【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
クリストフ・ファルマンの遺体に布をかけてかくしてやった頃、水たまりを蹴飛ばす音がした。振り返った直後に衝撃。白いベレー帽が一瞬映ったので慌てて左腕を引く。壊れた義肢が刺さるとマズい。支えきれず地面に倒れる。
「ぃでっ……リコさ」
「アオ様のばかっ!」
抗議の前に罵倒が飛んできた。涙を湛えた彼女の双眸が僕を睨む。
「死んでしまうかと、わたしの、リコッタのせいで、アオ様、アオ様が……!」
「大丈夫です。ちゃんと生きてます」
「でもそれはっ!」
「たまたまでも結果は結果です。約束は守りましたよ」
そう言って右手だけでポンポンと頭を叩く。とりあえず上体を起こし、リコッタを座らせる。左手首に刺さった剣は抜けそうもないのでとりあえず石畳の目地に突き刺して固定。
「アオ様!」
「ミネット。ごめん、とりあえず左腕外して。リコッタ様に刺さりそうでマズい」
「それより前に止血です! リコッタ様!」
「はいっ!
リコッタの魔導術が発動する。全身が熱くなったような感覚と同時に異物感がある。
「此の人の罪に
難読化されていない詠唱。リコッタの首元に掛かった封魔結晶が光る。効果は封魔結晶による能力の底上げ……か?
そんなことを思うも、僕にしゃべれる余裕はない。リコッタの治療は確かにすこぶる効くが、こちらのダメージが大きいときは強烈な吐き気に襲われるのだ。この吐き気の強さはハリエットの初講義以来じゃないか。逆を言えば、それだけ僕のダメージが大きかったという事でもある。
「……いったん、これで血は止まったはずですから、シャルロット先生やじぃにも見てもらいましょう! いいですね!」
「そこまで……」
「いいですね!」
「……はい」
ここまでリコッタは強引だっただろうか。そんなことを思うが、とりあえず僕が悪いみたいなので、黙って従っておく。『じぃ』というのはあの御用医師のことだろう。あの医師、リコッタに聖ディアナ騎士団の見習いに僕と直近で働きすぎである。過労死しないだろうか。
僕の介添人を頼んでいたアーノルドやリコッタのアシストを頼んでいたアイリスもやってくる。一応決闘裁判は手続き上終わったので、入っても問題無いはずだ。
「なんつーか……うん、よく頑張ったよ、アオ」
「それはどういう感想なんだいアーノルド?」
「そのまんまさ……お前が死んでなくて良かった」
「勝つって言ってただろう? 最初から」
そんな会話をしていると膨れるリコッタ。
「だからといって、危険なことはあまりしないでほしいのです」
「それは……とりあえず左手を下ろして移動しないとですね」
「逃げたな」
「逃げましたね」
「恨みつらみは後でたっぷり聞きます。まずは腕を外して――――――――」
そういったタイミングで急に空が陰った。雨が降ったり止んだり暗くなったり、あまりに天気が不安定すぎないかと空を見上げる。
「いっ!?」
「魔鳥『グラーフ』……!」
冗談みたいに大きな猛禽が空を飛んでいた。ミネットも驚いた様子。そこから何かが、というか、『誰か』が分離して降りてくる。……普通に高度は五〇メートルぐらいありそうな高さから僕の真横に降りてくる。怖くて半分回るようにして避ける。左手を目地に刺して固定していたのを忘れて転がったものだから、肩が義肢に擦れて息が詰まるかと思った。多分肋骨もやっている。
「アオ!」
「ぽ、ポーレットさんんんん!? なんでっ?」
いつも通りのズボンにブラウスという薄着で飛び降りてきたポーレットさん。既に眼が怖い。
「なんではこっちの台詞! お説教とかは全部後です。一通り全部治しちゃうけど歯とか欠けてないよね!?」
「な、ないですけど、ポーレットさん」
「だからお話は後! まず治して痛みも取っちゃうから!
ポーレットさんの爆速詠唱が始まる。リコッタの治療術とは違って痛みというか、感覚が無い。僕の体が微妙に発光しているのが恐怖心を煽る。ギリギリ目で追えるどうかの速度で魔方陣が生まれては消えを繰り返す。描画の中身を確認する余裕なんてどこにもない。
「す、すげぇ……この量の術式をこの速度で正確に……?」
「術式の
アーノルドとアイリスが戦いたような声をあげているのが聞こえる。相変わらずポーレットさんの術式は内容がよく読めない。知識量と鑑定眼では間違い無くアイリスの方が僕よりも上なんだろう。そのクアドラプル・コンプレッションとはなんだ? 後で聞いてみよう。
「うん、この止血処理はリコッタ様の治癒術ね。よく効いてる。……肋骨はこれで元通りだし、肺の出血は止めて、血も抜いた……首回りの傷は……よし、これで綺麗……だね。よし、処置終了」
「ありがとう……ございます。というより、なんでここに」
「なんでも何も、アオが決闘裁判を申し込まれたって聞いて飛んできたんです。なんで相談してくれなかったんですか」
「いや、決まったのは昨日で実施は今日ですし、相談しても間に合わないですし……って、そもそも教えてないのにどうして」
「私が呼んだのだ」
公爵閣下が会話に割り込みつつやってくる。
「確かに早駆けの馬を使ったが、知らせが届いたのはおそらく今朝だろう? この天候ではグラーフでも飛んでくるのは難しいと思ったのだが、いささか到着が早すぎないか?」
「アオのためなら天気ぐらいなんとでもします」
……とんでもないワードが飛び出したぞ。その不穏さに公爵閣下も眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「魔力効率さえ考えなければ、グラーフを通せる回廊ぐらいさくっと生成できますよ。空気を圧縮して雲を消し飛ばして、追い風つくって飛んできました」
「……レナは収束系じゃなかったか?」
「収束系の魔導師でも風属性や火属性だって使えますよ。土属性ほどじゃないですが、多少の覚えはあります」
この母親、局所的にとはいえ天気を操りながら文字通り飛んできたらしい。公爵閣下もやれやれと言った様子で肩をすくめている。いきなり雨があがった原因はポーレットさんか。進路上の雲やら雨やらを退かしながら飛んできたせいだろう。
圧縮したら水蒸気は水になるんだったか。しわ寄せでどこかが豪雨とかになっていませんようにと今更ながら神に祈る。何かあったら本当に洒落にならない。
「二級魔導師でも研究室の密閉空間でギリ再現できるような高等魔導術を不安定な屋外で完結させておいて、『さくっと』とか『多少』とかで済ませられたら、私たち発散系魔導師の立つ瀬がどこにもないんですが……」
「あ、シャルちゃん久しぶり。先生になったとは聞いたけど、学院だったのね」
「ご無沙汰してます、ホックリー先輩。相変わらずですね……」
シャルちゃん先生が引きつった顔で笑っている。ホックリーはポーレットさんの旧姓だ。そちらの方が呼び慣れているんだろう。
「そんな高等なものじゃないよ。発動位置は自分との相対座標で取れるから移動しても再計算いらないし、魔力循環が安定域まで走ってしまえば自前の魔力そんなに必要無いし、発動してしまえば誰でも維持できるよ?」
「その初手の『発動してしまえば』をできる魔導師がどんだけ少ないと思ってるんですか!」
「シャルちゃんもできますよね? 一級なんだし」
「んなわけありますか! 循環速度が安定域まで上がりきる前に抗力で吹き飛ばされてノックダウンです! 普通の人間なら!」
「えー?」
「こほん」
咳払いで止めたのは公爵閣下だ。いつの間にかビオネッタさんや先生方が生徒を散らしに入っている。
「アオの怪我はもういいんだな?」
「はい、閣下。義肢以外はもうなんともありません」
僕が答えると、公爵閣下が頷いた。
「関係者も揃っただろう。……今後の話がしたい」
「待ってください。閣下。まだです。まだ話を聞くべき相手がいます」
僕の待ったに、視線が自然と僕に集まる。
「マハマに話を聞かないといけません。もう少しだけ、待ってくれませんか?」
クリストフの発言に気になる所があった。
真偽はともかく、保険を掛けておくにこしたことはあるまい。
いよいよ大詰め。
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