【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
翌日、バリナード城から馬車でしばらくはしると、開けた草原につく。そこには既に何人もの人達が準備に入っていた。半数以上がポーレット子爵領の人員だ。つまりは、魔鳥の運用チームである。
「アオ、昨日は休めた?」
乗馬服を着たポーレットさんが出迎えてくれる。僕も公爵軍の乗馬服の丈を詰めたものを半笑いのハリエットに手伝ってもらってなんとか着込んでいる。オーバーサイズ気味でなんとなく七五三を思い出す。隣には『アオ様とおそろい……!』ハイテンションなリコッタもいて尚の事コスプレ感がすごい。
「リコッタ様のおかげでよく休めました。……ポーレットさんもすいませんでした、やりかけの仕事を……」
そう口に仕掛けると、僕の口に指をそっと置くポーレットさん。
「こういうときぐらい、親を頼りなさい。これでもお母さんなんですから」
母には勝てないのかもしれない。そんなことが頭をよぎる。
「……はい」
「うん。リコッタ様も昨日はアオを見てくださりありがとうございました」
「いえっ! わたくしもちょっとですがアオ様よりお姉さんで、お嫁さんなんですから! これぐらいは!」
僕の誕生日が不詳なため便宜的に公爵家が僕を拾った日を誕生日にしてるんだけど、それは言いっこなしなんだろうな。
アーノルドとアイリスが帰ったあとのリコッタ様は……それはもうすごかった。それこそ僕はずっとされるがままになっていた。ハリエットとおそろいのメイド服を着たがったタイミングで、ヴィクトリアさんが文字通り『秒』でぴったりサイズのメイド服を差し出したあたりずっと機会を窺っていたのかもしれない。
まあ、一日で大分体力的にはリカバリが効いたので、休んで良かったのだろう。
「あの、母上。一つ相談が……」
「なあに? 改まって」
昨日飛び出した魔導術強化特訓の話を切り出す。それを終始ニコニコで聞いていたポーレットさんは僕の話を一通り聞いてから頷く。
「もちろん協力するわ。もし皆さんの都合がつくなら
「いいですねっ! わたくしもそれがいいと思います!」
「……提案してみます」
アーノルドは多分反対しないし、後はアイリスの都合だが、多分彼女はリコッタの圧で押し切られていそうな気もする。アイリスのご家族の反対があると面倒だが……。
「まあ、その時はアイリスのお姉様達もお呼びすればいいか」
かなり荒療治になるかもしれないが、そうなったらそうなったで、きっとポーレットさんがフォローを入れてくれるだろう。なんだかんだそのアタリの機微には明るいひとだ。
それからしばらくして、安全のために別ルートで向かっていた公爵閣下の馬車も到着して、全員が揃った。
「閣下」
「アオ……大分顔色も良くなったな」
「お気遣いありがとうございます。リコッタ様のおかげです」
「リコがそれだけ頑張れるのはお前だからだ。アオ」
労ってくれる公爵閣下も乗馬服。本当にこのメンバーになるんだなぁとどこか他人事のように考える。そう思っていると、ポーレットさんがさっと手を上げて注目を集めた。
「さて。……それで魔鳥の組み分けですが、万が一の墜落のリスクも考えて配置しています。一番騎にはトマス閣下お一人で、二番騎に私とリコッタ様、三番騎にアオとミネット、残る四番騎にハリエットちゃんとヴィクトリアさんでいきます!」
「え? ミネット、魔鳥のハンドリングできるの?」
「はいっ! ご主人さまに教えてもらってました。アオ様のためにいつか必要になるだろうからって」
いつの間に……というのが正直な感想だ。もしかしてあれか、入学前にミネットにはかなり多めにお休みをあげてたからその間か。……それは休みになってないぞ。
「……ミネットはちゃんと休もうね」
「アオさまには言われたくないです」
「ですね」
「はい。わたくしも心配です」
「……すまん。わかっているんだが、仕事をなんとか減らすように気をつけよう」
味方は公爵閣下だけか。
「ともかく、組み合わせはわかりました!」
強引に話題を変えるとすごく生暖かい視線が集中する。笑ってごまかすしかない。
「確かに一番安全なのはレナの乗騎だろうからな。レナの腕ならリコを預けても問題あるまい」
「その分トマス閣下には荷物を多めに載せることになりますが……」
「もちろん構わんとも。向こうでのリコや私の正装だからな。自分の面倒ぐらい自分で見るさ」
閣下は上機嫌だ。荷物には剣やらリコッタの
「空中では基本的に菱形の隊列を維持します。先頭が私、後ろに公爵閣下、左翼にアオとミネットチーム、右翼にヴィクトリアさんハリエットちゃんチームです。基本的に戦闘はない想定ですし、襲われても多分私で対応できますが、手が足りない場合、両翼の三番騎、四番騎に騎乗する魔導師役……つまり、ハリエットちゃんとアオが迎撃をしながらトマス閣下を離脱させます」
「ご主人さまがいるから多分近づく前に相手が墜ちると思いますけど……」
ミネットがそんなことを言っている。……正直僕もそう思う。一方で僕もハリエットも発散型の魔導師で、遠距離大出力攻撃に利がある。移動砲台として上手く使ってほしい。
「ははは、そうなればいいんだけどね。万が一だよ万が一。それじゃあ、グラーフ達の場所に案内しますね!」
歩き出すポーレットさん、案内するもなにも、馬鹿でかい猛禽が四羽見えているのでそこが目的地だろう。
「……これが、魔鳥グラーフ」
つやつやとした羽根に巨大な翼。見上げるように大きな身体。金色の目に嘴、本当に鷹をそのままスケールアップしたような見た目だ。
(……こんな重そうな身体で、どうやって飛ぶんだ?)
僕の感想はそれだった。三次元で質量を持つ立体である以上は二乗三乗の法則からは逃れられないはずだ。体長を二倍にすれば、表面積は四倍になる一方で、重量に直結する体積は八倍になる。つまるところ、大きい固体ほど、飛べなくなるはずなのだ。それなのにこれだけの身体を支え、飛べるとなると相当な筋力強化と骨の軽量化を……。
“そんなに珍しいか、人の子よ”
「喋った!?」
僕の驚きようにポーレットさんやリコッタが笑う。
「バドほど流暢に喋れるのは珍しいけどね、魔力が豊富で人に馴染んだグラーフは言葉を発することがあるの。風の魔導の応用よ。……バド、彼はアオ・ポーレット。私の息子よ。今日はブランカに乗ってもらうわ」
「ど、どうも……」
“ふむ、レナの子か。珍しい魔力をしているが……レナの子なら納得だ。ブランカは若鳥だが大丈夫か?”
「大丈夫。ミネットが何度も乗ってるし、アオも風の魔導が上手いのよ。きっとその場であわせてくれるわ」
……驚いた。確かに空気の振動が音だから、風の魔導で再現出来るのか。で、そんな面倒くさいことをしてでもコミュニケーションをとろうと思った個体が言葉を覚えたということなんだろう。知能も相当高い。これはたしかに扱いが難しい。下手に餌をケチってへそを曲げたりサボタージュに走られると本当にいろいろ崩壊する。……兵站を組むときに考えるべきことが増えたぞ。
僕の不安を知ってか知らずか、ポーレットさんは僕の頭を撫でてくる。
「ブランカ」
ポーレットさんが呼びかけると、一羽の魔鳥が反応した。なるほど、アルビノの魔鳥のようで、白いからブランカと呼ばれるようだ。
「私の息子を預けます。頼むわね」
“がんばる”
それだけで発話が終わる。リーダー格らしいバドより相当若く見える。なんというか、顔立ちもしゅっとしていないというか、まだ子どもの印象を受ける。確かにこれに公爵閣下が乗ったら潰れそうだ。僕とミネットの組み合わせなのも、多分一番総重量が軽いからだ。
「皆さん、風で飛びそうなものはありませんか? ネックレスとか髪留めは外して荷物に入れましたか? 封魔結晶はちゃんと服の下に仕舞ってますか?」
「はいっ!」
リコッタの良い返事。僕もリコッタから受け取っている封魔結晶がきっちりシャツの下にあることを確認する。
「それじゃあ、全員騎乗!」
それぞれに鞍がかけられ、いろんな人の手を借りながら跨がる。僕はミネットの前に座る形となる。手綱を握るミネットに背中から抱きしめられるようなポジションになり、気分はママチャリの子どもシートに座らされる幼児だ。リコッタも同じようにポーレットさんに抱き留められる形で楽しそうである。
「ブランカ、お願いね」
“ミネットのおねがい、かなえる”
ブランカが翼を広げる。若鳥でも相当大きい。ここまで大きいと飛ぶだけでもかなりの滑走が必要だろう。ここはほとんど平地で坂もない。ここから飛ぶだけでどれだけ地面を走るんだろう。振動もすごいだろうなと心のなかで覚悟を決める。
「トマス閣下、離陸はポーレット流でいきますので、手綱を緩めてもらえますか。騎乗しているロディを信じて身体を預けてください。前のハンドルを掴んで振り落とされないように」
「心得た」
「ヴィクトリアさんもよいですか?」
「承知しております。打ち合わせ通りに」
「ミネット。バーチカルであがった後は左旋回で東に抜けるよ。隊列維持をおねがい。私とミネットの間隔を基準にロディとトビーが動くから、私にきっちり合わせてね」
「かしこまりました、ご主人さま。間隔はいかがしましょう?」
「予定通りでいきます。スタガット、ゼロ・ポイント・スリー」
「ゼロ・ポイント・スリー。わかりました」
なにかテンプレート的なものがあるんだろう。僕の知らない情報が頭を上で交わされる。異国語で話されているみたいに感じる。どこかで意味を教えてもらおう。
そんなことを思っている間にも、ポーレットさんは何かを咥えている。小さい銀色の筒だ。
(笛……? いや、違う! 魔道具!)
ポーレットさんが魔道具を使うのを初めて見たかもしれない。
「離陸よーいっ!」
ピーッ! と甲高く長い笛の音が響く。同時にグラーフたちが一斉に姿勢を低くした。僕たちの乗り込みを助けてくれた軍人達が全力疾走で離れていく。それぞれの足下に巨大な幾何学模様が現れる。空間描画で生成された魔導陣だ。あの笛の中に描画済の術式が仕込んであるようだ。
「アオさま、前のハンドルをしっかり掴んでいてください。身体を低く」
「わ、わかった」
ミネットに促されて鞍に付けられたハンドルを握る。その上から僕を庇うようにミネットが身体を倒し僕の手の上からハンドルを握る。背中に柔らかさを感じるが無視。
軍人の一人がポーレットさんに敬礼。おそらくは全員が安全圏まで待避したことを確認した合図だ。ポーレットさんも敬礼で返す。
魔導陣が複数重ねがけされていく。全部風の魔導だが、これは……。
ピッ! と鋭く一声。直後に強烈な突風が吹く。方向は前から。衝撃波のような、ドン! という音が響く。
「マジかっ!?」
とっさに飛び出したのはリコッタには到底聞かせられない僕の声。魔導陣からとんでもない勢いの突風がくるのがギリギリ読めたので踏ん張れたが、そうでなければ魔鳥に顔を突っ込んでいてもおかしくなかった。
(風の魔導で無理矢理垂直離陸させた!
たしかに翼で風を受けて揚力を生み出すのが飛行原理なら、揚力を生むに足る強風を前から吹き付けてやれば垂直に上がれるいうのは理屈上わかる。だが、これを実際にやるのはあまりに豪快というか、力技が過ぎないか。
一気に高度を稼いでいくせいで身体が重い。こんな加速度であがって大丈夫なのか魔鳥って。骨を折るんじゃないか。鳥の骨は軽量化のためスカスカなことが多いが……。
“だいじょうぶ。ブランカ、なれてる”
ブランカの涼しい声が聞こえる。僕の思考が読まれてる?
“きみ、やさしいのわかる。ミネットがしんじてるひと、ブランカもしんじる”
……なるほど、これはたしかにオーストレスの魔鳥が名産として名高いわけだ。湯水のように金が使えるなら数をそろえて投入するだけで戦場がひっくり返るぞ。
「ブランカ、左三点用意」
ミネットが指示を出す。高度を稼いでいた魔法の風が一気に弱くなる。
「左三点、せんかーい……いまっ!」
ふわりと風を受けて前に飛んでいく。ポーレットさんが騎乗するバドが右ななめ前方に見える。
「進路そのまま、ハーフスローアヘッド!」
声と手綱で指示を出して操るようだ。とても難しそうだ。よくミネットは操れてるな……。僕も覚えていきたい。
ポーレットさんが術式を編んでいるのが見えた。
……見覚えがあるぞ。あれ、アーロン・フォリオを脅すときに使った僕の魔法のアレンジだ。ポーレットさんの前では一回しか使ってないはずなのに、なんでそれを使えるんだ。というより、それを魔導術に落とし込んでたのかポーレットさん。
僅かだが蜃気楼のように空気が揺れた。空気圧を多分いじったんだろう。体感的にはあまり風圧が上がったりとかそんなこともないのに、魔鳥がぐんぐん加速していく。
集団は一路東へ、王都を目指す。
……言えない、この話を書き始めるまで魔鳥が話せる設定なんてなかったなんて言えない……
感想などはお気軽にどうぞ。
次回 謁見の間