【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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あなたを信じる理由

「えっと……あの、その……わたし、何か粗相をして……」

「そういうわけじゃないから安心して、とりあえずそこにかけて?」

 

 ポーレットさんに促されて応接用のソファに居心地が悪そうに腰掛けるミネット。……きっとこのソファを掃除したことこそあれど、腰掛けるのは初めてだろう。

 

「あの……」

「この面談はあくまで形式的なものになっちゃうんだけど、しないわけにはいかなくてね」

 

 向かいに腰掛けるポーレットさんと、ポーレットさんの補佐役として並んで座る僕。どんどん青ざめていくミネットに心の中で詫びつつ、丸まった羊皮紙をポーレットさんに渡す。

 

「ポーレット家の使用人としてはもちろん、アオのナニーとしても本当に良くやってくれていると思っています」

「あの……ご主人さま?」

「それもあって……というかそのあたりがチャップマン宰相にバレまして、チャップマン宰相からこんな書類が届きました」

 

 開いた羊皮紙をミネットに見せるように置く。当然ミネットは字が読めるようになったので、内容は理解できるはずだ。

 

「……特赦? わたしがですかっ!?」

「はい。今夜をもってミネットさんは刑期を満了したものとします。これにともない明日の日の出をもって、懲罰的雇用関係を解消するとともに、ミネット・シャトンさんの市民権が回復され財産の保持及び移動の自由が保障されます。また、冬期の釈放となることから規定の防寒具を支給、それと規定時間を超える分の奉仕活動により発生した賃金と就業定着支援金を一括で支給するものとし、銀貨――――――――」

「ちょ、ちょっとまってくださいご主人さま!」

 

 腰が浮くミネット。こんなに焦ったミネットは初めて見る。

 

「えっと……雇用関係解消って、つまりわたしは、ポーレット家の奴隷じゃなくなるってこと、ですか……?」

「労働刑が終わるから、そうなるわ。これは貴女の奴隷契約が解消されたことを証明する証書ね。そもそもアーロン・フォリオに貴女を卸した奴隷商が違法な手段で貴女を奴隷にしていたことがわかっているので、その契約自体が無効化されます」

「明日からどうすれば……」

 

 絶望的、というのはこういう表情を言うのだろう。ミネットの耳がぺたりと垂れる。

 

「貴女が希望するなら、生まれ故郷に戻ることもできます」

「生まれ故郷……もう、ないです。奴隷商の方が潰したから、多分もう森に戻ってます。ママもパパもどこにいったかわからないし……」

 

 その物言いが本当に幼い様子というか、子どもっぽく見えてしまう。まだミネットは十二歳、子どもであたりまえだ。

 

「そう……じゃあ、オーストレスやシェフィードで仕事を探してひとり立ちを目指すってことになるかしら」

「そんな……」

 

 ソファに脱力して戻るミネット。

 

「捨てないでください……」

「捨てる捨てないの話はしてないわ。それでもポーレット家としてあなたとの奴隷契約が終了することは決定事項なの……ここからはアオ、まかせていい?」

「はい、母上」

 

 そう言われ、僕は一度席を立ち、いろいろと預かってきている書類の山をミネットの前に積む。

 

「ミネット・シャトンさん。ここからは雇い主の息子と使用人ではなくて、オーストレスのフィッツロイ子爵とミネット・シャトンさん個人として話をしたいと思います。僕は貴女と対等な人間として話をしたい」

 

 真っ直ぐにミネットを見つめる。目の端に涙を貯めたミネットと視線が合う。

 

「この書類の山は僕の盟友であり、ビジネスパートナーとして信頼しているコリン・フォルマル氏が取りまとめてくれたものです。これら全てがミネットさんを雇いたいと言っている商人や名家、貴族たちの雇用希望書――――要は、貴女を雇いたいと思っている個人団体がこれだけいます」

「え……?」

 

 そのうちの一枚を差し出す。公爵家が規定する公用便箋にきっちり公印まで押した正式書類だ。その横にフォルマル商会の印が入った紙を並べる。

 

「中にはアーヴィング・チャップマン宰相名義のものまでありますし、フォルマル氏にいたっては、年俸金貨五〇枚を保証したところから交渉スタートすると確約しています。もう貴女は奴隷ではない。貴女はこの中から自由に未来を選ぶことができる」

「それ、は……」

 

 ミネットが俯く。その後の言葉を待つが、ついぞ出てこなかった。

 

「いつか話してくれたこと……たしかリコッタ様の毒殺騒ぎのあった夜のことだったと思います。あのとき、ポーレット家の奴隷で良かったと言ってくれたとき、報われたような気持ちと一緒に、このままではいけないと思っていたんですよ」

 

 僕は自分のジャケットに手を入れる。

 

「突っ走っていた僕を、しっかり止めてくれたのはミネットさん、あなただった。あの時の貴女の言葉がなければ、さらに最悪な事態になっていたかもしれない。あの状況の中での最善を掴み取れたのは、貴女のおかげだ。そんな力のある人が、奴隷だなんてもったいない」

 

 あの時の僕は全方位に対して疑心暗鬼になっていた。それを止めてくれたのはミネットだ。あの恩に、僕は応えられているだろうか。きちんと個人としてミネットを見つめ、その期待に足ることができているだろうか。

 

「あの時隣にいたのが、ミネットさんでよかった。僕は貴女を必要としていた」

 

 取り出した封筒を彼女の前に置く。俯いた視線でも見えるように封筒に書いた僕のサインが見えるように。

 

「そして、今も変わっていない――――――――僕からもオファーを出します。オーストレスのフィッツロイ子爵として正式に貴女を雇用したい」

 

 俯いたままのミネット。突然の恩赦にスカウトの山。それを前にして、情報を整理し切れていないのかもしれない。

 

「コリンのところほどの金貨を積めないし、チャップマン宰相のところほど名声は得られないだろうと思う。それにこれまでよりも要求水準は高くなると思います。だからその分、給金や福利厚生の条件面は頑張ります。希望の条件を仰ってください」

「――――――ぃです」

 

 小さく、消え入りそうな声が響いた。

 

「給金なんて、なくていいです」

「それはご勘弁を。僕の心証としても、制度上もそういわけにはいかないからね?」

 

 突っ込むと、吹き出したのはポーレットさん。真面目な場面なんですけどと抗議をこめてそちらを見るとさっと目をそらされた。

 

「……わたしなんかで」

「なんかじゃない。『なんか』じゃないんだ。ミネット」

 

 真っ直ぐに前を見る。立ったままの僕と、ソファに腰掛けたミネットだと、正面から目があう。

 

「君の力が必要だ。君じゃなきゃだめなんだよ」

 

 結局、真っ直ぐに言葉にするしかない。言っておきながら恥ずかしいけれど、なんとか顔に出ることは防げたと思う。

 

「直近はフィッツロイ子爵領として雇い入れて、僕専属の使用人という肩書きになる。だけど将来的には騎士団で僕の副官を任せたい。常に僕の隣に控え情報を整理し、配下の人員を掌握し続けるポジションだ。僕が見逃したなにかがないか、僕が誤った判断をしていないか監視し、必要に応じ諫めることも職務のうちになるから、迷惑ばかりかけると思う」

 

 それでも、と声を張る。

 

「君になら任せられると思ってる。……どうだろう」

「……なり、ます」

 

 肩を振るわせるミネットだったが、小さくも芯の通った答えが返ってきた。

 

「なりますっ……! わたし、はっ、ミネットは、アオ様のものに、なりますっ!」

「ありがと……うんっ?」

 

 なんか想定外の返答が返ってきたぞ。訂正する前にさめざめと泣き始めてしまって、声をかけるタイミングを逸してしまった。

 

 とりあえずミネットが他に獲られることはなくなったのでまぁよしとしないといけないのだろう。

 

   †

 

 ――――――なんて気楽に思っていた僕が間違っておりました。

 

「あの……リコ様? リコ様……?」

 

 僕に宛がわれた寝室、寝る前ということで最小限の燭台だけがともる部屋。そこで僕の胸板に抱きついたまま頬を膨らませているのが僕の婚約者リコッタ・バリナード公女閣下。

 

 寝る前ということで、義肢を既に外したタイミングだった。寝る前にご挨拶をとやってきたリコッタがミネットの目元が赤く腫れていることに気がついて声をかけた。そこで当然経緯を説明する流れになったのだが、ミネットが言葉選びを間違えた。それはもう致命的に間違えた。

 

「この度正式にアオさまのものになりました」

 

『雇用主変更をそう言うのはどうなんだい?』とか『奴隷を脱したのだしモノではないのだからその言い方は良くない』などと指摘をする前にリコッタがタックルしてきて今に至る。もともとベッドに腰掛けて肩の保護のためのクリームを塗ってもらっていた姿勢のままだったのだが、そこに全速力で飛びつかれた結果、上半身をそのままベッドに沈める形になった。リコッタの体格が良かったらラグビー選手としても大成したかもしれない。

 

「リコ様、いったん話を聞いてください」

 

 つーん、という擬音が似合いそうな雰囲気で顔を逸らすリコッタ。リコッタの頭頂部がよく見えるし、唇がとがっているのがわかる。こんなわかりやすく拗ねるかと思いつつ言葉を選ぶ。もう腕を外してしまったので、リコッタを無理矢理引き剥がすことができない。ぐりぐりと頭を胸に押しつけてくる。細く長い髪が僕の薄い寝間着に擦れる音がする。

 

「リコ様」

「……なんですか」

「説明だけさせてください。この度ミネットに特赦が入りまして」

「それは知っています。アーヴィングがミネットを欲しがっていましたし、アオ様を説得してくれと頼まれたことをいま思い出しました」

 

 アーヴィングはチャップマン宰相のことだ。リコッタにまで根回しをしていたのかチャップマン宰相。その上でリコッタは体よく聞かなかったことにしたらしい。

 

「それでミネットとポーレット家の間の使用人契約が失効しますので」

「それもわかっています。コリンさんがいろんな人に聞いて回っていたのをハリエットから聞いています。アオ様のことを知りすぎているミネットを無策で手放す訳にはいかないこともわかってます」

 

 なんかどんどんリコッタの地雷を踏んでいる気しかしない。フラットなリコッタの声が恐ろしく怖い。王宮に突撃してこいと言われた方がまだ気楽じゃないか。

 

「ですので僕は使用人としてミネットを雇い直しただけでして……」

「別に側室を作るなと言っているわけではないのですよ?」

「いや、側室を作るなんて度胸ないですし、そういうつもりは一切ありません」

「尚のこと悪いです」

「なぜですか!?」

 

 もうリコッタが何を言っているのかがわからない。

 

「奴隷ではなくなったということは、一市民になるということです。つまり物ではなくなるということではありませんか」

「えっと……それが問題なのですか?」

「問題も問題です。大問題です。つまり、ミネットはあなたと結婚できるということです。結婚のために奴隷を解放するなんていうのはよくある話です」

 

 よくある話ですなどと言われても知らないよそんなのとは言えない雰囲気。

 

「あの、リコッタさま。ご主人さまは決して悪気があったわけではなくてですね……」

 

 ミネット、まだ今晩のうちはポーレットさんが君のご主人さまなんだけど、と突っ込むのは野暮なんだろう。もう僕の呼び方がご主人さまに切り替わっている。

 

「わかってます。アオ様が優しいお方なのはわたくしが一番よく知っています。……ですが『悪気がある』と取られてもおかしくないことをしたのですか」

 

 ずいっと身体を持ち上げて僕を見下ろしてくるリコッタ。ジト目って表現あったな、なんて前世の知識を引き出しながら時間を稼ぐ。

 

「ですから、再契約をしただけです」

「……ミネット? アオ様に何を言われました?」

 

 ミネットが自身の頬を押さえる。

 

「――――――『君じゃなきゃだめなんだ』と言っていただきました」

 

 リコッタの頬が膨れる。リスっぽいシャルちゃんよりも膨らんでるんじゃないのか。同時に悟る。

 

 これは、いろいろと詰んだのでは?

 

「ズルいですっ! わたくしだって言われたことないのにっ!」

「大丈夫ですリコッタさま! わたしはあくまでアオさまの使用人! 決してリコッタさまの正妻の立場を脅かしたいわけでは……!」

「本当に狙ってきたなら『おおげんか』ですからね! アオ様のいちばんはリコッタなのです!」

 

 大喧嘩で済むのかなんてどんどん他人事になってきた。思考を放棄しようとしている。とてもまずい兆候だ。

 

「アオ様もアオ様ですっ! 側室ならともかく、使用人として抱える異性にそんなことを口にするのはあまりに軽率! 軽々(けいけい)にそのようなことを口にするべきではありません!」

「待って待ってまって、リコ様待って!」

「何を待てと言うのですか! アオ様の言い訳は十分に聞きましたっ!」

 

 言い訳ではないんだよぉ……という嘆きが黙殺される。

 

「もう怒りました。怒りましたからね! アオ様がちゃんとわたくしを安心させてくれるまで許しません! ハリエット!」

 

 声を張るリコッタ。ドアが即座に開く。

 

「ここに」

「アオ様を抱き枕にするべき事情ができましたので、わたくしは今日ここで休みます! 護衛の皆さんには悪いですが場所を変えることを伝えてください」

「ちょっ!?」

 

 抱き枕にするべき事情ってなんだよ。

 

「承知しました」

 

 ノータイムで承知してんじゃないよハリエット。そう突っ込みたいがその前にどんどん話が進んでいく。

 

「アオ、明日は覚悟なさい。久々にお説教よ」

 

 青筋って本当に見えるんだとやはり他人事。

 

「お、お手柔らかに……?」

「できると思う?」

「だよね」

「閣下、交代で立哨に立っておりますので何かあればお申し付けを」

「ありがとう」

 

 リコッタに一礼したあと、僕を見てフンと鼻を鳴らして背を向けるハリエット。ちょいちょいとミネットを手招きしていたので、部屋に残されるのは僕とリコッタだけだ。

 

「さて、アオ様」

「……はい」

「あなたの婚約者はわたくしなのですからね」

 

 そう言う姿がいじらしくて、笑ってしまった。もう一段階へそを曲げたリコッタのご機嫌をとるのにかなりの時間を使ってしまったのは、きちんと反省しないといけない。




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