【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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アイリスのきもちは

「……うまくいかないなぁ」

「それはそうだよ。ポンポンできるような課題出したら特訓にならないですから」

 

 僕の嘆きをシャルちゃん先生がフォローしてくれる。僕の目の前にあるのは魔道具の一種で、金属製のキューブに魔力を込める練習をしている。このキューブに魔力をゆっくり込めて光らせるのが課題なわけだが、負荷をかけるとすぐに安全弁がはたらいて、やり直しになってしまう。

 

 これを渡されるタイミングでポーレットさんからは『アオはまず封魔結晶の出力に物を言わせてなんとかする癖を直さないといけないからね』と言われてしまっている。義肢の操作でだいぶマシになったとはいえ、繊細な操作というのは苦手だ。ポーレットさん曰く、僕の魔力運用は『お皿にスープを注ぐのにお玉を使わずお鍋ごと傾けて注ごうとしている』らしく、細かい出力調整がなっていないらしい。そのための矯正用魔道具を用意してくれていた。

 

「ゆっくり……きれいに……」

 

 僕の横でそう言いながら氷の塊を生成しているリコッタをちらりと見る。リコッタにも僕と同じ傾向があるらしく、2人ペアでのトレーニングと相成っている。……こうなると僕らのお師匠様であるハリエットに責任転嫁したくなるが、その彼女はいまポーレットさんにたのまれてお使いに出ている。

 

「なんとか……できましたけど、泡が入って濁っちゃいます」

 

 しゅんとするリコッタの頭をシャルちゃん先生が撫でる。ついでに僕の頭にも手が乗った。

 

「二人とも普段から扱う魔力が大きすぎて、それに慣れちゃってるだけですから」

「でもアイリスみたいにはできないです」

「でもアイリスさんは二人みたいに大きな魔力を一気に動かすことはできませんよ?」

 

 シャルちゃん先生は優しく笑う。

 

「それでもいいんですよ。それでもその先ができるようになりたいと思うなら、もう少しだけ努力が必要です。周りができるのは、そのちょっとしたお手伝いだけです。それはレナ先輩も、私もそう」

 

 頭をなでられると、少しだけくすぐったい。

 

「大丈夫です。お二人が頑張ればきっとできます。もう一度やってみましょう」

「はいっ!」

 

 リコッタのいい返事。僕も遅れて頷いた。

 

「そういえば先生」

「なぁにアオ君」

「アイリスのお姉さんたちって、すごい魔導師なんですか?」

「んー……」

 

 ものすごく曖昧な笑みを浮かべるシャルちゃん先生。

 

「すごいの定義次第かなぁ。高度で複雑な魔法を使えることが『すごい』ならアイリスさんに勝ち目はないですよ」

「……つまり、アイリスの強みとは噛み合わないだけ?」

「はい。そういうことです。……少したとえ話になりますけど、『お城のキッチンなら百点の料理を出せるけど、他のキッチンだと三〇点しか出せない料理人』と『どこのキッチンでも六十五点の料理を提供できる料理人』なら、どちらを雇いますか?」

「えっと……お城のキッチンで百点を出せる料理人……?」

 

 リコッタはそう言いつつも首をかしげている。

 

「アオ君は?」

「僕ならどのキッチンでも六十五点を出す料理人です」

「え?」

「二人とも正解で不正解なんですよ、この質問は」

 

 シャルちゃん先生はそう言って僕たちの前にしゃがみ込む。

 

「リコッタさんの視線は『お城でしか料理をしないのだから、おもてなしの料理も作れる百点を出せるほうが良い』という視線。アオ君の視線は『遠征に出た村の台所を借りたり、なんならたき火で外で用意する急ごしらえな状況でも最低限文句を言われない料理を出し続けられる方が良い』という視点。どちらの素質も求められるものです」

「あ……」

 

 リコッタは合点がいった様子だ。

 リコッタはバリナード家のお城育ちだ。いろいろな経験をしてかなり知見が広がっているだろうが、それでも生活のベースラインは公爵家のものだ。生活の拠点であり、政治の最前線であるバリナード城で料理に求められるものは、給養という用途を遙かに超えるレベルのものを出せることが前提となる。

 

「料理も用途次第、ということですか」

「はい。アオ君の言うとおりです。さっきの意地悪なたとえ話に無理矢理正解をつくるなら『その料理人にどんな料理を求めるかを考えないと答えられない』になります。これと同じで、アイリスさんやそのお姉さんがすごい魔導師かどうかは、なにができるかとそれが必要とされるかのかけ算で決まるんです。だからその善し悪しはすごく難しいの」

 

 シャルちゃん先生のたとえ話を借りるなら『お城で百点を出せる料理人』はローズさんやフリージアさん。『どこでも六十五点の料理人』はアイリスということだろう。実際アイリスは基礎的な魔法とはいえ、属性を問わずに安全に発動させることができる。

 

「ローズさんやフリージアさんは、きっと魔導術の限界を押し上げられる人。アイリスさんはきっと魔導術の裾野を大きく広げられる人です。どちらがすごいじゃなくて、どっちもすごい魔導師になれる人なんですよ」

 

 同じ事を皆さんにも思ってますからね。と、念押ししてくるシャルちゃん先生。

 

「先生から見て、わたくしの魔導術はどんな風に見えますか?」

「そうですね……素質だけを見るならリコッタさんは豊富な魔力とそれを活かした強力な魔法をごく短いタメで放てることになります。だからこそしっかりと使い方を考えないといけない強い魔導術。それをしっかりわかって使うことのできる、優しい魔導師さんに見えますよ」

「じゃあ、アオ様は?」

 

 リコッタがなぜかこちらに話題を振った。

 

「アオ君は……そうですねぇ、アオ君は典型的な研究者タイプというか、ポンポン新しい魔導に飛びつきがちなので、大きい魔法を放つ前に小さい魔法でちゃんと練習してから使えばもっとよくなるかなぁ」

「先生泣いていいですか」

 

 リコッタの時と違って剛速球で駄目出しが飛んでくる。リコッタが噴き出すように笑ったのだが、その笑みはどういう意味だろう。

 

「ごめんごめん。でも、まずは安全な魔法の基礎を突き固めるところから、ね? この魔道具もそういうものなんだし」

「そうですよアオ様。アオ様は強い魔導術を平気で打ち出すんですもの」

 

 実際それで片腕を吹き飛ばしているのでぐうの音も出ない。

 

「それに、そろそろアオ君は義肢以外の魔道具の扱いを覚えた方がいいしね」

「そうなのですか?」

「強力な魔導術になればなるほど、魔道具の安全装備に頼った方が安全です。もちろん全部自分でコントロールできるにこしたことはありませんが、魔道具にきっちり頼ることも大切なんですよ。なのでそろそろ自分に合った魔道具を探してもいいかもしれません」

「アオ様の魔道具! どんなのになるんでしょう? やはり棍棒でしょうか?」

 

 リコッタの口から棍棒というワードが飛び出すとすごく似合わない。半分笑って答える。

 

「杖はわるくないですけど……うーん」

「そのあたりも含めてレナ先輩に相談してみるといいと思いますよ。……あ、でも相談は慎重に。不用意に切り出すと目玉が飛び出る金額の最高級品を持ち出しかねないので」

「あー……やりそうですね。母上は……」

 

 ポーレットさんは普通に過保護なので色々と気をつけた方がいいかもしれない。

 

「あれ、そういえばその母上は?」

「アイリスさんの訓練で、フリージアさんたちも一緒に裏庭の方に向かったはずですけど……様子見に行きますか?」

 

 リコッタの方をちらりと見るとこくりと頷いてくれたので、一緒に行くことにする。

 

「ちょうどお昼も近いですしね、呼びに行きましょうか。えっと……」

「裏庭だったらこちらが近いですね」

「よく知って……ってそうだよね! アオ君のお城なんだもんねここ!」

 

 シャルちゃん先生はそう言ってどこか恥ずかしそう。

 

「僕のと言ってもあんまり実感ないんですよね。ほとんど代官のジャンさんに丸投げしてしまっていて、ずっと寮生活なので」

「そういえばそんなことを前言ってましたね……。でもそのわりには詳しいような」

「資料としては頭に入れてますから。……でも知識としてあるだけで、実感としては全く。……領民の方の名前は覚えていても、顔はまったく……」

「え? 領民の名前を覚えているんですか!?」

 

 素っ頓狂なシャルちゃん先生の声。

 

「? はい。農地の目録を作る際に再調査したので、男爵領内一五二〇名の名前は把握できています。まあ……覚えただけだとなんにもならないんですけど」

「……アオ君はとんでもないと思ってたけど、やっぱりとんでもないですね……」

「そうですか?」

「だってアオ様は王都の地図もたった二時間で暗記されてましたものね?」

「そこまでの特殊技能でもないでしょう。ハリエットだってできていたわけですし。今詳細を思い出せと言われてもあまり詳細なところまでは無理ですよ」

「この子達、本当にとんでもない……」

 

 シャルちゃん先生によくわからない怖がられ方をしている間に、裏門側に到着。ガンガン魔力が飛び交っている所をみるに、どこまでも実践的にアクションを取っているらしい。

 

「そうっ! さっきよりもぐっと良くなりました! 定型パターンにしっかり落とし込むこと。全部を自分の頭の中で処理しない! パターン化できるところはパターン化する!」

「はいっ!」

 

 すごい勢いで飛んでくる魔導攻撃を一歩も動かずに受け続けているのはポーレットさん。……つくづくとんでもない。攻撃をしているのはミル家の三姉妹、ローズさん、フリージアさん、アイリスの三人だ。三人が一方的に攻撃をかけ続け、それをポーレットさんが軒並み無力化している。

 

 なにより気になるのが、ポーレットさんが全く詠唱をしていないこと。ポーレットさん側も魔導術で対応しているはずなのに、魔導術を解析するとっかかりがない。

 

 これは僕も一回見ている。王都での殴り込み前に金属の棒をポーレットさんは無詠唱で展開していた。それと同じだろう。

 

「うわぁ……」

「やっぱりお前もそーゆー感想になるよな」

 

 声を掛けられて振り向くと、木の板の上で伸びているアーノルドと目が合った。救護担当らしいマハマが小さく手を振ってくる。

 

「アーノルドは参加しなくていいの?」

「参加してたさ。それでボコボコにされたの。これ以上魔力を削るのはマズいだろうからってストップ喰らった。手応えがなさ過ぎて、出し切った感があんまり無い……」

「あ、じゃあ僕と模擬戦する?」

「後でな、後で」

「あ、これ本当に駄目な奴だね。アーノルドが模擬戦に釣られないなんて」

 

 そう言うと力なく笑うアーノルド。

 

「やっぱお前のかーちゃんすげぇわ。文字通り格が違う。アイリスもお前もリコッタ閣下もすげぇと思いながら見てたけど理解の糸口ぐらいは見えた。でも『なんでかわからんけど絶対勝てないってことはわかる』なんて初めてだ」

「そりゃあ……ね」

 

 少なくとも堀を一瞬で埋めることができるのは僕も見ている。大概の攻城兵器よりは強い以上、人間が生身で戦ってどうにかなる相手ではなかろう。

 

「アーノルドの言い分だとそれに食らいつけてる三人がすげぇって結論になりそうなんだけど」

「うん。それは単純にミル家の皆さんがバケモンって話だろ」

 

 視線を戻すと、アイリスが一気に魔導術を発動しているところだった。一個一個は威力の低い火花を生み出すような魔法だが、それを大量に生み出している。

 

「アイリス! そんな低レベルな魔法でなんとかなるわけがないでしょう!?」

 

 そんな声を掛けたのはフリージアさん。フリージアさんはアイリスと同じ発散系のようで、馬鹿でかい魔方陣を空中に組み上げようとしているところだった。

 

「でも……っ! これしか、ないっ!」

 

 さらに手数を増やしていくアイリス。火花だけではなく、氷の弾や金属の矢が混じりはじめる。複数の魔導の平行発動。これもかなり高度な魔導術の運用法だ。

 

「……なるほど、そういうことね」

 

 何かに気がついたらしいローズさんが魔導術を切り替える。アイリスと同じように小粒の攻撃を絶え間なく打ち出す方向に切り替えたらしい。

 

「姉様まで!?」

「リーシャはそのまま! 合図したら開放して!」

 

 ポーレットさんがそれを聴いて笑みを深めたように見えた……が、攻撃とその余波でポーレットさんの姿すら見えなくなる。

 

「リーシャ!」

 

 ローズさんの合図で馬鹿でかい魔方陣から馬鹿でかい火の玉を取り出してぶつけようとしていた。

 

「わわわっ!」

 

 慌てて僕らに熱波が及ばないように風の幕を張るシャルちゃん先生。音まで分断されたのか、僕らの周りだけ一気に静かになる。

 

 その中でフリージアさんの攻撃が、ポーレットさんの防壁を貫通した直後、その火の玉がかき消えるのが見えた。

 

「……やった……っ?」

「はい。よくできました」

 

 ニッコリと笑うポーレットさん。それを見たミル家三姉妹が各々へたり込む。

 

「……なんだか、とても手加減されたような気がしますわ」

 

 ローズさんは力なく笑っている。その会話に割り込んだのはシャルちゃん先生だ。

 

「それはそうですよ。特級魔導師というのはそういうものですから」

「でも最後のは……」

「アイリスさんの機転がうまく働きましたね。どうしてそうしようとしたのか言語化できる?」

 

 ポーレットさんがアイリスの方に寄ってしゃがみ込んでいる。

 

「えと……攻撃が減衰してから消えるまでの時間がバラバラだったので、こちらの攻撃を解析してから術式を調整していると思いました。だから……大きな魔法を一つより、小さな魔法を五つの方が、解析の手間がかかるかな……って、思った、ん、です……けど……」

 

 ガチガチに緊張した答えが返ってくる。

 

「うん正解。だから私の視界を奪うような魔法を連発して、少しでも視界を奪おうとしたのも、複数の魔導を混ぜて処理を複雑化しようとしたのもとってもよかった。おかげで、その処理の間にフリージアさんの大物の準備の時間を稼いだ。素晴らしいアシストだったわ」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 照れたように俯くアイリス。どこかわざとらしく、でもどこかホッとした気配が滲むため息。

 

「そのおどおどした目線がなければもっとよかったのですがね」

「ローズ姉様……」

「それでも、私もリーシャも気がつけなかった隙を見つけたのは事実。……すごいじゃないの、アイリス。見直したわ」

「っ! ……はいっ……はいっ!!」

 

 涙を双眸にいっぱいに貯めてアイリスが返事をする。アーノルドがどこか満足そうに笑っているのが見える。僕も肩をすくめて返事に代える。

 

「認めない! こんなの! こんなのっ……!」

「あっ! フリージアさんっ?」

 

 フリージアさんが飛び出していく。ポーレットさんが声を掛けるがもう遅い。振り替えらずに出て行ってしまう。飛び出した方向は裏門で、そちらには冬にはだれも近寄らない小さな製材小屋と水車小屋があるばかりで、あとは森と山だらけだ。道もすぐに雪に埋まるし、遠くには行けない。

 

「あらら……少しそっとしておきましょうか」

 

 ポーレットさんが優しくそういう。一人になる時間が必要になることもあるだろう。

 

 その考えが甘かった。

 

 お昼ご飯の時間をとうに過ぎても、フリージアさんは戻らなかったのだ。




04/10の書籍版の発売が近づいてきてわくわくしている作者です。
書店によっては特典SSなどがつきますので、もしよろしければ作者のX(旧ツイッター)や活動報告から飛べる出版社さんのページなどをご確認ください(ダイレクトマーケティング)

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