【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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仕切り直すためには

「いいっていいって。お嬢さんが無事でよかった」

「怖かったろう? こっちのほうが申し訳ねぇって」

「よかったら、これに懲りずにまた来てくれ。こんなところだとべっぴんさんが少なくてのぉ」

「おいウィル! 奥さんに蹴り殺されるぞ!」

「エマが本当にべっぴんさんだったら蹴ってくるわけが……あがっ!」

「悪かったわね女房がべっぴんじゃなくて。……アオ様もお嬢様方もごめんなさいね、この助平は〆ときますので」

 

 僕とミル家三姉妹が今回の捜索に付き合ってくれた人たちと挨拶回りをしていると、そんな声ばかりが掛かる。ここはフィッツロイ城の大広間。奥様方が用意してくれたスープで冷えた身体を温めてもらおうという体裁で、蔵の肥やしになりかけていたビール樽を開放したのでみんなで大宴会になっている。こうなるのを見越してなのか、羊肉のソテー……というには豪快な感じだが、ともかく肉も大量に調理されており、捜索に出た男達とアーノルドが文字通り食い散らかしている。僕が無制限で食料庫を開放したこともあり、胡椒まで使った高級料理が並ぶ。

 

「本当にエルジック卿にはなんと御礼を言えばいいか……」

「いえいえ、問題ないですよ。今回の動員に掛かる費用については折半ってことでお互い納得したわけですし、解決したんですからそれでいいではありませんか」

 

 怪我の功名とでも言うべきか、僕にとっては悪いことばかりでもなくなった。少なくとも領民の皆さんとの交流の機会になったわけだし、そもそもあんな化け物サイズの熊を最小限の手間で排除できた。結果的に皆無事だったからこそのメリットだが、それでも喜ばしいことだと思う。

 

「……あの、エルジック卿」

「なんですか? フリージアさん」

「どうして、怒らないんですか……?」

「怒ってほしいんですか?」

 

 これはちょっと意地の悪い返しだったと言ってから反省する。しゅんとした反応をするフリージアさんとまた青くなっているローズさん。

 

「僕が怒ったところで僕が納得するだけです。それにもうフリージアさんは僕が怒らなくても熊に喧嘩を売ったりしないでしょう?」

「わ、わたくしから喧嘩を売ったわけでは……」

「でも僕にとって大切なのはそこなんです。もうこういうことは発生しなければそれでいいんです。あとは、それぞれの内面の問題です」

「それぞれの……内面……」

「僕は僕で僕の気持ちに決着をつける。フリージアさんがどう自分の気持ちに決着をつけるかはフリージアさんにしか決められません」

 

 フリージアさんの視線は落ちたままだ。それでも僕は笑いかけるしかできない。

 

「あ、でも……ローズさんとアイリスにはきちんと御礼を言っておいた方がいいかもしれませんね。二人とも、本当に心配してましたから」

 

 そのタイミングを読んでいたのか、ミネットから僕に向けて手を挙げた。それに手を挙げ返す。

 

「あ、呼ばれてしまったのでいったんここで」

 

 そう言って三人から距離をとる。当事者間で話すことも必要だろうし、ここまで人が多ければ、そこまで過激なことは起るまい。

 

「ありがとうミネット」

「いえ、アオさまならそうなさるかなって思っただけです」

 

 今回はミネットの耳に助けられた。ちらりと三人を見るとアイリスとフリージアさんの間でおろおろしているローズさんが見える。ローズさんは本当に苦労人なんだろう。

 

「……ミネットは、大丈夫?」

「もちろんです。大丈夫ですよ」

 

 ここにも苦労人が一人。……まあ、苦労を掛けている張本人が僕だからなんとかしないといけない。フリージアさんに格好つけたばかりだ。僕は僕で、僕の問題に決着をつけるしかない。

 

「お休みだし、ここにいい思い出なんてないだろうに、本当にごめんね」

「いいんです。……もちろん、前のご主人さまのことを思い出すと、ちょっとしんどいですけど。それでももうここは、アオさまのお城なんですから」

「……そっか」

「それよりも、また無茶をしたことの方が問題です」

「それは不可抗力もいくらかあるから……」

「ふかこーりょくでもなんでもです。アオさまもリコッタさまもお強いのは知っていますが、それは危ないことをしてもいいわけではないんですよ」

 

 ド正論である。

 

「……はい」

「本当にわかってますか?」

「それはもう」

「それはわかっていない顔です」

「どうしろと!」

 

 そんな会話をしているとコロコロと笑う声が聞こえた。振り返るとポーレットさんだった。

 

「アオがミネットに怒られているなんて珍しいね」

「わたしだって怒る時は怒ります。これでもアオさま付きの子育てメイド(ナニー)見習いなんですから」

 

 擬音をつけるなら『ふんす』だろうか。腰に手を当てて猫の耳をピンと立ててそんなことを言うのがあまりにもかわいらしくて笑ってしまった。

 

「本当に反省してますか!?」

「してます。本当です。笑ってしまって申し訳ありませんでした」

 

 謝り倒しているとポーレットさんに頭をなでられる。

 

「ミネットにはアオのことをしばらくきちんと見てもらわないとね。……それに、魔道具の話もしないといけないし」

「魔道具?」

「シャルちゃんからそろそろアオにもきちんと魔道具の扱い覚えさせた方がいいって相談受けたから」

 

 そう言われ大広間を見回すと、奥様方にチヤホヤされて溶けているシャルちゃん先生が見えた。いろいろ話を通してくれたらしい。スープで餌付けされてるけど。

 

「アオの場合は魔導義肢を通してのコントロールになるだろうからいろいろ調整しないといけないの。魔道具の研究している人にツテがあるから、話をしたいと思っているんだけど、いいよね?」

「えっと……そこまでお金と時間をかけなくても……」

「うーん。でも今日みたいなことがあるときに、とっさに対応できるような備えは必要だよ」

「今日のことはイレギュラーでは?」

「でも実際にあったからね」

 

 そう言われて少しずつ考えをまとめていく。……多分シャルちゃん先生の警告通り、ポーレットさんは魔導術については見境が無いタイプなので、好きにさせると文字通り目玉が飛び出るような請求書が飛び出してくるに違いない。ハンドルはこちらで握るようにしたい。

 

「その魔道具の相談ができる人って結構すぐに話せたりしますか?」

「オーストレス市内に工房を構えてるから、結構すぐに話せると思うよ」

「では一緒に話をしにいきましょう。僕も工房も見てみたいですし」

「じゃあ調整して特訓組みんなでいきましょうか。今日の討伐の御礼をしたいところだったし」

 

 どうやらポーレットさんは、みんなにも魔道具を買ってあげるつもりのようだ。リコッタはもちろんアイリスやアーノルドも行儀がいいからそんなべらぼうな額にはならないだろうが、あまりに太っ腹である。

 

「会うと驚くよきっと」

「そんなに強烈な方なのですか?」

「腕はピカイチなんだけどね……」

 

 なんだかいろいろと濃い人のようだ。僕の周りは濃い人だらけなので今更という気もする。

 

「ともかく、調整して明日か明後日にでも会いに行きましょう」

 

 ポーレットさんがまとめたタイミングで、アイリスがこちらに駆けてきた。目元が少し赤い。

 

「アイリス」

「アオ君、本当にありがとうね」

「フリージアさんとは話せた?」

「許すけど、忘れませんって言っちゃった」

「いいんじゃない? アイリスも頑張ったね」

 

 そう言って頭をなでる。そうすると背中のほうにとんと何かが当たる気配。

 

「リコ様?」

「リコッタも頑張りましたよ?」

「はい、本当にありがとうございます」

 

 リコッタも頭を差し出してきたので空いていた左手を乗せる。

 

「まーたそうやって女の子を誑かしてるんだから」

「誤解だアーノルド。なんなら君の頭も撫でようか?」

「いらねぇ」

「だよね」

 

 そんなやりとりにポーレットさんが笑っているのがみえたが、その顔がすぐに真面目なものに変わる。真顔のジャンさんがいつもよりもかなり早足で僕らの方に来る。

 

「どうしました?」

「……アオ様とレナ様にお客様です」

「僕らに?」

 

 顔を見合わせたタイミングで、大広間の入り口に見知った顔があるのを認める。

 

「コリン!? どうしてここに!?」

 

 素っ頓狂な声が飛び出す。おかげで周囲の視線を集めてしまった。おそらくコリンは眼鏡も新調している。黒い上下の燕尾服のような正装をきっちりと着こなしたコリンは、野生動物退治の直後で靴にまだ泥がついているような僕らの中だと激しく浮いていた。アーノルドにいたっては『げ』という顔をしていた。彼は一度コリンに会っている。

 

「こんばんは、エルジック卿」

「……君が来るなんて聞いてないぞ」

「それは良かった。僕らの会社の情報統制が機能していることを確認できました」

 

 彼はそうさらりと言ってのける。コリンは僕を諜報網のデバッグに使っていたようだ。敵を欺くにはまず味方というが、その方向に舵をきるのが早すぎないか。アーノルドが彼を『バケモン』と言った感覚がよくわかる。

 その異様な振る舞いに文字通り皆の視線が集中している。

 

「どういうことだ?」

「今回のクライアントの指示でしたので」

「指示? 本当に理解できていない。何があった」

「すぐにわかります。僕は『先立ち』です」

「先立ち? まさか……」

 

 それを聞いた僕の喉が干上がるが、コリンは待ってくれない。

 

「傾注! トマス・バリナード公爵閣下より、国王陛下からの勅命が伝えられる」

 

 コリンの声は張っているわけでもないのによく通る。公爵としての正装である軍服で現れた公爵閣下を前に僕が即座に膝をつき、ポーレットさんもわずかに腰を折り、カーテシーの姿勢をとったことで、他の市民も一斉にそれにならった。

 

(公爵閣下を伝令にするのか国王陛下!)

 

 なかなか贅沢な人使いだが、そうも言っていられない。人払いをするでもなく、いきなりオープンな場で勅令の伝達が始まろうとしている。この流れでマズい話にはならないはずだが、なにが飛び出すかわかったものではない。

 

「上意」

 

 凜と澄んだ声。国王からの使者として公爵閣下が来たということは、その言動に対する敬意は国王陛下に対するそれと同じでなければならない。その言葉を遮ることは不敬罪として問われてもおかしくないのだ。

 

「ポーレット子爵位にあっては、これを伯爵位に陞爵(しょうしゃく)させるとともに、ポーレット伯爵たるレナ・ポーレットに対し、王国飛空魔導操典の編纂を命じ、これを勅命とする」

「かしこまりました」

 

 さらりと返すポーレットさん。……ポーレットさんは事前に知っていたんだろう。ポーレットさんがこんな場面でガチガチになっていないのは珍しい。陞爵……すなわち、貴族としての階級が上がるというのはとんでもないニュースなので、これで面食らわない方がおかしいのである。実際リコッタは僕の隣でカーテシーの姿勢のまま驚くという器用なことをしている。

 

「続けて命じる。オーストレスのフィッツロイ男爵位にあっては、これを子爵位に陞爵させるとともに、フィッツロイ子爵たるアオ・ポーレットに対し、王国魔導研究所オーストレス分室の設置を命ずる。またこれに伴いフィッツロイ子爵の徽章に柏葉を一枚重ねることを許し、アオ・ポーレットに一代限りの個人称号として『義腕』を授ける。以上、勅命とする」

 

 このタイミングとポーレットさんへの勅命の内容から、この前の飛空魔導騎士団設置構想絡みであることは自明だった。だからといって、僕に対してそんな大層な役職が降ってくるなんて思ってもいなかった。

 

 しかし、これは勅命である以上僕に拒否権はない。

 

「御意」

 

 頭を下げたまま返事をする。とんでもないことになってきたと、どこか他人事のように思った。僕の肩に公爵閣下の手が乗る。

 

「……アオ、これは公爵としてではなく一人の大人として伝えたいのだが、そう思い詰めたような顔をしてくれるな。我々は君の味方だ。よく頼りなさい」

「――――――はい、閣下」

 

 また大きな賭けが始まる。そんなことを思った。




地獄への道は善意で舗装されているとはよく言うもので

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