【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
「アストン商会のデリス・アストンさん、でしたね」
「はい。フィッツロイ子爵閣下にあってはどうしてこんなところに」
握手を解きつつ様子を見る。ンシアさんからの事前情報があって助かった。確かにこの反応は
アストン商会の商品を遠目から見る限り、加工済の宝石ばかりで、原石をあつかう商人ではない。顧客の立ち位置を把握できない人物がトップを務めている。
そんな人が宝石商として入っていて、コリンは僕に彼を引き合わせた。なにか、知らない方が都合の良いカードが場に伏せられているのだろう。
「さっと挨拶をしただけでしたし、どんな商品があるのか見て回っていたんですが、騒がしくなっていたのでなにかあったかと思いまして」
アストン商会のデリス・アストンという男は、困惑した表情で僕を見る。その視線がアーノルドたちと僕の間で泳いだ。
「彼等は僕の学友です。紹介しましょう。こちらはイルチェスター男爵のアーノルド・ストラングウェイズ、ホランド伯爵家の長男です。隣はアイリス・ミル、ファイフ公爵領魔導騎士団団長の娘さんです」
「な……」
おいおい、相手がどういう身分かもわからずに喧嘩を売っていたのか。少なくともアーノルドは
「子爵閣下のご学友とはつゆ知らず……」
それは『知っていればきちんとした宝石を案内したのに』という意味だろうかといらない予測が頭をよぎる。良くない。どういう状況であれ、意図の決めつけは避けるべきだ。
「気にしないでください。さて、アストンさん。アストンさんの商店も見せてください」
「閣下、それは……」
「僕は商売のことをよく知りませんが、商売とは信頼の上に成立つことぐらいは知っています。僕の招いた友人が、母の領地にわざわざ足を運んでくれた商人の看板に泥を塗ったかもしれない。……大変ゆゆしき事態です。状況を確認しない訳には参りません」
そう口にしつつ周囲をみると人混みをなんとかかき分けてきたらしいコリンが見えた。
(……コリンが黙って笑ってるってことは、このまま進めていいんだろうな)
コリンはそのまま様子を見ることにしたようだ。おそらく、トラブルになっても問題ない相手なのだろう。
「……ええと、それは」
「アイリス、どの商品だい?」
出し渋ったのを確認しアイリスを呼ぶと、アストンが慌てたように一歩踏み込んでくる。その間にアーノルドが割り込んだ。動きも速い。やっぱりフィジカルだと僕は彼に勝てそうにないな。
「すり替えでもされたらたまったモノではないからな」
「アーノルド」
ポーズだけでも一応諫めておく。アーノルドの身分については僕から明かしているし、学友であることは強調している。ここでアストンがアーノルドに手を上げた瞬間に、僕は反撃の大義名分を得る。押し避けることも出来まい。
「アオ君、これ……なんだけど」
アイリスが指差したのはリングケースに入った指輪だった。小ぶりだがダイヤモンドのような宝石がついている。若干青みがかっているのは天然ダイヤモンドそっくりだ。たしか炭素がホウ素に置換されたらこんな色になるんだったか。そんな事を思い出した。
「なるほど……触りますよ」
そう言ってリングケースごと持ち上げる。
「なるほど。ダイヤモンドですか」
「そうです。新大陸産のものです」
「違います。これ、ただのガラス!」
アストンがダイヤモンドと言い張った一方で、すぐにアイリスが否定してくる。両手を胸の前でぐっと握りこんで力説するアイリス。……ここまでアイリスが引かないのは珍しい。アーノルドが庇うような形でかなり強く喧嘩を売ったな。
僕はダイヤモンドを暖めるように息を吹きかけてみる。
「なるほど。アストンさん、残念です。あなたは嘘をつかれた。ただのガラスかどうかは別として、これはダイヤモンドではない」
「アオ閣下まで何を……!」
「ダイヤモンドの熱伝導率をご存じですか」
切り込む。野次馬も増えているのでこの様子なら逃げられまい。
「ダイヤモンドはとても熱を通しやすい。鍋などにも使われる銅の五倍にも達します。つまり、ダイヤモンドに熱をかけたところでその熱は即座に空気やこの台座の金属に逃げてしまい、ダイヤモンドの中に保つことができない」
「……それがどうしたというのです」
「これに息を吹きかけるとしばらく曇ったままだった。この冬の屋外でダイヤモンドに息を吹きかけたなら、その熱が即座に逃げて曇りが晴れなきゃおかしいんです。だから曇り続けたコレはダイヤモンドではない」
ダイヤモンドの熱伝導率はおおよそ2000W/(m・K)だったか。具体的な数値はともかくとして、固体の中で最強の熱伝導率を誇ったはずだ。その熱しやすく冷めやすい物質であるダイヤモンドが、軽く息を吹きかけた程度で曇りを残す程の外気との温度差を保てるはずもない。
つまり、模造品であることは確定してしまった。
「必要なら母上を呼びましょう。鉱石に詳しい母上なら参考になる意見をもらえるでしょう」
「それには及びませんが、しかし……」
「それとも、ラベルでも張り間違えましたか?」
「……失礼しました。直ちに正しいラベルに直します」
アストンはいろんな感情を飲み込んだすごい顔でそれでも頭を下げた。ここまで盛大に野次馬がいる状況で盛大に事をやらかしたのだ。もうここに買いに来る客はいまい。
それでも僕が意図して作った逃げ道に逃げ込まざるを得ない状況だ。あくまで悪意は無かったというところに着地させないと彼の命も危なくなる。
「ミスならば仕方ないですね。正しい値札をつけてください」
「仰せのままに」
それでも正しいラベルをつけると口にしたのだからここは引くべきだ。そして問題がもうひとつ。おそらく、こちらが本題だろう。
「それはそれとして――――――コリン!」
「ここに」
前に出てきて膝をつくコリン。
「どういうことだ。僕は君の紹介だから面会したんだぞ」
「申し開きのしようもございません」
ならさっきの笑みはなんだ、といいたくなるが我慢する。おそらくコリンは最初からこれを狙って僕を泳がせたな。
「封魔結晶の一大産出地であるオーストレス川流域で宝飾品のまがい物がおとがめ無く流通するなど、恥にも程がある。再発防止について、君からも聞かせてもらえるものと期待する」
これでカットアウトの理由には足るだろう。
「承知しました」
「……アストン商会の所属は?」
「王都商業ギルドです。ギルドの後見人がフレデリック元第二王子から変わって混乱しているのもあるでしょうが……」
……なるほど。そういう事情か。大体見えてきた。
コリン率いるフォルマル薬事商会は当然バリナード公爵領に地盤があり、所属上もバリナード公爵領の商業ギルドに属している。そしてバリナード公爵領の商業ギルドと公爵家の関係が悪化した中で両者の橋渡し役になっている。
「フレデリック元第二王子、ね……」
ひるがえって王都の商業ギルドの元後見人が僕とリコッタでボコボコにしてしまったフレデリック『元』第二王子殿下ならば、王都商業ギルドの皆様が僕らをよく思っていなくて当然だ。謀反やクーデターと言われても仕方のない事件があったにも関わらず、国王陛下は僕らに肩入れし第二王子を排したのだから衝撃は相当なものだったろう。
「コリン」
「はい」
「この件が見逃された場合、詐欺的な商品を領民が掴まされる可能性があった。事故とはいえ見逃すわけにはいかないと思うが、良いな?」
「やむを得ません」
コリンが話に乗ってくる。狙いはこれでほぼ間違いあるまい。
元第二王子を排した原因となった公爵閣下や僕等への反撃を画策した王都商業ギルドが、その攻撃の橋頭堡とすべくコリンに接触を図った。たぶん、かなりの賄賂も積んだだろう。
コリンの父親は公爵閣下の命により処刑されているのもあり、復讐心をくすぐれば
コリンはそれをふまえたうえで話に乗った。おそらくは情報収集の糸口とするためにコネクションを維持し、弱みを握って逆に取り込むことを狙った。だから意図して、明らかに質が伴わないアストン商会を僕等に引き合わせた。便宜立てをしたにもかかわらず、その芽を潰したのはギルド自身であるとして、後ろ指を指されること無く手を切れる。それにコリン本人へ裏で積まれた賄賂諸々もシラを切れる状況になった。
コリンがどんどんタヌキになっていく。利用しろと確かに言ったが、ぶっつけ本番でこれを僕に求めないでくれ。
「王都からのキャラバンならフォスターさんが上役だな。コリン、案内してくれ、僕から話をつける」
「御意」
「お、お待ちください!」
文字どおり僕の足にすがりつこうと手を伸ばすアストン。その腕が恐ろしい勢いで石畳に叩き付けられた。アストンの噛み殺した悲鳴が漏れる。ヒールの低いぺたんこな靴とはいえ、表面の粗い石畳でぐりぐりされると痛みもものすごいだろう。
「ご主人さまにこれ以上恥をさらさせるおつもりなら、それなりの対応となりますので、ご容赦くださいね」
「ミネット、そこまでにしよう」
ミネットが目に見えるかたちでキレてるのは珍しい。とりあえず待ったをかけたものの、どこか不満そう。
「ご安心くださいご主人さま。きちんと関節の位置は外すくらいの温情はあります。せいぜい数日で痛みも引くでしょう」
「だとしてもだよ」
渋々と言った様子で足をどけるミネット。
「さて、アストンさんも同行願います。……大丈夫ですよ。今日は聖節祭です。そんな日に夢見の悪い事態を起したくはありませんから」
笑ってみせる。せめて悪く見えるといいんだけど、あまり笑うのは得意じゃないので、練習した方がいいんだろうな。そんなことを思った。
†
「それでコリン、本当にアレで良かったのかい」
「最高です。やはりあなたを信頼してよかった、エルジック卿」
王都からのキャラバン隊の代表者と話をつけた後、コリンが珍しく上機嫌に笑っている。
さすがにアストンの首の塩漬けをもらっても仕方がないので、改めて正式な謝罪と、王都商業ギルドからの再発防止策の策定と展開を確約してもらいたかっただけなのだが、途中で僕の手に負えなくなりそうなのでンシアさんを呼んで対応した。それもあってかなりの時間がかかってしまった。
今回のキャラバンの団長であるフォスターさんは文字通り烈火のごとく怒り、アストンの除名処分を即決した。どうやらフォスターさんは王家直々の封魔結晶の取引免状を持っている商会の所属のようで、ギルド全体に飛び火するよりはということらしい。文字通り蹴り出されたアストンには若干同情するがまあ、仕方がないと諦めてもらう他ない。
「結果的には完全勝利だからいいんだけど、リコ様にはどこかで埋め合わせをしないとな……」
「ですね。アオさんを占有したとなると、結構いいものを仕入れないと」
「いいものって……例えば?」
「効果だけで考えるならアオさんの嬉し恥ずかしマル秘情報でも仕入れたいところですが、今回は適当に美味しいものでも届けます。アオさんってナッツ類お好きです?」
かなり真面目に説教を食らわせたい気分になるが、とりあえず前半部は聞かなかったことにする。
「……結構好きな方かな」
「では、ナッツをキャラメルで固めたお菓子が王都で流行ってるので、それをお届けします。リコッタ閣下とお召し上がりください」
「助かる」
リコッタ相手にご機嫌取りが通用した試しはないが、頭なでなでと併用してなんとかするしかない。
「ミネットも護衛ありがとう。助かった」
「いえ、ご主人さまに何もなくてよかったです」
ミネットは今も僕らの二歩分後ろについて守ってくれている。王都商業ギルドは味方ではないけれど、敵でもないのだからそんなあからさまに警戒しなくてもいいと思うのだが、ミネットには届かない。
「アストン商会があそこまで節穴だったのはさすがに想定外でしたが、それでも無事に王都商業ギルドに一つ貸しを作れました。リコッタ閣下のお土産もありますし、トマス公爵閣下も動きやすくなるでしょう」
「……君の入れ知恵か」
「僕はリコッタ閣下から『とと様になにかお土産を買いたいけれどいい店をしらないか』とご相談されたので良い店を紹介しただけです」
「それを入れ知恵っていうんだよ……」
城に届けさせるというのはリコッタのアドリブだとしても、コリンはうまいこと僕らを転がしている。恐ろしい勢いで商業ギルドに対するコミュニケーションの方向性が決まってしまった。ここまで性急にことを進める必要があるだろうか。
「今回のクライアントは公爵閣下か」
「えぇ」
「内容は公爵領内の商業ギルドとの関係改善のきっかけ作りかな?」
「そちらは僕個人としてのアクションですね。……この先の公爵領は王都との繋がりをより強固にせざるを得ず、アオさんも公爵閣下も国庫からの資金で縛られることになります。そんな中で一般市場まで王都に紐付けられちゃ、動きづらいことこの上ない」
「じゃあ閣下は何を依頼したんだ?」
「内緒です。公爵閣下の許しがないので話せません」
人差指をぴっと上唇に当ててそんなことを言うコリン。
「……そうか。まあ、公爵閣下の考えはわからないけど、ヨシとしないといけないんだろうな」
「大丈夫です。アオさんにとってもメリットのある話になりますし、先の長い話です。多分ちゃんとオープンにできる頃には、アオさんは騎士団の所属になっていますよ」
つまり、五年以上かけて準備するかなり大きなプロジェクトが動き始めている。そういうことなんだろう。
「わかった。話せるようになったら話してほしい」
「もちろんです」
コリンが笑う。
「僕の最大かつ最強の後ろ盾は貴方だ、エルジック卿。どうぞこれからもご贔屓に」
「そうだね。よい関係をこれからも続け——————」
何かが光った。ほぼ反射でコリンの肩をつかんでしゃがませる。僕らをかばうようにミネットが僕らに覆いかぶさる。
音が届く。何かが破裂したような音。光からのタイムラグは二秒以上三秒以内といったところか。おおよそ一キロメートル圏内。左目の封魔結晶が反応したから、強力な魔力の波があったことだけはかろうじて理解した。
何かがあった。だが、何があった?
「アオ様、ご無事ですか?」
「ミネットのおかげでね。状況は?」
「……わかりません。わかりませんけど、これは……」
わずかに黒煙がのぼりはじめた。あそこは露店が並んでいた通りの端の方か。何らかの事故もしくは事件があった。詳細がわからない。情報が欲しい。
左目を意識しながら周囲を見回す。ハリエットの魔力を手繰り、風の魔導で繋ぐ。
「ハリエット、リコ様は?」
《無事よ。アンタも無事ね》
とりあえず黒煙の場所からは遠い場所でレスポンス。
「とりあえず確認するからリコ様を」
《攻撃なら第二波がある。確認にはもうラピィが走ってるからアンタも近づくな》
これ以上ハリエットの邪魔をする訳にもいかない。とりあえず落ち着こうと言い聞かせながら魔力を手繰る。
「……あ」
アーノルドの反応が事態の中心地に近い。さっきはこんなに反応も強くなかった。つまり魔導を使っている。
嫌なことは、嫌なタイミングで起るものだ。
アイリスの反応が、見つけられない。
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