【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
「殿下はどうしてこちらに……」
「西部戦線が落ち着いているとのことで様子を見るように兄上に言われていてね。聞けば今日はこのあたりの貴族がこぞって来ているというではないか。だから僕も顔だけ出しておこうと思ったんだ」
そう言いつつ会場に入ってくるアルフォンス王子。緑色の長い髪がキラキラと輝いている。魔力を隠す気もないというか、明らかに威圧的に使っている。……あまり得意ではないタイプだ。
「そうしたら、ちょうど表で賊が襲ってきているではないか。僕が助太刀するまでもなかったが……バリナード公はいい魔導師を飼ってるな」
「お褒めにあずかり恐縮です、殿下」
誰に対しても質実剛健なコミュニケーションをとる公爵閣下でも王族相手はフォーマルだ。歩いてきた王族に対して膝をつき、敬意を示す。皆がそれにならって礼をした。僕もそれに続こうとして……服にわずかに抵抗を感じた。リコッタが控えめに僕の上着を掴んでいた。
「して、今日はなんの祝いなのだ? 戦勝パーティではないようだが」
「は、我が娘リコッタの七歳の祝いでございます」
リコッタの方に視線が向く。リコッタは僕を盾にした姿勢なので、一応は視線を開けようと横に避けようとしたが、袖を捕まれる。……これはあれだな、うん。僕は逃げない方がよさそうだ。
「……おぉ」
アルフォンス王子が大股でこちらに近づいてくる。リコッタが、袖を握る強さが強くなったようで、僕の服にシワが寄る。
「可愛い子じゃないか。こちらの騎士君はどこの誰かな?」
「エルジック男爵、オーストレスのフィッツロイ男爵のアオ・ポーレットでございます。王子殿下」
「ポーレット? ああ、バリナード公のところにいた宰相がそんな名前だったかな?」
「はい、その息子でございます」
視線を向けられた公爵閣下が紹介してくれる。
「では、ポーレット君、そこをどいてくれるかな? そちらの子に僕もご挨拶がしたいんだ」
チラリとリコッタの方を見る。不安そうだが頷いたので、そっと横に逃げる。いつでも割り込める位置、かつリコッタの視線から外れない位置に留まる。
「はじめまして、リコッタ・バリナードでございます」
「アルフォンスだ。……うん、美しく可憐な子じゃないか」
リコッタの手を取り、手の甲にキスをするアルフォンス王子。……ちょっと待て、それを求められたわけでもなく、立場が上の王子が公爵家の子女にするか。
「よし、決めたぞ。この子はこのアルフォンスの第六側室として迎え入れる! よいな、バリナード公」
良くねえよ馬鹿王子。
喉元まで出掛かった声を飲み込んでリコッタに視線を送った。僕と視線が正面から合う。
「殿下、光栄ではありますが……」
リコッタは、弱り切った様子で声を上げる。ここは僕が泥を被るべきだろう。
少なくともリコッタは、王子ではなく、僕を見たのだ。
「殿下、そう急な話は困ります」
「ん?」
リコッタの前に入り、彼女を半歩分下がらせる。
「ポーレット君に何の関係がある?」
「関係はございますとも、殿下。リコッタ閣下は既に僕と婚約関係にあります。そう易々とその権利をお譲りする訳にはまいりません」
二人の間にぐいと割り込みつつそう言うと、明らかに不機嫌そうな顔。
「男爵が何を言うか。王子が娶るといっているのだ。それに口を出すか」
「恐れながら殿下、口を出すなと言う方が難しいでしょう」
「どういう意味だね」
「王子だろうが誰だろうが、主賓を困らせるなといっているのです! 今日の主役はあなたではなくリコッタ閣下なのですよ!」
怒鳴りつける。よし、怯んだ。王子殿下には子どもに怒鳴られるという経験もなかろう。このときばかりは僕自身の見かけに感謝しよう。
「失礼しました。殿下」
「ふざけるな!」
「ふざけているのはそちらでしょう。招かれていないパーティに乗り込み、その主賓たるリコッタ様の意思すら確認せず側室になさるとは。……そういう通告は、
さてはこの王子、あまり頭の回転は速くないな。こういう相手が一番やりづらい。
「僕がプロトコールだ。手続きなど捨て置け。それとも……男爵が本気で王子に楯突くのか? 素直に譲れば報奨の一つは出したものを」
カチンとくる、というのはこういう時のための言葉だな。……まあ、喧嘩を買うなら早いほうがいい。ハリエットまで合流してリコッタの警衛隊がリコッタをいつでもカバーできる位置に揃ったし、これなら喧嘩を売ってもリコッタは無事だろう。
素直にリコッタを譲れば報奨を出した? 賞状かメダルかは知らないが、彼にとって側室の価値はその程度か。その発言がリコッタを馬鹿にしてるという自覚すらないのかこの王子様。
「なるほど、リコッタ閣下と私にそれぞれ諦めさせるには幾ら必要か、既に算出なされているということですか。殿下は帝国式の
アルフォンス王子の顔がさっと赤くなった。……こういう時に頭に血が上るタイプか。
「それはどういう意味の発言か、場合によってはここで斬って捨てる」
「それは困りましたね。殿下に申しあげるまでもないことですが、一つ発言の意図を正確にするためには、申しあげなければなりません」
意識して演技臭く発言をする。リコッタが落ち着くまでの時間を稼ぐ。
「王権とは、人民を統治すべしと、神が選ばれし人間にお与えになったもの。そして統治は実権を伴わずに行うことなどできません。それすなわち王の実権の届く範囲が国土となり、国民はその国土に住まう者達を示します」
「……何が言いたい」
「王権が届く範囲でしか、あなたは王子たり得ないということです。……だからこそ、我々諸侯はヴェッテン王の威光が世界を照らすと信じ、帝国の圧政に抗い、剣を振るっている」
「まるで僕が王権をひけらかすだけの阿呆だとでも言いたげだな」
「お父上の王権でしか諸侯を黙らせられないなら、左様で」
相手の片眉が痙攣するように揺れる。頭に血が上るタイプは初動が読みやすくて助かる。
「人間は調度品ではございません。権威や金で人の心が買えるのであれば、とっくに世界は平定されておりますから」
金で奴隷を買える状況であっても、金だけで動く相手ばかりでもない。プライドや精神的な安心感が満たされなければ人はついてこない。
「また、権威のみで優劣が決まるのであれば王の中の王を名乗ったカスパールの帝王にただの王が勝てるはずもないではありませんか。それでも我々が負けていないのは、ヴェッテン王室が人の理を理解し、帝国に抗ってきたからに他なりません」
慇懃無礼というのはこういう態度の事を言うのだろう。どこか冷めた気持ちでそう思う。
「殿下、あなたが王権の意味を理解し、真に優れた王子であられると信じるからこそ申しあげますが、行動を制限できたとしても、その心を捕らえられるとはゆめゆめ信じてはなりません。……上辺だけの敬意で満足されるなら話は別ですが、
「子どものお前に何がわかる」
「少なくとも、この両腕と左目を公爵家に捧げる程度には修羅場はくぐっております」
そう言い、シャツをはだけ、肩口を晒す。義肢の付け根も見えたはずだ。
「……」
おや、そこで黙るのか。意外に義理堅く、情に篤いのかもしれない。
「それにですね、殿下。殿下はまだリコッタ閣下と出会ってものの数分ではありませんか。それで側室にすると言われても、相手方を困らせるだけでしょう。そういうことは、しっかりと時間を掛けて、手順を踏んでするものではありませんか?」
「ええい、もうまどろっこしい!」
剣が滑る音。僕はリコッタに体当たりをするような形で安全圏まで跳ね飛ばし、姿勢を低く。弾き飛ばしたリコッタを、ヴィクトリアさんが空中でキャッチ、すかさずビオネッタさんがカバーに入った。さすが聖ディアナ騎士団、こういうときの動きは慣れている。
わざわざ一回剣を振り上げてくれたから時間的余裕があるとはいえ、問題は僕の方……死なない程度に大人しく怪我をするにはどうすれば良いんだろう。そんなことを考える。まあ、適当に義腕で勢いを殺して、ちょっと顔の皮膚を切らせればいいか。
「お前はここで――――――」
「アオ!」
ハリエットの叫び声と同時にナニカが飛んでくる。鞘に入った剣……これはあれか、聖ディアナ騎士団の備品、ハリエットのものか。籠手を掴んでキャッチ。掴んだ場所の関係で逆手になった。持ち替える余裕は、ない。
「露と消えるがいい――――――!」
鞘をつけたまま手首を
「……御託の前にさっさと切り捨てればいいものを」
僕はわざと聞こえるようにそう口にしつつ、力を込める。鞘の先は相手の剣の柄にピタリとあたり、つっかえ棒のように相手の剣を頭上に押しとどめる。魔導義肢はこんな無茶な姿勢でも安定してトルクもパワーも出せるから便利だ。
「リコッタ様に剣が当たるところでしたよ。それが側室に招かんとする女性に対する振る舞いですか、第三王子殿下」
「くっ!」
相手が剣を引こうとする。それにあわせてこちらも突き出す。逃げれば逃げるほど相手は力の入りにくい姿勢になる。重心が上へ、なんなら後方へ追いやられるからだ。……この王子様はあんまり剣の扱いは上手くない。僕も素人だけど、僕より下手だ。多分魔導師としての方が本業なんだろう。
だったら剣士ではなく魔導師として魔導術で戦えばいいのにと思うが、僕もクリストフ・ファルマンに対して同じ事をしているので言うに言えない。
「何度王子に対して無礼を働けば……ぁ!?」
聞くに堪えないので脱力して剣を外す。同時に横に逃げ、倒れた王子の首元に鞘を付けたままの剣をあてる。
「いくら王子であろうとも、僕の婚約者に無礼を働くのであれば、黙ってなどいられません。……それに、本当に彼女を欲するのであれば、彼女に好かれる努力をしたらいかがですか? 少なくとも、僕はそうしています」
剣を外し、肩に担ぐ。恨みがましく僕を見つつ立ち上がるアルフォンス王子殿下。その彼に公爵閣下が声をかける。
「殿下、軍人として、何よりリコッタの親として、剣を抜くタイミングを見誤るお方に娘を預けるわけには参りません。今日はどうか、このあたりでご容赦を」
「よってたかって王権を愚弄する気か!」
「では、逆賊としてこの場でアオ・ポーレットもろとも私を切り捨て、殿下の直轄領としてこのバリナード公爵領を治めればよろしい。さあ、このトマス・バリナードはここから逃げませんぞ。さあっ!」
公爵閣下も演技派だ。この場の貴族達はほとんどが公爵領の配下にある貴族達。『トマス・バリナードは、無謀にも王権に楯突いた弱小の男爵でさえ見捨てない』というメッセージになる。ここでアルフォンス王子が公爵閣下を切り捨てた瞬間、かなりの数の貴族が公爵側に傾くはずだ。
アルフォンス王子がこの場に連れているのは八人、外で控えているであろう人達をあわせても三〇名強だろう。この状況で、聖ディアナ騎士団総勢三八〇名の他にも各領の兵もいる。戦力差は一〇倍を軽く超える以上、無事に逃げ切るのは不可能。
「く……っ」
アルフォンス王子は歯がみしている。そこらの下人を切るのとは訳が違うからだ。
この人数の全員の口を封じるのは不可能だ。『対帝国戦線維持の立役者である公爵の娘に一目惚れして求婚したら拒まれたので、親である公爵を切り捨てた』という人物評は、国を率いる王子としてあまりに致命的だ。また、公爵領が権力の空白地帯となったと帝国に知られたとたん一気に攻めてくるのは必至。そのきっかけを作った王子としてアルフォンス王子は国内から袋だたきに遭うだろう。王位継承権は第三位、スペアとして不要とされたら切り捨てられてもおかしくない。
なによりもここで僕と公爵閣下を切り捨てたとして、その瞬間にリコッタにとってのアルフォンス王子は、目の前で父親と婚約者を斬り殺した男になってしまう。……王子がそこまで気がついているかはともかく、ここまでくればアルフォンス王子は引き下がるしかない。
「殿下」
リコッタが声を掛ける。僕は一歩横にずれ、リコッタの視線を通しつつ鞘がついたままの剣を王子に向ける。
「お声かけをいただいたことは光栄ですが、わたくしには心に決めた殿方がいます」
声が震えているリコッタ。泣きそうな顔をしているがそれでも、声を張った。
「ですので! どうか、どうか今はお引き取りください。わたくしが、あなたを許せなくなる前に」
どうか。と繰り返すリコッタ。
「……君に嫌われるのは本意ではないが、こんな男爵の」
「殿下、わたくしはあなたの思い通りになるだけのお人形ではございませんのよ」
かぶせるようにそう言うリコッタ。
「……対等に話そうともしてくれない殿方では、アオ様に勝てるはずもありません」
そう言われたアルフォンス王子は、僕を睨んでくる。
その彼に顔を寄せ、一言二言呟いてみせた。僕の声を聞いた彼の顔が能面のように変わる。
「……貴様」
「たかだか男爵の僻みとお聞き流しください」
そう言い、踵を鳴らして直立不動の姿勢を取る。
「以上! 第三王子殿下に対してあるまじき暴言と暴力、謹んでお詫び申しあげます!」
「……いや、もういい。帰るぞ」
ざわざわと周囲にさざ波のような困惑を遺して王子がふらふらと去って行く。去って行くのを建物の外まで目で追う。
「――――――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
見えなくなると同時に息をつく公爵閣下。僕もへたり込む。剣に手を置いたまま、それを支えにした形だ。背中に嫌な汗を掻いている。心拍数もおかしい。
「……やって、しまった」
「アオ様っ!」
リコッタが駆け寄ってくる。満面の笑みのハリエットも一緒だ。
「ナイスガッツ、アオ」
「ありがとよ、ハリエット。あんなタイミングで武器を投げ渡してくるんじゃないよ。僕を殺す気か」
「でも勝ったでしょ?」
「勝負にはね。おかげで僕は政治的に死んだぞ」
ハリエットに恨み言をぶつける。
「アオ、よく言ってくれた。よくぞリコの心を守ってくれた」
公爵閣下に労われる。リコッタもこくこくと頷いてくれる。
「もったいないお言葉でございます、閣下」
そう言いつつも顔を上げられない。多分僕はいま、前世を通しても人生で一番青い顔をしているだろう。
「それでだ、アオ。……作戦会議といこうじゃないか……我々は、国王陛下にこの惨状をどう申し開きをするべきか」
「二分間だけ現実逃避をさせてください。二分経ったらいつも通り振る舞いますから」
「いや、すまない……これ以上君に負担を掛けるべきではないな」
リコッタを守るためとはいえ、乱入してきたこの国の王子様を手荒に追い返したのである。
「……どうしよう」
僕の人生には、三度人生を変えるような出来事があった。四度目は間違い無く今日だ。僕は、前世を含めたこれまでで最大のピンチを迎えつつあるらしい。
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