【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
オーストレスに着いて二日目。昨夜は快晴だったこともあり、放射冷却で気温がぐっと下がった中、僕らは防寒装備で外に集合していた。
「それじゃあ、魔導術演習をはじめましょうか」
ポーレットさんとシャルちゃん先生、そしてハリエットが並んで僕たちの前に立っている。横一列に並んでいるのは僕ら受講生で、その後ろにローズさんやフリージアさんが控えている形だ。魔導術だと蚊帳の外になるマハマはどこか手持ち無沙汰で周囲をキョロキョロみている。
「とりあえず皆さんの進捗はシャルロット先生から聞いてます。とりあえずみんな三級相当はありそうとのことなので……」
「え?」
驚いた様子のフリージアさんの声。僕らは振り返らない。笑ったのはシャルちゃん先生だ。
「本当ですよ? なんならアオ君とアイリスちゃんはこのまま二級目指しても良いくらいです。受験の前提になる指導時間が足りないだけで、みんなそれぐらいはできてます」
「……なんでそんな子達がグレイフォートに?」
「教え甲斐があって教師冥利につきます」
そう笑うシャルちゃん先生。ポーレットさんが頷く。
「とりあえず実力確認もかねて、ハリエットちゃん相手に模擬戦してみましょう」
「よろしくお願いします」
メイド服の裾をつまんで挨拶するハリエット。ハリエットとしっかり模擬戦をするのは初めてだ。共闘したことこそあれど、あまりそんな機会はなかった。
「ハリエットちゃん、どの順番でいきます?」
「そうですね……レナ様もバードン教官もいらっしゃいますから安全確保は十分でしょう。ですので四人で掛かってきてもらいましょうか」
「……そうなると思った」
僕のつぶやきに苦笑いのリコッタ様。胸の前で拳を突き合わせているアーノルドにどこか不安げなアイリス。
「禁じ手は?」
「なし……と言いたいところだけどさすがにフィッツロイ城を半壊とかはさせたくないので『即座に消せない量の物量の生成はなし』ぐらいで。そうなるとしんどいのは収束系特化のリコッタ閣下とアーノルド君かな?」
「大丈夫ですよ、ハリエット」
「俺も大丈夫です」
「よし。じゃあ私に一撃でも入れらたら勝ちってことで。……それじゃあ、準備したらはじめましょう」
†
私、シャルロット・バードンの魔導教官としてのキャリアはまだ二年目だけれど、その二年目でもわかる。今期の『魔導術入門』の受講生を一言で言うならば『異常』だ。
少数精鋭と言えば聞こえがいいけれど、問題は精鋭が過ぎること。確かに私は一級魔導師だけれど、まだ二年目だ。そんな状況でとんでもない実力だらけの教え子を持つことになるなんて覚悟は決めていなかった。……少なくとも魔導術『入門』で用意していたカリキュラムを一日目に全部破り捨てることになるとは思ってもいなかった。おかげで行き当たりばったり……もとい、臨機応変な授業をすることになった。その補講という形で大先輩であるレナ・ポーレット特級魔導師にいろいろと尻拭いをお願いすることになってしまったのは、痛恨の極みと言うべきだろう。
そのレナ先輩はリラックスした様子で声を掛けている。
「制限時間は五分間。みんなはその間に一発でもハリエットちゃんに攻撃を通すことを考えましょう。ハリエットちゃん。準備はいい?」
「いつでもどうぞ」
今いるのは教え子の一人、アオ君のお屋敷であるフィッツロイ城。防寒着を脱いできっちりとしたメイド服姿になっているのはハリエット・イェイツ准騎士。成人手前の十三歳といえども、この年で二級魔導師として大成しているのは本人の並々ならぬ研鑽のたまものなんだろう。魔力の制御にメリハリが利いている。禁じ手無しという宣言通り、訓練用の模擬刀――刀身がとても軽くて薄い木製のもので、多分一撃でへし折れるようにできている――を手にしている。
「みんなの作戦会議の方は大丈夫?」
「はいっ!」
ハリエットさんから距離を取った位置で話し合っていたらしい教え子の四人にレナ先輩が声を掛けている。代表して返事をしたのは、リコッタ・バリナードさん。公爵家の長女で、教育のたまものなのか素直だけれど芯の所が頑固で強情。努力の方向さえ彼女の中で決まったならば、問題無く技術を吸収していく子だ。魔力の繊細なコントロールは苦手そうだけれども、それを補って余りある魔力量と変換速度を持っている。
そのリコッタさんの隣で小ぶりな枝のような杖を持つのはアイリス・ミルさん。いま私たちの後ろでどこか落ち着かない様子のローズさんとフリージアさんの妹さんで、四属性まんべんなく使えるようになりつつあるバランス型だ。そんなことができるのはきちんと努力して成果を積み上げているからだ。
教え子たちのポジショニングを見るに、今回はこの二人を攻撃の起点にして男の子ズが手数で守る作戦らしい。
前衛役で至極楽しそうなのはアーノルド・ストラングウェイズ君。彼は典型的な収束系魔導師で、水属性の魔法を駆使する身体強化タイプ。他の三人と比べると一人だけ極端に感覚派で……いや、残り三人が極端に理論先行型というほうが正しくて、アーノルド君の覚え方がスタンダードなのだが……ともかく、身体で覚えていくタイプだ。みんなを模擬戦に良く誘っていたから、今みたいな状況が楽しくて仕方が無いのだろう。
その横で至極真面目な顔をしながらも身長ほどもある木の丸棒を槍のように構えているのが、アオ・ポーレット君。四人の中でも特に理論先行型の発散系特化。アオ君はお城に呼ばれてたり、なんだか職業訓練校の名誉校長になっていたりと他が派手すぎて見落とされがちだが、魔導術もかなりできる方。ポンポン危なっかしい魔法理論を組み立てている今期屈指の問題児でもある。今回も杖というより棍棒として使う気らしい獲物を持ち出したあたり、既に決闘モードである。
「さっきも言ったけど禁じ手無なし。でも、私やシャルちゃん先生が危ないと判断したら無理矢理介入してでも止めるから、思いっきりやっちゃっていいからね」
レナ先輩がとんでもないことを言っている。……まあ、レナ先輩なら無理矢理介入もできるだろう。普段は魔力を外に一切漏らさないほどに高度に魔力を隠蔽しているレナ先輩だけど、その魔力量は相当なのは知っている。そしてレナ先輩の武器は徹底した魔術の暗号化と圧縮にある。危ないと感じてから介入しても間に合うような仕込みを多分もう完了しているのだろう。
……まあ、私も既に仕込みは終わっているんだけども。
「それじゃあ――――――はじめっ!」
「はあああっ!」
レナ先輩の合図で真っ先に飛び出したのはアーノルド君。魔力が手元に集まっているので、勢い良く飛び出したのは自前の運動能力らしい。
「
それに遅れて飛び出したのがアオ君。こちらは魔導術で加速している。速度を乗せて木の棒をハリエットさんに突き込もうとする。空間描画で生み出した風の魔導を背にして飛び込み、アーノルド君を追い抜いて突撃。
「遅い」
アオ君の攻撃に
「
ピンポイントで風の膜をつくり、アーノルド君の拳を受け止めるハリエットさん。そのまま弾き飛ばしている。
「マジかっ!?」
「驚いてる暇あるなら詠唱する!」
ハリエットさんはアーノルド君を雪の地面に降ろしつつ檄を飛ばす。あれならアーノルド君も怪我はない。その隙にバランスを立て直したアオ君が再度魔導術を発動。再び風の魔導だけど発動のタイミングが若干遅かった。そこはハリエットさんの攻撃レンジだ。
「っ!」
アオ君は飛んできた火の塊をそのまま掌底で打ち返す。本来ならこの時点で止めに入るところだけども、レナ先輩に止められた。アオ君はきっちり魔力で火の塊を消火している。風の魔導で火を押しつぶしたらしい。あのまま飛んでいたら、リコッタさんやアイリスさんの方向に魔導が飛ぶ可能性があった。受ける判断は間違っていない。
「押せ押せ押せ押せ! ハリエットさんに息を入れさせるなっ!」
このタイミングでアーノルド君が攻撃に復帰。アーノルド君とアオ君の攻撃はかなり息が合っている。おかげでリコッタさんやアイリスさんが魔導攻撃を練るだけの時間的、空間的余裕が生まれる。
「……これが、魔導演習?」
ローズさんの呆れたような声。気持ちはよくわかる。
「はい。アオ君もアーノルド君も、いつかは封地を預かる領主様になる子ですから、より実戦向きの魔導術を目指しています」
「しかしこれでは……」
フリージアさんもローズさんと同じような感想らしい。ミル家といえばファイフ公爵領お抱えの魔導師一族で、魔導研究も『魔法を理に落とし込む』という原則を忠実に守る流派だったはずだ。
「実戦では悠長に魔法を練らせてくれませんからね。シャルちゃんの方針は間違ってないと思うよ。アオはそれを望んだだろうしね」
レナ先輩はそういいつつ視線は前に固定されている。
「きれいに『純化』できた魔導術でも上手くいくとはかぎらないのが現場です。まあ……そこに触れるのがみんなかなり早い気もするけど……ハリエットちゃん相手によく動いてる。三フレーズ以上の詠唱を許してないし、高出力魔法を打たせないようにしっかりやってる」
レナ先輩の講評が入り始める。その間に空間描画で術式をきっちり練り上げたのがリコッタさんだった。
「大物がきますね」
「大丈夫。アーノルド君もちゃんと
レナ先輩からアオ君への言及がないのは信頼の証なのかもしれない。
「――――――
リコッタさんの高出力な凍結魔法。詠唱開始と同時にアーノルド君とアオ君はバックステップで飛び退いて効果域から待避。ハリエットさんもぎりぎりで氷漬けは免れていた。彼我の間に半透明の氷の塊が鎮座することになる。
「すさまじい生成量ですわね……さすがバリナード公爵家のご令嬢……!」
フリージアさんが驚いている。これだけの質量を変換、出力できる魔力量はすさまじいの一言につきる。……だけど黙りこくっているローズさんは気がついた。この氷にごくごく微量だが、アイリスさんの魔力が混じっている。
「アーノルド!」
「わかってる! ――――
「吾が乞い祈むは風の剣、天地を断つ疾風とならん!」
「アイリス! 今ですっ!」
「
氷のキューブをアオ君とアーノルド君が砕くと同時にアイリスが火属性の魔法を発動。細かい氷の粒に分かれた氷が弾ける。白い雲のようになって一気に視界を奪いに来る。
「シャル」
「
光の壁を生み出して、ローズさんやフリージアさんを守る。魔力の流れを追う限り、全員健在。
「よしっ! 空中に上げた!」
アーノルド君の声。ちゃんとみんなハリエットさんの魔力を追えている。爆発的に魔力が強くなったのはアオ君のもの。白い雪煙の中から一気に飛び出し、ハリエットさんに襲いかかる。
「甘いっ!」
ハリエットさんが空気圧を《弄った》。空中に現れた足場を蹴って急旋回。本来ならハリエットさんがいたであろう位置をアオ君がすり抜けてさらに上空へ抜けていく。
「嘘だろっ!?」
多分アオ君は空中には足場がないから、空に逃げさせてしまえば回避できないと思ったのだろう。ここはハリエットさんの方が上手だった。そして――――――リコッタさんたちに向かう。
アオ君が遠隔攻撃しようとすると、その射線上にリコッタさんたちが取り残される。アーノルド君は接近戦特化。間に合わない。
「もらっ――――――」
「――――――まだ!」
攻撃役がスイッチする。割り込んだのはアイリスさん。
「
詠唱からのラグがなく、瞬時に焔の壁が立ち上がる。
「
「なんでアイリスなんかが!」
ローズさんやフリージアさんの驚いた声。詠唱の暗号化と圧縮は相当に高度な技術で、アイリスさんが習得済だとは思ってもみなかったらしい。
魔導術は理論だ。基礎になる魔力量や体内での魔力変換など素質によるところも大きいが、その魔力をどう使うかという発動のところについては理論として確立している。理論さえかみ砕ければ、誰でも強力な魔法を放てる可能性があるとも言える。それは相手も同じ事で、詠唱や描画から効果を逆算し、発動前にカウンターを仕込むこともできる。一発一発が致死級の魔導術の応酬となるような魔導師同士の戦闘は、相手にいかに自分の手札を読まれないか、そしていかにして相手の魔導術を発動前に食い止めるかという戦いになる。
そこで重要になるのが、術式の暗号化と、圧縮。補完可能な詠唱をそぎ落とし、残った必須となる要素を読み替え、意味をずらしていくことで、相手がこちらの術式を解読する前に攻撃を完結させてしまえばいいという単純明快な力業。そして単純であるが故に、力業でしか対抗できない強力な戦略でもある。
一段階でも強力な方針だが、これを何回か重ねがけすることもできる。一方で難易度は重ねるほどに跳ね上がる。軍の魔導師でも常用するには
「さすがっ! でも!」
ハリエットさんが真正面から術式を飲み込んでいく。だけれども、その隙で十分だったようだ。
アオ君が、上から落ちてくる。
「そこまでっ!」
レナ先輩がここで介入。レナ先輩の魔力が閃いて、
空中にいたハリエットさんもアオ君も勢いがそがれて、安全圏まで待避させられている。
「これが、『鉄血』のレナ・ポーレット特級魔導師……!」
ローズさんのおののいたような声がする。
「息子の前ですからね、すこしぐらいは格好付けないと」
「母上。張り切るのはいいんですが、そろそろ下ろしてください。僕だけ厳重に保護されるといろいろ思うところがあります」
アオ君の抗議に頬を膨らませつつ、地面に軟着陸させるレナ先輩。
「ハリエットちゃんお疲れ様」
「いえ、これくらいは。……まさか負けるとは思ってなかったので、さらに精進します」
「そうね。でも、みんな予想以上だったし、かなり踏み込んだ指導をしてもいいかもしれませんね」
レナ先輩はハリエットさんの頭をなでてから前に出る。
「多分みんな基礎はかなりできてそうなので、個別に課題を出していきます。二週間後までにクリアできるように頑張っていきましょう」
ここからが本番。私やハリエットさんも個別レクチャーをいっしょにしていくことになる。
「それじゃ、頑張っていきましょう」
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