【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
また王宮へ
「やあああっ!」
「今のは良い突きです、リチャード閣下」
想定の位置に飛んできた木刀を五歳の彼にも分かるよう丁寧に払い、僕は半歩分距離を取る。バリナード公爵領の都、シェフィード旧市街中心にそびえ立つバリナード城の訓練場の乾いた空気に、カンっ!と小気味よい音が響く。
「そこまでにしようか。リチャード」
「とと様! ねね様!」
相手にしていた子どもが勢いよく振り返る。剣先がブレるがこの距離なら当たらない。それよりもこちらの剣先が相手に触れる可能性があることの方が問題だ。そのまま数歩下がって安全距離を取った。
訓練場に続く階段を降りてきたのは二人。一人は僕の上司というか、管理者であるトマス・バリナード公爵閣下。もう一人は僕の婚約者で、トマス閣下の第一子にして長女のリコッタ・バリナード。
「リチャード。振り向く前にフィッツロイ子爵に礼をするんだ」
「ご、ごめんなさい!」
慌ててこちらに向き直るダンリー伯リチャード・バリナード。儀礼称号の伯爵位があることから分かるとおり、リチャードはバリナード公爵家の嫡男だ。そういえば僕とリコッタが出会ってからしばらくで生まれたんだったなと、感慨深く思い出す。あれから六年、そりゃ大きくもなるか。
納刀の仕草をし、相手も倣う。礼を交わすと、改めてリチャードは父親と姉をめがけて駆けていく。飛びついたのは、姉の方。リコッタはしゃがみ込んで両手を広げて彼を迎え入れる姿勢だ。
「アオも大分騎士団の制服が似合ってきたな」
「そうですか?」
騎士団としての制服というか、飛空魔導師としての制服は結局、黒のスラックスとグレーのウール地のジャケットという無難なものに落ち着いた。ズボンは魔鳥にかけるサドルや毛並みに合わせて暗い色に、上半身は雲や空に紛れやすい明るい色にしようということになった。マントのような外套もつけた方が良いと言われたりもしたが、空だと空気抵抗でひどいことになるということで軽装だ。
「アオはただでさえ謙虚だからもっと派手な服装の方がいいとおもったが。こう見ると乙なものだ」
「僕がキンキラキンの刺繍だらけの服装して似合うと思います?」
「思わんが?」
その言い草に少しムッとする。
「公爵閣下。話の流れを勘案すると、それはつまり僕はもっと恥をかいた方がいいというアドバイスですか?」
「はっはっは。言うようになったじゃないか。それでもあまりに飾りの少ない格好なのでな」
「腕に方位計やら気圧計やら時計やらをゴテゴテ縛りつけるので飾りは邪魔なだけです。足にもマップケースやら非常装備やら通信魔導具もつけるのでどうしてもこうなります」
「飛空戦術とは、かくも難儀なものだな。それで剣を振るえるのか?」
「何とかしますよ。そもそも僕らが五〇騎士団として剣を抜かないといけないなんて、本当に大詰めで大将首をとるときか、事故の果ての玉砕前提の吶喊かの二択ですけどね」
そのやり取りに満足したのか、喉の奥でわらう公爵閣下。僕自身の背が大分のびて、公爵閣下を見上げるのも大分楽になった。それでも大柄な公爵閣下の方がかなり背も高い。……僕自身が年齢の割に背が低めというのは、今後に期待したいところだ。
まあ……背の低さという面ではリコッタほどではないんだけど。魔力飽和体質の影響で、成長も老化もゆっくりになってしまう。それでも子どもから少女の顔になって、よりきれいになったと思う。
「アオ様?」
甘え放題に甘えているリチャードを抱きとめた姿勢ままリコッタが僕を見て首をかしげている。その頭を軽く撫でる。身長の伸びに合わせて最近サイズアップした義腕も大分馴染んできた。
リコッタは現在グレイフォート学院中等部に通っていて、あまり一緒にいられなかった。僕は初等部を卒業してそのまま王都の軍学校に進学した扱いとなり、実質的にはオーストレスと王宮をピストンしながら、王宮直轄の飛空魔導騎士団設置準備局の事務局長をしていたからだ。おかげでゆっくり話せる機会は少なかった。
それもこれからは大きく変わる。王宮からは第五〇騎士団の
「アオ様。やはり最近わたくしの頭を撫でれば何でも許されると思っていませんか?」
「なんのことでしょう? そんなことはありませんよ」
「ミネットとわたくしで作ったお弁当を蔑ろにして仕事に没頭していたのはどこの殿方でしたか?」
「おっと。これ以上は僕の旗色が悪くなりそうです」
そんな会話をすると豪快に笑ったのは公爵閣下だ。
「聞いたぞ。せっかくリコがサンドイッチを作ったのに夜まで放置していたそうだな?」
「……耳が早いことで」
「いろいろとな。……ところでアオ。私とも模擬戦をしようか」
「模擬戦で真剣に手を掛けないでください公爵閣下」
「はは、たまには親らしく娘の味方にならなくてはな」
僕も彼女の味方のつもりなんだけど、とは言えない。騎士団の運営が始まり、いろいろ吹き出した内規の改善案をマハマやアーノルドとシバき回していたら昼食を食べる余裕がなくなったという事情こそあるものの、それでも食べやすいようにとサンドイッチにしてくれたリコッタの気遣いを無駄にしたのは僕だ。
「冗談はこれくらいにしてだな」
「本当に冗談でしたか?」
「リチャードはどうだ」
公爵閣下から名前を呼ばれて顔をあげるリチャード。首をかしげるしぐさがリコッタそっくりだった。目元もリコッタに似ていて、本当に姉弟なんだなぁとどこか感慨深く思う。
「大変筋が良いので、僕が教えられることはすぐになくなりますね」
「あらあら、アオ様がそういうのでしたら、本当に筋がよいのね」
「ありがとう、アオ!」
「リチャード閣下ならグレイフォートの武道大会でも良いところまで進めますよ」
僕はしゃがみ込んでリチャードと目を合わせる。
「……優勝はできない?」
「頑張って鍛錬すれば、できます。でも今のままだと厳しいかもしれませんね」
「もっと頑張る!」
「わかりました。僕がお付き合いできるときは、喜んでお付き合いいたしましょう」
「アオは優勝したことがあるの?」
リチャードの質問に笑う。
「一度だけ。後は全部アーノルド……大柄のイルチェスター男爵はわかりますね?」
「えっと……」
「閣下のお誕生日の祝典にて上裸で芸をしようとしてアイリスから氷漬けにされた彼です」
「あっ! 裸の騎士!」
酷い覚えられ方をしているアーノルド。まあ自業自得なので仕方が無い。
「僕は四回中三回彼からコテンパンにされています」
「残りの一回は?」
「彼が熱で寝込んで不参加でしたので勝ち上がれました」
「ほへー。じゃあ剣はイルチェスター男爵に習う!」
「今度彼にも顔を出すように言っておきます。きっと喜んで来てくれますよ」
複雑そうな顔をしているリコッタ。僕を応援してくれていた彼女には悪いが、魔導術は御法度な武道大会において、体格も技術も上、かつ慢心も一切しないアーノルドを相手にして僕に勝ち目なんてほぼ無いのだ。
「あの裸の騎士を成敗してやる」
「リチャード閣下。成敗まではしないでください。彼は騎士団の中核です。タンコブを作るぐらいで手加減してくださいね」
「わかった!」
それを聞いてリチャード閣下の頭を軽く撫でて視線を上げる。
「公爵閣下、そういえばこちらにいらした理由を伺っていませんでした」
「まあ九割方済んだがね。リチャードも元気だし、お前に釘も刺したし」
「……その釘は今回のご用事の割合のうち何割を占めているので?」
「八割五分だが?」
そのために登城を要請したのかこの親馬鹿公爵。まぁ僕自身も周囲から「婚約者馬鹿」と言われたこともあったし、気をつけないといけない。
「さて、残りの一割だ。……王宮から出頭要請が来ている。発出者は軍務卿としてのチャールズ王太子殿下で、私宛にもきちんと取り計らうよう依頼も来ている」
「!!」
軍務卿からの出頭要請。要請という以上は任意であるが、実質的な出頭命令だ。そうでなければ公爵宛に仕事を空けさせろと念押しまでしない。
「人員指定は?」
「もちろん来ているぞ。アオ・ポーレット第五〇騎士団長はもちろんのこと、あと二人。シャルロット・バードン運用第一部長、ハリエット・イェイツ飛空集団長だ」
「……議題は飛空魔導師の育成についてっぽいですね」
「教育集団長を兼ねているバードン殿と一番槍のハリエット君を指命ということは、そうだろうな」
シャルちゃん先生はフィッツロイ子爵領に新設した騎士団の訓練施設をねぐらにして飛空魔導師の指導にはいってくれているし、ハリエットは一級魔導師指定をもぎ取って今やうちの突撃隊長だ。この二人を呼び出したとなると恐らく飛空魔導師の育成に関することだ。
「他領の騎士団への教育依頼ですかね」
「おそらくは、な。指定日は八日後の五月二四日。朝食は軽めにしておくことを推奨する私信つき」
「なんらかの接待イベントが控えてる、と。ますますどこかの貴族様を教育してくれって話題じゃないですか」
「なにか不安があるのか?」
「時期尚早が過ぎます。ただでさえ七月に新入団員の受け入れが控えているんです。これ以上厄介な話題を持込んだらアーノルドやマハマからの突き上げが苦しいですね」
「そう言ってやるな。組織の立ち上げとはそう言うものだろう?」
そう言われると肩を竦めるしかない。操典の編纂と平行してとはいえ、トライアンドエラーを積み重ねつつ僕等がまともに戦力になるまで二年かかった。正直『きちんとした育成体制が整った』とは到底言えないものの、二期生三期生を育てていかないとあっという間に人員が枯渇するし、一期生は恐らくこれから王国に複数設置されるであろう飛空魔導師部隊の指揮官や教官にならざるを得ないから、留め置くことも難しいのだ。
「ともかく今の第五〇騎士団はまだひよっこだ。戦果を積むまでは王宮の庇護がないかぎり、周囲の騎士団に潰されるぞ」
「ただでさえ他の騎士団と比べてもかなりの予算と人員を投下してますからね」
「そういうことだ。殿下のご機嫌を取ってこい」
そう言われるとなかなか難しい。
「……交渉ごとをそつなくこなせるアーノルドにも同行を頼みたいところですが、いま運用第三部長を公爵領から剥がしたくないですね」
「私としても今アーノルド君まで下げられると困る。街道整備に向けた交渉ごとが控えているのでな」
公爵閣下の補足に頷く。公爵領としての街道整備を、戦時の兵站構築の演習として、僕たち騎士団が拡幅工事を請け負うことになったのである。工事の範囲はちょうどホランド伯領に入っていて、アーノルドが調整にはいっている。
騎士団の部隊運用計画を担当するアーノルド・ストラングウェイズ運用第三部長の面目躍如だ。運用第三部にはいろんな騎士団で隊を率いたことのあるベテランを部員としてかためて投入しているので、アーノルドはお節介を焼いてくれる大先輩たちの突き上げで毎日ヒーヒー言いながら調整に奔走している。
それでも公爵閣下から信頼を勝ち得ているのだからやはりアーノルドはすごい。
「わかりました。喜んで参集に応じます。ミネットもアシストとして同行を頼みたいので現地入りは4名ですかね」
「その旨、伝令に伝えさせよう。リコ、分かっていると思うが……」
「その間はきっちりわたくしが留守をお守りしますわ……まあ、わたくしも勉学があるのですけど」
「さすがエリィの娘だな」
「あら、とと様の娘でもあるんですよ?」
良好な親子関係を結べているようで何よりだが、なんとなく面白くない。それが顔に出ていたのか、くすりと笑ってリコッタが僕のほほに唇を寄せた。それを見た公爵閣下が笑う。
「諸々調整して行ってこい。日程的にも余裕があるし、そう緊急の話題ではなかろう」
「そうですね。気楽に行ってきます」
気楽にそう答えるが、さすがの僕でも気楽に構えていられない事があるんだろうなと予測ができる。交渉ごとになったら、僕が頑張るしかない。
†
「よーし、そのままそのまま。うん、大分慣れたかい?」
”アオは乗せやすい"
「軽いからね。アーノルドを背にすると大変だろう」
"アーノルドは痩せた方が良い"
長距離任務は初めてだという魔鳥のティムにそう言われる。僕も彼と飛ぶのは初期馴化のタイミング以来だ。
僕は飛行用にカスタムしてもらった専用の義肢に目を落とす。左前腕部分に気圧計やら時計、球形の方位磁石を埋め込んだ特注品だ。他の飛空魔導師は腕やら太ももにそれらの計器類をベルトで縛りつけることになるので動きが制限される。こればかりは義肢の特権だ。まあ、その代償で僕は飛行時に半袖じゃないといけないので体温の管理が難しくなっている。魔力反応を隠匿しないといけない状況下だとなおのことだ。
《団長、寒くないですか?》
「大丈夫大丈夫。ありがとうミネット」
後方からサポートしてくれるのはミネットとブランカのペアだ。今日は僕の二番騎を務めてくれている。見栄えがいいので式典では僕の乗騎となるブランカはミネットに乗られたがるので今日はミネットの騎乗だ。
「そろそろ合流だね。パルサーフライト、魔導無線、プッシュ・チャンネル5。……パルサー1からウォルナット21》
《パルサー1》
魔導無線を開く。シャルちゃん先生の声はわかりやすい。こちらのコールサインを呼び返すだけで一発でわかる。快晴だと空は気持が良い。これから夏に向けては飛ぶには良い季節だ。太陽熱による
「パルサー1フライト、
《えーっと。はい、
言われた方向を見上げるとくるくると円運動をしている魔鳥が見えた。二騎いるからハリエットは既に合流済らしい。
「遅れてすみませんでした」
《いいのいいの。ハリエットちゃんと私が早く着きすぎただけだから。それに騎士団長のアオ君を空で待たせると私の格好もつかないからね。ミネットちゃんも元気? 副官は慣れた?》
《はいっ! 副官といっても、これまでのご主人さまのお世話と変わらないので……》
《やっぱりタフだねぇミネットちゃん。アオ君もいじめるのはほどほどにね?》
「どういう意味ですか先生」
笑ってごまかしてきたシャルちゃん先生が大きく手を振るのが見えた。あれは僚騎役のハリエットに向けての動作だろう。リスの尻尾が風に流されているのもよく見える。
《それじゃあ
「パルサー1、
《いけます》
「了解。じゃあパルサー1フライト、ライトターン、ナウ。
《ツー》
旋回を始めるとすぐにミネットから《クロッシング》のコール。旋回角を増しつつ高度を下げ、横滑りするように僕の右後方につき直す。振り向いてミネットが安全距離をとってつき直したのが見えたので、ビジュアルをコールする。
「ビジュアル」
《
《ツー》
ウォルナット22とコールされたハリエットの返事が無線にのる。高度を落とせば速度が上がるわけだが、速度差をきれいに埋めてぴったり僕の後方に位置取るシャルちゃん先生。このあたりの機動のうまさはさすが先生といったところだ。
《ととと》
《ウォルナット22はもう少し速度落としましょう。あと1ノットくらい? そうそうそうそう。それくらい》
《
《ははは。チビ達に見られなくて良かったですねハリエットちゃん。突撃隊長が編成へたっぴって言われるのはマズいんじゃない?》
《分かってますよバードン教官!》
ハリエットは余裕がなさそう。リーダーにはリーダーの辛さがあるし、フォロワーにはフォロワーの辛さがある、たまにはこういう役割の交代も必要だろう。
……まあ、僕はそもそもあまり飛ぶことがないんだけど。
《それじゃあ、指揮権移譲します》
「受け取ります。……といっても、しばらく磁方位を維持して飛ぶだけなんですけどね」
空はいい。そんなことを思った。
唐突に始まるエースコ○バット
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次回 王宮ふたたび