【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
次回は予定通り金曜夜20時05分投稿です……!
「マジか」
とてもまともな感想ではないがそんなことを思った。隣のハリエットもあんぐりとしていた。予告がなければ構えることができないほどの数刹那だけポーレットさんの魔力が閃いた直後、リコッタの魔力をまとった鉄製の槍が複数出現、それが上空から斜めに射出された。現象だけを追うならそうなるのだが……問題はこの槍が空中で破裂し、その破片が眼下の肉塊をことごとく叩き潰したことだ。
「なんつーデタラメな……!」
炎のギロチンで通りの敵を一掃したハリエットも大概だが、彼女もポーレットさんの攻撃の前にはこの感想である。ポーレットさんが安全圏への退避をやたらと気にしていたのはこれを使うからだ。おそらく降ってきた鉄の槍は中空で、その中に詰め込んだリコッタの封魔結晶を炸薬代わりにして槍そのものを殺傷能力のある小片に変換した。
たしかにポーレットさんは無詠唱で金属の棒をポンポン生み出していたけれど、それを応用するとこんなことになるのか。僕やハリエットはポーレットさんやリコッタの魔力は見慣れているし、皆の魔導のクセは体感で知っている。だから何が起こったのかだけはなんとか理解できた。その予備知識がなければ、何が起こったのかを認識することすら困難だっただろう。
それに僕は前世でこれと近いコンセプトに触れている。あれはたしか防衛技術シンポジウムで
(徹甲榴弾と
コンビネーション弾頭は、クラスター爆弾の代替品として研究が進められ、離島や海岸部に
「そりゃあ制圧に軍がいるなんて言われるよ特級魔導師……」
リコッタの規格外な魔力量にものを言わせてなんとかしているとはいえ、こんなものを個人でポンポン飛ばしてくる相手を制圧しろと言われると確かに軍が必要だ。これで王国第八位の実力と言われる以上、王国にはあと七人ほどポーレットさん以上の実力者がいることになるのだが、この国は本当にどこを目指しているのだろうか。
そんな僕の困惑を知らないポーレットさんからの魔導が飛んでくる。
《投射完了しました。ハリエットちゃん、相手のコアの位置確認できてる?》
「できてます」
それは僕もわかる。潰された肉塊の補填をしようとしているのか、強烈な勢いで魔力が膨らんでいく。……なんだか今日は魔力にさらされすぎて気持ち悪くなりそうだ。
「対象の動きを止めさせます」
《うん。シャルも向かってるからお願い。第二射が可能になるまであと四五秒。その間頼むわね、アオ》
「頼まれましたが、あの出力の次射は勘弁してください。巻き込まれたら死ねます」
《大丈夫。ちゃんと制御してるから》
あのレベルの攻撃を数十秒単位のサイクルでぶっ飛ばせるのかポーレットさん。リコッタの無尽蔵な魔力サポートがあるとはいえ、あまりに規格外すぎないか。
「ともかく突っ込むよ! 背中頼んだ!」
ハリエットを追いかけるように走る。魔導杖を抱えて走ることになるが、これが結構走りにくい。僕の体格が悪いだけだとは思うが、もう少し銃身を切り詰めてもらったほうが良いかもしれない。
「見えたっ!」
四つ足のバケモノが正面に現れる。この通りの正面まで移動してきたということは、ねらいはやはりアイリスだろうか。ミネットが抱えて移動しているから、もう通りの奥まで、すなわち、リコッタやポーレットさんが構えている教会までたどり着いているはずだ。大丈夫だと信じたい。
「アオ! あれの足場くずして!」
「やってみるけどノークレームで頼む」
「相手の頭を下げさせられたらそれでいい!」
魔導杖を構える。狙うのは足下。封魔結晶がやはり疼く。魔力を溜め込み過ぎているのだろうか。風のかたまりを生み出す為に、封魔結晶からも魔力を取り出す。強い魔力で義肢が一瞬だけギッと嫌な音を立てた。それを押さえ込んで魔力を放つ。相手の右前足のつま先ごと地面を砕く。親玉のバケモノがぐらりと姿勢を崩す。
「よくやった! 褒めてつかわすっ!」
魔導も使って空中に躍り出たハリエットが空中に魔導陣を描き出す。火の魔導。術式は……爆縮。
――――――ゴッ! と強烈な音が響く。これは王都でラピィと対峙していたときと同じ系統だが、その効果範囲を指先ほどの範囲に限定している。
「その魔導攻撃無効はあの熊畜生で予習済だバカ!」
強烈な熱量を相手の眼下に叩き込でいる。赤ん坊の泣き声のような甲高い悲鳴が響く。燃え移ることはない。それでも相手の視界を潰した。
「あと数秒! あとは頼みます! ――――――バードン教官!」
「まかされましたっ!」
僕を庇う位置に飛び出して来たのはシャルちゃん先生。埃まみれだが、その目は爛と輝いているように見えた。
「
光の幕が現れてそれがまるで鎖のように変形して飛んで行く。相手を地面に押さえつけるのが見えた。
《第二射用意よし。シャル、二人をお願い!》
このタイミングでポーレットさんの次弾装填が完了、ハリエットが慌てて距離をとる。備えろと言われても飛んでくるであろう強烈な圧に備えて風の幕を張るほかない。シャルちゃん先生が平行で術式を展開。僕やハリエットをその幕でくるむ。
「防護結界展開よし! 攻撃どうぞ!」
《投射》
その声と同時に初めてポーレットさんの射点がわかる。今度は文字どおり直上から垂直に鉄の矢が降り注ぐ。鞭のような音がするということは、その速度は超音速に達しており衝撃波がでている。
「ふぅうう! 何度見てもホックリー先輩の攻撃魔法は痺れますね……!」
僕が守りに入るまでもなく、きっちり光の幕で僕らを守り切ったシャルちゃん先生がそう苦笑いを浮かべる。親しみやすい振る舞いで忘れがちだが、シャルちゃん先生は一級魔導師で認定等級だけみてもハリエットより強い高級魔導師だ。
何度見てもということは、シャルちゃん先生は過去にもポーレットさんの攻撃を見ているのだろう。この攻撃で動じてないのはさすがと言うべきだ。
「アオ君も無事ね?」
「ありがとうございます。シャルちゃん先生」
「なんのなんの。こういう結界は先生の得意分野ですし、今日の先輩は精度優先なのか一発いっぱつの威力をかなり抑えているっぽいので、これぐらいなら直撃しても大丈夫だよ」
「……これぐらい?」
これぐらいというが、威力がやはりおかしい。
ポーレットさんの初撃が面攻撃だったとすれば、今度は点攻撃というか、槍が破裂することなく、相手を地面へ文字どおり串刺しにした。確かにあの時の熊と同じく魔力攻撃は効かなさそうだが、だからといって、超音速の鉄の槍の物量で骨格ごと破砕するというのは豪快だ。
人智を超えたとはこういうことかと思うと同時に、もっと意味の分らないことを言っている教官を見る。
「いや、あきらかに『これくらい』じゃないでしょう」
「ふっふっふー。防御専門の魔導師を舐めてもらっちゃ困ります。一応これでも何度か先輩の攻撃は受け止めてるんで」
「はぁっ!?」
目を剥くハリエット。
「あれ? ハリエットちゃんは知らなかったでしたっけ? 私って一級魔導師認定の論文考査を結界術で書いてて、実技の強度臨界測定試験で先輩に暴れてもらったの」
「……あっ! 噂に聞く発散系魔導研究三号棟半壊事件!?」
「それですそれです。私も先輩もおたがいムキになったんで収拾がつかなかったんですけどね。あれに比べれば今回の攻撃はかなり温情入ってますから」
知らない事件が出てきたぞ。なんだそれは。というか、ポーレットさんもシャルちゃん先生もいったい何をしているんだ。
パン屋を爆散させて学院に放り込まれたハリエットを『発散系魔導師あるある』として笑い飛ばしていたシャルちゃん先生だったから、絶対過去になにかやらかしたことがあるんだろうと思っていたが、この人は考査会場を半壊させて一級魔導師になってたのか。
「……ともかく。回復しないところを見ると、とりあえず魔力は吐かせきったみたいですね。あとは通常の術式で魔力を別の器に吸わせて管理かな。ハリエットちゃん、いける? なにかあったら私もカバーするから」
「はい。よろしくお願いします」
僕が預けた封魔結晶を持ってその残骸に近づいていくハリエット。そっちはハリエットに任せることにして……僕はもう一仕事ある。
「アオ君?」
シャルちゃん先生を無視して、僕は振り返る。僕の左眼に癒着した封魔結晶がチリチリと痛む。その痛みが導く方向に向け、僕は杖を構えた。
「止まれ。先ほどから僕を見ていたな。何者だ」
可能な限り冷徹に聞こえるよう、声を抑える。見た目に威厳がない分、せめてもの抵抗だ。路地裏から出てきたのは黒いローブをすっぽりと被った女性だった。
「アオ!」
「ハリエットはそっちを頼んだ」
「……っ」
ハリエットの方を僕は向くことができない。いま目の前の相手から目をそらすと致命的な結果を生みかねないと感じていた。顔を覗くことができないほどに深くフードを被ったその女性はこちらを見ている。見ていることはわかる。
(この騒動の魔力と同一か。……狙いは、僕か?)
目の痛みが集中力を削ぐ。それでも、この場を乗り切らないことにはどうにもならない。
「
「帝国式詠唱!? させないっ!」
シャルちゃん先生がとんでもない速度で術式を編んだ。光の鎖が女を拘束せんと飛んでいき、すり抜ける。
「なっ……!」
「
爆発的に膨れ上がる魔力。さっきの肉塊と同じ魔力。こいつが黒幕だろう。それよりも『帝国式詠唱』が引っかかる。英語だ。格式張った英語。中世の劇作でしか聞かないような言い回し。
「
(……こいつは、この言い回しは……!)
細かいところは記憶と異なるが、
飛んでくる魔力のかたまりを正面に両手をかざしたシャルちゃん先生の魔導が受ける。魔力の浸潤が目で追える。ミル家のお二方に助けられる前、僕が見たのと同じ現象だ。相手に術式が乗っ取られる前に手を打つしかない。
「先生、堪えて!」
シャルちゃん先生の魔導に僕が合わせる。相手の魔力の流れが読める以上、それを妨害することそのものは可能だし、出力勝負なら、僕だって負けない。相手の浸潤の経路なら、こちらだって魔力を流し込める。
「アオ君っ!?」
「そのまま!」
左手をシャルちゃん先生の手に沿えて僕の封魔結晶から魔力を補填しつつ、左腕に魔導杖を乗せる。自前の魔力を精製し風の魔導を発動。低威力の魔導をばらまく。相手に届くことのない攻撃だが、それでいい。相手の処理能力を削れれば、それでいいのだ。
僕がばらまいたデコイの処理に相手の魔力が使われる。その間にシャルちゃん先生の魔導が持ち直した。封魔結晶から魔力を取り出し、本命の魔導を叩き込む。
攻撃の応酬が止った。互いに有効打はゼロだが、女は満足げに声を上げた。
「万歳! ポーレット! お前は劣るが偉大になるお方!」
今度は大陸標準語に戻っている。つくづく馬鹿にしてくれる。
「荒野の魔女を気取るなら徹底してくださいよ」
そう口にするとにやりとほくそ笑んだような気配。……話が通じたことを確認したな。
「アオ君……?」
シャルちゃん先生が困惑したように僕を見る。心の中だけで詫びつつシャルちゃん先生を躱して前へ。
「マクベスをきちんと読んでないだろう。マクベスとバンクォーそれぞれ対しての予言を混同しているぞ」
そう口にして魔導杖を構え直す。
「それに魔女は荒野に湧き立つものだ。ヘカテーに許しは得たのかい?」
「こんな素晴らしい知らせを前に何を恐れているのです?」
「それはバンクォーの台詞だな。次は何だ? 森が動くまでは無敵だとでも言うのかね」
相手の会話に乗る。少しでも情報が欲しい。シャルちゃん先生曰く、先ほどの引用は帝国式の魔導術式が噛んでいる。つまり、この騒動は帝国が関与する何らかの工作であった可能性があり、そしてそれは僕らに露見しても問題ないところまで進行したことになる。
「くっくっくっくっ……。言いやしないさ。それをお前は知っている。器の子、アオ・ポーレットよ」
「自分の言葉で話しなよ。魔女さんは借り物の言葉で賢しくなったつもりかい」
もう少し、もう少しだけ時間を稼ぐ必要がある。
「恐れるな風の王、その器の子。お前の運命はまだ先にある」
「生憎名乗りもしない奴の言葉を聞く趣味はなくてね」
「我が名はリベザル。地の王リベザル。風の王シルヴェストルよ、その器の子アオ・ポーレットよ、お前らは私を知っているはずだ」
「知らないね。少なくとも僕はお前を知らない。そして名乗られたからといってそうですかと忠告を聞き入れるような間柄にはならない」
そう答えてから、ゆっくりと彼女の中央、魔力の源に狙いをつける。
「少なくともお前は僕の友人を傷つけた。この街を傷つけた。器だかなんだか知らないが、運命なんてクソ食らえだ」
魔力を放つ。相手はそれを避ける。その動きを待っていた。時間的にも、ジャスト。
真上から鉄の槍が貫通する。その女の影が霧散して消える。足下には砕けた封魔結晶の欠片だけが残っていた。
「きれいはきたない、きたないはきれい。か」
魔導杖の構えを解く。
「……ほんと、クソ食らえだ」
そう呟くことしかできなかった。暗く濁った空気の中、その敵は消えてしまった。
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