【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
医務室を覗くと先客がいた。
「……出直そうか?」
「アオ!」
マハマの声は最後に聞いたときよりもはっきりとしていて、それに少し救われる。ベッドに居る彼の他には男性が二人と女性が一人。顔立ちと肌からして、そのうち二人はマハマの両親だろう。もう一人がわからない。
「おや、君が噂の男爵殿か。はじめまして。儂はロレンス商店のジョセフ・ロレンスという。どうかごひいきに」
そのわからなかった一人が僕に手を差し出しつつ前に出てくる。ちょうどその時に僕の後ろにいた公爵閣下とリコッタに気がついたらしく、慌ててそちらに礼をしている。
「失礼しました公爵閣下!」
それにぎょっとした様子のマハマ一家、特に父親らしい男は慌てて片膝をついている。ほぼ反射で母親もスカートを軽く持ち上げる礼をしていた。
「顔を上げてくれ。今日はリコッタの父親としてきたのだ。堅苦しい礼儀など不要だ」
「……その割には、軍装バリバリでいらしてますが」
「アオ、なにか言ったかね」
「いえ、なにも」
心の中で舌を出しつつ本題ではないのでそれで流す。ぞろぞろと部屋に入る。ついてきているのは僕と公爵閣下、リコッタの他にはポーレットさんとミネットだ。アーノルドとアイリスも付いてきてはいるのだが、部屋があまりに窮屈になるからと、廊下で待つことになった、
「……はじめまして、ロレンス殿、エルジック男爵のアオ・ポーレットでございます。今は左手が不自由なもので、片手ばかりで申し訳ありません」
「光栄であります。……うちのマハマの息子が大層なご迷惑をかけたようで」
商人が父親の方を睨んでそういった。……そういえばマハマの父親は奴隷商人付の通訳だった。となるとこの男がマハマの父親の雇い主だ。
「迷惑なんてとんでもない。彼は被害者です。……もう少し僕が早く気がつけていれば、少しはマシな結果になったのではと思えてなりません」
「アオは……、いえ、エルジック卿のせいでは、ございません」
僕をいつものように呼ぼうとして、言い直すマハマ。商人に睨まれている。この部屋だけで公爵、公爵家第一公女、子爵に男爵……廊下にはもう一人男爵とすごい数の貴族が集まっていることになる。
「重ね重ね失礼を」
「構いません。彼は僕の友人です。今日は閣下も私事としていらしているとのことですから、気に留めないでしょう。いつも通りで構いません」
そう言いつつ、部屋に踏み込む。
「彼のお父上とお母上とお見受けします」
マハマから習った言葉で呼びかける。部屋の皆が驚いた顔で僕をみているのがわかる。
「サマナ語……!」
「ボドウェ君から習いました。はじめまして。アオ・ポーレットです」
そう言うと姿勢を正すマハマ父。
「ポール・ンシア・マハマでございます。こちらは妻のアリア・アフィア・スクワント」
「ポーレット卿に慈悲をかけていただけるなど、ジョンもしあわせでございましょう」
サマナ語のヒアリングはギリギリできた。笑って答える。
「いえ、ンシアさんもアフィアさんも、それは違います。ボドウェ君と僕は同じ学園生で、対等です。少なくとも、僕にとっては心から信頼できる数少ない友人です」
チラリと商人に眼を向けるが会話に割り込む様子はない。子どもだから許されているというより、おそらくこちらの会話を読めていない。
「ご安心ください。悪いようにはしませんので、どうか少しだけお付き合いください」
そこまで話してサマナ語から普段の王国標準語に戻す。
「失礼しました。あまりサマナ語は得意じゃないのです。ジョン君に習っていたのですが……自己紹介が手一杯ですね」
「そりゃそうでしょう。奴隷商をしている儂でもさっぱりなのです」
「奴隷商としても長いのですか?」
「おかげ様で商人ギルドの奴隷商取引部門長を任せていただいております」
「なるほど、ご立派ですね。ジョン君も立派に学生をされていますし、とても教育が行き届いている」
「恐悦至極に存じます」
笑っている商人に話を合わせつつ、マハマの隣へ。
「マハマ、今日は君に謝らなきゃいけないことがあって来たんだ」
「謝らないといけない……?」
「クリストフ・ファルマンは僕が勝手に裁いてしまった。決闘裁判で、僕が勝った。……君が彼を裁くことはできなくなった」
マハマは僕をじっと見ている。
「あの場にいた先輩達は、教官の皆さんと相談した結果、自主的に退学届けを出すそうだ。……実質的な退学処分だね」
「安心したまえ、学院の外に出た瞬間、公爵家が責任を持って身柄を拘束する手筈になっている。万が一にも逆恨みで手を出してくることが無いように対応することを公爵家の名誉にかけてここに誓う」
手筈になっているというが、ごり押しにごり押しを重ねて学院と調整をつけた結果だ。
「それの、どこが謝るべきこと?」
「本来は君が酷い目にあったこととリコッタ閣下に毒が盛られたことは別件なんだけどね、それをまとめて糾弾した。主犯のクリストフ・ファルマンに、君への暴行の罪を清算させることができなくなった。それは、謝るべきことだと思うよ」
スツールを差し出されたのでそこに座る。
「……その怪我は、その決闘裁判で?」
「まあね。滅茶苦茶怒られたけど」
「当然です」
「アオ様が無茶なさるんですもの」
ポーレットさんとリコッタに突っ込まれる。肩をすくめて答えに代えた。
「だから、恨むなら僕を恨めよ」
「……できるわけないよ」
「そっか」
そう言うとマハマが手を伸ばしてくる。僕は片手でその手を取った。
「だから、アオも自分を責めないで」
「……ありがとう、マハマ」
その言葉で息を吐く。
「まずマハマは怪我の治療に専念してもらうんだけど……そこは僕の母上に協力してもらえることになった」
「アオのお母さん……?」
「はじめまして、レナ・ポーレットです」
ポーレットさんの名乗りに驚いて一歩下がったのは商人だ。
「あ、あの『鉄血』の……!」
「あはは……その二つ名やっぱり知られてるんですね」
「知らないわけがありませんよ! 今や存命の特級魔導師は八名しかいないのですよ!」
さすが特級魔導師、とんでもないらしい。……僕とリコッタの専属家庭教師みたいなムーブをよくできたなと今更ながら思う。
「この後マハマの体力次第だけれど、タイミング見て治療をする。公爵閣下の御用医師のアシストも入る」
「そ、そんなお金……」
「安心したまえ、費用は
公爵閣下がそういうと、明らかに慌てるマハマ夫妻。商人の顔も引きつっている。
「魔導術も万能じゃなくて、君を全快させることは無理だと思うけど、日常生活は問題無くできる位には回復できると思う」
生殖機能の回復はこれまで例はないというから、難しいだろう。方法が無いわけではないらしいが、それをするかは僕の一存で決められることではない。
「ありがとうございます……」
「うむ、子どもは素直が一番だ」
「閣下、なぜ僕を見ているのですか」
その扱いは釈然としないが公爵閣下は取り合ってくれない。
「どちらにしても、この件は一応解決という形になってしまう。ジョン君やアオが望まなくてもな……この後が大変だぞ」
「……と、いいますと?」
公爵閣下のぼやきに、商人が乗った。
「市中の引き締めが必要なのだ。少なくとも薬物の違法流通はなんとかせねばならん。アオにも負担を掛けてしまうな」
「とと様。これ以上アオ様を独占しないでくださいまし」
リコッタが抗議する。僕は苦笑いだ。
「ははは、愛されてますな、エルジック卿」
「おかげさまで。うかうか決闘もできません」
そう答えるとリコッタが僕のそばまでやってきて、後ろから僕を抱える姿勢になった。ちょうど僕が座った姿勢だから彼女の顎のしたに僕の頭がすっぽりと入る姿勢になった。
「アオ様?」
「……このような感じでして」
生暖かい眼で見られているのがわかる。ニヤニヤと笑みを浮かべた商人が口を開く。
「商人としてもギャングに倉庫を荒らされるわけにはいきません。儂ら商人ギルドとしても協力を惜しみませんぞ。川沿いの倉庫群はどうかお任せください」
「心強い味方ができたな、アオ」
公爵閣下が、笑った。僕も多分笑っていただろう。
「……ところでロレンスと言ったか」
公爵閣下の言葉に注意が向いている間に、ミネットに合図。リコッタの手を、少しだけ強く握る。
「なんでしょう、閣下」
「アオすら報告を上げていなかった毒の出所を、なぜ貴様が知っているんだ?」
リコッタをそのまま伏せさせる。同時に動いたのは公爵閣下だ。鞘を剣が滑る音。おそらく反射的にだが、商人の手が上着の中に潜った。直後、飛び込んだミネットが腕を取り、捻りあげる。カシャン! と金属質な音がして小さいナイフのようなものが落ちた。ミネットが綺麗にそれを上から踏みつけ、取られないようにする。
「動かないでください。……ここにはアオさまもご主人さまもいる。あなたが指を動かすより早く、あなたは消し炭になる」
いやそれは無理だよ、とは言えない。ミネットがきれいに腕を後ろに捻り上げていて、商人は返事どころじゃなさそうだ。
「ミネット。それ以上やると腕が折れるからだめだよ。治療に使う魔力ももったいない」
「はい、アオさま」
とりあえず相手の腕が折れそうな角度ではなくなったのでそれでよしとする。
「運が良いのか悪いのか、全部片付いてしまったではありませんか。長期戦を覚悟して、公爵閣下にも協力を仰いでいたのに、とんだ無駄骨でした」
「な、なにを……」
「当然、黒幕の確保ですよ。クリストフ・ファルマンとウィズ・ファルマン元市長だけで組んだ作戦という保証はありませんでしたしね」
そう言いつつ立つ。かなり無茶にリコッタを伏せさせたので、リコッタは涙目だ。これは後で念入りに『お世話係の刑』かもしれないが、危ないよりはマシだろう。そう思いつつ声をかける。
「決闘の最中、クリストフ・ファルマンは自身に指示を出していた人が市長の他にもいたことを明かしていました」
――――――父や
わかるかよ。わかってたまるか。それでもあそこで商人ギルドの名前を出したのは、きっと彼なりの最後の抵抗だったのだろう。
クリストフ、お前の墓に花を手向けるつもりはないが……この情報だけは、お前の望み通りきちんと使わせてもらおう。
「クリストフ・ファルマンは蛮勇が過ぎましたが、彼は決して馬鹿じゃなかった。マハマに罪を着せることが難しい事ぐらい理解していたはずです。少なくとも無理なく僕を追い詰めるだけなら、ミネットに罪を着せる方がはるかに合理的で、効果的だったはずだ。でも、そうしなかった。なぜか? 彼にはどうしてもジョン・ボドウェ・スクワント・マハマに罪を着せなきゃいけない理由があった」
その行為が利益になる人が居なければ説明がつかない。
「僕がリコッタ様と一緒にお城に行き、そこで特務権限をもらって戻るまでの時間は短くない。マハマを殺してでも罪をなすりつけるつもりならとっくに彼は死んでいる。……少なくとも彼に指示を出していた人物は、マハマが死なない程度に障害を負い、生かすことにメリットを見いだしている」
「儂は、儂は何も知らんぞ!」
商人が吠える。
「いや、知っていた。命令はしなかったかもしれない。それでも知っていて、なにもしなかった」
「第一公女毒殺の嫌疑を奴隷の子どもがかけられたんだぞ!? うちの商品に傷を付けられてなんの得があるっ?」
「ありますよ。彼が無罪であることの証明は容易い。そうして彼はただの哀れな被害者になる。それが凄惨であればあるほど、それでも耐えた哀れで忠誠心のある奴隷というアイコンとして機能する」
僕は商人の前まで寄る。僕に道を譲るように、公爵閣下は切っ先をピタリと商人に向けたままゆっくりと横にずれてくれた。
「直接的にはポーレット家やバリナード公爵家に貸しを作ることができる。実際ポーレット家の鉱山はいつでも人手不足だ。奴隷商にとってはよい顧客になれたかもしれない。まあ、狙いそのものは契約単価を上げるとかそんな所ですかね。そんなことをもう起こさせないための教育コストとして、もしくは待遇改善として……そんなこともできるでしょう」
「でたらめだ。そんな証拠がどこに」
「商人ギルドが組織的に情報を売らせた証拠であれば、フォルマル家の生き残りが告発文書を既に閣下に持参済ですよ」
ハッとしたような表情を浮かべる商人。それが答えだろう。
「でもそうですね。確かに
だからせいぜい、嫌みったらしく笑ってみせる
「ですので、僕からは何もできません。……そもそも、僕に行啓中の車列襲撃事件の捜査権はありません。そちらについては、公爵閣下にお任せですから」
無表情に僕たちを見下ろす公爵閣下。単純に怖いがせめて笑ってみせた。
「ですので閣下、後はお願いできますか?」
「……そうだな。よくやったエルジック卿。後は任せたまえ」
「御意」
僕はそう言って腰を折ると、ベッドの上でまだ青い顔をしているマハマと、ちょこんと顔だけ見せているリコッタの姿が見えた。
「お嬢さん、彼を離してやってくれ」
ミネットが僕を見てくるので頷いておく。足下のナイフを蹴って彼の手から届かない安全な所に飛ばしてから、ちょこんと挨拶をして数歩下がる。
「安心したまえ。リコッタの暗殺未遂についてはアオが決闘裁判で最終解決を宣言したので追求しようがない。……この場で貴様が殺されることはない」
脂汗を掻きつつ立ち上がる商人。
「だが、襲撃事件時にあった機密情報の恣意的な漏洩は話が別だ。近々私の使いが商人ギルドを訪ねることになるだろう。その時は覚悟しておけ。……そのきっかけは貴様が作った。その衝撃はさぞ大きかろうな」
それが商人コミュニティでの死を意味することなど、説明するまでもないだろう。
「……帰るぞマハマ」
商人の呼びかけに、一瞬反応したマハマの父親だが、すぐに脚を止める。
「……たとえ主人であっても、子を傷つけられて黙る親はいません。ここでお暇をいただきたく存じます」
「……では、野垂れ死ぬがよい」
そう言い残して出て行く商人を誰も追わずに見送った。
「……よかったのですか? 閣下」
「アオ、君がそれを問うのかね」
閣下はそう言って肩をすくめた。
「コリンの情報が役に立ったな。……これで、大手を振って商人ギルドに臨検に入れる」
「お手柔らかにお願いします」
「なに、君ほど過激じゃないさ」
そうは言うが、閣下はきっと止まらないんだろうな。そんな事を考えていたら、マハマの両親が僕の所まで来ていた。子どもの僕の前で、マハマの父親が膝をつく。
「エルジック卿……この度は、ありがとうございました。このご恩は、必ず」
「止してください。僕は友達が利用されるのが鼻持ちならなかっただけです」
「だとしても、ボドウェを救ってくれたのは、あなたです。エルジック卿。ボドウェのために怒ってくれる方がいて、救わんとしてくれた。その恩は、親として決して忘れてはならぬことでございます。このご恩には必ず報いますので、なんなりとお申し付けください」
深々と頭を垂れるマハマ夫妻。
「えっと、そうなると色々と調整をしないといけないことが山積みなんですけど……」
ちらりとポーレットさんを見ると困ったように笑った。
「……書類仕事、得意だったりしません?」
あの商人の『野垂れ死ぬがよい』という最後っ屁を笑い飛ばすために、まずは、仕事の確保だ。
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次回 その後のスラム街