とある休日、愛はシマエナガこと嶋長エナの2人で華道の展覧会イベントに来ていた。今回に関しては鶴田愛としてではなく、次期当主の勉強として弦巻愛の名で参加している。
別に名を呼ばれることは無いが、花を見ながら1番良いところに感想を1票だけどこかに1つ入れなければならないのでそこだけは偽名が使えなかった。
「弦巻の名をプライベートで名乗るのは久しぶりだな」
「その久しぶりを無くしていただければこちらも苦労はしないのですけど……」
「怒るなシマエナガ。俺は優雅に平和に過ごすのが1番楽しい……」
「あれ!? 愛さんなんでここにいるんですか!」
「ら、蘭さん!?」
弦巻愛に最大のピンチが訪れた。目の前にいたのは自分の友達である美竹蘭。当然偽名がバレる可能性があるので、すぐにエナに合図を出すと、彼女も少しばかり頷いてくれた。
「私の用事でございます」
「嶋長さんの……?」
「弦巻家のSP代表として華道の1つや2つは展覧会に参加させていただいています。愛様は付き添いでお願いした次第なのです」
エナは淡々と演技をしながら蘭に話す。蘭も最初は戸惑っていたが、すぐに納得してくれた。この展覧会は名家が集うと言っても、一般の人も投票関係無しに見る事もできる。少ない人数ではあるが、愛もその類なのだと納得した。
「蘭、そちらの方は?」
「父さん、この人は……」
「初めまして、美竹様。私は嶋長エナと申します。弦巻家のSPとして、本日はこの展覧会に参加させて頂いてます」
そう言って、深く頭を下げるエナ。よろしくお願いしますと丁寧に言葉を返した蘭の父親だが、次に見たのはエナの隣にいた愛である。
「初めまして、鶴田愛です」
「鶴田……誰かに似ているような……」
「気のせいでしょう。本日はシマエ……嬉しいことに嶋長エナさんに付き添いをお願いされまして参加させて頂いております」
「もしかして蘭の言っていた愛さんと言うのは……」
自分の事だと愛は蘭の父親に答える。蘭は自分の父と友人が話している姿に抵抗を感じ恥ずかしくなったが、それよりも愛が普段とは丁寧な言葉で返しているだけでなく、一礼の仕方も様になっていた事に驚いた。
こうして愛とエナは蘭とその父について言って展覧会に参加する事になった。
「これは中々立派な生花ですね」
「嶋長さんわかるんですか?」
「ええ、弦巻家の黒服として嗜み程度ですが……」
そう会話をしながら蘭とエナは花の綺麗さや流派を語りながら華道について話し合う。一方で蘭の父親は蘭に華道の友人が出来そうな流れに微笑ましさを感じていたが、それよりも気になるのが、この鶴田愛という男である。別に失礼な態度を取っているとかで悪目立ちしている訳では無い。寧ろ丁寧過ぎるのだ。
花を見る前に、キョロキョロと辺りを見回したかと思えば制作の人を見つけては一礼をして拝見許可を得る。そして改めて花を見る時は花だけでなく、しっかりと器を見てその製作者と笑って会話をしていた。
初めて華道の展覧会に来た人にしては、付き添いにしては、いささか不思議な男であった。
「華道は本当に初めてですか?」
「え? ああ……まぁ、そうです」
「その割にはしっかりと礼儀作法を弁えている様ですが」
「昨日調べただけですよ」
愛の言葉に蘭の父は不思議にしか思わなかった。ふと、愛から目を離すと、いつの間にか蘭とエナは先に行って2人では仲良く話している。
「行きましょう、美竹さん」
「鶴田さん……念のため、ひとつ聞いていいかな?」
「何ですか?」
「私の勘違いならすまない。もしかして君は……」
「俺は鶴田愛ですよ。閑静な住宅街に住む4人家族の長男です」
少しばかり心当たりのある人物を思い浮かべながら聞いてみたら蘭の父に対して、キッパリと笑顔で否定した愛がいた。
☆
「ねぇ、嶋長さん」
「どうかしましたか?」
「愛さんって何者なんですか?」
蘭の言葉に少し動きを止めるエナ。正直な所、蘭も愛の行動を見ていた。どう見ても初めて華道に来た人としては礼儀作法が完璧だったことに対して不思議に思ったのだ。エナはどうしたものかと、少し悩むと、蘭が先に口を出した。
「別に、怒るつもりはないけど……何で隠してるのかなって」
「隠してる……つまり、美竹様は愛様に対して思うところがあるのですね?」
エナの演技も持ちそうにないが、慎重に言葉を選んで蘭に聞く。蘭曰く、そもそも毎日つぐみの店でコーヒーを飲んでいる時点で相当金銭的に裕福だと思っていたのが1つ。
しかも、食事の仕方が普通の男子よりも綺麗であり、特にパンケーキに対しては物音ひとつ立てずにナイフとフォークを使いこなしていた。それが中学の頃から変わっていない事も蘭にとっては何か秘密があると思っているのだ。
「正直、愛さんが何者でも怒るつもりはないです。愛さんの優しさは昔から知ってますから……でも、つぐみや愛に……大切な幼馴染に隠し事をされるのは嫌かな」
蘭はつぐみと愛が2人で何か隠していた事を予感していた。それでも、いつか2人が話をしてくれるだろうとずっと待っている。
それでも、隠し事を大事な人達にされるのは流石の蘭も苦しかった。だからこそ、今この段階で嶋長に聞いてしまったのだ。
「私からは何も言えません」
「そう……ですか」
「でも、真剣に聞いたら、愛様は答えてくれます」
「え?」
「愛様は温厚誠実な人間でございます。美竹様が真剣に、自分の想いをぶつければ、羽沢様も愛様も答えてくれる」
エナがそこまでいうと、愛が声を出して蘭を呼んだ。振り返ると、ゆっくり歩きながら手を振っている愛と腕を組みながら一歩一歩歩いている蘭の父親がいた。
結局、展覧会をしっかり見回った異色の4人は満足して帰宅する事にしたのだった。
☆
「綺麗だったな」
「うん。あたしよりも上手い人多かった」
「蘭さんの作品も綺麗だったぞ」
そう褒める愛に対して少しばかり頬を赤くしながらうるさいと怒る蘭。エナと蘭の父親は先に帰宅していて、愛と蘭はつぐみの店に歩いている途中であった。歩きながら展覧会の話をして花の感想を言い合っている。
ふと、蘭の足が止まった。どうしたのかと愛は聞くが、蘭が今までにない真剣な目で愛を見つめて一言聞いた。
──愛さんとつぐみが隠してる事ってなに?
蘭の質問に愛は動きを止める。どうしたものかと考えようとしたが、蘭がエナから聞こうとしたがはぐらかされた事と愛に聞いたら答えてくれると言った話をされると、彼も何も言えなかった。
「愛さんの正体を知りたいのもありますけど……あたしはつぐみと愛さんに、大事な人達に隠し事をされるのは嫌なんです」
「お願い、答えて」
愛は蘭の言葉を聞いて、そのまま目を閉じた。少し深呼吸をしてから目を開けて、ポケットから1枚紙切れを取り出した。
「その紙…・どうしたの?」
「そう言えば、今日の展覧会でやる事を1つ忘れていたな」
「やる事?」
その瞬間、愛は蘭に対して細長い短冊の様な紙切れを1枚渡した。そこに書いていたのは、今日の展覧会で自分の気に入った作品と作者名。そこには作品のタイトルと美竹蘭と書かれた達筆な文字。そして……
──大切な幼馴染の作品はやはり偉大だった。私はこの作品を愛している──弦巻愛
そう書かれた文字を読むと蘭は驚きながらも泣き出してしまった。
「投票するの忘れてたから明日投票箱に突っ込んでおいてくれ」
「バカ……愛のバカ……でも……ありがとう」
バカと連呼された愛は笑いながら蘭を少し抱きしめた。結局蘭は泣き止まず、つぐみの店で事情を話した後つぐみに罵詈雑言でボコボコにされた愛である。
「愛さんのバカ! 女たらし!」
「な、何でそんなに怒るんだつぐみさん!?」
「愛さん、ありがとう」
「この状況でお礼を言うな蘭さん、まるで意味がわからん」
そうしてAfterglowの中でまた1人愛の正体を知る者が増えたが、いつか全員にバレるのも時間の問題だなと苦笑いをする愛であった。