【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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聖節祭商戦の始まり

 聖節祭というお祭りがある。前世でいうクリスマスとお正月と建国記念日をちゃんぽんしたようなイベントで、王国においては盛大に祝う一大イベントである。

 

 その聖節祭まであと三日、オーストレスはお祭りムードになり始めているのだが。

 

「露店や商店だけでこんなに広場がギチギチになりますか普通……」

「アオや私の陞爵記念も重なった訳だしわざわざこんな辺境まで来てくれたキャラバンを断れないしね……」

「だからってこの商人の数はおかしいのでは!?」

 

 明らかに広場のキャパシティを超えた数の商人がやってきている。これに市民が押し寄せたら文字通り歩く余裕はなくなるのではと心配になるレベルである。

 

 そんな状況の市場を涼しい顔で取り仕切っているジャンさんと、その手足として駆けずり回って死にそうな顔をしている使用人一同を見て僕はそう言わざるを得ない。余りの人での足りなさのせいで、子育てメイド(ナニー)のミネットまで応援に出ているのだから相当なものだ。実際そのせいで、僕とポーレットさんは付き人もなく実質的なフリー状態である。……多分どこかでラピィあたりが影で監視してくれているのだろうが、身軽なのは気楽でいい。

 

 身軽とは言え、目の前の状況には少し文句を付けたい。

 

「こんな大事になるんですか、聖節祭って……」

「あれ、アオは初めてだっけ?」

「ファイフ公爵領ではありますけど、悪人街には影響ないですからね……せいぜいおこぼれの残飯が豪華になるぐらいで」

「あー……」

 

 曖昧に笑ったポーレットさんが疑問を口にする。

 

「というよりなんでこの一週間の出来事がこんなに広く知れ渡ってるんですか? 商品揃えてオーストレスに来るまで一週間じゃ済まないはずなのに……」

「商人の情報網を舐めちゃいけませんよ」

「君か、コリン」

 

 怨みがましい目で見ると、かっちりとした外套を着込んだコリンが静かに笑う。いつの間にそこにいた。お前はいったい何なんだ。

 

「僕が言わなくても陞爵の勅命は公布されますからね。広く知らしめるためにも商人ギルドには事前にある程度情報が流れます。商品が豪華になれば、自然と噂話にもなって広く市民に知らしめられるという寸法です」

「だからって……」

「ほらしゃんとしてくださいよフィッツロイ子爵殿。貴方とのコネを作りたくて百戦錬磨の商人達が虎視眈々ですよ。モテモテじゃないですか」

「それ百戦錬磨じゃなくて魑魅魍魎って言わないかな?」

「そうとも言います」

「取って食われそうで怖いし、六歳児になにを求めるのさ」

「ご冗談を」

 

 コリンが微笑む。

 

「王の寵児というだけでも相当なのにソレすらかすむ公爵領参事官の肩書き。特級魔導師の息子にして一番弟子でありながら、壁を作らず市民に愛され、積極的に農業改革を進める百姓貴族」

 

 魔導師としてポーレットさんに弟子入りしたつもりはないんだけれど、とは突っ込めない雰囲気。残りが本当であるだけに口を挟みづらい。

 

「そんなお方がまだ子どもでふらふらしてたらおこぼれ狙うじゃないですか」

「商人えげつない……」

 

 これからそんな下心満載な商人達を相手にしないといけないわけだ。前世含め役所勤めだったせいで、僕はこのあたりの機微に疎いところがある。

 

「不安しかないぞ僕は」

 

 そう言うと笑みを深くするコリン。

 

「貴方を丸め込むつもりなのはそうですが、軽んじられはしませんよ。貴方からポーレット伯爵に取り次いでくれと頼む気満々ですから、それこそ怖くて軽く見られません」

「それまたどうして」

「封魔結晶の取引きに関わる免状は王家しか出せない以上、王家の信頼を勝ち得ている誰かに取り次ぎを頼むほかありません。そのわかりやすい窓口の一つが、公爵家と王家の信認を得て鉱山を押さえているポーレット家です」

「まあ……そうだね」

「そしてアオさんはそこの一人息子。文字通りポーレット卿にとっては目に入れても痛くない子どもでしょう。……時にポーレット卿」

 

 ポーレットさんに話題を振るコリン。

 

「なあに? コリン君」

「万が一にもアオさんに狼藉を働くものがいたり、その名を借りて詐欺を働くような無礼者が紛れていたら。そうでなくても、彼の名声を借りてあくどい商売をしようと画策する輩がいたら、どうします?」

「うーん、穏便に済ませたい所だけど、状況によるかなぁ」

「母上、何をする気ですか?」

「……ジャンさんからこういうときには『仮定の質問には答えられない』って答えるのが正解って習わなかった?」

「習いましたけど僕にまで徹底しますか母上……」

 

 本当に何を考えたのだろうかこの母上。コルト姉さんと『同類』を自称するポーレットさんなのだが、思ったよりもやんちゃなのかもしれない。

 

「まあそんなこんなで道理を弁えず野蛮で不義理な手段に走った商人がいたとしましょう。そしてその商人が仮にどこかのギルドに所属していたとしましょう。……その不義理な振る舞いを知ったギルドはどうすると思います?」

「……どうするんだい?」

 

 本当に楽しそうな笑みを浮かべるコリン。

 

「直ちにやらかした商人とその一族郎党を捕らえ、速やかに首の塩漬けを作ります」

「いやいやいやいや……なんで?」

 

 なんだかあまりに物騒な話題が飛び出したぞ。そんなカラスミを作りますみたいなノリで生首の塩漬けを作られても困る。すごく困る。

 

「ギルドとして処断したという証拠になりますからね」

「それは私刑で犯罪行為では?」

「はい。私刑で犯罪行為ですよ。それでも王家の権利に傷を付けるリスクに比べれば、殺人で収監者を出す方がずいぶんマシです」

 

 何を仰ると言いたげなコリン。わかった上で手を下すのはどうなんだ商人ギルド。

 

「少なくとも他の商人に夜襲を掛けられたり、不渡りを出した挙げ句、給金を断たれた従業員からの集団リンチに晒されるリスクは避けられます。収監されることになる実行犯の家族はギルドが終生面倒を見ますし、本人が出所してきたらそれなりのポストが約束されます」

 

 完全にヤクザの世界である。

 

 商人ギルドってそんなんだったのかと戦くと同時に納得もできた。そりゃあブラックカランズが頼られるはずだし、そんな奴らとある程度渡り合えたクリストフ・ファルマンが一目おかれるはずだ。……まあ、その後釜がコリンの右腕であるイヴァン、そして路地裏のガキ大将だったボリスたちで、その後ろ盾が僕になっていることからはいったん目をそらす。

 

「そもそも塩漬け作ってどうするのさ。それを収められてもどうしようもないんだけど」

「それを手土産にギルドの顔役総出で土下座し続けるんです。ポーレット邸の門の前で文字通り昼夜問わず嵐だろうが日照りだろうが、餓死者が出ようが凍死しようが、お目通りが叶うまで、許されるまでずっとです」

「野蛮! 面倒!」

「はい、全方位に対して面倒なんです。顔役にそんなことをさせる事態なんで、塩漬けにされた商人と一度でも取り引きをした経歴があるとそれだけで汚点と見られます。それだけ重たいんですよ、国王名義の免状ってのは」

 

 ともかく面倒なのはわかった。……これをさばいてきたのか、ジャンさん。本当に頭が下がる。

 

「すごい世界だな……」

「万が一の事態があるとそうなるってだけです。だからそんな面倒がないようにみんな相互に牽制してる今が理想形なんですよ。おかげでみんな気味が悪いほど丁寧で優しいですから安心してください」

「僕を脅してどうしたいんだ君は」

「脅すなんてとんでもない」

 

 いや、脅してるだろうそれはというのは言わなくても通じているっぽいので、僕は黙ってコリンの言葉の続きを待つ。

 

「彼らにとってアオさんに、そしてポーレット伯爵に近づくには、現状だとフォルマル薬事商会の僕を経由するしかありません」

「……門を閉ざしてるつもりはないんだけど」

「アオさんはそうでしょうけど公爵家が許しません。商人ギルドが公爵閣下に繋がるための正規ルートはファルマン市長の癒着により閉ざされたままですからね。それにアオさんはリコッタ閣下とべったりなので、アオさんに接触する目的であっても、必然的にリコッタ閣下へ近づくリスクがあります」

「あー……商人ギルドの人間がリコ様に近づくだけで公爵閣下の逆鱗に触れかねないのか」

「暗殺騒ぎが続き過ぎました。だから僕の取り次ぎという免罪符が使えるうちにコネクションをつくりたいんですよ」

 

 コリンはこの面倒をわかった上で僕への窓口を引き受けてくれている。それに僕自身には、それだけの労力をそこに割く余裕がない。コリンが動いてくれたおかげもあり、不意打ちで商談に突入する事態を避けられている。僕はコリンに御礼を言うべきなんだろうな。

 

「負担を押しつけてしまって申し訳ない。それで……僕はどれだけの人に会わないといけないんだい?」

「僕が把握できているだけでざっと一五〇人ですかね。大丈夫です。ある程度はギルドで固まってるのでキーマンはかなり減ります。きちんと話しておいた方がいいのは二五人くらい、名前を覚えておくべき人はそれに加えておおよそ五〇人です。残りはフォルマル側で掌握しますので、にこやかに対応さえしてくれれば忘れて構いません」

 

 盛大にため息が漏れた。貴族の仕事は会談にあるのだから致し方無いとはいえ、思うところが無いわけじゃない。

 

「気が滅入るなぁ……」

「利用しろと言ったのは貴方ですよ。おかげで僕もいろんな方からラブコールを受けていてですね。ちゃんと皆さんと会っていただかないと僕の首が飛びます」

「……どれだけ空手形を切ったんだい?」

「空手形なんて人聞きの悪い。ホランド伯の口添えもあって、既に公爵領内の対帝国国境から四リュー圏内に位置する町村のうち、八割が僕たちフォルマル薬事商会の商圏に入りました。御用聞きでいろんな商品の輸送を開始してますし、薬箱の設置数も着実に伸びてます。その噂を聞きつけて僕らと取引きしたいと向こうから話が来るんですよ」

 

 ホランド伯はアーノルドの父親だ。公爵領の南方を支える要のような位置にいるので、いろいろ顔が利く。それもあってコリンをいろんな貴族や領主に繋いでくれたらしい。

 

 そしてなにより、そんなに派手に動いていたとは驚きだ。四リューというのは、前世でいうとおおよそ一五キロ。その範囲、すなわち徒歩で国境まで日帰りできる範囲にある村の八割に対して既に名前を売ったということである。

 

「アーノルドには御礼を言っておくよ」

「ぜひお願いします。貴方をホランド伯に繋いだのはアーノルド君ですからね。……それでも僕にとって最初の、そして最強の後ろ盾は貴方ですので、そこはどうかお忘れ無く。エルジック卿」

 

 フィッツロイ子爵ではなく、エルジック男爵として僕を呼ぶコリン。いつかそう呼んでくれた方がうれしいと言ったことがあった。それを覚えていてくれたらしい。

 

「その期待には応えないとね」

「もちろんそうしてもらわないと困ります。……さて、聖節祭当日は領主挨拶やデートで忙しいでしょうから、商人相手の挨拶回りはちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」

「そうだね……」

 

 デートという文言が飛び出すあたり色々あれだが、リコッタは僕と露天巡りをする気満々なので否定できない。とりあえず黙殺。ハリエットやヴィクトリアさんがいろいろ護衛計画を練っているようなので、そこは安心である。

 

「よし。商人むけの挨拶回りはンシアさんとマハマにもついてもらおう」

「あれ、ンシアさんを連れてきてるんですね。ならンシアさんもきちんと紹介しておいた方がいいですよ。彼、気を抜くとすぐよそに引き抜かれますから」

「あ、やっぱり?」

「はい。他の商人達にもポーレット家が睨みを利かせていてフォルマルもバックにいると知らせた方がいい」

「優秀だからね……」

 

 そういうとコリンがため息をついた。

 

「貴方が重用するからです。新大陸方面の通訳がきっちりできるってだけでも希少なのにポーレット家が家令長レベルの業務スキルを叩き込んだんですよ。そんな即戦力を引き抜ける可能性があるなら僕だって金貨を山にします。……ンシアさん、大陸側にご親族は?」

「いるって。お母様と兄弟姉妹が何人か」

「今すぐこちらに呼び寄せましょう。必要ならフォルマル側でポストを用意しますし、腕利きの護衛をつけます。今後を考えればうちで渡航費を全額出したっていい」

「待って待って待って! いきなりそんな話になる?」

「ンシアさんがどれだけフィッツロイ子爵領の文書に触れてると思ってるんですか! 引き抜かれたらマズい以前にンシアさんを押さえられたら情報が筒抜けです。どこの息がかかってるかわからない奴らに囲まれる前に手を打つべきです!」

 

 コリンがお怒りモードだ。この状態になったコリンは本当に止まらない。

 

「アオさんはンシアさんに『家族を切り捨てろ』なんて言えないでしょう!?」

「そりゃあそうだけど」

「わかってるならそのリスクをさっさと金で解決するんですよ。何のために僕らが動いていると思っているんですか!」

「わかったよ。ンシアさんを説得する。……となると、ミネットもヤバい?」

「ミネットさんの方がヤバいです。チャップマン宰相が恩赦を持ち掛けてまで彼女の引き抜きを狙ったって情報がギルドまで漏れてます」

「それはどこから……」

「情報の最上流はセグレイヴ子爵です」

「……あの輜重部隊の副長か! たしかにあの場にいたけど、余計なことを……!」

 

 頭を抱える。ンシアさんとミネットが引き抜かれると僕の事務仕事周りはかなりマズいことになる。

 

「待てよ、そうなるとだ。ミネットの恩赦が掛かった瞬間に……」

「貴族名家の家令長やら商会やら、ともかく夥しい数のスカウトが掛かるでしょうね。面会希望の手紙が殺到します。ひと月くらいは話を聞きに行くだけで貴方とミネットさんは無料で豪華なディナーを毎日ご馳走になれますよ」

「いや、なんで僕まで?」

 

 ミネットの管理責任者はポーレットさんだから、ポーレットさんに話を通すべきだと思うのだが。視線をポーレットさんに送るとにっこり微笑まれた。

 

「まあ、子育てメイド(ナニー)だとは思われてないだろうからね……」

「貴方が重用するからです」

 

 そのセリフはンシアさんの時にも聞いたぞ。

 

「少なくともミネットさんはアオさんの『趣味』の書類作成に付き合える根気強さと学力があり、非公式ながら公爵家を支えるディアナ騎士団メイド隊仕込みの振る舞いができる。わがまま盛りの六歳児を連れてスラム街を突破できる腕っぷしまでついてくる。もう彼女はどこに出しても恥ずかしくない使用人というか、並みの家だと確実に持て余すレベルの上級使用人です」 

「……仕事には困らなさそうだねぇ」

 

 おかげで僕の目標の一つだった『ミネットが奴隷身分を脱するまでにちゃんと生きていけるようにする』の達成がほぼ確実になったわけだ。めでたい事なのに素直に喜べない。

 

「ちなみにミネットさんをポーレット家で抱えないなら、フォルマル薬事商会として本気で取りに行きますからそのつもりで。周囲の提示条件次第ですが、年俸で金貨五〇枚から交渉スタートですね。一〇〇枚くらいまでなら頑張りますよ」

「僕の俸給を超えた額を初手で提示しないでくれコリン会長……参事官は仮にも上級管理職だぞ」

「なんなら今の僕の手取りより多いですよ。でも、それ以上の価値を彼女は叩き出すのが見えている。チャップマン宰相が引き抜きを掛けたってのはそういうお墨付きってことです。……アオさんも貴族じゃなかったらこうなってますからね?」

「いまつくづくポーレットさんに拾われてよかったと思ってるよ」

「勝手に他の所にいっちゃだめだからね?」

 

 ポーレットさんは上機嫌だ。頭を撫でられるがその力がいつもよりちょっと強い。

 

「というより、恩赦入るんですね、彼女」

「うん……チャップマン宰相がリチャード閣下出生記念とか諸々でねじ込んだ。正規ルートで手続きが進んだ以上、僕としても止められないしね」

「八年から半年への恩赦は異例ですが、貴方の前がアーロン・フォリオの犯罪立証に寄与したことを考えれば、まぁ妥当と言えなくもないでしょう」

 

 念入りに予防線を貼るコリン。まあ、明らかにやりすぎなのでどこかにしわ寄せがいかないか怖いところだ。

 

「どちらにしても恩赦がかかった瞬間、即座にチャップマン宰相のトップネゴが入りますね。金貨三ケタ本当に積むんじゃないですか?」

「やっぱりそうなるよね。ここでミネットに抜けられると痛手だなぁ……」

 

 そう言うとため息をつくコリン。

 

「まあ、アオさんがミネットさんに一声かければ一撃だと思いますよ」

「……だといいけど」

 

 いろいろと話をしないといけないことが増えた。なんとか踏ん張らないといけない。




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次回 商談その①
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