【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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決着

 結局僕とクリストフ・ファルマンを分かつものは何もない。僕とクリストフはよく似ている。

 

 それでも、『それでも』と言い続けなければならない。

 

「……ようやくお前をこれでぶち殺せる」

 

 クリストフがゆらりと構えを変えた。フェンシングのような、突き主体の構え。

 

「その派手な眼が――――――目障りなんだよっ!」

 

 クリストフは戦闘慣れしている。杖では防ぎにくい突き主体に切り替えてきた。目線の高さに合わせて突っ込んでくる。真っ直ぐな刀身でその構えだと、切っ先は点にしか見えない。距離感が一瞬つかめなくなる。

 

 僕がさっきまでクリストフにしていたことと同じことだ。必殺の間合いをお互いに狙っている。

 

 僕は手首を回し杖を横から叩き付け、相手の切っ先を逸らす。そのまま相手の手の内に杖を滑らそうとするも、先に剣を引かれる。肘関節を決めることは叶わなかった。

 

(格段に動きが良くなった……?)

 

 さっきまでは殺されたいのかと思うほどに緩慢な動きだったのだが、クリストフの動きはどんどん良くなっている。

 

「……ようやく本気か」

 

 つぶやきつつひたすら相手の突きを捌く。お互い決定打に欠く牽制が続く。

 

「どうした! ちゃんと食いついて来いよ! ああっ!?」

「なら」

 

 クリストフが僕を煽りながら踏み込むのに合わせてこちらも前へ飛び込む。それに合わせて杖は短く。……はじめて気がついたが、僕には顔周辺に飛んできた突きを首を右に傾げることで避ける癖があるらしい。首皮一枚切られて気がついた。さっきもこの動きをした。

 

「お望み通りっ!」

 

 相手を下から見上げるような角度になる。もともとマントのおかげで手元を見られにくいのだが、体格差は僕に有利を与える。クリストフからは僕の身体が邪魔で手元を見ることなど叶うまい。杖を一気に前に突き出すことで相手を弾き飛ばす。クリストフが大げさに見えるくらい大きく後ろに飛んだのはいい判断だ。骨もいくらか折れてるだろうによく動く。

 

 あばら骨は一本巻き込めただろうか。致命傷にはほど遠い。

 

「……っ!」

「遅い」

 

 こっちから踏み込んでイニシアチブをとりにいく。雨と血で胴が冷えていくような感覚がある。失血死にはまだ足りないはずだから、雨が体温を奪っているのだろう。さっさと片づけてしまいたいが、焦って倒せる相手でもない。

 

 陽動として相手の左脛を打ちにいく。向こうは乗ってこずに正面突き。僕は打ちに行った勢いそのままに杖の長短を入れ替え。横からはたき落として回避しつつ半身を逃がす。

 

(まずい、視野が狭くなってる)

 

 音がしないことで、集中し過ぎを自覚する。トンネルビジョンというやつだ。これでは勝てる戦いでも勝てない。意識して距離を取って仕切り直す。

 

「……しゃっ!」

 

 クリストフが突っ込んでくるが、今度は全身がしっかり見えている。大丈夫、できる。

 

 突っ込んでくる相手の刃。しっかり相手の位置に合わせ、僕の方から迎えに行く。切っ先の位置からして僕が捨てるべきは――――――――。

 

(左腕!)

 

 ガキン! と、嫌な音がした。

 

「な!?」

 

 クリストフが驚いた表情をしている。左手の掌底をぴったり相手の刃先に合わせて押し込んだ。関節部を抜けてしまえば、剣は案外深く入ってしまうらしい。僕の左の魔導義肢は相手の刃の三分の一は飲み込んだだろう。左の手首から先が動かなくなったが問題ない。肘まで動けばいい。

 

「これで僕の勝ちだが」

 

 物を握った方が拳も硬くなる。杖をナックル代わりに握りしめ、相手の刃を横から殴りつける。僕の腕は特注品だ。右手に魔力を叩き込めば、薄い剣を

へし折るくらい造作もない。……が、同時にファルマンの手が僕の腰に伸びる。狙いは僕が提げているショートソード。杖を振って引きはがしたタイミングでそのまま持っていかれた。

 

 そのまま至近距離で突いてくる。右手は杖で埋まり、この距離では振るい難い。左腕でなんとか真正面から喰らうことだけは防ぐ。左脇が熱い。肋骨というのは偉大だなと感心する。骨がなければ多分肺が危なかった。

 

「……安物じゃだめだったか」

 

 一気に間合いを外す。結構ぶっ叩いているんだけれど、クリストフはまだ倒れない。すごいなクリストフ。

 

 クリストフが折れた剣と奪った剣を両手で構える。まるで太刀と小太刀の二刀流のようになる。両方とも順手に持ち、僕からだとハの字に見える。嫌な構えだ。うかつに飛び込めない。盛大に間合いを外す。

 

 剣が折れたらおしまいというルールだったはずだが、やはり向こうは止まる気もないらしい。まあ、狙い通りではある。これでも剣を置かないのであれば、クリストフの正当性は徹底的に否定される。

 

「クリストフさん! アオさんも! 武器を置いてください! 勝負はつきました!」

 

 シャルちゃん先生が止めようと一歩分前に出て、公爵閣下に止められている。まずい。僕の視線が一瞬外れた瞬間に間合いを一歩分盗まれた。そのまま突っ込んでくる。僕はバックステップでわずかに時間を稼ぎつつ杖の中央辺りに右手を移動させて構えやすくする。

 

 本来であればこの先僕の方から攻めると悪手になる。手続きの正当性という意味では、間違い無く。

 

「俺はまだ生きてるぞ、お前もまだ死んでないだろう。続けるぞ」

「……そうですか」

 

 棒の中央を持つ。これなら片手でも安定して杖を振り回せる。

 

「結局何がしたいんだ?」

 

 狙うは膝。あの構えでは下段は守りにくかろう。折れた剣を小太刀代わりに僕の杖を押さえに来る。剣としては正しい。だがクリストフは相手が杖だと忘れている。

 

 手首を返し、打ち込み。押さえられた端とは反対で打突したのだが、クリストフは自分から跳んで衝撃を吸収した。下手に割り込まれるのは嫌だ。公爵閣下やその背後にいるであろうリコッタを背負う位置に立ち位置を変える。

 

「結局君は死にたいだけか、クリストフ・ファルマン!」

 

 折れた剣が刺さりっぱなしの左手をだらりと下げ。右手だけで杖を構える僕は、どう見えたのだろう。クリストフが目を見開くのが見えた。

 

「……さも自分で生き死にを決められると信じているような顔だな。アオ・ポーレット。お前の知っている路地はそんなにヌルかったか」

 

 雨が上がっていく。どんどん小降りになっていく。その中でも、彼の声はどこにも響かない。

 

「父や商人ギルドに道具にされて、捨てられる。その恐怖も怒りもやるせなさも、お前ならわかるはずだ」

 

 小馬鹿にするように笑ったクリストフ。

 

「お前だって同じだ。俺にはわかるぞ。お前もこうして死んでいくんだ」

「それがどうした」

「どうせお前だって権力の奴隷になる。自由になんてなれはしないぞ」

「それがどうしたっていうんだっ!」

 

 その時に、気がついた。

 

 僕は彼を、クリストフ・ファルマンをどうしようもなく哀れんでいる。

 

「自由になったところで今度は自由に隷属するだけだ。何物にも縛られない自由は死と同義じゃないか」

 

 クリストフを見据える。哀れむな。その哀れみはきっと、傲慢以外のなにものでもない。

 

「責任や期待から逃れられても、事実からは逃れられない。結果は常に追いかけてくる。……それすらわからなかったのか」

「……俺を下に見るな」

 

 クリストフの剣先がわずかに振れた。

 

「俺は、お前を殺して、俺は……」

 

 グンと影が大きくなる。強い踏み込み。大きく切っ先が弧を描く。剣を担ぐような姿勢。

 

「俺になるんだぁあああああ!」

 

 僕も踏み込む。

 

「――――――アオ様っ!」

 

 リコッタの声。一瞬、クリストフの瞳孔が絞られるのが見える。一瞬僕から、視線が外れた。

 

 左腕で殴りつけるように、相手の胴を刺す。そのまま相手を押し返すように、数歩前へ。クリストフの力が抜け、全体重が僕に掛かった。石畳に剣が落ち、跳ねる甲高い音が響いた。

 

「ふざけんな。自分なんて今の自分以外にあるかよ。馬鹿野郎」

 

 心臓に傷を付けたところで、即死するわけではない。数秒は脳も機能する。届いていると信じる。

 

「…………」

 

 何かをクリストフが呟いている。

 

「せいぜい、踊るがいい。火だ、ねは、まだ…………そ…………こ…………」

 

 支えていられなくなり、落とす。その頃になって、僕にも痺れたような痛みが襲ってきた。焼けた火箸を突っ込まれたような痛みってこんな痛みを言うのかと他人事のように思う。アドレナリンは優秀だ。もう少しだけ保ってくれ。

 

「クリストフ・ファルマンは死んだ! その罪は命をもって贖われた! この者の死体を、魂を毀損する行為はいかなる者であろうと、それがたとえ公爵閣下、国王陛下であろうとも、このエルジック男爵アオ・ポーレットが断じて許さん! この裁定に異論のあるものはいるか! 居るならば名乗りを上げよ!」

 

 そう叫んで問いかける。返ってくる反論はない。

 

「王国、公爵領に、またこの学院に、平穏のあらんことを」

 

 雨は、すっかり上がっていた。




さて、どでかい後始末が待ってます。まだはまってないパーツが……

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