出さなかった」

 

 こうなるまで、というのはきっと、リコッタが複数回襲われるまでなぜ静観していたのか、というものだ。

 

「失礼を承知で申しあげます、閣下。閣下はエルジック卿の取り次ぎなく、僕の話に耳を傾けましたでしょうか。あなたが処刑した男の息子があなたの家臣の不正の証拠を握っていると喚いたところで、耳を貸したでしょうか」

 

 公爵閣下は答えない。

 

「沈黙もまた答えです。語り得ぬ答えに問いを重ねたところで、互いに得るものはないでしょう」

「……アオといい君といい、このところ子どもに諭されてばかりだな」

 

 それでしばらく沈黙が落ちる。

 

「よかろう。今回の騒動解決をもって報償を与える。して、コリン。お前は何を望む」

「……願わくば、僕がフォルマルの名字を名乗り続けることと、僕の市民権の回復を」

「フォルマル商会の資本はどうする。君たちの仮説通りであれば、その商流丸ごと宙に浮くことになるが」

「そこは公爵閣下のご采配に従います。父の身柄を捕縛し、父に関わる一切の権利を凍結した時点で既に公爵閣下の管理下にあるものと認識しております」

「いいだろう。今回の毒殺騒ぎの解決をもって、フォルマル家の家名を回復し、コリンがその名を名乗ることを許す。アオ、お前が証人だ」

「御意」

 

 つまり、コリンがちゃんと市井に戻れるかも、僕の課題解決に掛かったことになる。公爵閣下はコリンに対し調査に協力するように強いた構図だ。それでもコリンは涼しい顔で頭を垂れ続けた。

 

「ありがたき幸せに存じます」

 

 公爵閣下は小さくため息をついた。

 

「アオ」

「はっ」

 

 声のトーンからして、何らかの指令だ。僕も頭を下げる。

 

「ブラックカランズを潰した後の騒動は硝石採取人制度で吸収できるか?」

「直近の混乱は免れ得ません。そもそも制度検討がスタートしたばかりですから動かせる状況にはありません」

「それもそうか」

「ですが」

 

 公爵閣下が答えを出す前に無理矢理会話を挟み込む。

 

「コリンが既に掌握に入り、いくらかの人員を抑えていますから、混乱は最低限に収まるかと存じます。直近を抑え込むだけであれば聖ディアナ騎士団を投入し更地にする手段もありますが、生活基盤を奪われた恨みは尾を引きます。彼らの心理的安全を確保し、同時に稼ぐ手段を提供することこそ長期的には有用であると確信しています」

「そうか。……そうだな。引き続き頼む」

「はっ」

 

 頭を下げ直してから、顔を上げる。

 

「……お疲れですか」

「疲れても代わりはいないのでな。疲れないことにしている」

 

 公爵閣下の冗談は分かりづらいと思う。

 

「では業務としてお休みください。閣下のお仕事は決断することですから、その仕事に集中できる環境を整えることは業務の範疇ですよ」

「であれば、さっさと片付けるに限るな」

 

 疲れた笑みを浮かべた公爵閣下だったが、廊下からバタバタと聞こえる足音に視線を上げる。

 

「申し上げます! リコッタ様がお目覚めになりました!」

 

 バッと立ち上がって飛び出していく公爵閣下。僕も続こうとして一度振り返る。

 

「行ってあげてください。僕とイヴァンはきっとどこかで待機してますから」

「ごめん。また後で!」

 

 僕も走って向かう。顔を覚えられているのもあって、リコッタの部屋の前、ちょうど出てきたヴィクトリアさんと出会うまで誰にも止められなかった。

 

「ヴィクトリアさん」

「アオさま。いらしてたのですね」

「はい。……ヴィクトリアさんもカルラさんも大丈夫ですか?」

 

 カルラさんの名前を出したタイミングでどこか怯えたような表情を浮かべるヴィクトリアさん。さすがに皮肉と思われたか。そんなつもりはなかったんだけど。

 

「はい。ご心配をおかけしました。私もカルラも不思議なくらいに影響はなく」

「わかりました。……たぶん、それが答えですね」

「アオ様……?」

「また後でお話を聞かせてください。ですが、まずはリコ様にご挨拶しないと」

 

 そう答えて部屋に向かう。僕がドアを開けるより前に、ヴィクトリアさんが対応してくれた。

 

 お礼を言って部屋に入る。

 

「……アオ、さま」

 

 ベッドの上で体を起こしているリコッタと目が合った。だいぶ目元もしっかりしている。

 

「はい、リコ様」

 

 そう答えて、一歩前へ。リコッタの部屋に踏み込む。公爵閣下が進路を開けてくれた。

 

 ゆっくりとベッドの横に膝をつき、視線を合わせる。大きすぎる位のベッドの真ん中にいたリコッタは、僕をじっと見ている。

 

「……何も、言ってくださらないのですか?」

 

 どこか怯えたようなリコッタの声色に、僕は笑ってしまう。

 

「どんな声をかけようか、ずっと悩んでたんですけどね。……リコ様がちゃんと僕を見てくれたので、全部吹き飛んでしまいました」

 

 そう言って、意識して笑ってみせる。

 

「……怒って、ないのですか」

「やっぱり、わかっちゃいますか」

 

 彼女の喉がごくりと動くのが見える。

 

「もちろん怒ってますよ」

 

 笑顔とは恐怖と服従を示すとかそんな話もあったななんて益体のないことを考える。リコッタが怯えていた。いけないいけない。

 

「でも、リコッタ様にではありません。……リコッタ様に怒るべきことではありませんから」

「そう、なのですか」

「はい。そうなのです。こうなる前に止める手立てがあったかもしれない。その可能性をずっと考えていました。きっとだれもが手を尽くし、それでもその手をすり抜けた。それだけだと頭ではちゃんとわかっています。止められなかった理由に、悪意はなかった」

 

 それでも起ってしまった。その事実は重たい。

 

 きっとこの先に待つのは、僕にとっても、リコッタにとっても……きっと、誰にとっても不愉快で、煮えきらない未来だ。

 

 警備責任者としてのヴィクトリアさんや毒見役のカルラさんはきっと処分を免れ得ないだろう。降格や減給はもちろん、リコッタの警衛隊から外される可能性も十分にあり得る。

 毒殺騒ぎがあったから、リコッタの身の回りはこれからより厳重になり、彼女は友達と食事をしたり、おやつを食べたりと言った自由が大きく制限される。

 僕自身も暗殺されるリスクが可視化されたことになる。これまでのような動き方はできなくなる。僕の一挙手一投足が、友人を危険にさらすかもしれないのだ。

 

 この先に待つのは誰にとっても不幸な答え。

 

 それでもその答えに向き合い、決着をつけることでしか進めないところまで来てしまった。

 

「止められなかった理由に悪意はない。それでも、それを引き起こした悪意には徹底して対抗しなければなりません。……きっと、リコッタ様とこうして話すことができなければ、僕は一生怒ったままだったもしれませんね」

 

 視線を合わせる。

 

「怒りはあります。後悔もあります。でもそれはリコッタ様のせいではないし、ちゃんとリコッタ様が帰ってきてくれたので、いつかきっと折り合いをつけて、向き合うことができるはずです。だからリコッタ様が気に病む必要はないのです」

 

 それを僕が割り切れるかどうかなんて、そんな些細なことを状況は待ってくれない。彼女の無事を確認できたのだから、気持ちを切り替えて調査と安全確保に動くべきだ。

 

 頭ではわかっている。それでも、身体は動いてくれない。

 

「……リコッタ様が『一緒がいい』と言った理由が、ようやくわかった気がします」

 

 思い出すのは、入学式前日の、あの夜のことだった。

 

「置いて行かれるというのは、こんなにも心細いものなのですね」

 

 可能性というのは、(やいば)であり(かせ)だ。

 

 変えられない過去は、選ばなかった選択肢の先によりよい結果があったのではないかという『起こりえない結果』を想起させる。そして未来に起こりえる可能性が多いほど、足を重くする。

 

 僕たちはその枷を引きずりながら前に進まねばならない。

 

 最悪な出来事だったけれど、どん底の結果だけは避けられた。それを救いとして、前に進み続けなければならない。

 

 だから、と続ける。

 

「リコッタ様が無事で良かった。本当に、無事で……」

 

 言葉に詰まるというのは、いつぶりだろう。

 

「アオ様……」

 

 布が滑る音がする。

 

「泣かないでください。……わたくしは、リコッタはここにちゃんといます」

 

 頭を抱きしめられた。あぁそうか。僕は泣いていたのか。

 

 義腕には触覚はない。気をつけなければ、彼女を潰してしまうかもしれない。こんな不安定な感情のときに、そんな繊細な操作をするべきではない。

 

「はい……リコッタ様……!」

 

 それでも、こんな時ぐらい。抱きしめても許されるだろうか。

 

「貴女が無事で、本当に良かった」

 

 このときくらいは、僕の気持ちの整理のためだけに時間を使っても許されるのだろうか。

 

 泣き顔を見られたくなくて、そっと彼女の後ろに手を回して僕の肩に頭を預けさせる。

 

 それから僕とリコッタは、しばらくそうしていた。




リコッタ様は無事でした。

これで心置きなく……いろいろできますね!

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次回 壊れた男



プライベート多忙&物語の核心を口走りそうなので、一時的に感想返信を延期します。第二部完結したらまとめて返信予定ですので、申し訳ありませんが、何卒お待ちください……!
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