【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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もりのくまさん討伐

 デカい。

 それが僕の最初の感想だった。前世の動物園でツキノワグマを見たことがあるがその三倍はありそうだ。……立つと五メートルぐらいあるんじゃないかこいつ。

 

「小熊でもデカいなこれ!」

「アーノルド君もアオも目立つなって言ってるでしょうが!」

 

 ハリエットがそう叫びつつ前に飛ぶ。間違い無く僕らを母熊が認識した。このままにらみ合いでなんとかならないものだろうか。

 

 ならないか。ならないな。ハリエットに全力で母熊が突進していく。ラピィが跳躍力にものを言わせて上に飛んだ。その先にいるのが、特徴的な縦ロール……フリージアさんだ。

 

「きゃ! ちょ、なんですの!?」

「騒ぐな。食われたいか?」

 

 珍しくドスがきいた声をだすラピィ。……あんな声出せたのかと思いつつアーノルドと僕で前進。すぐ後ろでシャルちゃん先生がカバーに入ってくれる。

 

「後はあっちの妹さんや領主サマの言うことを聞くこと。そろそろこの木も限界だから……後ろを信じて落ちるぴょん」

 

 ラピィが人差し指でフリージアさんのおでこを押している。バランスを崩して落ちてくるフリージアさん。

 

「ふざけんなっ! まだカバーが……!」

「二人ともすとっぷ!」

 

 シャルちゃん先生の声と同時、白い幕がいくつも飛び出す。

 

「きゃあああああ!」

 

 シャルちゃん先生のカバーにより落下速度が上がること無く地面に向かう。ハリエットの応援にはラピィが入った。……話が違うぞハリエット。僕たちで小熊二匹の相手をするのか。

 

「対象者確保! ジャンさん合図!」

「かしこまりました」

 

 甲高い笛の音が響く。捜索対象者を確保したことを他の捜索隊にも伝える笛だ。応答があるはずだが、僕らは聞く余裕もない。小熊が二頭いる。一頭は本当にまだ小熊で僕らよりも小さい位であるが、問題はもう一頭。こいつは二メートル近い。これを小熊と言ったラピィ、さすがにこれを「小」は無理がある。せめて『並』とか『中』とか言って欲しい。

 

 その中熊が飛びかかってくる。

 

「はあああっ!」

 

 氷で自分の拳を固めたアーノルドが大きく振りかぶる。その拳が熊の喉元に飛び込む直前に、高圧の水流が迸る。それを受けた中熊が足を止めてのけぞるが、それだけだった。

 

「まじかよ! これで貫通しねぇの!?」

「魔法で幕を張って防いだんだ!」

「バードン教官のまねごとか!」

 

 視えた魔力で大体の予想は立つ。とはいえ、これを破るのはかなり難しい。アーノルドの悪態を聞いたシャルちゃん先生が苦笑いを浮かべている。

 

「元ネタに近いのは多分熊さんの方でしょうけどね……フリージアさん、大丈夫ですか? 助けに来ました」

「あ、あの……」

「大丈夫です。わたしの教え子達なら、これぐらい!」

 

 信頼されてるなぁと思いながらアーノルドと入れ替わりで僕が前へ出る。相手の首がこちらに向いた。僕は前に飛び出すようにしてフリージアさんたちから離れるように。……それはすなわち、中熊が身体の側面をアーノルドたちに晒すということだ。

 

 風切り音。小石が中熊の顔の側面に当たった。強烈な咆哮が響く。

 

「よしっ! 片目潰した!」

 

 マハマが石を投げて上手いこと当てたらしい。

 

「さすがだマハマ! アオ、下がれ!」

 

 警告が飛んだので後ろに飛ぶと、目の前を水の柱が通過した。アーノルドが奔流と呼ぶに相応しい勢いで水を生成し、時間を稼ぐ。チラリと後方に目を送ると、フリージアさんを連れてリコッタとアイリスが下がっていくところだった。

 

「アオ君だけじゃなくて二人も下がって!」

 

 声をあげたのはシャルちゃん先生。白手袋をはめたシャルちゃん先生は初めて見るが、その手の甲の部分に描かれているのは魔導術用の描画だ。風の魔導なのはわかるが……初めて見る図案である。

 

「その場で伏せててね! せいっ!」

 

 白手袋をつけた手で指を鳴らすような動作をするシャルちゃん先生。『ぱす』という気の抜けた音がした直後、それに見合わない強烈な勢いで空気が()()。風の音と、木の枝が盛大に折れる音。それらがまとまって轟音になる。これは、衝撃波の音だ。

 

「嘘だろっ!?」

 

 アーノルドが目を剥いている。それは僕もだ。一瞬だが中熊の周囲が光り、その熊の首回りの毛皮に引火する……が、動かない。というより、多分いまので中熊が即死した。周囲に燃え広がる前にシャルちゃん先生が消火させている。

 

「な、なん……え? アオ、今のなんだ? というより、お前、見えたか?」

「空気圧を操作して防御魔法ごと頸椎をへし折ったんだ……多分」

「じゃあなんで火がつくんだよ。今のって風の単体魔導だろ……」

「温度が急上昇して発火したんだと思う……」

 

 あまりに一瞬で決着がついたことに呆然としている僕ら二人を前に、シャルちゃん先生はどこか照れたような笑みを浮かべている。

 

「なんか火がついちゃうんですよねぇ」

「そんな勢いで空気を押し込めたらそりゃ発火しますって……」

「ははは。アオ君物知りだねぇ」

 

 空気は圧縮すると加熱しなくとも高温になる。断熱圧縮というやつだ。二〇度の大気を体積が十分の一になるように圧縮すれば、その温度は摂氏四五〇度を超える。そんな気圧変化をあの一瞬で引き起こしたのだから当然火がつくことになる。

 

「ともかく、一番小さい子はアイリスさんとリコッタさんでおさえてくれたので、あとは一番大きいのをなんとかしないとですね」

 

 リコッタの方を見ると、金属製らしい檻のようなものができていて、小熊がその中で捕まっていた。足下が凍り付いているあたり、リコッタが足止め担当、アイリスが捕獲担当だったようだ。

 

「リコ様」

「大丈夫です。この子はおとなしいみたいですし、ジャンさんにサポートいただいたので」

 

 リコッタから妙な情報が飛んでくる。

 

「……ジャンさん? 魔導使えたんですか?」

「魔力はほぼありませんが、知識としては一通り押さえております。まあ……わたくしめが使うよりも先にレナ様がなんとかしてしまうので、これまで使う機会はありませんでしたが」

「……ジャンさんは本当に何でもできるんですね」

「これでも特級魔導師であるレナ・ポーレット様に仕える執事ですので」

 

 執事たるもの何でもできなければならないというのはそういう意味ではない気がするが、もはやジャンさんなのでと諦めた方がいいかもしれない。

 

「それよりもまず、フリージアさん。貴女が無事でよかった」

「エルジック卿……なんと申し開きをすればよいのか……」

「いえ、生きて五体満足でいてくれただけでいったんはよし……といいたいところですが、捜索隊の皆さんに後で挨拶回りに行かないとなのでそれは付き合ってください」

 

 そう言いながら周囲を見回す。さっきからバキバキと木が折れる音が響いている。ラピィとハリエットで追い詰めているにはあまり距離が開かない。

 

「フリージアさん、なにか母熊を刺激するようなことしました?」

「いえ……迷っているうちに土の丘のようなものを見つけて、近づいたとたん……」

「それですね。『土のパイ』に近づいたからとみて間違い無いでしょう」

 

 答えはジャンさんが持っていた。

 

「土のパイ?」

「熊は一度で獲物を食べきらず、土に埋めて保管する習性があるのです。その見た目がパイのように見えることから『土のパイ』と呼んで猟師は近づきません」

「そうなのですか?」

「はい。近くに熊が潜伏している証拠ですから。熊は一度獲物に定めたものに対する執着が強いのです」

 

 なんとなく聞いたことがある。前世では土饅頭と呼ばれていたものだ。

 

「獲物を横取りに来たと思った熊が怒って追いかけた……というところですかね」

「それも母熊です。この小熊はまだ生まれてすぐでしょうし、母として気が立っていたに違いありません」

 

 ジャンさんがリコッタ謹製の檻をぽんと叩く。とりあえず生け捕りに成功したものの、熊と共存できるのだろうか。母熊のサイズを見るに、とんでもないサイズになりそうで怖い。

 

「殺処分が妥当……ですかね」

「いえ、これほどに小さければ母熊も覚えていないでしょう。木々を運んだりするために家畜にしてみては?」

「え? 家畜にできるの?」

 

 そもそも熊は害獣というイメージしかなかった。もちろんサーカスなどで使われていたとか、軍籍を持つ熊がポーランドにいたとか、そんな話は聞いたことはある。だが、それは希少な事例だと思うのだが。

 

「兄弟熊の様子を見るに、この子も魔物としての素質はあるでしょう。バドやブランカの様に、教え込めば言葉を発するでしょうね」

「……じゃあ、なんで母熊は喋らないんだろう」

「単に人間と交流する必要が無かったからでは? 熊には熊の、人には人のコミュニケーションがあります。この子が人とのコミュニケーションを求めるようになれば、自然に言葉を覚えるでしょう」

「なる……ほど。わかりました。その方向で対応できるか考えましょう。子爵領内で対応できないようであれば殺処分も検討ということで」

 

 さすがに領内で家畜の熊に食い殺されましたなんて事件を起こすわけにはいかない。そんな専門職があるのかどうかは知らないけれど、専門家の話を聞きたい。

 

「そのはなしをするためにも、ハリエットにはそろそろ片付けて降りてきてほしいんだけど……。これは応援に行かないとマズいか」

「じゃあ先生が行くので皆さんは先に――――――――っ!」

 

 シャルちゃん先生がはじかれるように振り返り、ほぼ反射で光の膜が張られた。そこに真っ白な光が突き刺さる。リコッタのカバーに僕が入ると同時に、遅れて轟音。

 

 あの熊、ビームまで吐くのかよ。いよいよデタラメになってきた。

 

「く……なにこの重たい魔力っ!」

 

 シャルちゃん先生がそんなことを言っている。

 

「ぴょぉおおおおおおん!」

 

 ビームの射点にあたる母熊の眼窩に剣を突き立てるラピィが見える。魔力の帯が横薙ぎにするようにズレる。数十年かけて育ったであろう針葉樹林が音を立てて崩れていく。

 

「ラピィ!」

「さっさと下がれっ! こいつまともじゃないぴょん!」

 

 剣が抜けなくなったのか、それを諦めて飛び降りてくるラピィ。下がれと言われても、こちらは既にターゲティングされている。

 

「アーノルド、リコ様を頼む」

「……頼まれた。が、逃げるだけでも自信ねぇぞ」

 

 僕が飛び出すのとほぼ同時、ハリエットの魔力が煌めいてその頭蓋をたたき割らんとする。

 

「ハリエット!」

「魔導そのもので戦うな! こいつの毛皮、やたらと魔力を吸収する!」

 

 僕の聞きたいことを即座に返してくるハリエット。僕は母熊の様子を左目で視る。確かに母熊の影がそのまま型抜きされたように真っ暗に映る。何一つ魔力を放射していない。

 

「焼き殺せる?」

「試したけど無理! きっちり延焼する前に火元の魔導炎が吸われて終わる!」

「さっきのビームにハリエットの魔力も混じってたよな」

「こんのクソ熊、ちゃっかり吸収した魔力再利用してんのか」

 

 これに遭遇したのが僕たちでまだ良かった。捜索本隊の皆さんに魔導師はついていない。ファーストコンタクトが本隊だったら今頃死体の山だっただろう。

 

「どこなら攻撃が通る?」

「毛皮が無いとこや薄いところなら完璧じゃないけどダメージは入る。目や鼻、口の中。あとは試せてないけど肛門とか?」

「試したくもないね」

 

 そう返しつつ適当に石を拾って描画開始。風の魔導で加速させると同時に加熱する。魔導が無効化されるとしても、その範囲外で生成した物理物体は消せないはずだ。……ビームで消し飛ばされない限りは、だが。

 

「あのビーム細いものまで狙い撃ちできるとなると結構まずくないか?」

「こんな激ヤバ生命体が出る前に管理しろぴょん領主サマ」

 

 仰るとおり、と心の中でこじつつ飛んできた爪を回避。さすがに直撃喰らうと死ねる。地面に転がって逃げるが、追撃が来る前にそのまま勢いを殺さず立ち上がる。

 

「アオっ!」

 

 ようやく待ってた声が聞こえた。上空を見れば巨大な鳥、魔鳥『グラーフ』のバドとそれに騎乗したポーレットさんだ。さらに後方にブランカとミネットまでいる。ミネット、君は休みじゃなかったのか。

 

「全員そのまま! ――――鐵の杖をもて諸邦の民を牧り(T V)彼等を陶瓦の器の如ごとく碎くだかん(F C)!」

 

 直後、熊を取り囲むようなかたちで急速にドーム型の石壁が立ち上がる。

 

()()()むは百夜(ももよ)(ともしび)(とも)(はら)わん永久(とこしえ)の闇」

 

 ポーレットさんがやりたいことはわかった。閉鎖環境で燃焼させるには、酸化剤も一緒に放り込むしかない。……僕に取れる手段は一つだ。

 

 そういえば、魔導術入門の最初の授業で僕が実力確認で使ったのはこの魔導術だった。

 

(ほむら)()(はら)い清めん。弥栄(いやさか)照らす篝火(かがりび)となれ!」

 

 それにアイリスが合わせてくれた。微細な粉末として充填した金属粉末に、最初の火種が落ちると同時。立ち上がったドームが閉塞する。

 

 熊の断末魔が響く。それが、最後だった。




本日2026/04/10に書籍版第一巻がリリースされました!
皆さん本当にありがとうございます……拙作がこんなところまでくるとは思っていなかったので、感無量です。

少年編はまもなく佳境。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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