【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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この街を守るために

「アオさま!」

「よし! アーノルド君も生きてるね!」

 

 あの後すぐミネットとハリエットに合流できた。ミネットがすぐに僕の横にまわり、アイリスを預かった。

 

「酷い……」

「死にはしないだろうけど、こりゃあ回復するまで相当時間がかかるわね。ともかく、このままピサ通りに出るわよ。急がないとリコッタ閣下の方が待ちきれずこっちに来る」

「勘弁してくれ」

 

 リコッタをこの肉塊の群れに突っ込ませる訳にはいかない。

 

「ミネット。この子も連れて下がれる?」

「もちろんです」

「待て、俺はまだ」

「戦えるだろうけど死ぬわよ。リコッタ閣下の治癒魔法を受けなさい。どっちにしろ私やアオがぶっ倒れたら大人たちと一緒に最終防衛ラインを任せることになるんだから、さっさと下がる」

 

 ハリエットは僕を戦力として認めてくれているらしい。

 

「アオさま、これを」

 

 ミネットが長い筒状の武器を差し出してくる。

 

「コルトさんからの預かり物です」

「飛空魔導師向け試作魔導杖……!」

「昨日説明受けたって聞いたけど、使い方は大丈夫?」

 

 ハリエットに頷いて答える。確かにこれの説明は受けていた。核心技術であるリボルバータイプの術式弾倉こそ未実装ながらも、風の制御に使う術式や魔力の圧縮補助術式は組み込み済だ。これがあれば風の魔導に限るものの、発動までのラグを大分減らせる。

 

「よし。んじゃ、ピサ通りに出たらミネットとアーノルド君が先行して後退。それを護衛しつつ私たちで対象をコントロールする」

「了解だけど、コントロールの方向性は?」

「これ以上あのクソの塊が西に広がらないようにする。バードン教官やラピィも踏ん張ってくれてるし、応援をかってでてくれたミル家のみなさんも封じ込めの方向で動いてくれてる」

「じゃあ殲滅は母上の仕事かな?」

 

 そう聞くとハリエットはにやりと笑った。

 

「相手の魔力を吐き出させきらないと封印もへったくれもない。レナ様が大まかに削ってくれるから、私が先鋒として突っ込む」

「突っ込んでどうする」

「本体の封魔結晶を物理的に固定する。あとは相手の魔力を他の封魔結晶に吸わせて威力を削げるだけ削いで封印する。……ということで、アオ、リコッタ閣下からの預かり物あるでしょ、貸して」

「又貸しは嫌なんだけどなぁ」

 

 僕がネックレスとして下げていた丸い封魔結晶を取り出す。

 

「これだけ容量があればなんとかなるでしょう」

「あの魔力吸わせて大丈夫なんだろうね」

「多分ね。ダメでも封印できるだけの出力に抑えることになるから、大丈夫よ」

 

 何が大丈夫かわからないが、信じないと始まらない。ハリエットに渡す。

 

「わかった。背中は任せて」

「それじゃあ、いこうか」

 

 状況はわかったので、とりあえず動き出す。ハリエットが風の魔導を発動する。

 

「レナ様。アイリスさんとアーノルドさんの安全を確保しました。想定通り遅滞戦闘に入ります」

《お願いね。アオ、大丈夫だと思うけれどあなたも無茶したらダメよ》

「……善処します」

 

 約束しますとは到底言えない。アイリスやアーノルドの様子を知っている以上、冷静ではないことは自覚していた。

 

《もうっ。対象範囲が広域なので仕込みがもう少し掛ります。少しだけ耐えてください》

 

 ピサ通りに飛び出す。別の路地から回り込んだらしい肉塊が思ったよりも近い所に見えた。

 

 魔導杖を構える。引き金はない。義肢から魔力を流し込み、目当ての術式回路を起こす。自前の魔力が混ざった空気がほのかに発光し、空気の弾丸を生み出す。榴弾のイメージで魔力を固め、敵陣のど真ん中に突入させてから吹き飛ばしたい。できるだろうか。

 

「ぶっつけ本番は今後は御免被りたい、ね!」

 

 放てと命じると、音も反動もなく飛び出した。イメージするのは空気のレール。そこを加速して敵陣へ突っ込んでいき、弾けた。威力はそこまでではないが、それでも足を止めさせるには十分だった。

 

「なるほど、確かにコントロールしやすい」

 

 遠距離から安定して魔導を行使できるのは確かに便利だ。杖自体が魔導を飛ばす照準器のような形になるので、感覚的に扱えるようになる。補助があるとういうのはここまで楽になるのか。

 

「感心してないで次行くぞ次!」

 

 ハリエットが火属性の魔導を行使する。火の板が通り一杯の幅で生成される。僕の目の高さで水平に炎の床ができあがる。なんだそのバケモノじみた展開速度は。

 

「口閉じてろ」

 

 それが通りに出てきた敵の喉元めがけてカッ飛んで行く。水平に振るわれる炎のギロチンだ。そりゃあ魔導師が戦場で重宝されるはずだ。残敵の処理で構えていたが、少なくともピサ通りまで流れてきた敵は一掃されている。

 

「これが二級の実力か……」

「これぐらいで驚いてもらっちゃ困る」

「さすがお姉ちゃん」

「嫌みか貴様」

 

 軽口を叩きつつも前進開始。なんとかシャルちゃん先生達と合流したい。チラリと後を見るとあきれ顔のアーノルドと目が合った。お前はさっさと下がってリコッタと合流してくれ。

 

「だけどきりが無いぞ」

「そのためのレナ様の魔導よ」

「土属性って戦闘向きじゃなかったと思うけど」

「普通はね。でもレナ様だから」

「まぁそうだけどさ」

 

 一瞬で王都の堀を埋め立てるポーレットさんは確かにすごいが、戦闘の使い勝手という意味では発散系のほうが戦闘に向いているのは確かなのだ。水属性で近距離格闘戦を志しているアーノルドというイレギュラーもいるにはいるが、発散系である風と火は軍事方面に適正が強い。

 

「っと、次が来るね。細かいのは任せた」

 

 ハリエットがそう言ってくる。僕も構える。

 

「任された」

 

 結果的にだが、二人同時に魔導を発動することになった。

 

    †

 

「さて、そろそろこちらも良いタイミングですかね。……リコッタ様、お力をお借りできますか」

 

 アオの婚約者でもあるリコッタさんに声を掛ける。頷いた彼女が首から宝玉のような封魔結晶を外し、こちらに差し出してくる。

 

「ポーレットさん、お願いします。使い切っていただいて構いません」

「ありがとうございます。それでは、お借りします」

 

 反応からして今回暴れ回っている魔力の根源はアオの瞳に癒着した封魔結晶の『同類』。神話時代の魔力が封ぜられた特級の封魔結晶。王国内で出土した特級は全てが特定、所在把握がなされている。個人的にも封魔結晶の鉱山の主としてその特性を把握している。

 

 だが、この魔力には覚えがない。

 

「盗掘か国外から持ち込まれたモノかなんてわかりませんけど、これはポーレット伯領への攻撃なのは間違いなさそうです。……であるならば、その攻撃への対処を領主の職権をもって行うべきというのも自明」

 

 リコッタの魔力が詰められた封魔結晶。落ちないようにチェーンを手首にかけ、左の手のひらで包み持つ。

 

「その根源が特級の封魔結晶という厄災級の代物によるものであるならば、尚のこと」

 

 騒動の解決方法はただ一つだけ。その魔力があふれ出ないように、封印するのみ。

 

「ならば、初代ポーレット伯爵レナ・ポーレットの名の下に、平伏させるのみ」

 

 そのためには、大規模な術式を展開する必要がある。特に封魔結晶に適合するものがいない場合、結晶の魔力をそれ以上の魔力で組み伏せることになる。

 

「今回はシャルもいるし、ミル家の皆さまもいる。アオやリコッタ様もいる。……信頼できる魔導師がこれほど集まっているタイミングで助かりました」

 

 右手を空中にかざす。自らの身長よりも長い槍のような錫杖を生成する。びっしりと描画が刻まれた、鉄の杖。持ち上げることも叶わぬそれを地面に突き立て、手を添える。

 

「ここはポーレットの封地。セディが夢を叶えようとした地。アオが飛ぶ空の袂となる地」

 

 言い聞かせる。この街が脅威にさらされるのは、初めてのはず。そして当然、魔導術を用いてそれに抗うことも初めてだ。

 

 そうだとしても、こんなところで壊されてたまるか。

 

「――――ここは『鉄血』レナ・ポーレットの領地です」

 

 鉄と血。それを陛下が二つ名として下賜したのには当然わけがある。そしてそれをこのオーストレスの鉱脈地帯に配置したことにも。

 

「これ以上手出しはさせない。ここは、私の封地です」

 

 鉄血、その二つ名はこの鉄の杖に由来する。これをほぼ無詠唱、ノーモーションで生成できる。相手に気取られることなく、瞬時に。

 

「――――汝は馬を驅り汝の拯救の車に乗りたまふ(N I F I E D)

 

 鉄の錫杖に力を込める。味方しかいないはずのこの場とはいえ、魔導術は術であるが故に一度使うと解析される。これだけの衆人環境での行使などできない。ましてや、敵の攻撃が明らかな場合でなど。

 

「――――是河にむかひて怒りたまふなるか(A I F F T)

 

 それでも、私だけが。レナ・ポーレットだけはそれができる。

 

「――――河にむかひて汝の忿怒を發したまふなるか(V I M I T)

 

 都度即興で組み立て、使い捨てる鉄の杖。そこには真理も深淵もない。詠唱するにはまどろっこしい条件式を、その数倍の量のダミーと一緒に書き出しただけのメモ書きに過ぎない。

 

「――――海にむかひて汝の憤恨を洩し給ふなるか(Q A S E T E Q T S)

 

 悪意あるものがその場で詠唱を盗み聞いたとしても、その瞬間に杖のどの記号をどの順番で繋いだのかを知らない限り解析できない。

 

「――――汝の弓は全く嚢を出で(S S A T)杖は言をもて言かためらる(J T Q L E)

 

 両方を得ることができたとて、それを逆算する頃には既に攻撃が終了しており、同じ術式は二度と使われることがない。解析する目的そのものを無効化するための術式構成。

 

 戦場を変えてしまうほどの威力を秘めた魔導機関である封魔結晶、それを適切に扱う御者たること。それが魔導師としての、そして王国騎士団所属の騎士としての役目だった。

 

「――――山々汝を見て震ひ(V T E D M)洪水溢れわたり(G Q T)淵聲を出して(D A V S)その手を高く擧ぐ(A M S L)

 

 だからこの力はきっと、このときのためにあった。

 

「――――汝の奔る矢の光のため(I L S T I)汝の鎗の電光のごとき閃燦のために(I S F H T)

 

 場は整った。術式編纂を開始する。

 

「――――日よ月よ(S E L)その住處に立とどまれ(S I H S)

 

 座標空間を定義。主術式用関数展開、成功。

 妨害措置対抗魔導術式展開、成功。

 座標空間の定義域全域に効果範囲を設定し、妨害措置対抗魔導術式を座標空間へ投射。

 広域探査術式展開に成功。投射開始。解析術式を展開、成功、応答あり。

 座標空間からの逆写像を確認。解析術式から逆関数の取得に成功。

 主術式出力点を定義し投射。

 効力半径の定義をもって主術式用関手を確定。

 主術式の展開開始。預かった封魔結晶から魔力を取り出し、格納。

 

「全員その場で待機してください。魔導投射します」

 

 警告を流す。万が一危険域に入られると困るからだ。

 

「銀十字騎士団が一人、レナ・ポーレットの名の下に」

 

 定義し、三次元空間に投射された射点の数は二八五。手元で展開された術式と全ての射点が関手(ファンクター)で繋がる。

 

「穿て、神罰の矢」

 

 主術式、投射。

 

    †

 

「あら……」

 

 女は呟く。

 

「これはこれは……。あなたも器を選んだのね。風の王」

 

 女の視線の先には、青い髪の少年が映っている。奇妙な形の杖。女はその杖を知らないが、器の方は知っている。

 

「風の王が気に入る程だもの。お手並み拝見といきましょうか」

 

 突如現れた戦場は、加速する。




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