【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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なかまを信じること

「……疲れた」

「お疲れさまでした。アオ様」

 

 今日から一週間はポーレットさんのお屋敷に場所を移して聖節祭と特訓の後半戦になる。なるのだが、僕は挨拶回りだけで半日潰れてしまった。結局魔力操作のキューブの課題が終わっていない。

 

「暖かい紅茶をご用意しましょう」

「ありがとうございます」

 

 ミネットはまだ戻っていないらしいので、ンシアさんが紅茶を淹れてくれる。紅茶もかなりの高級品。これも南方の新大陸の品だ。

 

「ボドウェ、マドレーヌを取ってきてくれ」

「はい、父さん」

 

 マハマがパタパタと外に出て行く。廊下を右に曲がったからそちらにあるのは勝手口、その先は別棟のキッチン棟だ。そういえば彼はいつ場所を覚えたのだろう。僕は教えていないはずだけど。

 

「……いや、クラスメイトに全部任せちゃだめだろ」

「いやいや、お座りくださいアオ様。これは我々の仕事です」

 

 言葉でやんわりとソファに戻される。コリンがいれば打ち合わせという言い訳も立つが、彼はまだ『いろいろ調整があるので』と市街の広場にいる。

 

「アオ様は子爵でいらっしゃいます。使用人を信頼するのも主君の仕事ですよ」

「……そうです、ね」

 

 あくまでやんわりとだが、それでもかなり強い制止である。小言は言われる内が華と思い、それを飲み込むことにした。

 ンシアさんが紅茶用のポットを沸かしている。よく乾燥した松ぼっくりを燃料にお湯を沸かし、それを使って紅茶を濃く淹れる専用の道具。前世の給茶機(サモワール)によく似ている。小さく松ぼっくりの弾ける音がした。

 

「アオ様は人を使うのがお得意なのに、お嫌いなように見えます」

「……得意だなんて思ったことはないんですけどね」

「そうですか?」

「人を相手にするより、書類を相手にした方が楽でいい。僕は結局僕のペースでしか考えられなくて、誰かに合わせて一緒に何かをするっていうことが苦手みたいです」

 

 自分で言っていて情けなくなるが、本音だった。

 

「ははは、アオ様の弱点を見つけてしまいました」

「見つけるまでもないと思いますけど」

「いえいえ、アオ様は冗談が下手だというのは、墓まで持って行かなければいけません」

 

 冗談のつもりはないんだけどと文句を言う前に、カップにお茶を注ぐ水音がする。ちょうどそのタイミングでマハマがマドレーヌを持って戻ってきた。結構急いで持ってきてくれたんだろう。

 

「どうぞ。いつもよりも少し濃いめに、角砂糖を多めにしています。暖まりますよ」

 

 差し出されたのはガラス製の少し背の高いカップ。そこに澄んだ紅茶が湯気をたてている。

 

「ありがとうございます」

「アオ、本当に元気がないね?」

「単純に挨拶回りが大変だったからね。マハマは疲れてないの?」

「全然?」

「すごいな」

 

 マハマも一緒に挨拶回りについてきたのだけれど、本当にけろっとしている。

 

「何が違うんだろう」

「んー、経験の魚?」

「差かな、だな? 釣りをしてどうする」

 

 今のはわざとの間違え方だなと苦笑いを浮かべてしまう。

 

「あとは多分体力の差。アオは椅子に座りっぱなしだから」

「言い返せないや」

「あとアオはリコッタ様の前以外であんまり笑ってないから、笑顔が疲れるんだよ」

「……そんなに笑ってないかい?」

「うん。書類見てこんな顔してる」

 

 眉をひそめつつ目尻を持ち上げるように両手で押さえるマハマ。険しい顔をしているというのはわかった。マハマは寮が同じだし、父親のンシアさんが僕の補佐役を務めているので、なんだかんだ僕と一緒にいることが多い。ミネットの次に僕のオフタイムを見ているのはマハマだ。

 

「そうかぁ。そんな顔をしているかぁ」

「笑った方がいいよ。笑う人ほど強いんだ」

「名言だね」

「故郷の言葉です」

 

 ンシアさんがさらりと会話に混じる。

 

「ンシアさんもマハマも笑うのが上手い」

「それが処世術でありますから。……つくづくコリン様の手腕には驚かされます。体よく鞍替えできたのは幸運でした」

「奴隷商と薬事商会だと商売がかち合わないように思いますけど」

「普通ならそうなのですが、コリン様のフォルマル薬事商会は『普通ではない』会社です。輸送人員まで自社で抱えていて、その人員の調達も他の商社のツテを通していません。……それだけの人脈を吸い上げられてしまうというのは、奴隷商にとっては商機を諸々うばわれてしまう事態です」

「……なるほど」

 

 コリンの会社は既に人材派遣会社もできそうな感じらしい。そんなに急成長させてどうするとも思うが、商売の世界は僕もあまりよくわからないので彼に任せたほうが良いのだろう。

 

「コリン様は味方も敵もたくさん作られる方ですな」

「えぇ。ここまでとは僕も思っていませんでした。……ンシアさんからみて今日の挨拶回りのなかで警戒するべき人はいましたか?」

「えぇ。アストン商会のデリス・アストンを覚えていらっしゃいますか?」

「アストン商会?」

 

 ンシアさんに言われ思い返す。挨拶回りでいろんな出店を回りすぎていて思い出すだけでも時間が掛かる。

 

「あー……あの緑色にダイヤモンドの旗の?」

「そうです。宝石商をしているそのアストンです」

「いったいなぜ?」

「宝石商にしては身なりが整っていません。宝石商の主な相手先は名家や貴族です。そこに求められる品格は相当なものです」

「それを満たしていない、ということですね?」

「はい。その上で、フィッツロイ子爵家やポーレット伯爵家に接触するとなると、狙っているのは商会の箔付けでしょう。アオ様がお相手しても相手に与える箔以上の何かを得ることはないかと存じます」

「ふむ……」

 

 コリンがそれを見落とすようなヘマをするとは思えない。なのにコリンはそれを飲み込んで僕に引き合せた。コリンもンシアさんが優秀であることを知っているのに、彼の同席を止めなかったということは、つまるところそれをンシアさんに見抜かれる前提で動いたのだ。

 

「コリンが知っててンシアさんには見抜かれても問題無く、それでも僕はあの場で知らない方が都合のよかった何かがあるんだ……なんだろう」

「おそらく次会うことはないかと思いますので問題無いでしょう」

「うん? どういう意味です?」

 

 ンシアさんがさらりと答える。

 

「コリン様はあなたに引き合わせたことを免罪符に、連絡ルートを固定しましたからね。次に連絡を受けるのはコリン様経由で私です。きちんと対応しますのでご心配なく」

「そうですか……?」

「アオ様のお手は患わせませんよ。これ以上仕事を増やしてしまうと、ミネットさんに渡すアップルパイをもっと豪華にしないといけない」

「ははは……パイで収まってくれればいいんですけど」

 

 パイはンシアさんの奥さんの得意料理だ。僕の周りにはパイ作りの名人がたくさん居て、入学時に懇意にしていた宿屋『迷い猫』の女将さんのパイもおいしかったのだが、色々対抗意識を燃やして最近互いのパイの腕を競い合っているらしいというのは聞いた。

 

「ともかく、大丈夫なことはわかりました。今後はいったんコリンを噛ませて話をしましょう」

「その方がよいかと」

 

 ほっとしたように笑ってくれるンシアさん。

 

「で、コリンの話題が出たから二人に相談なんですが」

「なんでしょう?」

「二人のご親族がまだ新大陸にいらっしゃいますよね」

「はい。母と兄が一人、弟たちが四人います」

「コリンとも話して皆さんまとめて公爵領にお招きできればと思うのですが、どうでしょう? 渡航費は僕持ち、護衛も含めて行程はフォルマル薬事商会が掌握するので、まず安全に渡航できると思うのですが」

「それは……本来わたくしから願い出るべきことですし、ほんとうにありがたいのですが……なぜそこまで」

 

 困惑顔のンシアさん。マハマはきょとんとしたまま僕を見ている。

 

「コリンに『なんで脇を固めてないんですか』と怒られたのがひとつ。あとは単純に人手が足りなくなりそうだし、ンシアさんがそれで憂いなく働けるのであればそれに勝るメリットはないなと思いまして」

「……アオ様」

 

 すっと膝をつくンシアさん。長身の彼とはそうしないと真っ正面から目を合わせることはかなわない。

 

「ボドウェが今ここにいるのは、貴方のおかげです。それがどれだけ私と妻を力づけるか、貴方はおそらくご存じないのでしょう。我々はそのご恩に報いるため、この身を使い果たすまでお仕えする所存です」

 

 ボドウェはマハマの本名だ。話しているのはクリストフ・ファルマンとの決闘騒ぎのことだろう。アレは僕が彼を巻き込んでしまったようなものだ。

 

 先ほどンシアさんに言われたこと……『人を使うのは嫌いそう』というのはきっと正しいのだろう。僕は結局だれかの人生を左右することが怖いのだ。

 

「そう悲しい顔をなさらないでください。貴方は優しく、強いお方で、ボドウェが信じるお方だ。そんな方の未来を支えられることは、きっと何事にも代えられぬ喜びであり、そして変わらぬ責務であるのでしょう」

「……やはり、引き抜きが来てますか」

 

 ここで話題を逸らしてしまうのが、僕の弱いところ。それでもンシアさんは笑って話に乗ってくれた。

 

「はい。最近は外に出ると声が掛からないことの方が少ないくらいです。ですが、条件も聞かないようにしています」

 

 ほんとうに、本当に愛されているなぁと痛感する。

 

「いろいろ弱気になることもあるでしょう。貴族としての貴方の苦労を、視座を、我々が真に理解できる日は来ないでしょう。それでも支えることはできると、そう信じております。……どうか真っ直ぐお進みください。わが主、オーストレスのフィッツロイ子爵アオ様。そのための我々でございます」

 

 父親に倣うようにマハマも膝をついて頭を垂れた。

 

「……その信頼に足る主君たりえるよう、努力しましょう。いまの僕が約束できるのは、これだけです」

「身に余るお言葉でございます」

 

 優しく微笑んでンシアさんが立ち上がる。

 

「ともかく、貴方は大丈夫です。貴方の周りにいる人のほとんどは、貴方が優秀だからそばにいるわけではないのです」

 

 そんなにわかりやすいかなぁ、僕。と嘆きそうになったが、笑うことにした。

 

「そう……ですね。とりあえず今晩ミネットを口説き落とさないといけないことが確定してるんですが」

「勝ち戦ではありませんか。何をそんな不安そうにしているんです」

 

 とりあえずそうだといいなと思いつつ、僕はようやく適温となった紅茶に口をつけた。




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