【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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同性だから言える事

「ふぅ……」

 

 湯船に浸かるというのはいいものだ。前世の記憶がある僕にとっては尚のこと。温かいお湯を大量に用意することが難しいから一般化していないが、鉱山の関係で湧き水が大量に沸くとともに、魔法で加温もできるポーレット邸なら簡単に用意できる。

 

「なるほど……たしかにこれは気持ちいいな」

「でしょ」

 

 腕を外した僕の隣でアーノルドが湯船に浸かりつつ感心している。その隣ではマハマもどこか気恥ずかしそうにしつつも湯船の端に腰掛けていた。アーノルドに磨いてもらった背中が若干痛いが、彼に頼んだらこうなるのはわかりきっていたのだから、素直に受け入れるべきだろう。

 

「それにしても……なんつーか、いろいろと『濃い』よなアイリスのねーちゃんたち」

「だね。……アーノルドはああいうのが好み?」

「どうしてそう思う名探偵」

「ローズさんの胸元、ずっと見てたでしょ」

()()より()()方がお得だろ?」

「いま多分いろんな人を敵に回したぞ」

「そうなると男の人の方がお得にならない?」

 

 ド直球でアウトなアーノルドの感想もアレだが、そこにすかさずマハマがさらに触れづらい内容を突っ込んだ。マハマは怪我で子どもを作れない身体になっているのもあってものすごく触れづらい。

 

「……なるほど、お得という意味なら男に胸があれば最強か」

「神父さんとかが聞いたらすごい顔で怒り狂いそうだね」

「大丈夫だアオ。こんなところを好んで覗きに来る神父がいたらそいつは不審者で聖職者じゃない」

「いろいろと今後が心配になる発想だ。神父を殴って悪魔認定とか、そのまま全速力で異端審問とかやめてくれよ」

「その時は揉み消しを頼むぞエルジック男爵君」

「君の父上に頼みたまえイルチェスター男爵君」

「アオの奥さんも大変そうだけど、アーノルドの奥さんになる人も大変そうだね」

 

 マハマの声に僕とアーノルドは撃沈。本当に女子には聞かせられない会話になってきた。それ以上突っ込まれるのは痛いと思ったのか、アーノルドが露骨に話題を逸らす。

 

「それにしても、リコッタ様があそこまでキレるなんてなぁ。恋の力かねぇ」

「茶化さないでよアーノルド。僕だって驚いてるんだから」

「茶化してなんてないぞ。事実だろ事実。実際俺も腹が立ったしさ」

 

 そう言うときょとんとした様子のマハマ。

 

「どうして腹が立つの?」

「どうしてって……お前、アオやアイリスがずっと頑張ってるのを知ってるからだよ。すげえ頑張っていろいろできるようになったのに、それを血とか才能のせいにされるのは見てて腹立つだろ」

「……そうかなぁ。僕はわかんない」

 

 今度きょとんとするのはアーノルドの番だった。

 

「わからない?」

「うん。僕だってできるできないの前に『新大陸のお前はダメ』ってことはたくさんある。怒ったところで許してもらえるわけじゃないしね。血脈がないからお前はだめって言われるのはそんなに不自然?」

「いや、それは……」

「アーノルドはやさしいけど、僕がアオの友達じゃなかったら、アーノルドは僕と友達になった?」

「マハマ、それ以上はだめだよ」

 

 僕の制止に肩をすくめるマハマ。

 

「でも、どうしようもないものっていうのはあるよ」

「……そうかもね。でもそこでアーノルドが(いか)ってくれたのはうれしかった。いつかは血や出自だけで判断されないようになればいいと思ってる。挑戦すらできないのに諦めるのは簡単だけど、そうじゃない世界だってあっていいと思うよ」

 

 僕はマハマにそう返す。どこかマハマは腑に落ちてなさそうだけれども、マハマはそれが当たり前だったのだから仕方がないだろう。

 

「なんか……お前本当に同い年か?」

「同じ事を僕はみんなに聞きたいよ。とくにアーノルドとリコッタ様には念入りに」

「お前ほどじゃない」

 

 アーノルドの呆れた声。お互い学生には不向きな性格をしていると思う。

 

「でも、同じ家族なのに、なんでアイリスのお姉さんは冷たいんだろうね?」

「あ、それは僕も思った。第一公女とのコネクションができたことへの嫉妬とかかと思ったけど、それ以上に重たいなにかがありそうだね」

 

 マハマの疑問に僕も声をかぶせる。

 

「あれ、アオは知らなかったっけ?」

 

 そんなことを言ってくるアーノルド。

 

「何を?」

「アイリスはミル家の落胤なんだよ」

「ラクイン?」

 

 マハマが首をかしげる。彼の語彙に無かったんだろう。僕も理解するのに時間がかかった。

 

「つまり……彼女はお姉さん達と母親が違うのか」

「アイリス自身はそう言っている。どこまで本当かは知らん。父親が『外で』作ってきた子で、たまたま魔法の才能が開花したから引き取られたんだと。生みの母親の出自は教えてもらってないから、おそらくは相当に卑しい身分だろうってさ」

「……なんだよそれ」

 

 いわゆる非嫡出子とか、婚外子とかいう扱いだ。

 

「というよりもアーノルド、それを僕らに教えて良かったのかよ」

「お前らに話すぞっていうのはアイリスに前もって言ってある。お前らはアイリスの事情を知っとくべきだ。少なくともアオは今回のホスト側で、アイリスのねーちゃんたちが乗り込んできた以上は変に無視もできないだろう」

「そりゃあそうだけどさ」

「それにマハマはともかく、魔導術入門の関係者で現状をよく知らないのアオだけだと思うぞ。リコッタ様はアイリスから直接聞いてるからな」

「……よくアイリスはリコッタを信じてくれたね」

「そりゃあリコッタ様だからな。というか、浮浪者上がりのお前を婿にみたいな話をする姫様相手に落胤(らくいん)がどうこうって言ったところで動じるわけはないだろ」

「それもそうだね」

 

 なんだかアーノルドの方がリコッタの方を理解しているみたいでどこか癪だ。

 

「話を戻すぞ。僕らの合宿の目的は魔導術入門の単位取得のためもあるけど、一番の目的は『アイリスに自信を付けさせよう大作戦』なわけだ。ここまではいいよな?」

「もちろん」

「で、おどおどしっぱなしのアイリスは『ミル家の子なのにミル家じゃない』って思ってるからつらいみたいなんだよ」

 

 確かにその状況ならアイリスの姉たちの()()()が異様に強いのは腑に落ちる。私生児ではなく落胤(らくいん)とアイリス自身が言うということは、かなりの身分差がある。魔導師の血筋としてもミル家は相当な上澄みなんだろう。

 

「アイリスとしては、お姉さん達を刺激したくないけど、お父さんにはそこで活躍することを求められ続けるってところか」

 

 僕のつぶやきにアーノルドが頷いた。

 

 アイリスにとって魔導術は自分の存在証明に近い。でも、それを証明すると元々ミル家にいたお姉さん達の立場を脅かすことになる。というか、それをお姉さん達は恐れている。なにせアイリスは家に来た時点で『父親が一定の実力を認めている』状態だ。血が才能に大きく影響する魔導術の領域といえども、血を期待されている状況と、血の条件を満たした上で既に魔導術に一定の評価がされている状況は大いに異なる。

 

「……もしかしてだけど、魔導学院に落ちたのって?」

「わざとかもしれないし、いろいろ手を回された結果かもしれない。そこはわからない。確かめる気も無い」

「まぁそうだよね。ともかくアイリスがずっと目立たないようにしていたのには納得がいった。……なのに才能の塊なリコッタ様とクラスメートになっちゃって目立ちまくってるっていうのは、本当に予想外なんだろうなぁ」

「かもな」

 

 アーノルドの相づちを聞きながら考える。

 

「……難しいね。本当に難しい」

「アオ、お前は難しく考えすぎなんだよ。アイリスはそれでも魔導術が好きで、わざわざ魔導術入門をとってる。だったら好きに努力できるよう応援するだけだろ」

「……僕らが変に介入したところでいろいろと厄介な状況になるだけか」

「それもそうだし、アイリスはタフだ。きっかけさえできてしまえば強いぞ」

「そこを疑ってないけどね……」

 

 あんまり自分も本調子じゃないのを自覚する。いろいろと煮え切らない、なんだか『やらない理由』を自分で探しているみたいで嫌になる。アーノルドの方がよっぽど状況は見えている。

 

「アーノルドはアイリスの肩をずいぶん持つね?」

 

 僕が僻んでいる間に、マハマが素直に問いかけた。

 

「魔導術入門の数少ない仲間だからな。それに頑張ってる奴と一緒にいるのは楽しい」

 

 そう言ってうれしそうなアーノルド。

 

「もしかして、結婚狙ってたり?」

「あー……いや、アイリスにはその気がないらしい」

 

 そんな煮え切らない言い草にニマーと笑うマハマ。僕も同じような笑みを浮かべていただろう。

 

「なんだお前ら気持ち悪いな」

「いいじゃんいいじゃん。お前は訓練と結婚するのかと思ってたから」

「絶対的な許嫁がいるお前とは違うんだぞ」

「ちなみにアイリスはなんて?」

「『男の人は男の人どうしで、女の人は女の人同士でっていいと思いません?』なんてよくわからないコトを言われた」

「……これまた神父さん大激怒な話だね」

「だよな。俺も心配だよ」

 

 口先では心配そうなアーノルドだが表情は明るい。

 

「ま、上手く色々やるさ。アイリスも。俺も」

「アイリスを信じてるんだね」

「友達を信じるのに理由がいるかよ。俺はアイリスだけじゃなくて、アオやマハマ、リコッタの為なら命だろうが全部賭けられるぞ」

「それじゃあ一緒に地獄にでもいくかい?」

「地獄しか行く場所がないならお前らと一緒がいいけど、最初から地獄行きは嫌だね」

「違いない」

 

 アーノルドは本当に悪気がないいい奴だ。僕自身が何を迷っているのか、よくわかっていないけれど、いったんは、彼を信じることにした。

 

「うん、そうだね。信じるべきだね」

「そうだよ」

「アオが弱気なのは珍しいね?」

「マハマ。これでも僕は普通の七歳児のつもりなんだ」

「普通の七歳児は学院の首席飾緒をさげたり王の寵児(キングススカラ)にならないし、そもそも普通のなんて前置きをしないよ?」

「そもそも『つもり』なら普通じゃないのわかってるよな?」

「二人とも手厳しいなぁ」

 

 僕は友人に恵まれているなとつくづく実感する。ここまでちゃんと向き合ってくれる友人を得たのは、本当に幸運なんだろう。

 

「で、アオ。こういう機会じゃないと聞けないからきくんだけどさ」

「なんだいアーノルド、改まって」

 

 ずいっと顔を寄せてくるアーノルド。少し怖い。

 

「実際問題、ハリエットさんを側室にする気はあるのか?」

「は?」

 

 そういえばこいつ、ハリエットが騎士団入りして学園にサプライズ強襲してきたときにも『もう側室がいるのか』とか言っていた。

 

「側室を作る気は無いよ。リコッタ様に悪いし」

「マジかよ」

「なに、ハリエットも狙ってるの? アイリス狙ってるのに?」

「狙ったところでこっちになびかないだろ? リコッタ様とアオに首ったけなわけだし」

「じゃあなんなんだよ」

「貴族の使命は血だ。魔導師としても期待される俺たちは特にそうだ。アイリスの問題は別に他人事じゃない」

「そういうものかなぁ」

「そういうものなんだよ」

 

 アーノルドがいつになく真面目な顔でそう言ってくる。

 

「僕らにはまだ早い話じゃないのか」

「逃げるなアオ。もう数年後の話なんだぞ」

「そういうアーノルドはどうなのさ?」

「お見合いリストみたいなのが何通も来てるぞ。まあ俺を見てというよりは、父上を見てねじ込んでくる感じだろうけど」

「……マジか」

「マジさ。というか、家督を継がないといけない長男はみんなこんなもんだろ」

 

 確かにこの国では男女ともに大体十四歳ぐらいになったら結婚しはじめて、どんなに遅くても二十五までには相手がいないといけないという社会的圧力があるのは僕も知っている。ちゃんと成人した健康な人でもだいたい寿命が六十歳ぐらいなのを考えれば、特段おかしな話ではない。とはいえ、そんなナチュラルに結婚なんて話がでる子ども時代ってどうなんだ。

 

 マハマがどこか困ったように笑っている。

 

「なんなら女の子たちの方が……ね」

「まあな。親が決めてきた三十路手前の顔も知らない貴族の三男坊に嫁ぐより、顔見知りで同年代の側室の方がいいってあけすけに言ってるもんな……。なんなら先輩たちも教室を覗きに来てるし」

「うわぁ……あれってそんな意味だったんだ……」

「というよりアオ、お前は休み時間何を聞いてたんだ……って、なんだかんだいないこと多いもんなお前……」

「それにアオはリコッタ閣下がいるから会話に巻き込まれないんだよ」

 

 アーノルドだけではなく、マハマからもそんなことを言われる。

 

「アオ、お前本当にリコッタ様にお礼言っとけよ。リコッタ様が睨み効かせてくれるから、お前がそんな『側室を取らない』なんて腑抜けたことが言えるんだ」

「腑抜けって……いや、そうだね。うん」

「なんなら僕にまでアオに取り次いでくれって話くるんだから」

「そうなの!?」

 

 マハマから初耳の情報がくる。目を剥くというのはこういうときのための表現だなと、どこか冷静にそんなことを思った。

 

「それは俺も言われる。というか、何回も言われた」

「なんで?」

「いや、なんでってお前……冷静に考えてもみろ。実家は鉱山経営で大金持ちの子爵家。母親は特級魔導師で王家の覚えめでたく、正妻になる許嫁が公爵家の初子で長女とくれば、贅沢三昧してもお釣りが来る。それに加えて本人も義理堅く、許嫁のためなら命がけで戦える武闘派でありながら学年主席、しかも王国最年少の参事官ときた。そんなのがのほほんとしてたら誰でも一度は確認するだろ」

「そんなこと直接言われたことないんだけど、僕」

「そりゃあリコッタ様の面前で言えるわけがないだろ。だからリコッタ様にお礼言っとけって言ってんだよ」

「あー……もしかして学校でリコッタ様がべったりなのって……?」

「今更気づいたのか。多分お前が言い寄られないようにリコッタ様の方が合わせてるんだよ」

 

 なんだかリコッタにすごい守られ方をしていたらしい。

 

「……これ、陛下から個人紋章に柏葉使っていいって言われたなんてバレたら、ヤバい?」

「柏葉!? ヤバいなんてもんじゃないぞ!? お前一体何をしたっ!?」

 

 つかみかからん勢いでアーノルドが寄ってくる。王都で何があったのかは詳しく話していない。というか、騎士団設置周りの話が絡むから議会承認が下りるまでは下手に話せない。

 

「王都へ行ったときにちょっと、ね……」

「アーノルド、アオが柏葉使うとまずいの?」

「そもそも柏葉ってのはヴェッテン王家と国王陛下が特別に認めた人にしか使えないものなんだ。つまりアオは陛下が直接に認めないといけないような何かを既にやらかしたってことだ……!」

 

 こっちを見るアーノルドの目が怖い。

 

「第三王子だけじゃなくて、第二王子が文字通り吹っ飛んだあたりの話がソレか?」

「あたらずとも遠からず、かな……。王国議会の承認が下りたら話すから」

「なあマハマ、こんなのが『普通の七歳児』とか言ってるんだぞ。世も末だろ」

「アオらしくていいんじゃない?」

 

 あっけらかんと言うマハマ。

 

「なんか……ごめん」

「ほんと、マジで身を固めて落ち着いてくれ。お前のまわりは退屈しないけど、こっちの心臓がもたない」

「模擬戦はつまらなかったみたいだけど?」

「そこ以外でスリリングすぎるんだ」

 

 その言い草に笑ってしまった。そのタイミングで浴室のドアが開く音がする。

 

「アオ様ーーーーっ!」

「どわああああああああああああああっ!?」

 

 リコッタのソプラノが耳を刺す。慌てて振り返ると、一応『トルソーだけはなんとか隠してます』という言い訳にはなりそうな頼りない湯浴み着を着たリコッタが満面の笑みで立っている。可愛いけどもダメだろう。少なくともランプの明かりで透けるレベルで薄い湯浴み着は意味が無いだろう。リコッタの後ろに隠れるようにしているアイリスの真っ赤な顔が覗いているあたり、これはリコッタが強行したな。

 

 真っ先に動いたのはアーノルド。顔を逸らしながらも僕を担ぐように回収して全力疾走でリコッタと入れ替わりで脱衣室へ離脱。すぐにマハマも続いた。担がれた関係で、進行方向の反対側がよく見えたが、浴室に取り残されてきょとんとした様子のリコッタと目が合った。すぐにマハマが扉を閉めたのでそれまでだったけど。

 

「ほんっっっとうにお前といるとこっちの心臓が持たない!」

「……なんか、ごめん」

「後でリコッタ様にはよく言っておいてくれ」

 

 アーノルドの深いため息に、僕も頷くしかなかった。




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