【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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家と血の存在証明を

 捜索隊は三班に分かれた。

 ホフマンさんが指揮を執る捜索本隊、その息子さんが率いる沢や崖などの危険地帯に先回りする遊撃隊、ラピィを軸に追いかける僕ら追跡隊だ。僕らのしんがりにはジャンさんとハリエットが入ってくれている。二重遭難を避けるためにかなりの低速かつ慎重に進んでいる。

 それに城にはポーレットさんが待機しており、魔力等の監視を頼んでいるから、魔法が使われれば気付けるはずだ。

 

「フリージアさーん! いませんかー!」

「フリージアさーん!」

 

 声を出しつつ進む。緩やかな谷になっていることもあり、声はかなり反響する。何回か声を掛けて耳を澄ます。返ってくるのは針葉樹の枝が揺れる音と、捜索本隊のものらしいフリージアさんを呼ぶ声が遠くから聞こえるばかりだ。

 

「思ったより視界が効かない……」

「あたりまえぴょん。領主サマなら森の管理もちゃんとするぴょん」

 

 サクサクと森の中に入っていくラピィ。それをゆっくりとおいかけていく。

 

「ラピィ。場所はわかる?」

「領主サマや閣下みたいに魔力が駄々洩れってわけじゃねーんでそう簡単にわかるわけないぴょん。小型の魔物っぽい反応もあるし、魔力で追うとこっちが迷子になる」

 

 そう言ってきょろきょろと周囲を見回すラピィ。

 

「今回の獲物はそっちのおっぱいと同じぐらいの背丈でよかったぴょん?」

「『捜索対象』が『ローズさん』ぐらいの背丈でよいかというなら、そうだね」

 

 さっと胸元を隠すローズさんから視線を逸らしつつ訂正をする。きっちり外套を着こんでいて肌の露出はゼロなのだが、その上からもわかるぐらいグラマラスな体型だ。名前を把握する気がないらしいラピィはそれを聞きつつ空を見上げる。

 

「なーんかこのあたり変な魔力が充満してて嫌な感じぴょん」

「あー……露頭こそしてないけど封魔結晶の鉱脈があるんだろう。案外浅いところなのかもね」

「……それでか。なんか妙におちつかない」

 

 アーノルドが納得したような声を出す。僕にはその感覚がわからない。

 

「ともかく魔力だけで追いかけるのは危ないぴょん。とくにシロートはやるべきじゃないぴょん」

「あの子……それで迷ったのかしら」

 

 ローズさんのつぶやきを誰も拾うことができない。ここまで声かけをしてわざと隠れ続けるとは考えにくい。なんらかのトラブルに巻き込まれていると考えるべきだろう。

 

「早く見つけてあげないと……」

「そう焦るな……ぴょん!」

 

 すごい跳躍力で近くの木の枝に飛び乗る彼女を目で追う。枝に飛び乗った衝撃で木から細かい雪が落ちてくる。それを躱している間にも、ラピィは木の上をぐるりと回るようにして何かを確かめていた。そしてすぐに降りてくる。

 

「かなり奥まで行ってるぴょん。多分、何かから逃げた」

「逃げた?」

「なにからよ」

 

 僕の疑問にハリエットが被せる。

 

「多分動物か何か。……ちょっと悪い状況かもぴょん」

「……なるほど。安全な範囲で急ごうか」

 

 こっちぴょん、と先導するラピィにぞろぞろついていく。 思い詰めた表情をしているのはローズさんだ。その隣でローズさんを気にしつつも黙っているアイリスが続く。

 

「ローズさん、フリージアさんって結構アクティブに山歩きするタイプだったりします?」

 

 僕はつとめて明るくローズさんに声をかける。びっくりしたようなアイリスの視線が僕に刺さる。

 

「いえ……どちらかというと本ばかり読んでいる子でした」

「でもここまで動けるとなるとそればかりじゃないでしょう?」

「本当に、負けず嫌いで、真っ直ぐで……完璧じゃないと許せない子なんです」

 

 ぽつぽつと言葉が落ちていく。周囲の皆が聞き耳を立てているのがわかる。僕もじっと続きを待つ。

 

「あの子にとっても、わたくしにとっても、魔導術は存在の全てです。それがなければ、わたくしたちには価値がない。それで価値を示さなければ母を守ることができない。それほどのものなのです」

「……お母様を守る、ですか?」

「はい。ミル家はファイフ公爵の庇護の元に優秀な魔導師を輩出してきました。当代でわたくしたちの父も一級魔導師でファイフ公爵領魔導師団の師団長です。……しかし私たちの母は正妻でありながら、男児を産むことができずにいます」

「だからせめて魔導師としての存在感を示さなければ、お母様ごと捨てられる、と?」

 

 僕の声にローズさんは首を横にふる。

 

「父にも体裁がありますから捨てはしないでしょう。それでも父は母を顧みなくなりました。きっとフリージアは……いえ、矮小に語るわけにはいきません。わたくしとフリージアはそれが許せなかった。そしてそれが誤りだと知りながら、わたくしたちの咎をアイリスに押しつけようとしている」

 

 アイリスがピクリと肩を揺らした。

 

「それが、フリージアさんがアイリスを認められない理由……フリージアさんが自身に完璧を課す理由ですか」

 

 アーノルドからの話が正しければ、アイリスはミル家の落胤(らくいん)、すなわち婚外子だ。魔導術の才能を理由にミルの名字を与えられて家に入れられたのだとしたら、ローズさんやフリージアさんにとってアイリスは自らの存在意義を食い潰す存在に見られる。母親の居場所を確保するためにも二人は魔導師として優秀でなければならなかったのに、外からやってきたアイリスがそのポジションまで奪ってしまってはたまらないということなのだろう。

 

 そしてそれが、ふたりが敬愛しているであろう母親の立場を脅かすならば尚のことだ。母親を守るためには、アイリスよりも優秀であると父親に見せつけねばならなかったからこそ、フリージアさんはアイリスを認めるわけにはいかなかったのだろう。

 

「くだらねぇ」

「アーノルド」

 

 悪態をつくアーノルドに僕が制止をかけるが、彼は止まらない。

 

「だってそうだろう。誰かの足を引っ張って得られるプライドで何を誇るんだ? 『こんなに誰かの足を引っ張れます』って胸を張るのか?」

 

 文字通り吐き捨てるようにそう言うアーノルドに足を止める。僕が動く前にローズさんが力なく笑った。

 

「よいのですエルジック卿。イルチェスター卿の言うとおりです」

「ローズ姉様……」

 

 思わずといった様子で声をかけたアイリスの頭を、ローズさんがなでる。

 

「わたくしたちは、アイリスが誰よりも頑張っていることを知りながら、その努力を認めなかった。フリージアが戻ってこなかったとき、わたくしは真っ先に父上へどう言い訳をするべきかを考えた。こんなにもたくさんの方がわたくしたちのために動いてくださっているのに、妹の心配や皆さんへの感謝より先に、わが身の保身を考えた。……イルチェスター卿の誹りは甘受する他ありません」

「それで懺悔したつもりかよ。これまでどんな気持ちでアイリスが!」

「それ以上はダメだよ。アーノルド」

「止めるなアオ」

「おちつけアーノルド。アーノルドはアイリスやフリージアさんの代弁者じゃないだろう。誰かの痛みも、誰かの怒りも、他人が勝手に語るべきじゃない」

 

 納得できないぞとアーノルドが目で訴えてくる。それでも僕は笑うしかない。

 

「どう解決するべきかを決めるのはアイリスやローズさん、フリージアさんだよ。まだみんな話し合える段階にあると思っているし、そのためにもフリージアさんにはちゃんと安全に戻ってもらわないといけない。外野の僕たちが感情的になったところで、何も解決しない。そう僕を諭してくれたのはアーノルドだよ」

「お二人とも……本当にまだ七つなんですか?」

 

 ローズさんの声に驚いた顔で振り返ったのはラピィである。前を向いてくれとジェスチャーで伝えてから笑う。

 

「アーノルドについては僕も疑っています」

「俺は正真正銘七歳で、年齢不詳はアオの方です」

「年齢不詳?」

「僕の生年月日を誰も知らないんですよ。僕は生んだ母も父も知らないので、リコ様に拾っていただいた日を便宜的に誕生日としているだけです。多分五歳ではないですが、六歳なのか七歳なのか、八歳なのかは……」

「……養子だというのは、本当だったんですね」

「えぇ。一年ほど前まではファイフ公爵領の悪人街で汲み取りや歩荷で死なずに済んでいただけのただのホームレスです。たまたま封魔結晶が身体に癒着してしまっただけの、ただの子どもです」

 

 そう言うとリコッタがすっと隣に割り込んできた。驚いていると、ずいと顔をこちらに寄せてくる。

 

「そう卑下なさらないでくださいまし。ただの子どもをリコッタが婚約者に選ぶとお思いですか?」

「卑下もなにも本当にただの歩荷だったんですから」

「それがなんだと言うのです。今やアオ様は正統な男爵ですし、子爵はもちろん、侯爵も夢ではないほどの活躍をされているではありませんか。国王陛下にも二人の関係は認めていただいているほどに正統なものなのですよ?」

 

 ぷくっと頬を膨らませるリコッタ。ぎょっとした顔をしたのはそれを知っているハリエットやジャンさん以外の面々だ。視線が僕らに突き刺さる。

 

「柏葉のお許しといい、ラピィの件といい……お前本当に王都でなにがあったらそうなるんだよ」

「……お許しが出たら話すよ。少なくともアーノルドやマハマは無関係じゃいられなさそうだし」

「僕も?」

 

 マハマが首をかしげているが、これ以上は話せない。

 

「……つまり、軍事関連ってことか」

「ノーコメント」

「オーライ。ともかく話せるようになったら話せ。少なくとも父はホランド伯爵の名誉をかけてお前との関係を構築したがってる。裏切るなよ」

「そんな度胸はないよ」

 

 そう言いつつ僕はまだ膨れているリコッタの頭をなでながら進む。

 

「……これは、ちょっとマズいぴょん」

 

 手を横に出して制止をかけるラピィ。全隊停止をかけて前に飛び出したのはハリエットだ。

 

「なにがあった」

「良い報告と悪い報告どっちから聞きたいぴょん?」

「重要度の高い方からちゃっちゃか話せ」

 

 ハリエットが腰に下げた剣に手をかけながら周囲を見る。

 

「魔導術はダメぴょん。気づかれる。閣下も領主サマもできるだけ魔力を押さえて」

 

 魔力で周囲を探ろうとしたらしいハリエットを止めている。リコッタもこくりと頷いている。

 

「ここから風上に行ったところに探している人がいるぴょん。多分木の上。血のニオイもしないし生きてる」

「良い報告ね。悪い方は?」

「なんか獣臭い魔物がそのあたりをうろついてる。数は三」

「熊が出るって聞いたけどそれかな?」

 

 僕の声に考え込むような仕草をするラピィ。

 

「だとしたら二匹は小熊ぴょん。子育て中の母熊は文字通り近づくだけで命取りになるから、下手に刺激すると多分危ない」

「熊に気づかれたくなくて声を上げられなかったんだな」

 

 納得顔のアーノルド。

 

「なるほど……それは悪い報告だ」

 

 ハリエットはそう言いつつ剣を抜いた。

 

「ラピィ」

 

 剣をラピィの方に投げるハリエット。

 

「この剣長くて苦手だぴょん……剣じゃなくて斧とかないの?」

「文句言わない。……真正面から斬って落とせる?」

「多分無理ぴょん。というより、この感じだと普通に魔法使ってくる」

「ガチガチの魔物じゃん。家畜化されてない魔物なんて新大陸でもないのによく残ってたわね。封魔結晶取り込んだ突然変異とか?」

「どうでもいいぴょん。それにいくら熊でも石を食うとお腹壊しそうぴょん」

「確かに」

 

 ハリエットはそう言いつつ首元から封魔結晶を取り出している。

 

「……魔物となると無策で飛び出すにはちと厳しいか。アオ、手伝って」

「何をすればいい?」

 

 ハリエットの側に膝をつく。

 

「ラピィと私で血路を開くから、フリージアさんの回収よろしく。回収したら合図出して。安全圏まで距離を確保してから風の魔導で粉砕する」

「……了解。死なないでよ」

「安心しなさい。アンタの領地に迷惑をかける気は無いわ」

「信じるからね。……シャルちゃん先生、みんなも手伝ってください」

「もちろんです」

 

 シャルちゃん先生が頷いてくれる。

 

「安全距離の確保までは皆さん魔導は抑えめに。ラピィや私より目立たれると囮になる意味が無くまりますので」

「三体いるんでしょ。二人で大丈夫?」

「たぶんね。ヤバい時はアオ、頼んだ」

「信頼されてるなぁ」

「当たり前でしょ。どれだけアンタの面倒みてきたと思ってるの」

「それじゃあその信頼には応えないとね」

「作戦会議はもういいぴょん?」

 

 ラピィは剣の感覚を確かめるように手首を回しならそんなことをいう。

 

「それじゃ、サクッと終わらせて帰りましょうか」

 

 ハリエットの宣言と同時にラピィが飛び出す。魔物戦なんて初めてだけど、なんとかなるだろうか。




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