【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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姫様の素質

「もー、そろそろ許してよアオ。いきなりひん剥いたのは謝るからさ」

 

 騒がしさに飛び込んできてくれたメイドさんによって、僕が全裸になる前に事なきを得た。本当に事なきを得たかどうかは別として、誰も怪我をしなかったという意味において最低限の被害で済んだことにとりあえず安堵している。リコッタとハリエットがヴィクトリアさんからお小言を言われていたが、ハリエットがこれで解任ということも無さそうなので、良かったことにする。

 

 色々と不満はあるが、それを今更指摘しても仕方が無いのだ。

 

「次からは気をつけてよ。僕と君では性別も違うし年齢も違うんだ」

「ほんと、そういうところは変わらないわね」

「ハリエットこそ。身長以外にも変わってないところがあって安心したよ」

「あ!? それはチビって言ったか? チビって言ったよな!? あんたも似たようなもんだろ!?」

「まぁまぁ、ハリエット様も十一歳ですし、きっとこれからですよ!」

「うっ……リコッタ様が一番毒舌……!」

 

 お小言を一緒に言われた仲なのか、僕が着替えている間に何か楽しい話題があったのか、いつのまにか女の子同士仲良くなっている。移動中もハリエットが僕の昔話、煙突掃除中に落ちたとか、肥溜めから出られなくなりかけたとか、そのあたりの失敗談をリコッタに聞かせている。リコッタはどこか楽しそう。リコッタが笑顔であるのは喜ばしいことではあるのだが、なんだか釈然としない。

 

 そんなこんなで、お城に併設されている訓練場を間借りさせてもらうことになった。公爵家が直属で抱える騎士団や、徴募されてきた公爵軍の兵士が訓練をしている場所ということだが、いくつかあるうちの一番小さい訓練場を空けてもらった形だ。

 

(小ぶりといっても、バスケットコート四つ分ぐらいは軽くあるんだけど……)

 

 なんというか、このお城は本当に大きい。これが公爵家、恐ろしいスケールである。

 

「さて、じゃあ気を取り直して、魔導訓練行ってみよう! ここなら間違えて大雨降らせてもなんとかなりそうだし!」

 

 雨ということは、おそらくリコッタの魔導術を警戒しているようだ。

 

「封魔結晶と融合しているアンタも規格外だけど、姫様は間違い無く天才よ。万が一魔導の制御を喪えば、水の重さで床が抜けるわ」

「そうなのですか?」

「はい、姫様。水は重たいのです」

「いえ、そちらではなく、そんなにたくさんの水を出す前に、わたくしが倒れてしまうのではないかと……」

「なるほど……では確認してみましょう」

 

 リコッタがそう言うと銀髪を揺らして姫様の前に何かを差し出す。中に不純物が入った白い石英……のようにも見える、謎の鉱石だ。

 

「これは……封魔結晶ですよね?」

「はい。空っぽに近い封魔結晶です。これに魔力を込めてみましょう。こう手でお椀を作って、そこに水をためるイメージをしてください」

「こう……でしょうか」

 

 小さな両手を小さく重ねて言われた通りにするリコッタ。ハリエットはそこに封魔結晶をそっと()()()()

 

「やはり……できちゃいますよね。これ……姫様は収束系の適正のはずなんですけど……できちゃいますよね……」

「えっと……」

「まず、大抵の人はここで魔力を溜めるという動作自体、習得するのに数日掛かるのです。それをこうもさらりとできるなんて、並大抵のことではございません」

 

 僕はついて行けないが、リコッタがつくった手のお椀の中で、封魔結晶が揺れている。本当に水に浮いているような見た目だ。

 

 それより気になったのは、その姿勢を取った途端に、いつも姫様が纏っているオーラが変わったことだ。薄く広くキラキラしていたのが、手のひらに固まったというか、そんな感じに見える。

 

「姫様、今の封魔結晶の高さを覚えておいてください。今この結晶は、姫様の作った魔力の海に浮かんでいる状況です。今から封魔結晶の凍結を解除し、姫様の魔力を吸わせますので、姫様は封魔結晶をおおよそ同じ高さになるイメージで魔力を供給してください。多少位置が上下しても問題ありません」

「や、やってみます……!」

「では、凍結解除します」

 

 ハリエットが結晶に触れる。

 

意志あるものは聴け(Q H A A A)意志あるものは聴け(Q H A A A)清き者、貧しき者を救う糧とならん(B P S Q I)

 

 これがハリエットの言っていた詠唱というものらしい。なぜか意味がわかる。この感覚は、封魔結晶に触れた時に感じたものと似ている。頭の奥でナニカがカチリとハマる感覚。

 

「わわわっ」

 

 リコッタが慌てた様子で手のひらに力を込めているのがわかる。オーラがリコッタの手の中で上下しているのが見える。

 

「これ加減が難しい……!」

 

 ものすごい勢いでリコッタのオーラが封魔結晶に吸われていく。そうしているうちに、封魔結晶にぎゅうぎゅうに詰められていくオーラが、変調をきたした。

 

「リコ様止めて!」

 

 思わず叫ぶと、リコッタの手のひらからオーラが消滅する。直後にパキン! と音がして、封魔結晶が粉々に砕けた。

 

「リコ様! お怪我はありませんか!?」

「……はい、アオ様が、止めてくださったので……」

 

 リコッタの息が荒いけれど、すぐに収まる。それと同時にリコッタのオーラが戻ってきた。

 

「確かに封魔結晶は三等品だったけど、それをオーバーフローで砕くなんて……なんつー魔力量……」

 

 ハリエットが驚いているのを見て、僕は見上げるようにして睨む。

 

「ハリエット」

「……姫様。申し訳ございませんでした」

 

 僕が促すとハリエットがリコッタに頭を下げている。こうなる前に止めるべきはハリエットだ。手の中に貯めた魔力を吸わせるという都合上、結晶を包み持つ形になっているリコッタだったが、あのまま破裂していたら、怪我をしていたかもしれない。止められてよかった。

 

 それでも、今のアクシデントで確信した。僕がオーラと思っていたものは、魔力だ。やたらとリコッタがキラキラしていたのは、彼女の魔力が膨大だったからだろう。

 

「姫様はお身体におかわりないですか?」

「ない……というよりも、封魔結晶に触れる前よりも良くなった気さえします……」

 

 そう言って手を握っては開いてを繰り返すリコッタ。確かに纏っているオーラが薄くなったが、その方が体に良いなどあるのだろうか。

 

「ハリエット、魔力量には個人差があるの?」

「全くない人もたくさんある人もいるけど……姫様ほど多いのは初めて見るわね……」

「もう一つ。魔力が多すぎることで健康被害が出る可能性は?」

「詳しくないけど一応、ある。『魔力飽和体質』って名前がついてて、研究がされようとしてるって聞いたことがある」

 

 僕の質問にリコッタが不安そうな顔をする。しまった。リコッタが離れてから話題を出すべきだった。それでも、ここで会話を切るわけにはいかないだろう。

 

「具体的には」

「そもそもこんな魔力を持つ人間が少ないから、研究には母数が少なすぎて参考にならないっていう大前提があるんだけど、成長と老化が遅くなる……らしい」

 

 優秀な魔導士ほど、年を取っても若く見えるというのがあるという。十四歳になっても、体が成長しきらず七歳とかに間違われたり、逆に五十歳を超えても二十代の様な身体機能を維持するという。歴史上の魔導士は二百歳まで生きたというから相当だ。

 

「……ということは、大きくなるのもゆっくりということでしょうか」

「大きくなるというのが、身長が伸びるとか、女性らしい体つきになるということであれば、その可能性は捨てきれません」

 

 リコッタは不安そう。ハリエットは膝をついて、彼女と視線を合わせて微笑んだ。

 

「あくまで可能性です。姫様がそうなるかはわかりませんよ」

「そう……ですよね。あの、私はハリエット様が言う『ほーわたいしつ』なのでしょうか」

「魔力を消費した方が体調が良いのであれば、おそらく」

 

 隠すよりも伝えた方がいいと思ったのか、ハリエットの返事は素早かった。

 

「収束系の魔導師は自分の体に魔力を溜め込みやすい傾向があります。今の姫様は、水でパンパンの水筒に無理矢理水を注ごうとして注ぎきれずにこぼれている状態だと思います。公爵閣下と相談して、毎日魔力を放出する機会を確保しましょう」

 

 その言い方に引っかかるところがあって、ハリエットに待ったをかけた。

 

「今すぐ対策が必要なのか?」

「念のためよ……それに魔力で補えてしまう通常の身体機能が低下するかもしれない」

「低下というと、例えば?」

 

 ちらりとリコッタを見てから、ハリエットが続ける。

 

「姫様の場合は収束系魔法、特に水属性への適正が考えられる。水属性への適正は人間の肉体の保護や強化に強い特性を持つの。それに対応する身体機能が低下すると……一番影響を受けるのは、おそらく自己免疫ね」

 

 最悪だ。

 

 それはすなわち、切り傷一つで死にかねないということを意味する。怪我をするような状況は可能な限り避けるべきだし、風邪一つで命取りになり得る。

 

 僕の顔が青くなったのだろう。リコッタが目に見えて不安そうな表情になる。努めて明るくハリエットが声を張った。

 

「姫様、そんな顔をなさらないでください。魔力が十分あるうちは大丈夫ですから。あれだけ魔力を投入してピンピンしているところをみると、魔力の回復量もすさまじいと思います。ですが、体がそれに慣れすぎると、なんらかの要因で魔力量が低下したときに一発で疫病にやられるとかありえるので、念のための処置です」

「だから、免疫機能の維持のために日常的に体内の魔力量を下げておくのか」

「そういうこと。体の免疫機能を残しておくためにね」

 

 怪我をしないに越したことはないけど、と付け加え、リコッタの頭をハリエットが撫でる。

 

「それにしても姫様が貴族様でよかったですよ。こんな魔力量を日常的に使用しようとしたらとんでもない量の封魔結晶がないと受け止めきれませんから。普通の家庭なら一週間で破産します」

 

 封魔結晶はそれだけ高級品ということらしい。本で読んだが、バリナード公爵領は王国における封魔結晶の一大産地ということで、手配は容易だろう。公爵閣下がリコッタの命に関わりかねない問題にお金を渋るとは思えない。

 

 そんなことを考えていたら、ハリエットの視線が僕に向いた。

 

「で……同じ心配をアンタにもしないといけないわけだけど」

「僕?」

「そ。……アンタは姫様と真逆。封魔結晶に魔力吸われ過ぎてない?」

「あー……どうだろう。自分の魔力は見えないからどうなってるかわからないんだけど」

「ちょい待ち。アンタ魔力が見えるの?」

「え? うん。見れるけど……」

 

 そう言うと、ハリエットが盛大にため息をついた。

 

「だから姫様の封魔結晶が砕ける前に予兆をつかめたのね……。姫様も姫様だけど、アンタも結構とんでもないわね。それ、あんまり周囲に言いふらさない方がいいわよ」

「なんで?」

「人さらいに狙われるから」

 

 なんだか怖い忠告が飛んできた。

 

「……ハリエットも見えてるんじゃないの?」

「魔導として発動すればね。常時見えてるわけじゃないから。あんたのそれは間違い無く封魔結晶の影響かアンタの体質かどちらかで、結構希少だから気をつけなさい。護衛をつけるなり安全圏に引きこもるなり……ってアンタももう貴族様になるんだから心配ないか」

 

 ともかく、とハリエットは言葉を切る。

 

「意図せず見てもらうことになったけど、封魔結晶に込められる魔力には臨界があるの。臨界点に達した結晶は砕けたり、融けたりする。あんたの場合は、それが左目の位置にある。……言いたいことはわかるわね?」

「……いま想像してぞっとしたよ」

 

 つまり、左目の位置、脳の真下にある封魔結晶が破裂する可能性があるということだ。今度こそ間違い無く死ねる。

 

「臨界点に達しないように、その封魔結晶から魔力を発散させるようにしなさい。魔導義肢が付くまでは姫様と同じように毎日ね。今まで死んでないことを考えると、一週間はなんとかなるみたいだけど、無茶したら一瞬で死ねるからね。その位置で破砕されたらマジで即死だから肝に銘じなさい」

「了解、ハリエット。……腕が付くまでということは、腕がきたら大丈夫なのかい?」

「排出の頻度が下がるだけよ。義肢なんてそんなに魔力を馬鹿喰いするわけじゃないから」

 

 なるほど、と返しておく。大体状況はわかった。問題は僕がまだ魔力の排出のイメージが付いていないことだ。

 

「姫様。予定を変更して、アオの魔力発散の習熟を優先してもよろしいでしょうか。姫様が魔力そのものの排出ができることが確認できましたので、変換のスペルを覚えればすぐに魔導術は使えるようになると思いますし、お時間を頂きたく存じます」

「もちろんです! 私にできることがあれば、なんでも仰ってください」

 

 リコッタはすぐに頷いてくれる。つづいて僕の出番になるわけだが、大丈夫だろうか。




マジックアイテムって、いいよね……

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