【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
アオ・ポーレットは不思議な子どもだ。
私とリコを助けたあの日から、運命と試練、稀にわが娘のリコッタに振り回され続けながらも、子どもらしくない冷静さで乗り切ってきたアオ。彼はいま身の丈ほどもある
今回の進め方は正直彼らしくない。少なくともこれまで公爵としての私に見せてくれたやり口ではなかった。
この際、まだ六歳の子どもであるという点は目を瞑る。目を瞑らないとどうにもならない程度には突出していた。まだ同年代と言われた方が納得できるが、見た目は六歳児なので調子が狂う。それでも彼のスタイルは一貫していた。少なくとも、男爵としての彼のスタイルは一貫していて、敬意をもって対応するに足るものだ。
それはすなわち『潔癖症』と言えるほどに徹底した法治主義であり、その実現のため、規範を愚直なまでに徹底して文書に落とし込む文書主義だ。宰相のアーヴィングからの報告によれば、硝石採集人制度設計委員会でも早速格上の魑魅魍魎相手に大暴れしているし、実際に私には輜重部隊の副長から抗議という名の泣き言が飛んできている。……ただそれはアオに理があり、相手は私の親戚筋という身分にあぐらを掻いた話だったので時間の無駄だったが。
アオのやり口は今は亡き盟友セドリック・ポーレットを彷彿とさせる。どこまでも青臭く真っ直ぐな理想を掲げて突っ走っているのがセドリックだった。
その彼の生き写しのようなアオが、過去の遺物となった決闘裁判を持ち出した。それはすなわち、相手を迅速に追い詰めるには決闘裁判の他にないというアオの敗北宣言に等しい。
緊急事態とみて万が一の際には割り込めるようにと見届人の名簿に私をねじ込ませたが、見たところ彼は冷静に事を進めようとしている。
(やけっぱちではないようだが……よりにもよって、杖か)
確かに魔導師にとっては定番の獲物であるし、事前にいくつもの術式を事前に描画しておくことができることから、杖は長い方が有利とされている。そういう意味では自身の身長ほどある杖を引っ張り出してきたアオは魔導師として正しいといえる。
そうだとしても、魔導術そのものが決闘向きではないという不利を覆すことはできない。事前に術式を用意できたとしても、その発動にはラグがある。魔力を通し、効果を生み出す領域を指定し、発動させるというステップを崩すことはできないからだ。
(どう使う、アオ……)
杖を握る両手は広く幅をとっており、腰だめにもたれたその杖の先はぴたりとクリストフを狙っている。
「……しゃっ!」
息を吐くようにして飛び出したのはクリストフ。アオは物理的に受ける姿勢に入る。あまりに遠い間合いから突っ込むクリストフを前に、アオは表情一つ変えない。
私の隣で不安そうにしているのは北方部族の教官だというシャルロット・バードン。リコッタの恩人でもある彼女の両手が肩の高さで所在なさげに動いている。今回の見届人の代表だが、決闘裁判の見届人としては優しすぎるだろう。
「あ、ああああ、あああ……」
シャルロットから漏れる小声など無視をしてクリストフの間合いにアオが入る。
カッ! と斬撃を受けたにしてはあまりに鈍く小さい音が響く。直後、人影が横薙ぎに倒れ込む。強烈な一撃だった。
地面に引き倒されたのはクリストフ・ファルマンだ。剣こそまだ右腕にあるが、左手で二の腕を押さえている。
「な……!」
「立て。まさか一発で終わる程軟弱ではないだろう」
クリストフの選んだ見届人が驚く声に被るように、アオがクリストフに淡々と告げる。彼は倒れたクリストフに合わせてか、自身の脚を守るように杖を立てて構えている。
「あ、アオ君はなにを……」
シャルロットには見えなかったようだ。戦場でのやりとりを見ているものであれば見逃さないであろう。それはすなわち……彼らの振るまいは、既に実戦レベルにあったということだ。
「相手の切り込みの反動を使って杖を返し、打ち込んだのだ。」
相手の切っ先が落ちてくる直前、アオは斜め前に踏み込み身体への直撃コースを外しつつ、杖で剣を受けた。打たれた反動を使いコンパクトに杖を回したのだ。その結果、クリストフ・ファルマンはそれを右腕でもろに受けてしまった。打ち込んだ強さと早さがクリストフ自身に跳ね返った。
(……義肢、か。便利なものだ。持ち替えることなく杖を綺麗に振り回せるとは)
普段はリミッターをかけているはずだが、本来の機械の腕に制限はない。様々な関節の可動域は、人間のそれより広くすることだって可能なのだ。今回はそれを使って、手首をくるりと回し、打ち込みの時の勢いを削がず、綺麗に打ち込んでみせた。
「どうした。腕でも折れたかね」
「ふ、ふざけんな……」
「大真面目だ。降参しないのなら続けるが」
倒れた姿勢のまま剣を横薙ぎに振るうクリストフ。アオは危なげもなく後ろに一歩分飛び切っ先を空振りさせると、クリストフの膝に向かって杖を突き込む。クリストフは後ろに転がるようにして距離を取る。
戦闘を経験したものならわかる。膝を壊されてしまえば、二度と戦場に戻ることはできない。一方で、膝を壊したぐらいでは死ねない。そこを意図的に狙っているとすれば、抜け目がないと評価するべきか、残酷だと評価するべきか、悩ましいところだ。
「泥まみれだな。どうした、僕を殺すんじゃなかったのか」
アオはそう言いつつ最初の構えに戻る。
「……アオめ。最初から棍棒として使うつもりで杖を持ち込んだな」
杖を折られないようにと全周に張られた板はおそらく鉛だ。重量を増して攻撃力も上がる。あの板の下に杖の描画を仕込んでいると見たが、アオはそんなことを一切気にせずぶん殴った。折れたり削れたりすれば意味を失う魔導具であんな事はできない。
最初からクリストフを殴り殺すつもりで武器を選んでいる。
「さあ、続けようか。君も望んだ決闘だ。お互いここで果てるなら、文句はあるまい?」
アオの声が朗々と響く。踏み込んだのはまたもやクリストフ。だが今度は近づきすぎないように距離を取りながら間合いの読み合いになる。クリストフも守りに入った。
そして、攻守が逆転する。
「……!?」
カカカカカッ! と軽いジャブのような攻撃が高速で飛び出していく。距離を保とうとクリストフが下がる。靴底と石畳が滑る音が連続して響く。重心を低くしたまま突っ込むのはアオだ。くるりと回転運動も使い、相手を壁際へと手際よく追い込んでいく。
戦士として振るう
そしてなにより、切っ先と言う概念がない。棒の前後を入れ替えて打ち込むこともできる。相手は棒の両端がどこにあるかを常に意識し、相手の足さばきと手さばきから瞬時に棒の軌道を読む事が必要となる。
「ファルマン先輩が押されてる……!?」
「いけー! やっちまえ!」
見届人だという生徒がおののいたように声を上げている。アオへの声援といえば聞こえがいいが、野次も飛び始めた。
「くっ……!」
それでもクリストフはよく捌いているように見える。雨で滑りやすい足下、肌に張り付いて動きを阻害する服。その中でもアオに決定打を打たせていない。きちんと対処している。それは努力しなければ得られない視野の広さと太刀筋だ。
(……実に、残念だ。きっと彼の戦力は公爵領にとって必要だった)
壁際まで追い込まれたクリストフがアオに向かって突きを繰り出す。アオは焦らず杖でそれを逸らす。鍔のない獲物で相手の刃を受けるというのは、そのまま指を切り飛ばされる可能性がある危険な行為だ。だがそれもアオならできる。義肢の指なら刃が指の上を滑ったところで出血もしなければ痛みもない。
アオは相手の刃先を逸らす動きをそのまま回転運動に変え、相手を横薙ぎに殴りつけようとする。剣先が大きく弾かれてファルマンの防御は間に合わない。クリストフ自身もそれに気がついたのだろう、斜め前に飛び、転がるようにしてアオの脇をすり抜ける。
「……っ!」
その瞬間にクリストフは外套の裾を掴んで転ばそうとしたようだ。アオは無理に逆らわず距離を詰めるように体当たりで弾く。
「……す、すげぇ」
観客席のどこかから、そんな声が漏れ聞こえてきた。正統派な太刀筋で振舞うクリストフと、
「……テメエに何がわかる」
クリストフの絞り出すような声が響く。おそらくどこかの攻撃であばら骨を折っているのだろう、息が苦しそうだ。
「その問いは無意味だ。それとも同情が欲しいのか? 僕に『かわいそうなファルマン先輩』なんて言われたいなら話は別だが」
アオはその会話に乗る。おそらくアオも息を整える時間が必要なんだろう。だから攻めず、その挑発に乗った。
「……無意味だと」
「無意味さ。誰だって孤独だ。ありのままの自分を誰が理解できる? 理解なんて幻想に過ぎない。僕らは相手に自分の理想を勝手に投影し、勝手に理解した気になっているだけだ」
アオはさらりと言い切った。
「それを前提とせずに、どうやって誰かと歩み寄り、落とし所を見つけるんだい? 相手に僕の理想を押しつけることで達成されるのが相互理解だというなら、僕は孤独でいい」
杖を肩に担ぐようにするアオ。だがそれは杖が重いからではなく、上半身を守りつつ、すぐに上段から打ち込めるようにする構えだ。
「僕も君も等しく尊く、等しく矮小で、等しくクソ野郎だ。誰かの善意の上にあぐらをかき、それを我が物のように貪っておきながら、それに反旗を翻した。そういう意味では共通するところもあるだろう」
だが。とアオは続けて、杖を引き絞るように握り込む。
「それは僕と君の問題だ。それに無関係なマハマを巻き込んで解決しようとし、そのためにリコッタ閣下を危険にさらした。……僕はそれが我慢ならない」
「……我慢ならないならどうする」
クリストフはぴたりと剣先をアオに向けて笑った。
「もう御託はいいだろう、アオ・ポーレット。お前も俺も、殺し合いがしたくて仕方がないんだ。お前も俺を殺したいんだろう」
「恨みは募っているとも」
戦い初めてからアオは初めて笑った。
「それにね、惚れた女の子に手を出されて笑って許せるほど、僕は大人なんかじゃない!」
アオが声を張った。
「復讐だとか、正義なんて上等なことは言わない。これは、ただの野良犬の喰い合いだ」
両者、踏み込む。
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