【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
グレイフォート学院に雨が降る。
砂埃が舞うよりマシかと思うが、決闘裁判の場所は石畳だった。滑るだろうし、濡れた服は身体の動きを制限するし、体温を奪っていく。あまり良いコンディションとは言えないだろう。
それでも雨だから延期だとかそんなことにはならない。
「アオさま、腕を上げていただけますか?」
待機場所として用意された天幕の中で、ミネットに用意を手伝ってもらう。腰に下げる剣吊りは細かな装飾も多く、ミネットに任せた方が安全だ。素直にそれに従うと、吊り紐に下がった
決闘裁判は最低一本は帯刀しなければならないというルールである以上、使わなくても剣を提げる必要があるのだ。負けた方の剣を折るセレモニーがあり、その時に帯刀していなければならないということらしい。
まあ、決闘裁判の実施が決まった昨日、街中の鍛冶屋に飛び込み一番安いのを買っただけなので折れたとしても懐は痛くない。験担ぎでもっと良いものを買っておくんだったかなと今更ながら思う。彼相手に僕の剣が折られる時には、きっと僕は死んでいるのだからそれでもよかったかも。曲がりのないまっすぐな剣は、飾りだらけのこの服だと地味すぎてなじまない。
「大丈夫ですか?」
「ミネットの方が顔が青いよ」
そう返すと困ったように笑うミネット。
「それはそうです」
「そっか」
そう言って笑ってみせる。とはいえここから逃げるわけにもいかない。帽子を被り、あごひもを締める。これで服装は問題無いはずだ。
「大丈夫だよ。待ってて」
「……はい。アオさま」
そう答えたミネットに手のひらを向ける。どこか戸惑ったように向けてきた手にパチンとぶつける。痛くないように力加減を考えたのだが、あまりにおっかなびっくりになって格好が付かない。
「それじゃ」
「アオ様」
天幕の外から声が掛かる。振り返ると、濡れた外套を着たリコッタが僕の方に駆けてくるところだった。天幕の外からアイリスがどこか遠巻きに僕たちを見ている。
「本当に来たんですか? お城での静養はいいのですか?」
「置いていかないと言ったのに帰ってこない殿方を追いかけてきたのです」
可愛い恨み言だと思うけれど、たしかにそういったのは僕だし、その誹りは甘んじて受けるほかない。
「すいません。それでもこれは、僕が始めた賭けですから」
「アオ様がはじめた……?」
「はい。それにあなたやミネットを巻き込んだのは僕の責任です。その責任を背負うのは、僕の役目であり、僕の名誉です」
そう言って僕はリコッタの頭に手を乗せる。ベレー帽越しに撫でると、帽子が落ちないようにか、帽子に手を添えるリコッタ。
「……だからって、アオ様が命を賭ける必要は、ないじゃありませんか」
「あるんです。僕があなたに追いつくために、必要な意地です。矮小で、エゴに凝り固まった意地です。それでもあなたの隣で胸を張るために、必要な格好付けなんです」
そう、これはもはや意地の張り合いでしかないし、いつかこれを僕は後悔するのかもしれない。そんな予感があっても、進まなきゃいけないときというのは、あるものだ。
「安心してください。あいつには、負けません」
彼女の額に唇を寄せる。その跡を隠すようにベレー帽を目深になおす。
「だから見ててくださいね」
帽子の上からおでこを両手で押さえてこちらを見ているリコッタの瞳。どんぐりみたいだななんてそんなことを考える。
「では、行ってきます」
少し気恥ずかしい。するんじゃなかったと少し後悔をしながら、腰の剣が揺れないように押さえて歩き出す。真っ直ぐ出口へ。
腰に衝撃。後ろから抱きつかれたようだ。
「……リコ様?」
「いま振り返ったら怒りますからね!」
そう言われ動きを止める。女の涙は武器になるとはいうが、涙声だけで効果がある。
「ずるいです。そんなことを言われてしまっては、止められないじゃないですか」
マントがぐっと背中に引っ張られる感覚がある。
「アオ様を信じてます。お慕いしています。だからこそ、心配なのです。アオ様はそれに見ない振りをなさる。それは『ずるいこと』です」
ぐす、と鼻を啜る音がする。
「約束してください。必ず、アオ様はわたくしの元に、戻ってきてくださいますよね」
「もちろんです」
「本当に、約束できますか?」
「はい」
そっと抵抗がなくなった。
「約束しましたからね。違えることは、わたくしが許しませんからね」
「……この身に代えましても」
「ですから! 身に代えなければならないような危ないことをしないでと言っているのです!」
そのやりとりで、吹き出してしまった。それではどちらにしても僕が怒られるではないか。リコッタもつられたように笑うのが聞こえた。そろそろ振り返ってもいいだろう。
「では、リコ様」
「……はい、どうかご無事で」
雨の外へと踏み出す。
「アイリス、リコ様を頼むね」
「はい! 頼まれました……!」
緊張した様子のアイリスに笑いかけて、前へ。会場となる中庭には人だかりができていた。
「アオ」
通路沿いで待っていたアーノルドが声をかけてくる。
「本当に
「今更怖じ気づくなよイルチェスター男爵殿。男爵なんだから十分だろ」
「とはいってもなあ……」
「じゃあ公爵閣下に介添人をしてもらって、君が閣下の代わりにシャルちゃん先生と見届人をするかい?」
「……公爵閣下を顎で使う男爵もお前くらいだと思うぞ」
アーノルドがげっそりした顔でそう言ってくる。その肩を叩いて前へ。差し出されたメインの武器を預かる。
「で、武器はよりにもよって
「僕の義肢と相性がいいんだ」
自分の身長と同じぐらいの長さの
今回の決闘では魔導術の使用は認められているものの、周囲に群衆がいるのでそんな出力の高いものは使えないし、そもそも至近距離での戦闘になるから、悠長に魔法を練る訳にもいかない。ルール上は『魔道具としての杖』で登録して持ち込むのだが、これそのものには仕掛けはない。というより魔法を使うつもりはない。
杖が暴れないように左脇でそれをはさみ、左手を添える。先端はちょうど足もとへくる。
「それでやれるのかよ」
「補強もしてあるし、傷がついてささくれができても、僕の指は金属製だからね、怪我を気にせず使える」
「自信があるならいいんだが……言っとくが、ファルマン先輩は去年の武道大会で優勝した実力者だ。勝てるのかよ」
「勝つ。リコッタ様に大見得切ったしね」
そう言って会場の中央、決闘用の円形のスペースに入る。既に人が五人いた。一人はクリストフ・ファルマンで僕の対戦相手。残りの四人が見届人だ。僕が最後だったらしい。
クリストフ・ファルマンはいつも通りの白マント、僕と同じようにあごひもまできっちり締めた制帽と規定通りの格好だ。ちゃんとプロトコールに従うだけの余力はあったようだ。獲物はショートソード。
見届人は僕とクリストフそれぞれが二人ずつ選出することになっており、こちらからは、シャルちゃん先生と公爵閣下を選出した。……本来は公爵閣下ではなくアーノルドを出すつもりだったのだが、公爵閣下が『私をねじ込め』と強行した結果そうなった。学院の規程に基づく決闘裁判であるから、公爵閣下が出張るのはお門違いなのだと説き伏せようとしたのだが、『被害者たるリコッタ・バリナードの父親が関係者でないとでも?』と無理矢理ねじ込まれた結果である。
そんな経緯で保護者としてねじ込んだのだから、公爵軍最高指揮官としての軍装フルセットに帯刀までしたバチバチの戦闘モードで乗り込んで来るのはやめてほしかったというのは贅沢だろうか。威圧感がものすごい。
しかもここからは見えないものの
これで『国王陛下が定めた規則に基づく学生同士の決闘裁判です』という建前を信じろというのはあまりに無茶だ。国王陛下に詰められたら公爵閣下はなんと回答するつもりなんだろう。……僕が回答するわけではないからいいんだけど。
クリストフが選出した見届人は生徒二人。二人ともマハマをリンチした生徒の中にいた先輩方だ。一人は穴熊寮のあの先輩。クリストフから脅しに脅されて無理矢理立たされたのだろう。よりにもよって隣に臨戦態勢の公爵閣下ご本人が仁王立ちしているせいで顔が真っ青だ。決闘の結果がどうであれ、この二人も良くて退学処分、悪いとそのまま公爵家に引き渡されて流刑か労働刑かなので、やけくそなのかもしれない。
「そ、それでは学院規定第四百六十七条に基づき、決闘裁判をか、開廷します!」
ものすごくガチガチに緊張したシャルちゃん先生の声。今回の決闘裁判はグレイフォート学院の規程に基づくものであることと、公爵閣下はあくまで『生徒の一保護者』として参加しているため、学院の教員であるシャルちゃん先生が代表見届人だ。雨のせいでものすごくほっそりとした尻尾が所在なさげに揺れている。
「まず、申し立て人であるクリストフ・ファルマン学生は、宣誓と、真実の告白を」
「女神ディアナに誓い、真実を申しあげます。先日のリコッタ・バリナード第一公女閣下の毒殺未遂事件にあって、その捜査という名目で現場を引っかき回している、エルジック卿アオ・ポーレットについて申しあげなければなりません」
クリストフの話し方も冷静だ。ちゃんと取り繕える位には回復したか。アオ・ポーレットを殺したいからとか言ってこないあたりはきちんとしている。
「アオ・ポーレットは、このクリストフ・ファルマンがリコッタ閣下に毒を盛ったと決めつけ、その証拠をねつ造してまで貶めようとしている。彼はリコッタ閣下からの、ひいては公爵閣下からの信頼にあぐらを掻き、その権力を私物化している。この決闘はその清算のために申し立てたものであります。僕はリコッタ閣下に毒など盛っていません! これを神にお誓いし告白に代えます。それを犯すものがあるのであれば、この身を賭して剣をとり、女神ディアナの加護の元その正しさを証明して見せましょう」
シャルちゃん先生に一礼するクリストフ・ファルマン。続けて僕の番だ。
「では、申し立てられたアオ・ポーレット学生は、反論があれば申し出てください」
「では、発言を」
片手を上げて一歩前へ。演説は嫌いだが、得意だ。
「まずは発言の機会が得られたことに、そしてここにお集まりの皆さまに事実を語る機会を設けていただいたことに感謝申しあげます。誰かが口にする『真実』とは、あまりに多くの主観が入り混じるものです。真に真実を語ることができるのは神だけであると僕は考えます。ゆえに、僕が可能な限り事実に基づく発言をするに足る力を与えんこと女神ディアナにお祈りするとともに、この身と名誉にかけ、今回の事件について事実に基づきお話しすることを、皆様にお誓いいたします」
さえぎる言葉が無いことを確認して続ける。
「まず、今回の公女閣下毒殺未遂事件に触れる前に、ひとつ、関係性の整理からはじめなければなりません。すなわち、僕とクリストフ・ファルマンとの間には学院の外で関係があったということを明かしましょう」
雨は音を吸収する。僕の声がどこまで届いているかわからない。それでも、届いていると信じたい。
「僕は公爵閣下の信任のもと、シェフィード市内における硝石採集人制度の新設に向けた制度設計を実施しています。その枠組みの中でシェフィード市内の身寄りの無い子ども達を対象とした就業支援として、硝石採集人としての仕事を斡旋する計画を進めています。これは、スラム街で幅をきかせている自治組織としてのギャング団の支持力の低下を意味します」
僕はそう続けながらクリストフの方に視線を送る。
「最も幅を利かせているギャング団は『ブラックカランズ』といい、そのトップは『ミスター・ブラックカランズ』と自称していました。その者と僕は
さざ波が広がるようにざわざわと小声で驚くような声が広がる。
「このことからわかるように、僕と彼との間には敵対的と言っていい関係があります。それを踏まえ、二日前の夜、リコッタ閣下が毒を口にしたあの日に時計を進めましょう。僕から申し上げる事象は四つあります」
「……それはなんだ」
おや、公爵閣下が乗ってくる。食ってかかるならクリストフ・ファルマンだと思っていた。指を立てつつカウントしていく。
「一つ目、毒殺騒ぎに使われたのはベラドンナという植物でした。これに含まれるトロパンアルカロイド類による中毒症状が今回リコッタ様を蝕みました。これはそちらにいらっしゃるバードン教官や、公爵家の御用医師も認める見解ですが、致死量は含まれていなかったことが確認されています。すなわち、殺せるような量ではなかった」
中指を追加で立てる。
「二つ目、同じ毒は
「……狙いは君か」
「その問いには後で答えます。今はどうかご静聴ください、閣下」
公爵閣下に釘をさし、指をさらに立てる。
「三つ目、毒味は僕とリコッタ閣下の分が同じテーブルで実施されており、そこから提供された」
最後にの指を立てる。
「四つ目、サーブ担当者はジョン・ボドウェ・マハマ学生ですが、彼が僕の分をサーブしたときにはもう、僕の分は何者かにサーブされていて、代わりにリコッタ閣下の席に料理がなかった」
公爵閣下の後ろの方、アイリスの隣で僕らを見守っていたリコッタがはっとした表情を浮かべているのが見えた。
「毒見の関係もあり、マハマのサービングは遅れていたようです。……そして、それをリコッタ閣下の席においてしまった」
つまり、リコッタとメイド隊の間で発生したコミュニケーションエラーが被害を深刻にした。元々リコッタは僕に褒められたくてお手伝いをしようとしたが、それを知らないメイド隊は彼女用のものを渡してしまった。残った皿をマハマがサーブする。マハマが料理を持ってきたときには、僕の席にすでにリコッタが料理を置いていた。
本来なら確認して交換すべきだった。だが、それをたかだか当番の生徒に求めるのは不可能だった。料理を運んだのは公女本人だ。その指摘をはばかっても不思議じゃない。
「ここからは推論ですが、かなりの確度を持っていると確信しています」
そう言って視線を前に戻す。
「クリストフ・ファルマンは宣誓したようにリコッタ閣下に毒を盛っていない。その一点についてのみ、彼は真実を語りました。……盛ったのは僕の皿だ。入れ替わってリコッタ閣下が幻影と語り出したときはさぞ驚いたことでしょう」
本来であれば、僕とリコッタの皿は別にサービングされるはずだった。コリンの手紙を受けてミネットが毒味をすることに決まったのは当日だった。混乱しても仕方が無いとも言える。
「ベラドンナを用いたのは、ブラックカランズ、すなわち
本来であれば僕があそこで異常な興奮状態に陥り、あること無いこと口に出していたはずだ。あの場には学院の全生徒に教官も揃っていて、隠蔽は不可能。僕が正気を失っていると知れ渡れば、僕が進めようとしていた『硝石採集人制度検討委員会』に関する議事進行は遅延する。
「僕があそこでおかしくなれば、僕の仕事にケチが付く。企画提案をした事務局長が正気じゃないとなればいろいろと大変ですからね。そうして僕の特権は剥奪される。狙いは、そこですね?」
クリストフ・ファルマンは答えない。
致死量が入っていなかったのは、そもそも殺すことを想定していなかったからだ。僕の信頼が失墜すればそれでよかった。一方で、信用を落とすためには僕がおかしいと広く知れ渡る方が望ましいから、晩餐会の夜を狙う必要があったわけだ。
「そのはずが、なぜかリコッタ閣下が倒れた。予想外の事態です。そもそも気を失うような大事になるなんて想定していなかったのでしょう。……そうして、マハマに全部を押しつけようとした」
真正面から、クリストフを見る。
「毒味の後からしかマハマは食器に触れていない。その時点で彼が毒を混入させていないのは明白です。それでもマハマに集団で暴行を加えた。十一対一かつ上級生と下級生、逃れられるものではありません。一方的な加虐行為です」
その場に、あなたたちもいましたね。とクリストフの見届人にも目を向ける。明らかにうろたえた様子。
「彼は一命こそ取り留めたものの、脛骨骨折、爪三枚剥離、陰部への打擲および針状のものでの刺突などなど……その手口は凄惨極まります。結果、彼は生殖機能を喪失し、今もベッドの上だ。その主犯はクリストフ・ファルマンであり、その現場に僕とともにバードン教官も乗り込んでいる以上、この暴行にあっては疑問を差し挟む余地はない」
踏み込む。そろそろ向こうもガマンの限界だろう。
「毒の出所にあっては、ブラックカランズの支配下にあった倉庫から既に押収しています。……クリストフ・ファルマン、お前には証拠も動機も、余罪まで揃っている。それでもなお認めないのであれば、女神ディアナが力をもってお前を裁くだろう」
杖を正面に掲げる。
「アオ・ポーレットはこのとおり、名誉とこの身を賭けて事実を語った」
僕がはじめた賭けだ。結果は、僕が背負うべきだ。
「クリストフ・ファルマン、お前は真実を語ると誓っておきながら、それを語っていない。
周囲が固唾を呑んで見守る中、クリストフ・ファルマンの柄に手が伸びる。その頬がつり上がったのを見逃さなかった。とっくに彼は立場を捨てている。公爵閣下の面前で糾弾されようが痛くもかゆくもないのだろう。
剣が鞘を滑る音がする。僕も正しい位置に杖を構える。腰を落として左足を引く。杖は飛び出しを短く、両手で構えた。
「もはや決闘のほかなし、正しきものに、祝福のあらんことを」
本来はシャルちゃん先生が言うべき台詞を、公爵閣下が引き取った。慌ててシャルちゃん先生が続ける。
「勝敗は、決闘者のどちらかが負けを認めた場合、または戦傷により戦闘不能となった場合ならびに武装が破壊された場合に決するものとします。ただし、戦傷による戦闘不能の場合に限り、見届人がその判断をできるものとします。雌雄が決するまで、何人もこの場を汚すことは許されません」
それでもルールが開示された。実質的にはルール無用のデッド・オア・アライブだが、シャルちゃん先生は泣きそうだ。教師として生徒が殺し合うのを止めたいのだろう。でも、ルールとして存在する以上、申し立てがあった以上は、実行せねばならない。
「……決闘者に、女神ディアナの加護があらんことを」
勝者に、というべきところを決闘者と言い換えたシャルちゃん先生の宣言で、二十余年ぶりだという決闘裁判が幕を開けた。
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