【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
「とりあえず、アイリスは大丈夫なんだね?」
「包帯が大げさだけど、たぶん跡も残らないだろうって。それに明日以降も……」
「はい。わたくしがきちんと治癒魔法もかけていくので、御安心くださいね」
「ありがとうございます。リコッタ様」
とりあえずポーレット邸に担ぎ込んでいたアイリス本人の口からそんな応答を聞くことができて、僕は胸をなで下ろす。
「アオ君もアーノルド君も、ありがとう」
「どういたしまして」
「安心しろ、次はない」
「アーノルド、アイリスが酷い目にあった直後でさすがにその物言いはなくないか」
「次はあんなこと起こさせないって言ってんだ。……俺にはまだ鍛え方が足りてないってのがよくわかった。バードン教官やお前がいなけりゃ、アイリス共々とっくに死んでる」
「個人的にはあんなに侵襲性の高い魔力と真正面から力比べしてたアーノルドも大概ヤバい実力者なんだけど?」
「お前にだけは言われたくないぞ」
「僕のはほとんど封魔結晶による底上げだから」
「だとしてもだ」
どこか不機嫌なアーノルド。そうは言うものの、不意打ちを受けたアイリスをカバーしたのは結局アーノルドだ。彼がいなければどうにもならなかっただろう。
「本当にわたしたちすごい先生に教えてもらえてたのね……」
「あれで自認が『前線向きじゃない』ってどんなギャグだよバードン教官」
「なんであれで初等科の教官なんだろうね。ご出身のランドルト魔導学院ってファイフ公爵領で魔導研究の聖地みたいな場所であれだけ実力があって埋もれているのは逆に怖いんだけど」
「あ、それなんだけど……」
僕が疑問を口にするとアイリスが答えを持っていた。
「ランドルト魔導学院って実質的なファイフ公爵領の軍学校だから……攻撃魔法の魔導化研究にお金が優先的に振り分けられるし、そういう研究室からじゃないと戦闘職にはいけないの。たぶんシャルちゃん先生の研究が攻撃転用しにくいものだから……」
「……あんなとんでもない硬度の盾を乱発できるのに?」
「基本的に魔導師は後方から攻撃するもので、踏み込まれた時点で負けだから……」
それがスタンダードというのは僕もなんとなく分かる。王都で第二王子殿下の差し向けた騎士団員とやり合ったときも、接近戦で悠長に詠唱するみたいなのんきな事をしていたのも、そもそもその距離で戦闘になること自体が魔導術の想定外だからだったのだろう。
アーノルドがため息をつく。
「なんというか。本当に笑えないぞ」
「それを言うなら僕の母上はどうなる。あれだけの攻撃を三連射しておいて『特級魔導師のなかでは最弱の新参者ですし』とか『時間があればもっと洗練させられたのに』とかぼやいてるんだけど」
「魔導術をお使いの時のポーレットさん、すごくお綺麗でしたよ。鉄の杖をガァン! って」
僕等の中では唯一ポーレットさんの魔導発動シーンを見ているリコッタが優しく微笑む。その『鉄の杖をガァン!』と『お綺麗』の評価が結びつかなくて色々と返答に困る。
「……リコ様からみて母上の魔導はどうでした?」
「えっと……笑いませんか?」
「はい」
妙な念押しが入ったぞ。何があった。
「……わからなかったんです」
「え?」
「本当に、なにひとつ。発動の結果を見るまで、なんの術式が発動したのかすら、なにひとつ見えなかったのです。属性すら、なにも」
「……笑いたくても笑えないよ。リコッタ閣下で見えなければ、俺たちで見える可能性があるのアイリスぐらいだろ」
アーノルドはげっそりとした顔でそんなことを言う。
「……それを使い捨てにするのか母上」
「は? 使い捨て?」
「うん。誰かに見られる可能性のある場所で使う魔導は一度使ったら焼き捨てて、もう二度と使わないようにしてるんだってさ。一度使ったら対策されて通用しなくなるから。だから今回の鉄の矢ももう使わないって」
「……ほんと特級魔導師って意味わからん思考回路してんな。あれを知ったところで対策できるのってそれこそお母様以上の魔導師だけだろ。この世界に何人いると思ってるんだ」
「同じ事聞いたら『王国だけでもあと七人いるんですよ? 対策するには十分じゃないですか』って即答されたよ」
「魔導師の果ては遠いよ……」
とはいえ、僕等の総力戦でなんとか倒せた相手が帝国サイドの可能性が高い以上、対策が必須だ。頑張って強くなっていく必要がある。
「……でも、アオ君もほんとうにすごいね?」
「なにが?」
アイリスに声をかけられて僕は思考を中断させられた。首をかしげるとどこか弱った笑みを浮かべるアイリス。
「リコッタ様の本気の治療初めて受けたけど……」
「あぁ……リコ様の治療って反動がくるからね……」
「俺も受けたけど死ぬかと思ったぞ」
「えっ? そこまででしたかっ!?」
僕等三人の評価にオロオロし始めるリコッタ。
リコッタの治癒魔法はすこぶる効くが、同時に強烈な吐き気というか、めまいというか、そういうものがやってくる。
「決闘のあとアオがすごい顔してた意味がようやくわかった……」
「ははは。大丈夫だよ。リコ様も命の危機でもない限りあそこまでの高速回復は使わないから」
「そ、そんなに負担がかかるものなのですかわたくしの魔法……」
「背に腹は代えられませんからね。気にしないでください」
僕はリコッタの頭を撫でながら考える。
「母上がリコ様の魔法を魔導術にある程度落とし込んでいるようなので、頃合いを見てきちんと魔導として整理しましょう。それこそ専用の魔道具を作るのもいいかもしれない。アーノルドの盾もシャルちゃん先生のアレンジが入るんだろう?」
「教官からは『今回は大成功でしたが一歩間違えば魔力枯渇の前に失血死です!』って死ぬほど怒られたからな。いろいろ調整してもらえるらしいから、死なないために死ぬ気で覚えるさ」
アーノルドが肩をすくめたタイミングで扉がノックされた。
「どうぞ」
僕が許可を出すと顔を出したのはコリン、そしてミル家のローズさんとフリージアさんだった。……どうしてこの組み合わせ? と思わなくもないが、ギルド周りでミル家への補償の話をしていたのかと何となく納得した。
ローズさんがカーテシーの姿勢をとった。
「リコッタ閣下、フィッツロイ卿アオ様、そしてイルチェスター卿アーノルド様。この度はアイリスを、私たちの妹をお救いいただき、どう感謝をお伝えしてよいかもわかりません」
「どうか頭をお上げください、ローズさん。当たり前のことをしただけですわ。アイリスはわたくしたちの親友ですもの」
僕らを代表してリコッタが答えた。この場として格が高いのはリコッタだ。さっと前に出て微笑む。
「ねっ、アオ様」
「そのとおりです。それにそこで恐縮されてしまうと、ホストサイドである我々ポーレット家こそ糾弾されるべき事態になります」
その物言いに苦笑いを浮かべるのはコリンだ。その彼に視線を送る。
「コリン、ギルド側は?」
「王都側、公爵領側ともに掌握済です」
さらっと返ってくるがとんでもないなこいつ。
「今後の動きは?」
「取り急ぎ公爵領側のギルド名義で復興資材の緊急調達を実施します。リコッタ閣下にも骨折りいただいたので、最優先での調達が可能となりました」
「公爵ファミリーを顎で使う商人もお前ぐらいだよ……」
僕もげっそりした顔をしているだろうと思うが、『骨折りいただいた』とコリンが態々伝える位の働きをしたらしいリコッタは優しく微笑むだけだった。
「それでもわたくしがご挨拶したかたはお二人だけでしたよ?」
「そりゃトップがトップに頭を下げたら話は決まるでしょうよ……」
実際のところリコッタ自身に裁量権があるわけではなく、公爵閣下の胸三寸でリコッタが勝手にやったことと反故にすることもできる。だが閣下がそうするとは思えない以上、これで復興資材の調達はなんとかなったと思っていいだろう。家を失って寝る場所がない人達には教会やポーレット家の屋敷を避難所として提供しているものの、長期化はさせたくなかった。早めに復興を進めたい。
「それで、王都側はどうなる?」
「調達にかかるコスト負担や調達先への補填を王都商人ギルド側に負担させる形で決着させました。今晩中にギルド間で概算をまとめて、明日あさイチでレナ殿に御報告いたします」
その日程感だと市場価格とかの確認が間に合わないと思うのだが、大丈夫だろうか。王都商人ギルドに逆恨みされても困るし、敵国であるカスパール帝国側の関与が疑われる状況だ。ギルドを崩壊させるのが目的ではない以上は適度なところで矛を収めたい。
素直にそう言うとニコリと笑うコリン。
「大丈夫です。王都商人ギルド側から頼んでもないのに『是非とも勉強させていただきたい』と申し出てきてます。直近の持ち出しはポーレット家も我々公爵領商人ギルドも痛いでしょうが、事情が事情ですし王宮へも報告が上がります。迷惑料はそちらから絞りましょう」
「……となると、最終的な復興予算は来期の王立魔導研究所絡みの予算と抱き合わせで予算審議会へ送ることになるかな。予算執行までが遠いな」
「いえ、おそらく王宮の予備費というか、勝手に自壊した銀弓騎士団関連予算がそのまま宙に浮いているので、それが投入されるでしょうね」
コリンはほんとうにどこまで行く気なんだろう。王国の予算審議会は非公開の御前会議のはずだ。そこに上がる議題なんて正規ルートじゃ公爵閣下も聞けない内容であるはずなのに、コリンはさらりと把握している……さては王都の商人ギルドを乗っ取る勢いで協力者を確保したな。
「……とりあえずわかった。この件は母上の耳に?」
「すでに入れています。エルジック卿には事後承諾になってしまいましたが、ンシア殿をお借りしました。細かいところは彼から」
「よし。ありがとう、コリンがいてくれて本当に助かった」
「お褒めいただき恐縮です」
そんなやり取りをしていたら苦笑いを浮かべていたのはローズさんだ。
「フィッツロイ卿はどうやってフォルマル様の信頼を勝ち得たのです? ミル家も様々な商人さんと取引がありますが、ここまでの辣腕を振るう方をお見かけしたことがなく……」
「まぁ……成り行きで?」
路地裏での喧嘩に巻き込んでしまったからとは到底言えない雰囲気なので、とりあえずごまかす。
「是非ともミル家のご当主さまにも一度お目通りの機会をいただきたいですね。弊商会ならきっと皆さまのお力になれますので」
「コリン、ミル家の皆様が怯えてるからそこまでにしようか。というか、このタイミングでそれは脅しでは?」
「お戯れを」
そんな会話をしているとますます青くなるローズさんたち。まあ、いろいろとご負担を賭けるだろうが、慣れてもらうしかない。
「とりあえず、アイリスが無事でほんとうに良かった、まずは回復して、学校に備えよう」
そんな会話をして、僕とリコッタで部屋を出る。もうすぐ夜というのもあり、さすがにアイリスを解放しないといけない。ローズさんたちとの会話も必要だろう。
「……さて、と。ごめんねミネット。待たせた」
「いえ。大丈夫です。……レナ様がお待ちです。リコッタ様もよろしければ」
「わかった」
「もちろんご一緒いたしますわ」
このタイミングでのお呼びとなれば、狙いは一つだろう。
ポーレットさんは彼女の執務室で待っていた。ハリエットが先に到着している。リコッタも来るというのを聞いて……いや、見越してこちらにきていたというのが正しいか。
「ハリエットちゃんから聞いたわ。今回の騒動の中心にいるという魔女『リベザル』の術式をアオは理解している……のね?」
切り込んでくるのはポーレットさん。予想通りの問いに僕は頷いて答える。
「正確に理解しているわけではありません。ですがあの言葉は『アオになる前の自分』が知っているものでした。人物や肩書はこの場に合わせて変更されているようでしたが」
「アガツマさんの記憶……ですか?」
「はい、リコ様。向こうの世界の戯曲『マクベス』の第一幕第三場に出てくる荒野の魔女の台詞です」
そう言うと考え込むような仕草を見せるポーレットさん。
「その戯曲はなにか呪いのようなものを含むの?」
「いえ。少なくとも僕が知っている限りはただの文学作品です」
「どんな作品?」
「戯曲『マクベス』は荒野の魔女により王になると予言されたマクベスという男が、魔女の予言通り王となり、運命に抗いきれず破滅するまでを描いた悲劇です」
「はめつ……」
あきらかに嫌そうな顔をするミネットだが、それよりも不機嫌に口を開いたのはハリエットだ。
「で、その敵が『魔女』を自認して、アオを偉大やら風の王やらと賛美してたってことはさ、そのマクベスってのがアオだって言いたいわけ? 王になって破滅しろって?」
「たぶんね。……さっきも少し言いましたが、肩書や呼び名が変更されていました。……僕の知っている原典通りに書くと帝国式魔導が発動する可能性がありそうなんで、とりあえずこっちの言葉に訳して書きますけど……」
ポーレットさんからペンと便箋を借り、あの敵から言われた内容を書き下す。それを覗き込んだリコッタがそれを読み上げる。
「万歳、ポーレット。オーストレスの領主に栄光あれ。万歳、ポーレット。ライエンの領主に栄光あれ。万歳。ポーレット。お前は風の王になる男……?」
「第一節はまぁ……私が死んだらポーレット伯領はアオのものになるから妥当としても……第二節のライエンは……ねぇ」
「ご主人さ……いえ、レナさま、ライエンというのは?」
癖でポーレットさんをご主人さまと呼びそうになったミネットが首をかしげる。ポーレットさんが僕をみたので僕から答えることにする。
「ライエン地方は公爵領の西側のライエン川とその支流ブレンダ川流域を示す地域だね。……ちょうど、帝国との係争地域になっていて、今は帝国が実効支配している」
そう、この第二節が特にまずい。肥沃な平野部でここ数十年にわたり帝国と小競合いが続いている地域だ。相手は僕をここの領主になると予言してきたのである。
「それで、なんでアオはそれを真に受けているわけ?」
ハリエットはどこか呆れたようにそう言う。僕はそれに微笑む。……笑えたかどうかは自信がなかった。
「マクベスをなぞるのであれば魔女の予言というのは運命であって、絶対だ。マクベスは王になり、森が動くまで勝ち続け、女から生まれたものにマクベスは倒せないと予言された。それに慢心したマクベスは、木の枝で擬態した兵団に襲撃され、帝王切開で生まれてきたものに殺される。……予言通りにね」
マクベスというのは運命に抗おうとした人間が運命に殺されるまでの悲劇である。最初から運命というのは決まっていて、人間にできるのはそこまでどう行き着くかを選ぶことであるというのが神話におけるルールだった。
「それが恐れる理由?」
「運命がどうこうとか予言がどうこうというのは正直どうでも良い」
「じゃあなんで」
「何でも何も、マクベスの物語が魔導術に組み込まれた可能性がある以上、なんらかの影響がある可能性が高い」
僕がそう言うとポーレットさんが考え込むような仕草を見せた。魔法を解釈して
「アオの言うとおりね。でまかせならそれでよし。本当だったらアオが破滅するのでしょう? とりあえず対症療法でできることを考えましょう」
ポーレットさんがそう口にするが、僕は今度こそニッコリ笑った。
「予言を実現させないだけならアプローチは簡単です。母上、長生きしてください」
「最初からそのつもりですけど……どういうこと?」
「予言が成就するまでの時間を稼ぐなら、僕がポーレット伯を引き継ぐのを最大減遅らせるのが手っ取り早いです」
「……確かにそうね。本当に死ねなくなっちゃったわ……」
ポーレットさんもさすがにこれには苦笑いだ。
「あと気になるのは風の王という単語かしら。……アオの封魔結晶の事よね」
「おそらくは。で、今回暴れたのが地の王『リベザル』……の一部で、僕の目に填まったのが風の王『シルヴェストル』となると……火の王と水の王に紐付く封魔結晶がどこかにありますね」
「なに? これもアガツマ・ワールド由来?」
胡散臭げな顔をするハリエット。
「僕を恨まれても困るよハリエット」
「そりゃそうだけどさ……で、どうなの?」
「あり得ると思う。パラケルススがまとめた四大精霊に対応するなら納得がいく。風の精霊シルフもしくはシルフィードは、シルヴェストルと語感も近い。でもシルフは種属名みたいなもので、王の名前じゃない。それに地の王で『リベザル』っていうのも聞いたことが……あ、ノームの王リューベツァールか? さすがにヨーロッパの神話周りは専門外だぞ。どこだっけ、ドイツかチェコか……ともかくそのあたりの民間伝承だな。そうなるとなんで風の王がシルヴェストルなんだろう。エアリアルのほうが近そうなのに……」
「待って待って待って。情報量が多すぎてついて行けない」
肩を揺すってくるハリエットに強制的に思考を中断させられた。そりゃそうだ。僕だって整理し切れてないし、今更原典にあたりようもないので、これ以上考えても仕方が無い。すでにミネットが目を回している。
「……こうなってくると、魔法のルーツそのものから疑ってかからないとでだめそうね。……アオ、魔導術周りは私に任せてくれる?」
「まかせるもなにも、僕には何から手をつけるべきかがわかりません」
「帝国側の魔導術は向こうの聖王教会の信仰と紐付いているから、あんまり王国だと情報が入らないけど、調べてみる」
「大丈夫ですか? 聖王教会は王国にとっては邪教というか、カスパール帝王の神威を示すために人がでっち上げた宗教です。邪教の信徒とみられたらさすがのレナ様でもヤバいんじゃ……?」
ハリエットの声に笑うポーレットさん。
「息子の危機です。命を張れずになにが親ですか」
「命を張る前に長生きしてくれないと予言通りになりますのでそこは安全第一で御願いします母上」
僕の指摘にポーレットさんがペロリと舌を出す。……新たな魔導術に惹かれたわけではないと信じたい。
「ともかくです。僕等がやるべきことは変わりません。帝国への警戒こそ必要ですが、まずは今回のオーストレス市街地の復興、騎士団の設立に向けた動きを作っていくことになります。……といっても、僕はこのさきしばらく学院に張り付かないと留年しかねないのであまり動けないんですけど」
「そのあたりはわたしとジャンさん、ンシアさんあたりで動きます。少しは大人と親を信用してくれてもいいのよ、アオ」
うんうんと頷くハリエットだが、ハリエットはリコッタの護衛で僕等と一緒に学院へ張り付きになるんだけど分かっているんだろうか。
「それに、あのリベザルの言うことが本当なら、アオがオーストレスやライエンの領主となるまでは命が保障されてしまうことになるわよね」
「……長期戦ですね。あまり得意ではないんですけど」
「そもそも七歳で長期戦が得意だったらヤバいわよ」
その通りである。
「ゆっくりいきましょう。アオ。今日の様子を見るに、みんななら大丈夫」
ポーレットさんに頭を撫でられる。面映い気持ちというのは、こんな時のための表現だろう。
「そうですね。……ゆっくり。着実に、前へ」
「リコッタもお供しますから大丈夫です」
「はい、リコ様」
そっと義肢の指にリコッタの手が触れる。僕に指の感覚はない。それでもきっと優しい手を為ているのだと思う。
そう。僕等は前に進まねばならない。
「……人生は歩く影法師、哀れな役者、か」
「それって、セディの日記帳にもあった……」
「はい。これもマクベスの一節です。第五幕第五場。運命をどうやっても覆せないという確信を得る直前のマクベスの独白です」
たとえいつか運命が訪れるとしても、それに挑まない理由にはならないはずだ。
「それでもマクベスは抗ったのです。……セドリックさんがその言葉を引用したのは、死に行くと知って、抗いきれないと理解してしまったからかもしれません。それでもそんなマクベスの言葉にすがったのはきっと、運命に抗わざるを得ないほどに未練があった、生きたかったからかもしれなせんね」
きっとセドリック・ポーレットは本当にポーレットさんを愛していたんだろう。それでも、運命とやらに抗えなかった。
「僕等はその先へ向かわないといけない。……積み上げて積み上げて、着実に」
元々僕はきっとあの場で、歩荷としてバリナード公爵家の車列について行ったあの時に死ぬはずだった。あの時の声が風の王シルヴェストルのものだというのなら。僕はこの運命を受け入れて生き延びたことになる。
それに代償が伴うというなら、受け入れざるを得ない未来がくるだろう。
でもそれは、きっと今ではない。
「進みましょう。今はみんなで」
「ずっと、ですよ。アオ様」
リコッタの訂正に微笑む。
「そうですね。いっしょに。みんなで」
いつか運命が僕を喰らうとしても。
「前へ」
――――――そうして、六年が過ぎた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて幼年編が終了、次回より騎士団編となります。
のんびりと投稿しているうちに書籍化までしていただいたこの作品も50万字です。思えば遠くに来たものです。作品としてはあまりのんびりしていませんが、ともかくここまで来ることができました。ひとえに読者の皆さまのおかげです。本当にありがとうございます。
8月中は充電期間としてひと月ほど更新をお休みさせていただき、また2026/09/04(金)20:05より更新を再開させていただきたいと思います。
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次回 編成完結式典より完結報告全文
If you aren't tough, you won't get out of the world alive. If you can't be gentle, you don't deserve to stay in it.
それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。