【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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あたらしい戦争の形

 王都には名前がない。元々は名前があったらしいが、王都といえばここ以外ないと何代か前のヴェッテン王が宣言し、名前を消したらしい。

 

「……腰が痛い」

 

 公爵閣下が腰を叩いている。休憩を取りながらとはいえ、二日かけて飛んできたのだ。リスクを取れば一晩で到達できる距離だが、地形を見つつ目視で確実に向かったから、かなり遠回りになった。降りられる場所も魔鳥の餌を買える場所に限られたからそれらをホッピングしてきたのである。

 そんな距離を緊張して飛んできたら腰にきて当然だ。子どもの体でかつ魔鳥の操縦というプレッシャーもない僕とリコッタがピンピンしている一方で、残りのメンバーは結構お疲れモードだ。

 

「大きい街ですね、さすが王都……」

「です……。シェフィードの街も大きいですが、それ以上です……」

 

 リコッタも建物を見上げてそんな事を言っている。彼女も王都は初めてだという。

 

 王都は典型的な計画都市だ。王宮を中心とした放射状の大通りがあり、それらをつなぐ八角形の市街地が地形の高低を無視して配置されている。建物も各階の高さや壁の色、素材が統一されていて、なんだかパリやワシントンD.C.を彷彿とさせる。

 

「アオ、この街を見てどう思う?」

 

 腰をかばいつつもそんな事を聞いてくる公爵閣下。

 

「含意が広すぎて答えかねます」

「なに、感想をきいただけだ」

「そうであれば、陛下の権威を示すにふさわしい作りかと。幾何学的な美しい街並みは、自然さえ帰服させんとする意志を感じます」

「ふむ、ならばお前がこの街を守るならどうする?」

「こんな見通しのいい道で防衛戦はしたくないですね。門から王宮まで直線で抜けますから、魔導攻撃を多量に撃ち込まれたら手を焼きますし、侵攻可能なルートが多すぎます。障害物の設置だったり、緊急時には建物を崩して道を塞げるように準備しておく……などでしょうか」

 

 少なくともこの街は外部からの攻撃には弱い作りに見える。まぁ、王都での決戦になる時点で国家の崩壊は確定しているようなものだから些細な問題なのかもしれないが、戦闘に備えた都市ではない。国威を示す場としては優秀な都市なのだろう。僕にはそう見えた。

 

「いい着眼点だ。私もそう思う。この整った街並みには驚嘆するが、あまりにきれいすぎる」

「それにホームレスなどを見ませんね。一掃作戦でもあったのでしょうか? 空から見ても大きなスラム街などはなさそうでしたが」

「おそらく地下だな。この街は下水道が張り巡らされている。そこに押し込めたのだろう。冬も近いし地下のほうが暖かい」

「……なるほど」

 

 汚いものはまとめて見えなくしたということだ。ここは良くも悪くも政治の都であり、戦争が目に付かないようになっている。平和を前提とした街づくりで、僕が知っていた世界に近いというか、文明的で先進的な空気が漂っている。公爵閣下の『あまりにきれいすぎる』という表現は正鵠を射ていると思う。

 

「まあ、我々がここで大暴れすることはないだろうがな」

「そうですね」

 

 なんだその意味ありげな発言はと突っ込みたい。

 

「ともかく、用意ができ次第で飛び込むことになる。基本的に直言できるのは私とレナだけになるだろうが、陛下の気まぐれで直言を許される場合もある。その時は粗相のないようにな」

「承知しました」

「はい、とと様」

 

 まずは宿……というか、公爵家の公館に向かい態勢を整える。魔鳥でやってきたことはすぐに噂になるだろうから、その噂が十分に広がったぐらいを狙って飛び込む。……ここからは公爵閣下とポーレットさんの腕の見せ所だ。

 

    †

 

「バリナード公トマス・バリナード、入室!」

 

 侍従の一人が絶叫し、国王陛下に来客を告げる。謁見の間は奥行きが広く、国王陛下は背の高いステンドグラスからの逆光に遮られ、顔がよく見えない。その中で僕たちは、公爵閣下に続いて前に進む。僕とリコッタはグレイフォート学院の制服フルセット、公爵閣下は軍服、ポーレットさんはドレスだ。ミネットはこの王宮に立ち入れないので、魔鳥のお世話係として待機中、ハリエットはヴィクトリアさんといっしょに謁見の間の外でスタンバイしてくれている。

 

 中央の赤いカーペットを踏みしめ、国王の面前……といえども、二〇メートルは離れているが……まで近づき、僕と公爵閣下は片膝をつく。ポーレットさんとリコッタはスカートの裾を軽く持ち上げて挨拶の姿勢をとった。

 

「表をあげることを許す」

 

 そう言われ、片膝をついたまま上体を起こした。

 視線を上げると、背もたれの異様に高い玉座に腰掛けている真っ白な髪と髭をたたえた老人が見える。顔のしわもあって表情が読みにくい男性だ。国王らしく勲章だらけの正装。……少なくとも国王陛下は、公爵閣下やポーレットさんに敬意を払ってくれているのだろう。

 その他に正面には二人。一人は侍従長らしい男性。先ほどの許可を出したのはこの初老の男だろう。もう一人は……おそらく王族関係者。ここへの道すがら見かけた肖像画にそっくりだ。もしその通りの人物であれば、フレデリック・リンスター・ヴェッテン第二王子のはずだ。

 

「久しいな。バリナード公」

「トマス・バリナードに直言を許す」

「国王陛下におかれましても、おかわりのないようで、大変喜ばしく……」

「よいよい、トマス。君にまでへりくだられると寂しくてかなわん。ここにはフレディとマックスしかおらんのだ」

 

 フレディということは、やはり国王陛下の横に控えているのは第二王子だ。信じられないくらい厚遇だぞ。

 

「では、お言葉に甘えます。大変ご無沙汰しておりました、国王陛下。一昨年のブレンタ川戦役祝賀会以来でございます。第二王子殿下もお変わりなく」

「そうなるか……西方の鎮守、実に見事に果たしておる。久しく顔を見ずにすんだのも、トマスの働きのおかげだな」

「身に余る光栄であります。陛下」

「エリザベートは息災かね?」

「はっ、立派に夫人としての務めを果たしております。こうして私が領地をあけることができるのも、ひとえにエリザベートのおかげであります」

「ほっほぉ、聞いたかマックス。お前の姪っ子はまだ暴れ回っているようじゃぞ?」

「叔父として喜ぶべきか悩みますな……」

 

 直立不動のまま侍従長が答える。……なるほど、実質的に公爵閣下に縁のある人員に絞ってくれたのだろう。こちらにとっての一大事であることを、王室も理解してくれたうえでの対応ということだ。これだけでぐっと話を進めやすくなる。

 

「して、今日は余に何をもってきたのだ?」

「はっ。西方の脅威への対抗策として、新たなる騎士団の設立を認めていただきたく参上しました」

「……なるほど、故に『鉄血』を連れておるわけか」

 

 鉄血と呼ばれ、ポーレットさんが一礼する。

 

「余の直轄魔導騎士団である『銀十字騎士団』の第八位、『鉄血』よ」

「レナ・ポーレットに直言を許す」

 

 間髪入れずに侍従長から許可が出る。

 

「大変ご無沙汰しておりました、陛下」

「オーストレスから納められる封魔結晶は、今やこの王国にとって無くてはならぬもの。後方を支える騎士としての特級魔導師登用であったが……鉄血の、ようやく君も前線へ出る気になったか」

「国王陛下に仕える魔導師として、どうしても奏上したく参りました」

 

 準備してきた台詞だが、ポーレットさんがさらさらと口にする。……声色で緊張してるのがダダ漏れなのだが、まぁ、御愛嬌で済むレベルだろう。

 

「西方を支えるものたちが二人も……それに、子どもたちまで連れて陳情にくるほどだ。よほどの事情があるのだろう。……トマス、申してみよ」

「はい、バリナード公爵領に、新たなる騎士団、飛空魔導騎士団を設置したく検討を重ねております」

 

 さて、茶番が本格的に始まった。

 

「飛空……成程、魔鳥か」

「陛下のご賢察の通りであります。ポーレット子爵と、そこに控えておりますエルジック男爵アオ・ポーレットが基礎理論を確立し、他の追随を許さぬ程の機動性と火力を両立することが可能と判断しました」

 

 名前を呼ばれたので一礼。国王陛下と目が合った。

 

「……ふむ」

「つきましては、詳細な設立要望書を提出いたしますので、是非ともご一考いただきたく」

「他の追随を許さぬと言ったな。どれほどのものなのだ」

「無茶を通せば、一晩で王都から我が都シェフィードに到達できる程度には」

 

 かなりリスキーな表現を使った公爵閣下。第二王子の眉が動く。

 

 王都からという表現を使ってはいるものの、逆も然りだ。当然、バリナード公爵領から王都へも一晩で移動できることになる。

 

「……故に、余に話を持ってきた訳だな。トマスの忠誠には目を見張るものがある」

「部隊の設立にはポーレット子爵の協力も必須となりますので、陛下のお耳に入れなければ、と」

「……フレディ。軍務卿として、どう思う」

 

 国王陛下は第二王子殿下に話題を振った。王子とはいえおそらく公爵閣下より年上……おそらくは三〇代後半だろう。

 

(軍務卿……、第二王子殿下が軍政のトップか)

 

「魔導騎士団ということは、主力は魔導師。魔導師は貴重です。確かに高所から見下ろして攻撃できるメリットは理解しますが、墜落して死なれては元も子もありません。魔鳥もまた貴重です。平時は文字通りの金食い虫でしょう」

 

 空中戦力をそろえたところで、結局は地上の兵と騎士が戦場を決めることは確かだ。第二王子の言うことは正しい。

 

「それはトマスも承知の上だろう、そうだな?」

「はっ。それでも膠着した戦線をこじ開ける突破力を持ちえると考えます。文字通り局地的に戦線を破壊し、相手の背中を叩く。……そんな役目を期待しております」

「待てバリナード公、貴殿は相手の背後を急襲させるつもりか」

「はい、第二王子殿下。すでに戦争は、我々貴族や騎士のものではなくなりました」

「恥ずかしげもなくしゃあしゃあと、貴族の誇りというものが……」

「サマセット侍従長、恐れ多くも申し上げます。貴族の誇りで勝てるのであれば、この二十年の戦争で我々は大勝していなければおかしいのです。我が名誉に拘泥した結果陛下の首を帝国に捧げるくらいならば、私は喜んで卑怯者の汚名を被りましょう」

 

 そう勢いで押し切る公爵閣下。

 

「戦争は生き物です。そして、その顔は月のように目まぐるしく表情を変える。……新しい戦争が、眼前に迫っています」

「新しい戦争とはなんだ?」

 

 第二王子殿下が鋭く切り込む。

 

「後方たる各都市も巻き込み、どれだけ万全に兵士を戦わせることができるかを問われる、いわば『総力戦』の段階に突入すると確信しています」

「総力戦……初めて聞く言葉だ」

「私が絶対の信頼を置く家臣の一人が警告を与えてくれました。国力そのものを食い合う戦争です。農民を兵士に変え、道具鍛冶が剣を打ち、敵味方共に多大な血を流しながらわずかな土地を喰いあう、泥沼の戦争です」

 

 第二王子殿下にそう答える公爵閣下。

 

「くだらん、くだらんぞバリナード。そんな世迷い言を言いにわざわざやってきたというのか!」

 

 なぜかヒートアップしていく第二王子殿下。……そんな気に障るような文言があったか? あったか。軍政のトップである軍務卿の面前で防衛関連の議題を国王陛下に奏上することとなった以上、面子が潰されたとでも思ったのだろうか。そんな事態に備えてのこれだけの少人数での謁見のはずだが、国王陛下の一言で文字通り進退が決まりうる立場であるのだから、心穏やかにはいられないのだろう。

 

「総力戦だと? そんなことをすればそれこそ我が国の経済は全て吹き飛ぶではないか。少なくとも貴様の領地ではそこの娘の誕生日を祝う祝賀会をするほどの余力があるではないか」

「!」

 

 公爵閣下がわずかに目を細めたのが見える。形式上招待状は送っているが、行きもしない祝賀会のその日程まで頭に入っているとは考えにくい。案内が来たことだけ告げられて、中身を見る事すら無く祝文を誰かに代筆させて終わりのはずだ。それでも第二王子殿下はリコッタの誕生日祝賀会の日程を把握していた。確認しなければいけない事情があったと見て良いだろう。

 

 ……さては第三王子、第二王子にはめられたな? 公爵閣下と第二王子殿下はあまり仲は良く無さそうだが、それでも対帝国という面で見ればつながりも深いはず。第二王子殿下のお膝元で粗相をしてしまった第三王子の旗色は急速に悪くなる。

 

 つまり、リコッタを使って天秤を動かそうとしたのは第二王子殿下だ。

 

「バリナードよ、まずは身を切ってから言いたまえ!」

「殿下、それはヴェッテン王国の総意として捉えてもよろしいですかな?」

「くどい!」

 

 一気に強く出た公爵閣下。僕たちにとってはここで無碍にあしらわれても問題ないというか、想定通りの動きになる。なぜここまで無茶な要望を強行したのかという行動に焦点があたれば、当然間諜などが情報を収集する。その段階で第三王子の行動は明るみに出るだろう。あの祝賀会の参加者には()()()()()()()()()()()()のでいくらか情報が既に流れているはずだ。

 

「まあ待てフレディ。それを決めるのは余の仕事だ」

 

 潮時を読んだのは国王陛下だった。

 

「トマス。君の武功は存分に聞いている。また帝国をよく押さえ込んでもいる。それでもなお、力を欲する理由はなんだ?」

「押さえ込んでいるのではございません、陛下。攻めてこないから負けていないだけです。……そして、新大陸に主戦場が移ったとしても、帝国の脅威はいまだそこにあります」

 

 もうここまでくれば目的は達成したも同然だ。第二王子殿下の機嫌を損ねた手前、ある程度こちらの悪評をたて、落とし所として下がればいい。後はどこかの晩餐会などでそれとなく調整をしていくことになる。

 

「国王陛下、第二王子殿下。西部鎮守を任された公爵として、またヴェッテン王国に仕える一人の防人として断言いたします。我々に、もはや後方はありません。前線を守るため、後方もまた戦争に向けて肥大化し、戦争のために国家を回さざるを得ない時代がきます。もはや王国に安全圏はなくなる」

「この王都もか」

「例外なく」

 

 間髪入れずに切り返した公爵閣下。

 

「そんなこと……」

「どうしてありえないと言い切れましょう。もし我々が乗ってきた四騎の魔鳥の到着を、王都の上空へと差し掛かる前に知ることができていないのであれば、王都の防衛体制を見直すべきです。我々は味方です。だがもし、それが帝国の魔導師であったなら」

 

 そこで言葉を切る公爵閣下。

 

「我々はその気付きを得ました。そしてこの危険を知らせるために馳せ参じたのです。帝国は下劣であっても侮ってはならない相手、この可能性にいつか必ず気が付くでしょう。それが明日なのか、十年後かはわかりません。もうすでに気が付いている可能性もあります。……ですが、一撃を喰らってから備えるわけにはいかないのです」

 

 陛下、と呼びかける。

 

「ぜひとも飛空魔導騎士団の設置についてご検討ください。そしてわがバリナード公爵領をその実験場としてご活用ください。必ずや戦果を挙げて見せましょう」

 

 国王陛下は公爵閣下を真正面から見てそのまま十秒以上経過した。

 

「……よかろう。詳細は軍務局へまわすように。設置認可時期や、規模、予算にあっては軍務局と議会に諮った上で決定する。故に、ここで確約はしない。それでよいな?」

「ありがたき幸せに存じます」

 

 これは第二王子殿下にちゃぶ台返しをさせるための言い訳だ。国王陛下も第二王子の顔を立てた。

 

 これで予定通りだ。飛空魔導騎士団設置構想は先送りになる。後は根回しをちゃんとして、相手のカードをしっかり把握してから正攻法で対応できれば……。

 

「また、二つ条件を出す」

 

 ……いいはずなのに、なぜここで条件が出る? というより、見送るなら条件を出す必要はないはずだろう。

 

「なんなりと」

 

 公爵閣下はさらりと対応している。

 

「一つ目に有事の際には余の命令をもって国王軍に組み込めるよう整えること。その代わり、騎士団設置の暁には、その徽章に柏葉と剣を用いることを許す」

「なんと……国王陛下のお墨付きをいただけるとは、存外の喜びであります」

 

 王家は公爵家に首輪をつけたがるのは想定済だ。部隊を新設するならば、かならず指揮権を強奪(オーバーライド)できる条項を組み込んでくる。これをこの段階で念押ししてくるということは、第二王子殿下にはともかく、国王陛下には刺さったらしい。

 

「二つ目、先ほどの総力戦の話を吹き込んだ家臣というのは、この飛空魔導騎士団にも関わる予定か?」

「は……その予定でありますが」

「では、()()()()()。……俄然興味がわいた」

 

 それを聞いたリコッタが驚いた表情をして横を向いて僕を見てしまった。そして、その瞬間に彼女自身もミスをした事に気がついたのだろう。僕はそれを気配で感じつつもそれに応えることができない。国王陛下と真正面から視線がかち合ってしまった。

 

「……君か、エルジック男爵」

「アオ・ポーレットの直言を許す」

 

 さて、どうしよう。




まーたアオが細い綱の上で全力疾走してる。

今年はこれが最終更新となります。

半年、なんとかここまで書き続けることができました。本当に皆さまのおかげです。ありがとうございます。

なんだかんだ悪癖がどんどん出てきている本作ですが、これからもこの路線で突っ走りますので、どうかよろしくお願いいたします。

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