【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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暴君登場

「失礼……アオ様、こちらの方とはご面識が……?」

 

 ハリエットを連れてきてくれたヴィクトリアさんが困惑した様子で声を掛けてくる。

 

「えっと……はい。浮浪者時代の恩人というか……名付け親というか……姉というか……ともかく、お世話になった人です」

「え? アオ様のお名前って本名ではないのですか?」

 

 リコッタが目を丸くしながら僕の方を見る。

 

「物心つくころには既に路地裏に捨てられていたので、親がつけてくれた名前がわからないのです。たまたま拾ってくれたハリエットがつけてくれた名前が、アオだったので、それからそれで通しています」

「な、なるほど……」

 

 複雑そうな表情をしているリコッタだが、そんな会話に混ざれずにいたハリエットが頬を膨らませていた。

 

「それよりもアオ! 説明してちょうだい!」

「はいっ!?」

 

 昔のクセで背筋を伸ばしてしまう。僕は彼女に頭が上がらないし、喧嘩でもゴミ漁りでも、彼女に勝てた試しがなかった。その頃はあまりに男勝り過ぎて、ホームレスの子ども集団を取りまとめていた荒くれ者だった。そんな彼女が貴族のご子息ご令嬢への教師役としてネコを被るようになったのだから、世の中はわからないものである。

 

「なんでバリナード公爵家の姫様を侍らせて豪華なベッドで寝てるわけ!? それも上等なガウンなんて着せられちゃって! そもそもアオは姫様のなんなの!?」

「アオ様はわたくしの婚約者です♪」

 

 僕より先にリコッタが答えてしまう。頭を抱えたくなった。見えている火種に油をぶちまけないでほしい。

 

「はあああああああ!?」

 

 そして案の定燃え上がる。

 

「リコ様、婚約者候補であって婚約者ではありません。ハリエットが勘違いしてしまいますのでご容赦を。あと、僕に抱きつくのはおやめください」

「そんなにイチャイチャしといて勘違いもなにもないでしょ!?」

「ハリエット、お貴族様の前だよ。落ち着いて」

「落ち着けるわけあるかぁ! なにがどうなったら、ホームレスと公爵家とお付き合いができるの!」

 

 それを言うならホームレス仲間というか、冬場の暖房器具代わりに身を寄せ合って寝ていたハリエットにもブーメランが突き刺さっていると思うのだが、指摘したらダメだろうか。ダメだろうな。話を聞く状況になさそうに見える。

 

 部屋に入ってきたときのお淑やかな魔導師様風な対応はどこへやら。がに股でこっちに寄ってきた銀髪の彼女はずいと僕を覗き込む。これまでの熱が怒りに変換されて、声のトーンが下がる。

 

「しかも妙な魔力纏っちゃって、腕もなくしてるし。お姉ちゃんはそんな風に育てた覚えはないぞ。……説明しろ。洗いざらい、全部」

「……説明するから。落ち着いて」

 

 目線を逸らした先にはニコニコ顔のリコッタ。お茶目なところが大分見えてきた。可愛いとは思うけれど、時と場合を選んでほしい。少なくともこれからいちいち目くじらを立ててくる僕の姉貴分に弁解をしなければならないのだ。

 

 四苦八苦しながらも事情を説明する。リコッタも補足情報を入れてくれたが、僕のアクションがなかなかに美化されていて、訂正に苦労した。

 

「……要は、事故で封魔結晶が体内に取り込まれた結果、魔力持ちになった。で、それを使って姫様を守って男爵に内定したのはいいものの、腕が自壊した……本当にこれで全部?」

「時系列がめちゃくちゃだけど、事情はそれで全部だよ。なんならリコ様に確認してくれ」

「嘘じゃないでしょうね。アンタは変に甘くて色々隠してそうだわ。まだ隠してたら姫様にアンタの恥ずかしいマル秘エピソード全部バラす」

「……そこで脅しが入るのかよ」

「あ?」

「いえ、なにも」

 

 そんな会話をしているとリコッタがニコニコと微笑んでいた。それに気がついたハリエットが頭を垂れる。

 

「……姫様、私の舎弟がご迷惑をおかけします。彼の粗相があればいつでも仰ってください。私が責任を持って消し炭にいたします」

 

 舎弟ってなんだ舎弟って。

 

「アオ様はお優しい方ですから、大丈夫ですよ。寝る間も惜しんでご本を読んでいるので、リコッタの方がご迷惑をかけていないかと心配になります」

「そんなことを婚約者に言わせて恥ずかしくないのアンタ」

 

 ハリエットが一気にリコッタ側についた。ここで「まだ婚約者ではない」と訂正したところで、どこまで通じるかわかったものではない。

 

「……それでも、僕には時間が無い」

「時間?」

「僕は遅くても十四歳には公爵軍の一員として戦争に参加することになる。あと八年で男爵としての振るまいと軍人としての強さを身につけなければいけない。だから僕には腕と魔導術が必要だ。……ハリエット、力を貸してほしい」

 

 そう言うとハリエットはこっちを見つめた後、長い、本当に長いため息をついた。

 

「……拾った犬っころは最後まで面倒みなきゃね。オーライ、アオ。私はリコッタ様に魔導術を教えに来たの。だからアンタの理解は待ってあげない。それでいいわね」

「もちろんそれでいい。お願いね、ハリエット()()()()()?」

「あら、ではアオ様と競走ですわね」

 

 リコッタが話に乗ってくれる。かなりませた子どもだとおもっていたけれど、このときばかりはありがたかった。

 

 

 

    †

 

 

 

「さて、それでは魔法の講義を始めます」

「お願いいたしますわ」

「お願いします」

 

 持ち込まれた黒板にコツコツとチョークで文字を書いていくハリエット。描かれた文字は『魔導術と魔法』だった。

 

「本当の基礎の基礎からの確認となります。そもそも私たち魔導師が用いるものは魔導であって、魔法ではございません。あくまで魔法を解析して再現した別物です」

 

 ハリエットの説明はこうだ。

 

 魔法というのは『人智の及ばない理に基づく奇跡』を指している。それらを模倣し、人による再現が可能になったものを『理に導かれた魔法』として魔導という新たな言葉を与えた。理解できないことを理解できないなりに、定義し、解析し、細分化することにより、説明を付けて、再現をする。そうして、再現性が担保された魔法が、魔導と呼ばれるのだ。

 

「リコッタ様は、水属性の適正が高く治癒の術をすでにお使いになるとお伺いしてます」

 

 ハリエットがリコッタに話題を振る。

 

「はい! ……ですが、うまくいくときも、いかないときもあって……」

「おそらくですが、詠唱や描画をせずに使っていますね?」

「元気になーれ!でできちゃうので……」

 

 どこかバツが悪そうにそういうリコッタ。そんな軽いノリでかけられるのかと慄いてしまう。

 

「そ、それはなんというか、あまりにもでたらめというか……才能の塊というか……。いえ、失礼しました。リコッタ様の治癒の術は『治癒魔法』であって『治癒魔導術』ではないため、結果にばらつきが出るようです」

「えーっと……治癒魔導術なら、なぜケガが治るかわかってるから……ってことですか?」

「ご賢察の通りです。スープに塩味が必要だからといって、海水を鍋に汲んでしまっては塩味以外の雑味が混じってしまいます。料理人ならば塩を使って味を調えるでしょう。魔法と魔導術はこの関係に似ています」

 

 つまり、人間は魔法を再現するために細分化したことで、魔法で得たい効果の純度を高めることに成功したのだ。

 

「魔導術は魔力を決まった型に無理やり押し込めて発動させます。そのために使うのが条件式を高度に圧縮した『詠唱』であり、それらを図示した魔法陣を用いる『描画』です。これから姫様にはこの2つを覚えていただきます。明日明後日までに水を生み出す魔法を使えるようになることを目指して頑張りましょう」

「はいっ! がんばります!」

 

 胸の前でぐーを作って意気込む姫様。

 

「ハリエット、僕は?」

「アンタはまず適正と属性の確認からになるわね。……だけど、封魔結晶の魔力にかき消されてアンタそのものの魔力が見えないんだけどさ。アンタほんとになんなの、発散系なのは間違い無いけど」

「えっと……発散系ってなんだ?」

 

 なんだか知らないジャンル分けが出てきた。わからないので素直に聞くしかない。

 

「そっか、説明してないもんね。魔導術には大きく分けて二つの系統があるわけ。自身の魔力を外部に作用させる発散系と、外部の魔力を集めるようにして作用させる収束系。で、火属性と風属性は発散系で作用して、水属性と土属性は収束系で作用することが多いわ。で、アンタはどっち?」

「えっと……」

「アオ様は発散系がお得意なのは間違いありませんわ。あの時に投げられた槍、とても強い風と熱を感じましたもの」

 

 言葉に詰まっていると、リコッタが助け船を出してくれた。実際あの時は槍を投げたという記憶しか無く、魔法については覚えていないのだ。だが、風と火が出たということは、ハリエットの言う『発散系』の特徴と合致する。おそらくそうなのだろう。

 

「なるほど。発散系なのに魔力の流出が少ないのは封魔結晶に魔力を吸われているからとかありそうね。とりあえず魔道具の動作には発散系の方がやりやすいだろうから、良かったじゃない。とりあえずアンタは風の柱を生み出すところから始めようか。……と言うわけで、外に行くわよ」

「えっ!?」

 

 あまりに性急な要求に驚いてしまう。

 

「なに? この豪華なお部屋を水没とか倒壊とかさせたい?」

「いや、そうは言わないけどさ……さすがに着替えなきゃだからちょっと待ってね」

 

 そう言うとなぜかにんまりと笑ってみせるハリエット。

 

「ふーん、じゃあ私が手伝ってあげるわ!」

「ちょちょちょ……!」

「恥ずかしがらない! ……って、なんで下履いてないの? 趣味?」

「趣味なわけあるかぁ! こうでもしないとお手洗いに手間が掛かるんだよ! 腕無くて服脱げないから!」

「はいはい。騒がない。あんたが赤ん坊のときどんだけ見てきたと思ってんのよ」

 

 なんというか、本当に、本当になんとかならないだろうかこの恩人。ホームレス時代の恩人であることには変わりないのだが、いささかがさつで大丈夫だろうかと心配になる。顔を赤くしつつも、部屋を出て行ってくれないリコッタも含め、このままで本当に大丈夫だろうか、魔法教育。




想像よりもコテコテのキャラになりましたハリエット。

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