【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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コワレタオトコ

「公爵閣下」

 

 僕が涙目をごまかしていたころ、部屋に小さくそんな声がかかった。その時になってようやく公爵閣下の前でリコッタを独占してしまっていたことに気がつく。この体たらく、あまり僕も冷静ではない。

 

 呼び出された公爵閣下が一度退出するも、本当にすぐ顔を出した。

 

「アオ。少し良いか」

「はい」

 

 立とうとした僕の袖をリコッタが控えめに掴む。微笑んでちょっとだけ戻る。

 

「……大丈夫ですリコッタ様。僕は貴女を置いていきません」

「やくそく……ですよ?」

「はい。約束です」

 

 そっとその手を外して廊下に出る。厳しい顔の公爵閣下が待っていた。

 

「良くない知らせだ」

「なんでしょう?」

「ウィズ・ファルマンが何者かに殺された。見つけた伝令も瀕死の重傷だ」

「!!」

 

 思ったよりも動きが早かった。……そんなに早く干上がるような線だとは思っていなかったのだが、あまりに早い。

 

「犯人は?」

「殺された以外の情報は入っていない。何もかも不明だ」

「なるほど……とりあえず確認してきます。閣下はリコッタ様を頼みます」

「お前が見なくてもいいんだぞ」

「スラムで他殺体も腐乱死体も見慣れてますから。それにタイミングが良すぎる上に無関係とは思えません」

 

 気になるのは状況の進行が想像以上にクイックなことだ。リコッタが襲われたのが昨日の夕方、夜半に情報をばら撒いて、今だ。ことが起こってからおおよそ14時間、どこかと利害調整できるような時間は到底ない。

 

 それでも事が起きたなら、最大でも数人規模で意志決定がされたことになる。……おそらくは、一人。それが衝動的なものなのか、計画的なものなのかは、まだわからない。

 

「クリストフか?」

「おそらく」

「……そうか。では護衛もつれて行け。しばらくの間はビオネッタを好きに使っていい。ヴィクトリアとは調整済だ」

「助かります」

 

 そう答えて一瞬だけ室内を覗き込む。

 

「リコッタ様、少し出かけてきます」

「アオ様……」

「大丈夫です。ちょっとお使いです。文句は公爵閣下へどうぞ」

「お前なぁ……」

 

 わざとらしくおどけてみせると、意を汲んで乗ってくれる公爵閣下。その脇をすり抜けると、衛兵代わりに立っていたメイドさんが一度引っ込み、ビオネッタさんがすぐに出てくる。

 

「ファルマン市長邸ですか?」

「はい。一緒に来てもらえますか?」

「もちろんっす。私の他に本隊から二個班を選抜し護衛に付けます。あと、コリンさんたちはそのまま城内に留まってもらうっす。今市街地に戻られて殺されたら目も当てられないので」

「わかりました。……それにしても二個班とはすごい気合いの入りようですね」

「腕利きを選抜済っすよ。大船に乗ったつもりでいてください」

 

 二個班となれば十六名だ。公爵閣下の平時の警衛体制に等しい。

 

「現役市長が殺されただけでも一大事ですが、その本人にリコッタ様毒殺の嫌疑が掛かっている状況っすよ。火中の栗を拾いにいくアオ様が一番危険に決まってるじゃないですか。あなたまで怪我をされたら公爵閣下はもちろん、リコッタ様に二度と顔向けできないっす」

 

 それはそうか。……まあ、万が一のときは僕が前に出るしかなくなるんだろうけど。

 

「それに、伝令で走ったのは聖ディアナ騎士団(うち)の見習いっす。手と脇腹を切られて死にかけながらも戻ってくれたんすから、それに応えるのが騎士の務めっすからね」

「……僕が言えた話じゃないですけど、あまり熱くなりすぎないようにしてくださいね」

「はいっす」

 

 そう言いつつも外に出る。既に馬車がスタンバイしていて、御者席にはミネットの姿があった。

 

「あれ、ミネットって馬車扱えたっけ?」

「ビオネッタさんに習い始めたところなんです。人を乗せるのは不安なので回送だけです。ビオネッタさん」

「あいあい、代わるっすよー。車内はミネットちゃんとアオさまだけっす。残りは駆け足で随伴します」

 

 そう言われながら馬車に乗り込む。向かいにミネットがくるとすぐに扉が閉められた。

 

「旧市街を抜ける! 総員警戒を密に! では、駆け足!」

 

 動き出した車窓からは、軽装……といっても鎖帷子やら何やらで重そうだが……の歩兵が駆け足で脇を固めていた。市街地ということで皆ショートソードで武装しているようだ。……遠距離からの魔導戦闘にならないことを祈る。そうなったら最悪僕が移動砲台になるしかない。

 

「リコッタ様とは話せましたか?」

「うん。……泣かせちゃったし、泣いちゃったけど」

「でもうれし涙ならいいじゃないですか」

「そうかもね」

 

 そんな会話を残して、馬車は走っていく。ファルマン市長邸は旧市街の中にあり、そう距離もないとのこと。それでも馬車が用意されたのは、僕を守りやすいからだろう。素直に守られていた方が騎士団も守りやすいはずなので、言われるまでは動かない。

 

「でも、早かったですね」

「うん。少なくともこの事件についてはクリストフかウィズ・ファルマン市長のどちらかが絵を描いたことで間違い無いと思う。できればクリストフは生け捕りにしたいね」

「……そうなのですか?」

「犯人を殺しておしまいにできるほど単純な話じゃないよ、きっと」

 

 これまでのクリストフの言動のうち、どこにもはまらず宙に浮いているパーツがある。

 

「マハマに罪をなすりつける合理性がどこかにある。ミネットという一番押しつけやすい相手がいたのにそうしなかった以上、なにか理由があったはずなんだ」

 

 それが埋まらない限り、彼を殺す訳にはいかない。

 

「……ここまでして解決しなかったらと思うと、堪えるよ」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。ミネットもいてくれるしね」

 

 そう言うと耳をぺたりと垂らすミネット。

 

「わたしを無条件に信頼しすぎです。アオさま」

「でも、信頼しているのは本当だからね。でもこういうことが続くとなると、僕専属の護衛とか用意しないといけなくなるのかな」

「男爵ですし、参事官ですし……最低でも男性の使用人、できれば馬車と護衛部隊ぐらいは抱えた方がいいですよ。特に執事は……」

「ジャンさんみたいな人がいるといいんだけどね」

「それはたぶん高望みしすぎです」

 

 わかっている。あんなジェネラリストの代名詞みたいな人が宙に浮いているわけがない。とっくにどこかに雇われている。

 

「そうだね……落ち着いたら考えよう。ミネットに全部投げてたらオーバータスクで目を回しそうだし」

「アオさまほどじゃないですけど……はい……」

 

 そんな会話ができる位には、僕も落ち着いてきた。リコッタの容体が安定しているのと、初動の衝撃がようやく引いてきたことが大きい。時間は偉大だ。状況に変化が無くても、時間がたてばある程度の立て直しができる。

 

「フィッツロイ男爵としての予算もあるのですし、少しは使ってもよいのではありませんか?」

「もう少し地元に還元してからのつもりなんだけどね……場合によっては考えないとか……」

 

 馬車が旧市街に入って、移動速度が下がった。当然人も多いので速度を上げるわけにはいかないからだ。それでもなんとか先に進むと、綺麗に手入れされた一軒家にたどり着く。

 

 護衛の人たちが散っていく。これだけ野次馬ができていると隠ぺいも不可能だろう。……護衛というより、群衆制御になってきている。これは結構危ないかもしれない。

 

「……なるほど」

 

 玄関を入ってすぐのところで血の海ができていた。既にハエが血のにおいにつられてやってきているが、腐臭は酷くない。

 

「……アオ様、平気なんすか?」

 

 青くはなっていないが、どこかつらそうなビオネッタさん。

 

「路地裏ではこれぐらいありますよ。死体を怖がってちゃ生きていけません」

「それは、私も知ってるっすけど……」

「大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

 

 そう言いながら一度しゃがんで、手を組んで祈る。それから手を伸ばす。

 

「あ、わたしが」

「ミネットは触っちゃダメ。というより、あんまり体液に触れない方が良い」

 

 僕は義肢だからそこまで神経質にならなくていいのが楽だ。様子を確認していく。

 

「胸に刺傷……争った様子は無さそうだし、手や腕に傷もないですね。攻撃を防がなかったか、防げなかったか、不意打ちか……そんなところでしょう」

「服装が正装ですし、おそらく出かける直前だったのでしょうが……」

「伝令が呼びに来ていて、応じる意志があったとみてよさそうっすね。で、誰かに襲撃された。それを察知した伝令に現場を見られて、一撃加えて離脱……そんな風に見えるっすけど」

 

 ミネットとビオネッタさんがそれぞれ補足してくれる。伝令は重症で話を聞ける状況ではないらしい。回復したら話がきけるだろうか。

 

「……それよりも、クリストフ・ファルマンを探す方が早いか」

 

 そう言いながら腰を上げる。

 

「ビオネッタさん。今更ですけどこういうときの捜査って市がやるんですか? 公爵閣下の管轄になるんですか?」

「基本的に市の管轄っすね。閣下が権限を引き戻すこともできますが、市は自分達のトップを潰されてるんでやりたがると思うっす」

「……そうなると、変に荒らすのも良くないでしょうし、変に噂を立てられるのはよくないでしょう。これ以上の情報はなさそうです……それよりも気になるのは」

 

 考えながら建物を出る。直後、ミネットに押し倒された。石畳でナニカが砕ける音がした。パニックになった群衆が四方八方に走って逃げる。

 

「火炎瓶!?」

 

 ビオネッタさんが飛び出していく。群衆の中にやはりまぎれていたか。

 

「アオ様!」

「ありがとうミネット。次は声を掛けてくれるとうれしい」

「余裕があれば気をつけます」

「頼むよ」

 

 火炎瓶は一発だけ、それもきれいに石畳に落ちたから延焼もない。狙ってやっている。

 

「隠れてないで出てきてくださいよ。あなたでしょう、クリストフ・ファルマン」

 

 そう言うと石畳を鳴らして男が出てくる。

 

「よう、アオ・ポーレット。啖呵を切った割には臆病だな」

「用心深いだけです。……それで? 逃げろと言ったのにこんなことを起こして、自棄にでもなりましたか」

「……誰のせいだと思ってる」

「それはもちろんあなたでしょう。それで、こんなに派手にやったんだ。僕はあなたが呼んでいるんじゃないかと思ったんですが」

「黙れ」

 

 上手いこと会話が繋がらない。……文字通り自棄になって薬物でも摂取したか?

 

「アオ・ポーレット。俺と勝負しろ」

「勝負? 嫌ですよ。犯罪者と競い合う趣味はない」

「いいや、お前はその気のはずだ。お前は俺と同じだから」

 

 ミネットがそれを聞いて飛び出す。僕が止める余裕もなかった。

 

「アオさまを、侮辱するなっ!」

 

 相手は剣を既に抜いていた。ミネットは姿勢を低く、決して飛び上がることなく前へ飛び込む。彼女が爆発的な加速で飛び込んだ直後、クリストフは彼女の肩口を狙って剣を差し込む。首を狙うよりは当たりやすいと思ったか。

 

「ミネット!」

 

 ミネットは体をわずかに沈めて狙いを外させる。掌底で相手の手をはじく。

 

 上手だったのはクリストフだ。剣をはじかれてすぐに距離を取った。

 

「へえ、悪くない。良い奴隷を飼っているじゃないか」

「ミネット下がれ」

「アオさま、こいつは」

「ミネット」

 

 もう一度名前を呼んで止めさせる。ビオネッタさんが指示出しをして、周囲を封鎖に入った。

 

「クリストフ・ファルマン。第四三倉庫からベラドンナも見つかっています。父上のウィズ・ファルマン市長の刺傷は剣によるものです。ちょうどあなたが使っているような片手剣(ショートソード)のようなもので作られた傷。位置からして背後から振り向きざまに刺されている。それはすなわち、犯人はウィズにとって既知の人間であり、帯刀していても背を向けられるほどに信頼していたことに他ならない……あなたですね?」

 

 そう言うとにやりと笑うクリストフ。

 

「それがどうした。認めたら勝負をしてくれるのか?」

「勝負をしてどうなるんです。それにとっくに決着はついているでしょう」

「冷静だなぁ……使用人が毒殺されかけ、友人がリンチされたのに言うことがそれとは」

 

 クリストフは朗々と言う。もはや隠す気もないか。

 

「決着はついている。敗者復活戦はない。それだけでしょう」

「そうかそうか。それならお前が怒るまでどんどん人を殺してみよう」

 

 クリストフの狙いがわからない。そこまでして何を得る。

 

「最初は……そうだな、あのアイリス・ミルってガキがいい。さぞ可愛く泣いてくれることだろう。マハマも()()()にするには甘かったから、ちゃんと殺してあげなきゃな。そして次はあの亜人の先生にしよう。学院の外だっていいぞ。コリンとイヴァンに目をかけていたな? あいつらも殺してしまおう」

「……僕はあなたを『あのスラムで政治をしようとしている』と思っていたんですけどね。今のあなたがしていることは、政治でもなんでもない。復讐が何を生むって言うんです」

 

 そう言うと真顔になるクリストフ。

 

「あるんだよ。俺の政治には復讐があるんだ」

 

 僕を指さしてくる。

 

「お前にも、あるぞ」

 

 僕はいま、どんな表情をしているんだろう。

 

「手に取るようにわかる。お前の中でもぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐると、復讐が渦巻いている」

 

 伸ばした指に血がついている。剣の柄にもついている。それが、僕を指さす。

 

「素直になれよ、アオ・ポーレット。なに俺は関係無いみたいな顔をしているんだ、あぁ!?」

「関係ないからですよ。あなたに一体何ができるんです?」

 

 淡々と、あくまで淡々と続ける。

 

「後ろ盾になっていたウィズ・ファルマンは死にました。あなたが殺した。あなたにリコッタ第一王女毒殺未遂の嫌疑がかかったことで、あなたのご家族も公式に貴方に手を出すことはできないでしょう。ブラックカランズは僕たちが押さえました。もはや貴方が決められることは、負け方だけです。……まだ、続けますか?」

 

 会話を続けつつ、周囲に目を走らせる。それを見たクリストフが包囲されたことに気がついたようだ。

 

「……お前だって、俺を殺したいだろう」

「えぇ」

「なら、余計な会話はいらないだろう。……俺と殺し合え、アオ・ポーレット」

 

 あくまで目的は復讐か。だとしても腑に落ちない。確かにブラックカランズの利権と僕の目的はかち合ったのだろう。だからといって、全部破滅させる必要がどこにあった。

 

「僕は今公爵閣下から参事官としての権限を預かる身です。自分の感情で人を裁けるような身分にないんですよ」

 

 だから、と続ける。

 

「僕を殺したければちゃんと手続き(プロシージャ)に従うことです」

 

 僕が動いたことで、とっくに証拠の正当性は喪われている。決着をつけるには、これしかないことは確かだ。それが言い訳で、目的をすり替えたことも僕が一番わかっている。それでもこの不合理を飲み込むと決めた。

 

 ならば、飲み込んで進むだけだ。

 

「決闘裁判を申し込め、クリストフ・ファルマン。受けてやるよ。正々堂々決着をつけようじゃないか」




結局、行き着くのはそこなのです

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