【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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字数が膨らみすぎて次回予告詐欺になりました()


みとめるということ

「ミネットはコリンを連れてパトリオ通りまで後退してリコ様と合流。この状況ならハリエットはリコ様のそばを離れないはずだから、ハリエットを探せば会えるはずだ」

「アオさまは何を」

「アーノルドとアイリスが爆心地にいる。回収したら戻る」

 

 僕はミネットに答えつつコートを脱ぐ。魔力遮断は安全だが、僕の動きが周りに透けない。これだけの騒動になれば誰もが魔力反応を監視しているはずだ。特にポーレットさんのカバーを期待するには位置を知らせておきたい。ちょうどイベント会場になっている教会のそばからポーレットさんの魔力が一瞬だけ広範囲に閃いたから、ちょうど僕の位置を掴んだはずだ。

 

「……危険です」

「それが友人を置いて行く理由になるかい?」

 

 魔導義肢のセーフティを解除しておく。戦う可能性が高いとわかっているなら、準備のしようもある。

 

「イルチェスター卿たちが巻き込まれているということは……」

 

 コリンの疑問に頷いて答える。

 

「おそらくあの商会がらみだろうね。魔導師だったのかい?」

「いえ、そんな話はなかったはずですし、アストン商会は護衛をギルド経由で依頼しています。ギルドに感づかれずに直接魔導師を抱えるほどのキャッシュは無いはずです」

「わかった。じゃあ、何らかのイレギュラーというわけだ」

 

 あり得るとしたら封魔結晶か何かだろうが、僕が直接原因追求まで手を出すつもりもない。まずはアイリスとアーノルドの安全の確保だ。それさえできればあとはどうとでもなるはずだ。

 

「コリン。この状況になった以上はデリス・アストンの身は保証されないぞ」

「やむを得ません。ギルド側は僕が黙らせますので、安全確保を優先してください」

「頼んだ」

「頼まれました」

 

 コリンが『黙らせる』と言ったんだから、多分ギルドは黙るんだろう。ギルドとの関係回復を図ろうとしたリコッタ様の計画はこれでご破算かもしれないが、まずはなんとかしていくしかない。

 

「ミネット」

「はい」

「リコ様を頼む」

「……承知しました。ご武運を」

 

 ミネットは僕を信じてくれた。きっとハリエットにコリンを預けて僕と再合流する魂胆だっただろう。それを飲み込んでくれたのだから、僕はそれに応えるだけだ。

 

「ありがとう。また後で」

 

 シャルちゃん先生の魔力の軌跡が恐ろしい勢いで爆心地に突っ込んでいく。街区を無視した直線的な軌跡と高度からして屋根を蹴るようにして移動している。あの速度なら僕より到着は早い。

 

 僕も追いかける。風の魔導で無理矢理屋根の上に上がった。強力な魔力の波動が放出されている。

 

「ハリエット、聞こえてる?」

《動くなって言ってるでしょうが》

「ごめん。聞かなかったことにする」

《ド阿呆》

 

 ハリエットからド直球の罵倒が飛んでくるが、それだけだった。

 

「アイリスとアーノルドが巻き込まれてる。コリンをそっちに合流させるから頼んだ」

《頼んだって……何をさせる気よ》

「さっきの商会のトラブル絡みの可能性が高い。コリンも狙われる可能性がある」

《それを言うなら真っ先にアンタも標的じゃないの》

「かもね」

《ったく、閣下を泣かせたら承知しないからね》

「わかってる。埋め合わせはどこかで」

《まぁいい、わかった。閣下はなんとかレナ様に合流していただく》

「それが一番安心だね」

《アーノルド君達と合流できたら戦おうとせずにピサ通りに抜けなさい。アシストできるように調整する》

「了解」

《アオ》

「ん?」

 

 いつになく真面目なトーンのハリエットの言葉に耳を傾ける。

 

《死ぬなよ》

「わかってる」

 

 前に飛び出す。風で自分の背を押して加速する。都合の良い飛行魔法なんて覚えていないので、僕は僕自身を空に撃ち出すことでしか飛べない。そのためには、加速が必要だ。

 

「せいっ!」

 

 屋根を踏み切り隣の屋根へ。バランスを上手いこと保たないと顔面をスレート葺きの屋根でヤスリがけする羽目になる。きっちり着地し、前へ。

 

 シャルちゃん先生が間に合ったように見える。風の柱が立ち上がる。シャルちゃん先生の魔導だ。途中から土埃が巻き込まれて茶色い竜巻のようになる。あれは……アレを喰らって人間はまともな状態で残っているのだろうか。

 

 爆発の元になった魔力が一気に膨れ上がるのが見える。その魔力にあてられたのか、左目が一瞬だが、ズキリと痛んだ。

 

「……なんだ?」

 

 まともな魔力じゃない。この反応は……封魔結晶。

 

「魔力をただ解放した……いや」

 

 この反応はマジックベアの時に似ている。そう、あのビームだ。あのビームの感覚に似ている。

 

「あんなデタラメがこんな街中で暴れたらマズい、な」

 

 そろそろ現場が目視できる位置に飛び込んだ。

 

「アーノルド! アイリス! ラピィも!」

 

 ラピィに背負われて……というより、引きずられているアイリスを庇うようにしながらアーノルドが下がっている。アーノルドの横に飛び降りた。

 

「アオ!」

「無事……じゃないよな」

「俺よりアイリスだ。アレの魔力を真正面から喰らった。目を覚まさない」

 

 アイリスの息が荒い。顔や手など、肌を晒していたところが赤く腫れ上がっている。重たい熱傷はこんな感じになるだろうか。

 

「一旦退かないとだめだな」

「それは良いけど、明らかに()()、こっちを見ているぴょん」

 

 ラピィがそんなことを言ってくる。

 

 道路の向こうには身体が数メートルに膨れ上がった四つ足の怪物が立っていた。身体が膨れ上がっては弾け、はじけ飛んだ肉塊が蠢きながら人型を取ろうとしているように見える。シャルちゃん先生の魔力が閃いて風の壁が立ち上がる。

 

「あれは?」

「……デリス・アストンだったもの、だ」

 

 アーノルドの答えに僕はとりあえず頷いて返した。最悪のパターンを引いた可能性が高い。

 

「増殖してやがる……」

 

 アーノルドが苦々しい声を上げている。こんな魔法は見たことがないが、僕の見識が通用しないことはとっくに理解している。こういうものだとして、対策を練るしかない。

 

「ともかく、囲まれるのだけは避けないと、だね。ラピィ、交代しよう」

「どうしてぴょん?」

「僕より強いでしょ」

「そりゃそうぴょん」

 

 ラピィからアイリスを受け取る。義肢は魔力が続く限り機能を落とさず使うことができる。疲れ知らずだ。しっかり背負ってしまえば安定する。重心の位置さえ間違えなければ問題無い。

 

 それを確認したラピィが立ち上がる。小刀サイズの短刀がラピィの上着の中から出てきていた。

 

「けど、正直時間稼ぎもできる気がしないぴょん。……全速力で逃げろ。明らかにアイリスを狙ってる以上、追いかけてくるぞ」

「了解。アーノルド、走れるな?」

「もちろん。意地でも走る」

「上等」

 

 そう返す。このあたりの地図は全部頭に叩き込んでいる。

 

「二ブロック先の路地を東に入る。入り組んだ路地だ。少しでも相手を撒くぞ」

「その先は?」

「教会正面のピサ通りに繋がる。そこまで出れば、教会まで一直線。その通りまで出てしまえば……母上の射線が通る。そのままパトリオ通りの交差点まで下がれば、ハリエットと合流できる」

「わかった。ともかく路地をくねくね走ればいいんだな。先導は頼む」

 

 ポーレットさんの魔力反応がチラチラと閃く。何かを用意しているのは確かだ。

 

「わかった。アーノルド、背中を預ける。……アイリスを救うぞ」

「言われなくとも」

 

 ラピィに合図。僕らが走り出すと同時にラピィが反転。

 

「来いっ! お前らの天敵! 首狩りウサギは、ここだぁああああああ!」

「ラピィさん!?」

 

 シャルちゃん先生の驚いた声。僕らは振り向かずに石畳を蹴る。背後で石畳が砕ける音。何かヤバい攻撃が迫っているのは確かだ。

 

「あっぶねぇなぁっ!」

 

 アーノルドの声を聞きながら石畳を抜ける。僕らの横をビームが走った。魔力のチリチリとした感覚。僕の左眼にはまった封魔結晶がじくりと痛んだ。それを無視して路地に飛び込む。

 

《アオ!》

「母上!」

「うおっ!」

 

 声を届けるにしてはとんでもない強度の魔力が僕らの方に飛んできた。風の魔導だ。その声はアーノルドにも聞こえていたらしく、驚いた声を上げている。出力元をたどると、教会正面の広場。ハリエットの反応も近いということは、既にリコッタもポーレットさんと合流しているとみて良いか。さては飛んだなハリエット。

 

《ピサ通りまで誘導します。次の角を左へ折れてすぐ右へ!》

「はいっ!」

 

 ポーレットさんの魔力は細く、それでも強く流れていて、僕らをしっかりトレースしている。恐らくこの感じなら僕らがアイリスを守りながら進んでいることも気づいているはず。

 

《走りながら聞いて。魔力反応からして、王国ではまだ未特定の特級封魔結晶が暴走しています》

 

 封魔結晶……やはり、僕の左眼に癒着したこれと同類か。さっきの左眼の痛みはそのあたりが関係しそうだ。

 

《リコッタ様のご厚意により、第一公女特別警衛班の指揮権を借り受けました。対処を開始しますから、指示に従ってください》

 

 背後でバキバキと壁が割れる音。路地に肉塊が殺到してくる。ゾンビ映画もかくやの絵面だ。

 

《これからミネットとハリエットちゃんをそちらに送ります。二人はピサ通りに出たら真っ直ぐ教会を目指して。リコッタ様が治癒魔法のスタンバイをして待ってるから》

「はいっ!」

 

 ミネットが出てくるということは、コリンもそちらに合流済だ。おそらくミネットが抱えて走ったんだろう。とりあえずこれで最低限のリスクヘッジが可能になった。

 

《シャル、撤退しましょう。ラピィさんもです》

《でも、アーノルド君達はまだ安全距離を取れてません! 狙いはアイリスさんです! ここで退いたら三人が!》

《大丈夫です。アオ達なら、大丈夫》

 

 シャルちゃん先生は魔導通信でもわかるぐらい息が上がっていて苦しそうだ。

 

《このままだと二人の脱出ルートが無くなります。囲まれる前に東へ抜けてください。大丈夫。私を信じてください。みんな、死なせません》

《……っ! わかりました。東へ抜けます。ラピィさん。少しでもこちらに引きつけますよ!》

 

 シャルちゃん先生も踏ん張ってくれている。その中で僕とアーノルドができることは、一秒でも早く撤退することだ。

 

 足下の痛んだ石畳にバキバキと亀裂が走る。息を飲むが、遅かった。足が取られる。

 

「ぐぁ……っ!」

 

 倒れ込む。アイリスを抱えた関係で受け身が取れない。頬をすりむいた感覚があるそれでもアイリスを地面へ叩き付けずに済んだ。

 

「アオ!」

 

 アーノルドの叫び声が響く。アイリスを抱えなおして立ち上がる路地の角から肉塊が覗く。懐かしい腐臭がある。……タンパク質が腐るにおい。路地裏で嗅ぎ慣れたにおい。

 

「大丈夫! もう少しだ。逃げるぞ」

 

 ポーレットさんが構えているピサ通りまではあと少し。なんとか逃げきるほかない。再度走り出すが、足下の石畳が崩れている。転けるわけにもいかず、速度を落とさざるを得ない。相手との距離が一気に詰まっていく。

 

 逃げきれない。

 

 アーノルドの魔力は枯渇している。顔色も一気に悪くなっている。ミネットとハリエットの到着までそう時間も掛からないはずだが、それでもあと少し、保たせないといけない。

 

「くそっ!」

 

 アーノルドが反転。崩れた石畳に手をつくと、地面が波打つ。泥のようになった地面にその肉塊が足をとられるが、それだけだった。埋まった足を引きちぎってやってくる。

 

「アーノルドっ!」

 

 アーノルドが血を吐く。二人をを抱えて逃げるのは無茶だ。

 

「さっさと行け!」

「ふざけんな! お前も来るんだよ!」

「いいから!」

 

 僕の魔法はコントロールがまだあまり上手く効かない。効かせようと思えば、詠唱を長くするしかない。この距離で、悠長に詠唱をする余裕はない。

 

 リスクを取るしか、ない。

 

「……頭下げてろ!」

 

 腹を括る。ここで僕らが絶えるのが先か、ハリエットたちが来るのが先か。左眼がうずくように痛い。

 

主光あれと言たまひければ(D D F L)光ありき(F L)

 

 空中描画。マジックベア討伐の時に見た、シャルちゃん先生の魔導を思い出す。あの時の手袋に描画されていた記号を、再現する。

 

「潰れろ」

 

 アーノルドが倒れ込むように頭を下げたのを見届け、発動。圧縮した空気を、斜め上から叩き付ける。地面にそのまま肉塊を漉き込む。アーノルドの魔法で地面が緩んでいたのが幸いした。威力不足だが、これ以上の威力を出そうとすると建物が倒壊しかねない。そうすると僕らは脱出経路を失う。

 

「アーノルド、立て。行くぞ」

「わかって……っ!! 後ろ!」

 

 振り返ると同時にほぼ反射で同じ魔法を発動する。今度は僕らの前に盾を作るように。その壁に肉塊がぶつかって、潰れる。変則的な力比べのような状態になる。

 

「くっ……!」

 

 かくんと、力が抜けそうになる。空気の壁に魔力が浸潤してくるのがわかる。

 

「魔導を……中和してくる……っ! くそっ!」

 

 左眼がうずくように痛い。集中力が切れる。ここで力比べをしていてもじり貧だ。このまま相手を、押し出せるか。アーノルドとアイリスを背負って、進めるか。

 

「――――――魔導を切ってください!」

 

 その声に反射的に従う。肉塊はつっかえ棒を失ったようにこちらになだれ込んでくるはずだ。少しでも躱すために、手前の地面に飛び込む。

 

彼の者聖靈と焔を以て洗礼を爾曹に施なはん(I V B I S S E I)!」

 

 頭上を火の粉が通過する。姿勢を下げておいて良かった。アイリスをまだ背負っている。突っ立ていたらマズかった。

 

「……妹とその恩人を害するのであれば、それは我々への攻撃に等しい」

 

 その声は、ハリエットのものでも、ミネットのものでもなかった。

 

「そう怒ったところで、このブヨブヨしたものに耳なんてあるんですの? 姉様」

「少なくとも意志はありそうですわね。……無くても対応はかわりませんが」

 

 視線を上げる。そこに立っていたのは、ドレス姿の、女性二人。

 

「フィッツロイ卿、イルチェスター卿、遅参し申し訳ございません」

「ローズさん!」

 

 ローズさんが振り返り、微笑む。

 

「ポーレット卿やリコッタ閣下がお待ちです。卿らはそのままお進みください。どうか殿(しんがり)をわたくしたちに。お二人からのご恩に報いる機会をお与えくださいませ」

 

 フリージアさんが、僕らの横を通過する。僕が漉き込んだ肉塊の踏み越えんと次の波が迫っていた。

 

「……ローズさんたちは僕らの客人でもあります。無茶はしないでくださいね」

「もちろんです。これ以上ご迷惑をおかけするわけには参りません。ですが――――――」

 

 助け起こされる。アイリスの様子を確認したローズさんが、フリージアさんに並ぶ。

 

「アイリスをこんな目に遭わせた奴を野放しにはできませんので」

 

 アーノルドは自力で立ち上がる。護衛がここでついたなら、下がれる。

 

「……フィッツロイ子爵殿」

 

 フリージアさんが振り返らないまま、声をかけてくる。

 

「妹を、頼みます」

 

 僕は小さく頷く。きっとみえないとわかっていた。

 

「僕の名誉にかけて。後でアイリスにも同じように声をかけてあげてくださいね」

「必ず」

 

 フリージアさんの魔力が爆発的に増加する。

 

「ここは通さない。誰に喧嘩を売ったのか、思い知れ」

 

 僕らは振り返らない。まだ、できることがある。

 




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