【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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お姉さまたちの襲来

「アオ様、おかえりなさいませ」

「お久しぶりです、ジャンさん」

 

 オーストレスのポーレット家本邸で出迎えてくれたのは、フィッツロイ男爵領の代官を任せているジャン・ホランドさん。きっちりとした燕尾服を着こなした老紳士がにこやかに出迎えてくれた。数は少ないながらも精鋭揃いであるポーレット家のメイドさんズや執事チームもきっちり両脇に控えていて、ちゃんと歓待モードだ。

 

「ご無沙汰しておりました。ご健勝でなによりでございます。リコッタ様もお元気そうで」

「はいっ、またジャンさんにはお世話になりますね」

「光栄でございます。皆さまも縁路はるばるようこそオーストレスにいらっしゃいました。アオ・ポーレット様の信任に基づきオーストレスのフィッツロイ男爵領の代官を務めております、ジャン・ホランドでございます。どうぞお見知りおきを」

 

 少し緊張した様子なのはアーノルドやアイリス。マハマ一家はジャンさんと顔あわせ済みなのもあり、少し落ち着いている。ミネットや、ハリエット達リコッタ様付警衛隊の皆さまは慣れた様子である。

 

 ……一番ガチガチになっているのはまさかのシャルちゃん先生だった。一級魔導師ということで、貴族社会にもある程度コネクションがあるだろうに、なんでここまで緊張しているんだろう。

 

「……あれ? 母上は?」

 

 こういうときに真っ先に飛び出してくるであろうポーレットさんが飛び出してこないのには違和感がある。何かトラブルでも抱えているのだろうか。小声で確認を取ると曖昧に笑みを浮かべたジャンさん。

 

()()()()が先に到着されているので」

「……なるほど」

 

 同じように小声で返ってきた答えに、アイリスの方をちらりと見る。僕らの車列できたのはここで全員。先遣隊が居ない以上、お連れ様というのはおそらくアイリスのご家族のことだ。本当に突入してきたらしい。

 

「では、母上には到着のご挨拶をしなければいけませんね。案内をお願いできますか?」

「もちろんでございます。おつきの皆さまのお部屋はヴェラに案内させますので」

 

 メイドの一人が礼をした。『はじめまして』な方な気がする。少し痩せ気味なメイドさんで片目に挟んだモノクルが印象的だった。

 

「ヴェラさん……は、お会いしたことありましたっけ?」

「お初でございます、アオ様。ヴェラ・サーストンでございます」

「元々王都にあるとある商人のお屋敷でメイド長をしていた方です。たまたまその商人が蒸発してしまったとのことで、私の判断で雇い入れました」

 

 ジャンさんの補足にぽんと手を打つ。あれだ、ンシアさんたちを雇っていた商人の事だ。ちらりとンシアさんを見ると視線が合って小さく頷いたので間違い無いだろう。ジャンさんがあの時暗躍していたなんて知らなかったが、ちゃっかり人員を確保していたらしい。

 

「ジャンさんが認めた方なら心強いです。今後ともどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ。アオ様のお話はレナ様やジャンさんから何度も伺っております。未熟な身ではございますが、ご鞭撻の程お願いいたします」

 

 実際ポーレット子爵領の事務機能(バックオフィス)を全部取り仕切っていたジャンさんが雇った人だ。それだけで信頼に値するだろう。

 

「アオ様、ずっとここで話していると風邪をひいてしまわれますよ」

「そうですね。とりあえず到着の挨拶にはシャルちゃん先生と、アーノルドとアイリス、あとマハマもですね。みんなで行きましょう」

「ハリエット、ついてきてくれる?」

 

 リコッタが僕の指名にかぶせてくる。多分ジャンさんと僕の会話で事情を察してくれたのだろう。ハリエットの出番はないだろうが、それでもリコッタやアイリスと行動を共にすることが多くなるのはハリエットだ。事情を知っておくに越したことはないだろう。

 

「はい。閣下」

「それではご案内します」

 

 ジャンさんの案内で建物の中へ。初めてここに来たときと同じように、玄関ホールから既に暖房がガンガンに掛かっている。

 

「あったけぇ……やっぱりすげぇ金持ちなんだなポーレット家……」

「今は鉱山収入があるからね」

 

 アーノルドの軽口に乗っておく。

 

「でもほぼほぼ王家に持ってかれるんだろ?」

「みたいだね。でもそのおこぼれだけでも相当な額になる。……今のうちに閉山後の準備をしないといけないから大変だよ」

「あー……だから肥料の話してたのかお前」

 

 雪合戦に追いかけっこと身体を動かすのが大好きなアーノルドだが、クラスメートの中ではこのあたりの頭の回転が段違いに速い。コリンを見て『バケモン』と評していたアーノルドだが、彼も大概化物だと思う。

 

「そのあたりはタンジー男爵……あ、オーストレス川の下流を押さえてくれている男爵さんだけど、その方がすごく熱心にされてて、なんとか圃場整備とかを推進してるところ」

「大変なんだなぁ」

「細々とでも領民が飢えないように仕事と農業を作っておかないといけないからね。このあたりは領主の腕の見せ所ってわけ。一番大変なのは母上だよ」

「そりゃあねぇ……。だからこそのポーレット卿なんだろうけど」

 

 鉱山の管理をしつつ、その後に備え続けるというのは生半可なものではない。そうなってくると、ポーレットさんの旦那さんだったセドリック・ポーレットへの期待はすさまじかっただろう。そしてそれを継いだポーレットさんが今背負う責任もである。クーデター未遂と言って差し支えない惨状となった王都での陳情の後も、おとがめなしでずっと領主ができているのだから『替えが効かない』事業であると王家も認識していることになる。

 

「まあ……母上を見ていると、領主より研究者していたほうが幸せそうな気がするけどね」

 

 それでも投げ出さないのがポーレットさんの良いところであり、難儀なところだ。あまり会議だったり懇談だったりといった外部調整は得意では無さそうで、このあたりはジャンさんが代行することも多かった。

 

 そんなことに思いを馳せているうちに、広間の前に到着。中からどこかハイテンションな女性の声が聞こえてくる。聞き覚えのない声だが、それを聞いたアイリスがピタリと足を止めている。

 

「アイリスはここで待ってるかい?」

「仲間はずれはかわいそうだぞ、アオ。ほら、アイリスも入るだろ?」

 

 強引に割り込んだのはアーノルドで、僕に向けて話しつつも、ぽんとアイリスの肩を叩いている。

 

 確かにここでアイリスが顔を出さないのは不自然だし、これからずっと顔をあわせないことも難しいだろう。ならば最初から顔を合わせておいた方がいいのは確かで、僕の甘い判断よりもアーノルド方が優しくて正しい。その場の感覚に流されてはやっぱりダメだな。

 

「大丈夫、アイリスには俺たちがついてる」

 

 アーノルドの声に、しばらく経ってからこくんと頷くアイリス。なんだかんだでアイリスとアーノルドは仲が良い。

 

「それでは、ご案内します」

 

 微笑ましげに僕たちを見ていたジャンさんがドアをノック。ポーレットさんの許しが出て部屋に入るとそこにはポーレットさんの他に女性が二人。二人とも黒いローブを羽織っている。アイリスの髪は菫色というかラベンダー色というか、ともかく薄い紫色なのだが、この二人は金髪。目元もアイリスと比べてかなりつり目であまり似ていない印象だ。

 

「おかえりなさい、アオ。リコッタ様、アイリスさん、アーノルドくん、ボドウェくんもお久しぶりです。ようこそオーストレスへ」

 

 さっとスカートをつまむ挨拶をするリコッタ。周りに人が多いのもあって、オフィシャルな挨拶となったのだろう。ポーレットさんがここでハリエットの名前を出ないのもそういうことだ。ハリエットはあくまでリコッタの付き人として今回同行している。

 

「ただいま戻りました、母上。つつがなくお過ごしのようでうれしく思います」

 

 そうなると僕もオフィシャルな対応をしなければならなくなる。こちらも一礼してから先に部屋にいたお二人へ視線を送る。それに気がついたポーレットさんがにこりと笑った。

 

「アオ、こちらはローズ・ミルさんとフリージア・ミルさん」

「はじめまして。エルジック男爵兼オーストレスのフィッツロイ男爵アオ・ポーレットです。アイリスさんのご親族の方とお見受けします」

 

 そう声をかけると、堂々とこちらに踏み出してくる女性。……初めて見たぞ縦ロール。髪のセットに恐ろしく時間が掛かりそうだ。出るところが出たグラマラスな体型なのもあって、近づかれると圧がものすごい。

 

 そしてアーノルド、見とれてないで隣で青くなっているアイリスのサポートをしてほしい。目立たないようにジャンさんがアイリスの側へ移動しているので、大丈夫だとは思うが。

 

「ごきげんよう、エルジック卿。ミル家の長女、ローズでございます。こちらが次女のフリージア」

「うちの末っ子がご迷惑をおかけしていませんか?」

 

 縦ロールのローズさんは見た目通りの落ち着いた声。かぶせるように声をかけてきたのはフリージアさん。フリージアさんは髪をお団子にまとめている。どちらもかなりの美形だ。魔力をさっと見ると、どちらも豊富な魔力量で華やかな印象だ。ポーレットさんみたいに魔力をセーブしたりそういうことはしていないんだろう。

 

「迷惑なんてとんでもない。僕らはずっとアイリスに頼りっぱなしです。魔導術についても、友人としても頼らせていただいてます」

 

 素直にそういうと、ローズさんの目が一瞬揺れた。

 

「そうですか。もし粗相などございましたらいつでもミルの本家までご連絡くださいね」

「大丈夫ですよ、ローズさんもフリージアさんも。アイリスは立派に学生としての務めを果たしておいでですよ」

「あら、エルジック卿はお上手ですね。さすがはレナ様のご子息。優秀な血脈なのですね」

「リーシャ」

 

 笑顔でそんなことを言うフリージアさん。……ローズさんは止めようとしたようだが遅かった。今のは間違い無くポーレットさんとリコッタの虎の尾を踏んだ。リコッタの魔力がいつもより多く出ている。

 

「僕は養子ですよ、フリージアさん。それに僕は才能で母上に認められてここに来たわけではありませんから」

 

 少しばかりの皮肉で返しておく。ここでリコッタやポーレットさんに暴れられると後が怖い。言っている内容はあながち嘘ではないレベルなので見逃してもらえるだろう。僕をポーレット子爵の後釜に据え付けたのはトマス・バリナード公爵閣下だし、ポーレットさんは、僕の才能を見込んで引き取ったわけではない。

 

「そ、そうでしたか……失礼しましたエルジック卿。とても澄んだきれいな魔力をされているので、てっきりホックリー家の血族のかたかと」

 

 さすがにもう一度虎の尾を踏みにこられると擁護できないぞフリージアさん。確かに魔力量や魔法の才能は遺伝するようで、魔導術というのは血の重みが確実に存在する領域だ。魔導師一族となるとそこに拘ることは、理屈として理解ができる。血に拘るのは魔導師の当たり前なのかもしれない。

 

 だが運の悪いことに、ここはオーストレス。血や身分なんぞ知るかという型破りな統治をしているポーレットさんが治めるポーレット子爵領で、リコッタはそのやり方に強く影響を受けている。

 

「フリージア様」

 

 案の定割り込んだのはリコッタだ。頬を膨らませて明らかに怒ってますという空気全開である。

 

「血によって生かされているわたくしが言えることではありませんが、本人の才覚を血によるものと断ずることほど、残酷なことはございませんよ」

「リコッタ様」

 

 僕が呼びかける。僕が呼びかけたことで相手がリコッタ・バリナード第一公女閣下だと気がついたらしい。写真もないこの世界だから、そこまでリコッタの人相が知られているわけでもない。名乗られないと気がつけないのはある意味当然といえた。……もっとも、ポーレットさんが呼びかけたメンバーのうち女の子は二人で、そのうち一人はアイリスだったのだから、彼女たちは消去法でどの子がリコッタなのかはわかりそうなものなのだが。

 

「アイリスはわたくしの親友ですし、アオ様はわたくしの婚約者です。お二人とも、文字通り血の滲むような努力と研鑽を重ねているのです。それを血で割り切るようなことは到底できません。わたくしの前だけでも、どうかそのような物言いはお控えいただけますと助かりますわ」

 

 ……すっごいドストレートな非難が飛んだぞ。大丈夫かリコッタ様。そして横でもっと青くなってるアイリスのカバーをなんとかしないといけない。

 

「……あと、いくら魔力がきれいだからといって、()()()()()アオ様に手を出したら承知しませんからね」

 

 さっきのあれは僕が言い寄られてたのだろうか。というより、そんな心配をしてたのかリコッタ様。

 

「コホン」

 

 咳払いをしたのはハリエット。リコッタへのやんわりとした警告だ。それにハッとしたらしいポーレットさんが話をまとめに入ってくれる。

 

「夜も更けてきていますから、簡単に晩ご飯にして今日はお休みしましょう。明日からは特訓もあるのです。しっかり英気を養うのもトレーニングのうちですよ」

 

 なんというか、いろいろと大変な滞在になりそうだった。




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