【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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手土産をどうするか

「あなた、そこに正座なさい」

 

 公爵閣下が床に正座している。僕もその横で正座だ。公爵閣下とこれほど一体感を感じたのは初めてである。赤いフカフカの絨毯のおかげでかなり脚は楽だけれど。

 

 アルフォンス王子を追い出した後は、もはやパーティどころではないので、公爵閣下に場を締めてもらい、余った料理などのうち持ち帰り可能なものは適当にくるんでお持ち帰りしていただいた。やたらと上機嫌なタンジー男爵には『それでこそセドリック様の跡取り! 痛快だったぞ!』と義肢がもげるかと思うほど強く叩かれ、アーノルドの父親にあたるホランド伯爵からは『なにかあれば頼りなさい』と本気で心配していただいた。結果的にではあるが僕の精神的に()とても楽になった。

 

 とはいえその後始末がこれである。ここはパーティ前の控え室として使われた広間で、残っているのは僕と公爵閣下、リコッタにポーレットさんと、チャップマン宰相。あとはハリエット他護衛担当の者達が数名と……今僕たちの目の前で仁王立ちしているご婦人。

 

 その方はリコッタをそのまま大きくしたような美人の女性……リコッタの母親にして、トマス・バリナード公爵閣下の配偶者、エリザベート・バリナード公爵夫人である。リコッタの弟君であるリチャード様が一歳を迎えられるまでは公務は控えるようにしているらしく、今日もパーティに欠席していた公爵婦人。僕は今日初めてお目通しがかなったことになるが、こんな形でなければと思わずにはいられない。

 

「アオ君はいいのよ。リコを守ってくれた立役者ですもの」

「いえ、そういうわけには……」

「なあ、エリィ。ならば私も……」

「よく聞こえませんでした。もう一度言えるものなら言ってみなさい」

「なんでも……ございません……」

 

 こんなことになっている公爵閣下は珍しい。

 

「それで、アルフォンス王子殿下がリコの前で剣を抜いたとはいえ、喧嘩を売り、あまつさえそのまま帰したのですか」

「結果的にはそうなるが、しかしだな……」

「事実だけ述べなさい、トマス。公爵ともあろう方が言い逃れをするなどあまりに見苦しい」

「ご賢察のとおりであります……」

 

 いつもの覇気はどこへやら。公爵夫人は怖いと公爵閣下からも、チャップマン宰相からも聞いていたが、確かに相当だ。

 

「あろうことか、まだ子どもの彼に泥を被ってもらいながら後処理すらせずノコノコと戻ってきたのですか? まったく情けない」

「エリザベート閣下、それは違います」

 

 さすがにこれは僕が庇わないとマズい。エリザベート夫人の目がこちらを向く。

 

「売られた喧嘩を買ったのは僕です。トマス閣下は僕をかばい立ててくださったのですから、閣下をお責めになるのはおやめください」

「そうかもしれないわね。でも、どちらにしてもあのパーティは公爵家が主催となり開催したものである以上、その責任はトマスが背負うべきものなの」

 

 諭すような口調になるエリザベート夫人。為政者としての声ではなく、年長者としてのそれなのだろう。

 

「確かにあなたの行動は迂闊だったかもしれない。でもね、アオ君。それを言うなら、あなたが動く前にリコが毅然と断るべきだったわ。リコにはそれができるよう育ててきたし、それができると信じたからこそ、諸侯を呼んでのパーティを開いたのですから」

 

 エリザベート夫人の視線がリコッタの方を向く。リコッタはしゅんと俯いていた。

 

「……ごめん、なさい」

「そうね。次は頑張りなさい」

「しかしエリザベート閣下」

淑女(レディ)の話を遮るものではないわよ、アオ君」

 

 反論すらさせてもらえない。ぐっと言葉を押しとどめる。

 

「なによりあの場はリコの舞台であり、まだ責任の取れないリコの代理としてトマスの名の下に行われた。ならばその場のもめ事の責任はトマスが全て背負うべきなの。自らの非でなくとも、配下の非は我が事として責任を負う……それが領主というものであり、あなたに今後求められるものよ。アオ君なら、わかるわよね」

 

 ぐうの音も出ない。

 

「はい……」

「その責任をあなたがいま勝手に背負うことは、あなたが我々に『領主として弁えて当然の常識すらない』という烙印を我々に押すことを意味し、リコを含むバリナード家全員を侮辱する行為に等しい。そんなことをバリナード家の夫人として決して許しません」

 

 そこまで冷静に諭してくれたエリザベート夫人が、一気に声色を変える。夫人としての、権力者としての顔に戻る。

 

「故に、この件についてはバリナード公たるトマスと、その夫人エリザベートが預かり、対処します。エルジック男爵アオ・ポーレット、異論は?」

「ありません」

「よろしい。それじゃあ自分で立てるわね」

 

 正座から直ることを強制させられる形になった。足が若干ピリピリするが、そんな長時間でもなかったのでだいぶマシだ。リコッタが僕の方までやってきて、後ろからすっと抱きしめられるような姿勢になった。

 

「ふふっ、リコが選んだのがアオ君で本当によかったわ」

 

 ……こりゃあ怖いわエリザベート夫人、目が笑ってない。僕の覚悟や矜持も、何から何まで見透かした上で、状況を全部僕から奪っていった。

 

「まあ……それでもアオ君が気に病むのであれば、今後もリコのサポートは任せたわよ」

「承知いたしました」

「頼むわね。……レナ」

「は、はひっ!」

 

 いきなり呼びかけられて文字通り飛び上がっているポーレットさん。

 

「とても良い子に育っているじゃないの。レナはいつまでもナヨナヨした子だと思ってたけど、見直した」

「そ、それはアオが……その……」

「それでもよ。……あなたもちゃんと親の顔になった。同じように子を持つ母として、尊敬に値するわ。彼の親であることを誇りなさい。アオ君のためにも、まずあなた自身を誇り、それを汚さぬよう進みなさい。いい母とは、そういうものよ」

「……はいっ! ありがとうございます!」

 

 すごくうれしそうなポーレットさん。ポーレットさんの夫であったセドリック・ポーレットは公爵閣下の学友だったというから、おそらくエリザベート夫人とも面識があったのだろう。これはポーレットさん、相手に苦労しただろうなと思う。エリザベート夫人は良くも悪くも突っ走るタイプというか、有事に強い人だ。ちゃんと公爵閣下のケツを蹴り飛ばせる人なんだろう。それと同時に、暴走すると怖い人だ。そういう意味では、夫人という立ち位置はとても合っている。

 

 ……のだが。

 

「……それに比べて、トマス!」

「はいっ!」

「あなたまでアオ君と同じレベルの説教が必要とは言わないでしょうね」

「もちろん。弁えているつもりだ」

 

 頷く公爵閣下。正座だけど。

 

「なら、どうして王子殿下を無傷で帰したりしたのですか。そこまで舐められて顔に傷の一つも付けずに帰すなど、それでも後の公爵領全域を二年で平定したパーシィ・バリナード辺境伯の末裔ですか! 武闘派が聞いて呆れる!」

 

 ……うん? 何もせずに帰したというのは『謝罪の一つもせずに』という意味ではないのか?

 

「そもそもが向こうの無茶でしょうに。あの幼女趣味のアルフォンス王子の第六側室に、うちの長女たるリコを差し出せ? そんな世迷い言を前に傷の一つも付けずに追い返したのですかっ!」

「しかしだなエリィ、王室だぞ。ただでさえ西が危ないのに、いま国内でいざこざを抱えるわけには……」

「そんなんだから国内で舐められるのです! いいですか! アルフォンス王子は()()()リコッタしか興味がないのですよ!」

 

 どんどんエキサイトしていくエリザベート夫人。

 

「あの王子の側室に詰め込まれている子たちはみな成人前! 第五側室のラビスタ男爵のお子さんに至ってはリコより年下なのです! 時の第一側室だったパリオ伯のトスカ嬢が一五歳になった途端、病気療養の名目で実家に送り返されたのを知らないとは言わせませんよ。そんなド畜生の側室としてリコを差し出せ? それも末席に? 冗談じゃない! それに怒らずなにが父親か!」

「奥様! どうか落ち着いてください!」

 

 足蹴にしだしたので、使用人一同が慌てて止めている。

 

「アルフォンス王子殿下って……その、そういう方向で有名なのですか?」

 

 聞けそうだったのがポーレットさんだけだったので小声で聞くと、すっと目を逸らされた。

 

「……有名なんですね」

「まあ……そうね。あんまり良い噂は聞かないかも……」

 

 そういう背景があったなら、あの場で大暴れしたのはつくづく正解かもしれない。僕の身が危ういのは変わらないけど。

 

 一通り暴れて気が済んだのか、肩で息をしつつも話を本筋に戻すエリザベート夫人。

 

「ともかく、少なくともこの件は大事にせねばなりません。我らが公爵領で粗相を働いたことを心の底から後悔させてやらなければならないのです」

 

 ……あぁ、なるほど。と理解する。どうしてタンジー男爵が僕の喧嘩に『痛快だ』と言ったのか。みんな内心今のエリザベート夫人みたいに怒っていたに違いない。タンジー男爵は娘さんを病気で亡くしているし、他人事ではなかったのだろう。

 

「当然、手を打つのですよね。トマス?」

「そのつもりだが……、それには、レナ、そしてアオ、君たちの助けが必要になる」

 

 エリザベート夫人は目を三角にしたままだが、話を聞く姿勢だ。

 

「僕はともかく、なぜ母上を?」

 

 そう問い返すと、公爵閣下は頷いた。

 

「レナには公式に国王陛下と直結するダイレクトラインがあるのだ」

 

 慌てて見上げると、困ったように笑うポーレットさん。

 

「どういうことです……?」

「特級魔導師は王室が抱える騎士団への登録が義務付けられる。まあ、騎士団と言えども名誉職で、実際は魔導術に関する研究成果を王国に還元するための研究機関に近い」

 

 公爵閣下の説明を聞いて、一応は腑に落ちた。学院の入学前に肖像画を描いてもらったが、その時に着けていた大受は王国騎士団のものだったわけだ。……それでも本当になんでポーレットさんがのほほんと領地運営なんてできてたんだ?

 

「その騎士団の職権として、国王陛下への謁見の申請ができるのだ」

「王室への進言(アドバイス)制度は確かにありますし、特級魔導師は魔導研究に関わる事象とその応用……特に軍事関連ならば手続きによらず陛下へ奏上できますけど……明らかな職権乱用になりませんか?」

 

 ポーレットさんが頬を掻きつつ問いかける。旗色が悪くなったのは公爵閣下だ。

 

「そこは……ほら、あれだ。適当にでっち上げてだな」

「あのですね閣下」

 

 さすがの言い分にポーレットさんもお冠だ。

 

「奏上するような革新性のある事例なんて『はいそうですか』と出てきませんし、魔導師育成制度周りでの陳情を直訴したらそれこそこの公爵領にケチが付きます」

「むぅ……。だが、不誠実な理由でアオを殺されかけたという立て付けなら、レナからも文句を言える。国王陛下御本人はそのあたりも柔軟な方だ。多少無茶でも話は聞いてくれる。だから是非ともここでレナには当事者として関わってもらわねば困るのだ」

 

 事情はわかる。エリザベート夫人がため息をついた。

 

「あなたが恐れているのは手続き? それとも王子?」

「どちらでもない。それらの処理にかかる時間が怖い」

 

 即答する公爵閣下。ようやく調子が戻ってきたのかもしれない。

 

「こうなった以上はアルフォンス王子の周りを一瞬で叩き潰すしかない。言い訳の余地なく、完膚無きまでに、だ。内乱の兆しアリと帝国に知られれば、火の海になるのは公爵領だ」

「この動きそのものが大公擁立派にとっては格好の餌でしょうしね」

 

 僕の補足に頷く公爵閣下。ファルマン市長一派の騒動で、リコッタを大公として担ぎ上げる話があったことを確認できている。実際にそれで騒動が起きてしまったわけだからいろいろと課題があるのも確かだ。

 

「母上ではなく、公爵閣下が奏上できないのですか? 今回のことであれば直接閣下が出て行って大暴れした方が効きそうなものですが……」

「もちろん私も動くが、ルートを確保しておくに越したことはないのだ。複数ルートからの陳情という形で確実性を上げたい」

 

 人脈を駆使した空中戦でなんとかしたいということだ。そうなると、ポーレットさんまわりで陳情をさせる必要がある。直訴するなら話題は魔導術そのものか、副次的なものか……。

 

「……あ」

「アオ?」

 

 ポーレットさんが僕を見てくる。

 

「……閣下、そろそろ来期の予算審議が始まってますよね?」

「来期というと、来年七月からのか。公爵領もそうだし、国王議会もそろそろ本審議のころだが……」

「防衛関連予算は?」

「同じ枠で審議に入る……何を思いついた?」

 

 可能性の話だが、話題作りだけならいけるか……?

 

「ただの思いつきです。既に枠組みがあるかもしれませんが……」

「言ってみろ」

「クリストフ・ファルマンの決闘裁判のときに、母上が単騎でグレイフォート学院まで急行したのは覚えてらっしゃいますか?」

「覚えているが……」

「現状、魔鳥『グラーフ』は運用コストが高く、伝令の足としてしか運用できていない認識です。それも前線での運用事例が少ない」

「そうだな。魔鳥を使うだけでも餌となる小動物と広い土地が必要となる関係で、都市と都市のような定点間の連絡が主だ」

 

 雲を押しのけ爆速で飛んできたポーレットさんだけれども、あれができたのは出発地がオーストレスで十分な食料と離着陸の場所を確保できていたからだ。立地の関係で使えないことも多い魔鳥を維持し、運用できる組織はほぼないと言い切れる。

 

「……アオ、まさかとは思うが」

「魔導師の足としては至極有用です。魔導師部隊に魔鳥の運用部隊をパッケージングした部隊運用は、僕が知る限りまだありません」

 

 チャップマン宰相の方に目を向けると、わずかに考え込んだ様子。

 

「確かに、魔導師も魔鳥も希少価値が高いですからね。まとめての運用を試せるほどの余力があった領地がそもそも存在しません」

「ですが、魔鳥を元から生産しているオーストレスなら初期投資を限りなく小さくした形で導入可能です。もちろん増産体制を整え、輸送網を整備するのが絶対条件となりますので、最低でも五年は掛かるでしょうが……」

「可能性はある……か。レナ、どうだ?」

「た……確かにできなくはないと思いますが、それを維持するには膨大なお金がかかります。餌の輸送コストだけでどれだけになるか……」

「逆にそのあたりが解決できればなんとかなるかもしれんのか」

「それは……はい、そうですね。子爵領単体では厳しいですが……いくらか予算的なアシストがあれば……」

 

 ポーレットさんからも消極的ながらいけそうとの回答。

 

「これで予算が付かなくともいいのでしょう? 軍事関連で魔導術が絡むなら母上からの陳情も言い訳が効きます。この件そのものが予算審議入りしなくてもリスクはない」

「……なるほど」

 

 公爵閣下は乗り気だ。方向が決まる。

 

「……どうでしょう閣下。実証部隊の設置予算を緊急で王国議会の予算会議にねじ込んでみては? その趣旨説明として、母上と閣下が乗り込むのです。前線を抱える公爵家からの提案であれば、採択はされなくとも、門前払いはされないかと」 




母が軒並み強いこの作品です

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