【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
聖節祭当日は、それはもうきれいな快晴になった。今晩は放射冷却の影響できっと恐ろしいほどに冷え込むだろう。そんなことを気にせざるを得ないほどの快晴だった。
「とりあえず午前中は乗り切った! 次のオフィシャルな会見は明日の夕方……! なんとかなった」
息も絶え絶えとはまさにこの事である。僕にわかったのは、僕自身がつくづく政治家向きじゃないということだけ。コネクションを維持するのが仕事とはいえ、この挨拶ラッシュは単純に体力が保たない。
「お疲れさまです、アオ様」
「リコ様のすごさをひしひしと感じますね。なんでそんな元気なんですか」
「アオ様も御立派でしたよ。それでこそ私の旦那様です」
「まだ婚姻はしてませんからね」
念のため釘をさしつつ、ぐっと腰を伸ばす。リコッタの後で控えているハリエットの『じじクサ……』という文句は聞かなかったことにする。
それにしても、まだ正午というのは嘘だと信じたい。疲労感が半端ない。そもそも、昨日一昨日の疲れが抜けていないのだ。
昨日は僕を抱き枕にできてご満悦のリコッタを横目にハリエットの説教を受け、聖節祭の開催式の準備。ミネットの愛騎になりつつある魔鳥のブランカをタクシー代わりにしてフィッツロイ子爵領に一瞬戻り、挨拶してとんぼ返り。合間をみてミネットへの雇用条件通知書の作成と契約締結、徹夜明けで目の下にクマを作ったコルト姉さんからの魔道具の試作品の紹介という名の相談会……スケジュールがすさまじかったのである。
一夜明けて今日も朝から開催式で次期ポーレット伯としての正式なお披露目があり、ご近所の男爵の皆さんにご挨拶。半笑いのタンジー卿がからかい半分で『子爵殿に
それに、この状況に拍車をかけた問題がもうひとつ。
「ご主人さま」
「なんだいミネット」
「えへへ……なんでもございません」
ミネットが昨日今日と終始この調子なのである。直近の仕事内容は変わらないし、なんならお着せのメイド服もまだポーレット伯爵家のものである。身分と雇用主以外は何も変わっていないのだし、そんなにうれしいものだろうか。
まあうれしいか。市民権回復だもんな。
「アオ、まだお説教が足りない?」
「どうしてそうなるんだハリエット」
このタイミングで睨みをきかせるハリエットは僕に何を求めているのだろうか。
「ともかく、少し休んだら少し露店を見て回りましょうか」
「よろしいのですか? アオ様もお疲れでは」
「リコ様と一緒なら大丈夫ですよ。それに、約束してますしね」
そういうとパッと顔がほころぶリコッタ。自分で言っておいてアレだけれど、格好付けた台詞は似合わないと思う。
†
そんなこんなで、街に繰り出すことになった。待ち合わせのポーレット邸の玄関で待っていると、コルト姉さんに頼んで超特急で仕上げてもらった黒い外套を着込んだリコッタが駆けてくる。
「リコ様、黒も似合いますね」
「えへへ、ありがとうございますっ! アオ様もお素敵ですよ」
「ありがとうございます。……まさか僕の分まであるとは思ってなかったんですけどね。コルトさんに御礼を言わないと」
コルト姉さんに依頼していた『魔力を吸収し遮断する魔法を応用した外套』だが、早速試作品ができていた。昨日すさまじいクマを作っていたコルト姉さんだったが当然である。聞いたところによると、あの毛の一本いっぽんが独立してごく微弱な魔法を発動させているらしく、それを織り込んで布を仕立てると同じ効果があったとのこと。
「アオ様のジャケットは……魔道具、なんですよね?」
「まだなれて無くてただの飾りなんですけどね……」
リコッタには苦笑いで返す。僕の試作品はリコッタのマジックベアの毛を用いたものとは異なり、その魔法を応用した魔導を仕込んだ魔道具として仕上がっているという。……もっとも、発動するにはジャケットが肌にふれるようにして魔力を投入する必要があるので、常用するには難易度が高い代物だ。普通の人なら手で触れて魔力を投入すれば良いが、僕の場合はその『手』がない。
「首の後ろから魔力を通すって感覚がわからなくて。この義肢がついた時のもどかしい感覚を思い出しています」
「んー……では、アオ様、後ろを向いていただけますか?」
「? はい。これで良いですか?」
くるりと背を向けると、リコッタが僕の首筋に手を置くのがわかる。細く暖かい指が少しくすぐったい。
「はいっ! わたくしの魔力をちょっと込めてみました。多分これで動いているはずです!」
「……なるほど、別に本人の魔力じゃないと動かない訳じゃないですものね」
「お役に立てたなら何よりです」
そんなことを行って笑うリコッタ。それにドキリとしなかったといえば嘘になる。なんだか気恥ずかしくて話題を探す。
「体調に変化はないですか?」
「いつもより身体が楽みたいです。今日はまだ魔力の放出をしていないのですが……」
「そのコートがリコ様の魔力を自然に吸っているのかもしれませんね」
いろいろ恐ろしいコートができてしまった気がする。魔力を見るとリコッタの魔力がぐっとおさえこまれているのがわかる。フードまで被ってしまえば、魔力だとそこにだれかが居るのかどうかすらわからなくなりそうだ。
「それにしても、制服じゃないと少し落ち着かないですね」
グレイフォート学院の規則として特別な事由が無い限り外出時は制服を着用し、品位を保つことというのがあるのだが、魔力遮断の必要から今回の外套の着用は「特別な事由」と認められたし、僕もリコッタ様の安全確保の名目で私服である。許可証は教官のシャルちゃん先生が発行したものなのでなんの気兼ねも無く外出となったのだが、外出時はマントの着用があったなかでいきなりジャケットのみになるのは結構慣れない。
「似合ってますから大丈夫ですよ。さっ。行きましょう。アオ様」
「はい、リコ様」
市街地までは馬車で移動になる。今回ついてきてくれるのはハリエットとミネットだけ……という体裁になっているが、おそらくリコッタの警衛隊が私服警護で潜伏しているのだろう。……公爵家のお印を外しているとはいえメイド服で警護に入れるようになったハリエットも信頼されたものである。うれしいような、寂しいような。
「なんだか失礼なこと考えなかった?」
「別に?」
そんな会話を聞いてクスクスと笑うリコッタ様。そんなことを考えているとすぐに馬車は街中へ。ほんとうの中心部は人が多すぎて馬車が入れないので、露店街の外れで下ろしてもらって、そこから露店めぐりスタートとなる。
「ほんとうに賑わってますね……リコ様。お手を」
「! はいっ!」
ハリエット仕込みのエスコート。昨日あれだけ
そのまま二人で露店街に繰り出していく。手頃なアクセサリーや服、牛肉をたっぷり使ったシチューなどの食事まで、いろいろと雑多な店が並ぶ。
「あ、アオ様アオ様! 見てください! すごくきれいなタペストリー!」
「ほんとうですね」
はしゃいだリコッタというのは珍しい。腕を引っ張られるようにして店を見ていく。おそらく宗教画のようなデザインの布がかけられているのが見える。
リコッタに引っ張られつつそちらに向かうと、店主らしい痩せぎすのっぽの店主がこちらに気がついた。
「おやおや可愛いお客さまで……いっ!? フィッツロイ卿!」
「えっと……あ、ノーラン商会のノーランさんでしたっけ」
「はいっ! 先日ご挨拶させていただいたノーランでございます! こんな弱小商会のことまで覚えてくださり恐悦至極に存じます」
しまった、露店めぐりならンシアさんも連れてくるんだったと静かに後悔しつつ挨拶。たしかコリンの『名前を覚えておくべき人』にいたはずだ。毛織物に明るい商会で、輸入が増えるであろう
「こちらのお嬢様は……?」
「ご紹介しますね。僕の友人の――――――」
「リコッタでございます。どうぞお見知りおきを、ノーラン様」
名字を名乗らなかったリコッタ。だが店主さんは事情を察したらしい。顔が一瞬青くなった。僕の
「ご丁寧にありがとうございます、
「閣下など止してくださいませ、
そして、それを理解して飲み込んだ上で笑いかけるリコッタ。……つくづく思うが、この子は本当に七歳児か?
「それにしてもうつくしいタペストリーですね」
「ありがとうございます。まだ名も無い職人のものですが、リコッタ様の目にとまったと知れば喜ぶでしょう」
「聖ディアナ顕現の場面ですね。このお話は大好きなんです。おいくらでしょう?」
「は! タラント銀貨で15枚でございますが」
「ハリエット」
「はい、閣下」
なんとリコッタ、即決である。インテリアとして銀貨十五枚は結構お高い部類である。リコッタなら確かに払えるが、散財癖がつかないか心配でもある。
「お祭の閉会前に受け取りに来ますので、押さえておいてくださいます?」
「わざわざご足労いただくわけには参りません! ご指定の時間、場所にお届けに上がります!」
「では、お城に届けてもらいましょう。父には話しておきますので」
「っ!?」
文字通り顎が外れそうになっている店主さん。僕も想わずリコッタを見る。いたずらっ子の笑みで僕を見るリコッタ。
「よろしいのですか?」
「もちろんですよアオ様。聖ディアナが顕現して建国王ジョンとの契約を結ぶお話は大好きなんです。……それに、きっと父も折れどころを探しているでしょうし」
その一言で合点がいく。現在まで続く商業ギルドと公爵閣下の冷戦状態は健全とは言えない。封地を、場合によっては海を越えた商売の支える商人の寄合が商業ギルドである以上、商業ギルドは公爵領にとっても外貨獲得の主たる手段である。公爵閣下にとって、商業ギルドと冷戦状態でいることは好ましくない一方で、大公擁立の手札として娘のリコッタを利用されたのは許すことができずにいるのだろう。
そんな事に利用された本人であるリコッタが商業ギルドの人間を信用して仕事を任せたことになる。これは公爵閣下に対してその姿勢を解くのを強引に迫ることと等しい。
リコッタはこれをきっかけに『商業ギルドとの関係を修復せよ』と公爵閣下に迫るつもりなのだ。あくまで子どもの我儘で買ったタペストリーを届けさせたという体裁になるが、公爵閣下はそれを無碍にはできないだろう。
「……お見それしました」
「これでもわたくしはあなたの許嫁なのです。それに、アオ様がお名前をきちんと覚えていらっしゃる方ですから、信頼に足るのでしょう?」
これは僕と同時に店主さんに聞かせている。『アオ・ポーレットの信頼を裏切るようなことをしたらどうなるかわかっているな?』という純粋な圧力であり、バリナード城に上げることの交換条件として機能する。
「もちろんでございます。このご恩を忘れる事など、決して」
店主さんが文字通り腰を九十度曲げて礼をする。満足そうなリコッタが笑った。
「それではノーラン様、後でうちの者が参りますので、手筈などはそちらで」
「かしこまりました」
そんな会話をして店の前から移動する。なんだかんだ注目を集めてしまっていた。それとなくハリエットが警戒しているのがわかる。
「……ふぅ、これでとと様にもお土産ができました」
「話を聞いたらトマス閣下も腰を抜かすんじゃないですか?」
「かか様は笑ってくれそうです」
「そりゃエリザベート閣下は大笑いするでしょうけど」
あの豪毅なエリザベート夫人のことだから『娘がこんなに気にしているのですからきちんと片付けなさい!』と公爵閣下の肩をバンバン叩いているのが目に浮かぶ。
「コリンには後で話しておきます。多分余波を喰らうので」
「お願いいたしますね。……ハリエット? どうしました?」
「いえ……デートにしてはあまりに実務に振ってるなと……」
「「そうですか?」」
「なんでそこでハモるのよ……ほんとうにこの子達はまったく……」
少なくとも僕をそうあれと育てた一因はハリエットだと思うのだが、指摘したらダメだろうか。そんな事を想いつつ後ろを見るとミネットと目が合った。
「ミネット、明日明後日でンシアさんとコリンと打ち合わせがしたい。日程調整頼める?」
「承知しました、ご主人さま」
「うん。お願いね」
既にご主人さま呼びが板についてきたミネット。うっとりとしているところ悪いが、調整はがんばってほしい。多分コリンは今いろいろ調整でこのあたりを飛び回っているのできちんと捕まるか怪しい。
「……ん?」
そんなことを思っていると騒ぎになっている様子。この声は……。
「アーノルドか? ……ハリエット、リコ様を頼む」
「いわれなくても」
「ミネットはとりあえず一緒に来てくれ。護衛を頼む」
「かしこまりました」
そう言いつつとりあえず人混みに紛れる。人だかりを超えた先にいたのはやはりアーノルドだった。アイリスもいる。露店には緑色の地の色にダイヤモンドの紋章。……その旗は見覚えがあるぞ。ンシアさんが警戒していた『アストン商会』だ。
「アーノルド、アイリス、どうした。なにがあった」
「騒ぎを起してすまない。……この店主がガラス玉をダイヤモンドだと偽って売っているのが我慢ならなくて」
「フン、ガキがわかったような口をきくんじゃないね。
冷ややかに笑うでっぷりと太った店主殿。
「……なるほど。見抜いたのはアイリスかな?」
確認するとこくりと頷くアイリス。
「僕の友人が失礼しました。アストンさん」
「あん? ……その髪は、まさか」
「一昨日ぶりになりますか。コリンがお世話になっています」
「あ、あああ! 失礼しました、ポーレット卿の息子さんでいらっしゃいましたか」
いきなりねこなで声になるアストン。とりあえずアイリスとアーノルドを背後に庇う位置に出て、握手。
アイリスが嘘や思い込みで主張するとは考えづらい。詐欺商品なら見逃せないが、はてさて、どうしようか。
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