【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
僕とリコッタが王都から帰還してしばらく経ち、トラブルのせいで長いこと受講できなかった授業の補講を地獄のような詰め込み日程でなんとかクリアしたころのことだ。僕の通う王立グレイフォート学院は長期休暇に入ろうとしていた。聖節祭というクリスマスとお正月と建国記念日を合わせたような休日があり、家族で過ごせるようにするためだ。遠方から来ている子どもだと実家に帰るまでに一週間とかかかるので、その前後もあってだいたい三週間の大型休暇になる。
……なるのだが。
「あの、何度も確認するけどさ。みんなは本当にずっとオーストレスでいいわけ?」
「何を今更」
ムッとした表情なのはイルチェスター男爵でクラスメートのアーノルド・ストラングウェイズ。その横できょとんとしているのは同じくクラスメートのアイリス・ミル。二人とも魔導術入門で切磋琢磨している同級生だ。
長期休暇前最後となる魔導術入門の授業が終わった教室は緩んだ空気だ。リコッタもずっと課題だった土属性の基本技である『酸化銅を銅に戻す』という魔導術に初めて成功したこともあって大分朗らかな空気だ。
「父上からは『是が非でも行け。帰ってきたら追い返す』って言われたぞ」
「ホランド伯は過激だなぁ……」
「なんだかんだ父上とは会っているしな。母上にはもう手紙を出したし、これでオーストレスで特訓に専念できる」
「この訓練オタクめ……」
「アオが頭でっかちすぎるんだ。もっと走ってスクワットしろ。あと肩と胸の筋肉をなんとかしてつけろ。機械の腕の割に上半身が細いんだよお前は」
「筋肉バカの訓練オタクめ……」
恨み言を言うが、取り合う気のないアーノルド。アーノルドは大柄な見た目に違わず活動的で、常にエネルギーを持て余しているタイプだ。男子の必修授業で体育代わりの『教練』という軍事訓練の前段階みたいな授業ではクラストップをひた走っている。実際に喧嘩になるとここに魔導術による放水やら氷生成やらが加わるので手がつけられなくなる。
僕と彼は時折遊びとして模擬戦ごっこをしているものの、正攻法では勝てた試しがない。なんなら彼から『お前との模擬戦は間合いの読み合いばかりで走り回れないからつまらん』と酷評された。
「知らなかったのか? 筋肉はいつか世界を包み込んであらゆる災害から救ってくれるようになるんだぜ。そーれ筋肉★筋肉!」
「暑苦しいし、そのおちゃらけたのあんまり似合ってないぞ」
なんだか漫才みたいな会話になってきたが、曖昧に笑っているアイリスを見て、そちらに話題を振ることにした。
「アイリスは? ……って、あんまり実家には帰りたくないんだっけ?」
こくりと頷くアイリス。
アイリスはアーノルドとは何から何まで対照的だ。アイリスと受ける授業がかなり被っているリコッタ曰く、常に目立たないようにしているらしい。あと彼女の場合は自己評価が極端に低く『魔法以外はてんで駄目。その魔法も一族のなかでは最弱』だと思っている。一族のなかで最弱かはわからないけれど、本当に魔法以外がてんで駄目なら、王立学院には入れないというのを多分彼女はわかってない。
「でも、レナ様の授業受けるって教えちゃったから、もしかしたらお姉様達の方がきちゃうかもだけど……」
「了解。そうなったら、みんなで授業を受ければいいしね。部屋は本当に余りに余ってるからなんとかなるしね」
「今回はアオの領地のお屋敷に泊まるんだっけ?」
「前半はね。後半はポーレット家の本邸になりそう」
アーノルドの声にそう返す。一応僕のものとなっている『フィッツロイ城』はオーストレスのフィッツロイ男爵としての拠点なのだが、僕はずっと代官のジャンさんに管理を丸投げしているし、入学前のオーストレス滞在時はずっとポーレットさんの屋敷に部屋があったので、そちらで寝泊まりしていた。今回が初めてのちゃんとした滞在となる。
「でも結構な人数になるよね、アオ君のおうちが大きいとしても……わたしと、リコッタ様と、アーノルド君、シャルちゃん先生に……あと、マハマ君だっけ? あの新大陸の人も来るんだよね?」
「そうだね。こっちでの冬は初めてだし、真っ白な雪を見てみたいんだって。あと、リコ様付きの護衛として騎士団の人達も何人か来るから、結構な人数になる」
今回はようやく怪我のリハビリも終わったマハマにも声を掛けている。もっとも、僕にとってのメインの目的は彼に雪を見せることではなく、一緒にやってくる彼のご家族……特に父親であるンシアさんをオーストレスの鉱山関係者に繋ぐことにあったりする。ンシアさんは元奴隷商人付きの通訳だったから、国内にいる新大陸出身者同士のネットワークをもっている。ンシアさんにはその繋がりを維持してもらっているし、その力を鉱山周りで借りることもあるだろう。その準備ができればありがたいと思っている。
「まあ、色々大変だと思うけど……なんとかなるよ」
「大変……って、なにが?」
アイリスが首をかしげている。
「大丈夫、オーストレスに向けて出発したらすぐにわかるよ」
僕はそう言うしかなかった。
†
学園やバリナード城のあるシェフィードの街から、僕らが向かうオーストレスのフィッツロイ男爵領までは、地球の距離に換算しておおよそ六〇キロちょっと。ポーレットさんの本拠地であるオーストレスまではおおよそ五〇キロといったところ。鉱石という重量物を頻繁に運搬する必要があることから、さすがに石畳のような贅沢なものではないが街道もわりとマシに整備がされていて、日の出前に街を出れば、日没前には到着できる距離である。
だがそこには『夏ならば』という前提がある。
「お前の言う『大変』ってこういうことか!」
アーノルドが泣き言を言っているが、僕はそれに取り合わず黙々と僕は風の魔導の発動準備。アイリスも難しい顔で杖を構えている。
「では! 行きますっ!」
アイリスの魔導が雪を跳ね飛ばす。風の魔導でふわふわの表面の雪だけ退かすと同時に、僕も追っかけで魔導を発動。アイリスの魔導と干渉しないように慎重に動かしていく。
「リコ様頼みます!」
「はいっ!」
みんなでやっているのはコースを外れて動けなくなった馬そりを街道の正規ルートに戻す作業である。吹きだまりの柔らかい雪に埋まる形になり、立ち往生したからその復旧作業である。アイリスの風の魔導で吹きだまった雪を跳ね飛ばすのと平行して、僕が魔導で雪そりを軽く持ち上げ、リコッタにそりの下にある雪を氷として固めてもらう。その上を手空きの人員みんなで押して街道まで押し戻すという共同作業となった。……まあ、正直ハリエットやシャルちゃん先生ならこれを全部一人でできるらしいし、その方が絶対早いんだけど、これも練習のうちということでみんなで共同作業と相成ったのである。
「うおおおおおおおお!」
魔法もフル活用しながらアーノルドが押す。隣ではマハマや、その両親も押す。僕も風の魔導の出力を調整して行き過ぎ反対側に落ちないようにアシストする。
「街道に乗りました! 発動やめー!」
全体の安全管理をしていたシャルちゃん先生の合図でみんな一斉に魔導をカット。ミネットやビオネッタさんが馬を落ち着かせている横で、僕らはハイタッチ。なんとか一仕事終了である。
「とりあえずこれで進めますね! みんなも大分魔導術が安定してきました!」
シャルちゃん先生がアイリスやリコッタの頭をなでている。ちんまりとした背格好もあって、先生というよりは、雰囲気は『お姉ちゃん』である。
「それじゃあ、汗掻いてる人はちゃんと汗拭いて、シャツも代えないとですね! ハリエットさんが色々用意してくれてますから」
そう言われてシャルちゃん先生の視線を追うと、荷馬車の上に天幕が張られていた。ハリエットの魔力が流れているところを見ると多分中で火属性の魔法を使っている。着替える時に寒くないようにだろう。
「とりあえずリコッタさんとアイリスさんからお着替えしましょうか。男の子ズは待てる?」
「はい」
「どうせ着替えるなら雪合戦しようぜ!」
「元気だなアーノルド……」
「ほらマハマも!」
「いいね。負けないよ」
ウキウキした様子のアーノルドとワクワクを隠し切れてないマハマに引きずられるようにして、さっきまでそりが埋まっていた雪原へ。まあ、アーノルドならそうするよなという謎の納得の合間に早速雪玉が飛んでくる。……よく見るとアーノルドの魔力が混じっている。
「ちょ、アーノルド! お前この雪生成したやつだろ!」
「ちんたらしている方が悪いっ!」
アーノルドが空中からきれいな球形の雪玉を取り出している。
「マハマ! 共同戦線だ! あれじゃ雪玉を作る間に各個撃破されて終わる。二対一ならなんとかなるだろ!」
「わかった!」
「よかろう。二人まとめてかかってこいっ!」
マハマと二手に分かれて牽制しつつ、足下から雪をすくって固めていく。結構不格好だが、水分量もそこそこあって固まりやすい。手首のスナップを効かせて投げつけようとした途端に向こうから雪玉が飛んでくる。
「わぷっ!」
それでもなんとか投げつけるが、向こうは移動を開始している。相手も足を止めてないのはいい選択だと思う。僕は一方的にやられてるけど。
「魔法戦さえ絡まなければお前なんて――――――ごふっ!」
アーノルドの胸の位置に剛速球がクリーンヒット。……あれ、もしかしてマハマってやたらと肩が強い?
「アオ。大丈夫?」
「なんとか」
「……面白い。二人まとめて叩き潰してくれるわっ!」
「それどう考えても悪役のセリフじゃないかな!?」
男三人の醜い雪合戦が始まる。シャルちゃん先生がとても生暖かい視線を向けてくるのは気のせいだと思う。
「うぉおおおおおおおお!」
「アオっ! 雪で煙幕は反則だろうがっ!?」
「だったらそもそも魔法で雪玉生成をやめろアーノルド!」
「てぃっ!」
「マハマお前っ! さっきから胸の位置ばっかり当ててくるな!」
「じゃあ肩にする?」
「そう言う問題じゃないだろ!?」
なんだかんだ楽しくなってきている。案外こうやって身体を動かすのも良いのかもしれない。
「……あぁもう。なんで男って集まると一気に馬鹿になるのかしら」
ハリエットの嘆きが聞こえた気がしたが、いったん無視をすることにした。
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