「頼む愛さん! 後生の頼みだ!」
「頼みが二重にある意味不明日本語を使っているという事は相当大事な話なのか?」
つぐみの店でコーヒーを飲んでいる愛に向かって、幼馴染の巴が少しばかり大きな声で、両手を合わせて頼み込む。事情を聞くと、巴の妹である宇田川あこの事で頼みがあるそうだ。
元々次の休日にあことドラムの練習に行く予定だったのだが、その日に商店街の太鼓を叩くイベントが同時にあり、その練習に顔を出さなければいけなくなったらしい。巴らしいと少し笑いながら、愛は了承した。
「ちょ、ちょっと待って下さい愛さん!」
そこで待ったをかけたのはつぐみである。彼女は愛の腕を引っ張り、厨房の奥に彼を連れていく。
「どうしたんだつぐみさん」
「どうしたんだじゃないですよ! 貴方本当に自分の立場分かってるんですか!?」
つぐみ曰く、弦巻が幼馴染といえどもその妹の面倒を見る依頼を易々と受けないでくれとのこと。愛は大事な幼馴染の頼みならつぐみでも巴でも聞いてやると言うと
「そういうところが……本当に……ああ! もう!」
分かった、分かりましたと投げやりに回答するつぐみ。愛はつぐみが心配しているのは心から理解はしている。自分が弦巻の長男だからこそ、何かあった時つぐみにはどうする事も出来ないし、恐らくエナからも自分が悪くてもAfterglowのみんなが少しばかり怒られる事も。
何よりつぐみの心配は自分に対していい意味で何かしらの特別な感情を持ってくれているからこそ言ってくれている事も薄々気は付いている。
それでも、愛はつぐみを含めたみんなと平穏に過ごしたい。だからこそ、巴のお願いだって、金銭が絡まない可能な事なら助けになりたいと心から思っている。
愛はつぐみの頭に手を置いて、少し撫でながら言った。
「つぐみさん。ありがとう、でもこれくらいは許してくれないか? 知らない人の頼みではないんだ。それに、つぐみさんも巴さんが困っていたら助けたいだろう?」
そんな言葉を言う愛に対して、白旗を上げて恋は盲目なのだと心で感じてしまったつぐみであった。
☆
「は、初めまして! う、宇田川あこです!」
「そんなに緊張しなくていいぞ。巴さんから聞いてると思うが、俺は鶴田愛だ。気軽に愛と呼んでくれ」
簡単に自己紹介を済ませた愛とあこ。あこは緊張気味ではあったが、巴やAfterglow達の話をしながら彼は彼女の緊張をほぐしていった。話しながらライブハウスに到着した2人は受付を軽く済ませて中に入っていく。
途中、紙に名前を書く事を指示されたが、あこに名前を書いてもらいながら自分は受付にこっそりと学生証を見せて店員に笑顔で頭を下げた。
学生証を見た店員は目を学生証に書いてある愛の名前に置き続けながらも仕事の立場上苦笑いをするだけである。
「結構中は広いんだな」
「そりゃ、バンドの人全員が演奏しますから」
「俺の部屋くらいの大きさだ」
「へぇ、そうなんです……ね?」
「あ、いや、えっと……何でもない」
完全にやらかした発言をした愛。とりあえず誤魔化そうと思って、あこの演奏を見たいと言った。あこもあこで聞き間違いという事もあると考えたので、とりあえずツッコまないでおいた。
「愛さんは楽器とか弾けるんですか?」
「大体は弾けるかな。平均よりは下だけど」
愛は弦巻家として、ギターやらドラムやら何でも楽器に手をつけて音楽能力も養っていた。しかし、今回は家の都合で習い事としてやっていたと説明した。あこは目を輝かせながら、何が1番得意かを聞くと、キーボードだと言った。
「つぐみさんがよく教えてくれるからな」
「そう言えばつぐちんと幼馴染でしたっけ?」
「まぁ、俺は少し出会いは遅かったがな……せっかくだからセッションでもするか?」
愛の言葉に喜んでと返事をするあこ。何の曲をやるかを決めてからすぐに演奏を始める。あこはRoseliaというバンドのドラムであった。聞く人からすると有名なバンドで、湊友希那率いる本格派のガールズバンドである。別に他のガールズバンドが面白おかしいという話ではなく、単純に実力が他のバンドよりも高く、プロレベルなのだ。
そんなメンバーであるあこだが、愛のキーボードを聞くと純粋に凄いと言った。あこはRoseliaにいながらも実力を驕る事はなく、いつでも姉である巴を超えたいと成長を辞めない心を持つ少女であった。
「愛さんのキーボード、つぐちんみたいに優しい音ですね」
「そうかな? つぐみさんが優しい人だからその音をよく聞いているのだが、どうやら無意識のうちに真似をしてしまったらしい」
「愛さんはつぐちんの事大好きなんですね!」
「ああ、そうだな」
あこの純粋さに対して、少し照れた愛ではあったが、本音を彼女に対して言った。あこ曰く、Afterglowと交流はあり、つぐみの演奏も聞いたことがあるのだが、それと同じくらい優しく、それでも芯の通った音であったらしい。
愛も、あこがRoseliaのドラマーである事を知っていたので、尊敬をしながらも実力を見ながら、少しだけ感想や意見を返した。
「あこちゃんの演奏は勢いはある。強いて言うなら音を聞いてタイミングさえしっかりと取ってあげれば、みんなも演奏しやすいだろうな」
「うっ……よく、友希那さんに言われます……」
あこの言葉に笑いながらも、愛は何とかあこについて行こうと真剣に演奏をしたのだった。
☆
「それでね、愛さんがとっても優しくてカッコよかったんだよ!」
「へぇ、そうなんだ。それにしても巴の幼馴染かぁ、姿とか見てないからアタシも会ってみたいなぁ」
「でも、コンビニとかによくいるって言ってたよ?」
Roseliaの練習後、あこは先日の出来事をリサに話した。
そんな彼女は今日もあこの話にしっかりと耳を傾ける。
「そういえば、その人って学校どこなの?」
「花咲川って言ってたよ。学生証も花咲川のだったから間違い無いと思う」
「それって紗夜と燐子の学校だよね、2人は知ってるの?」
リサの問いに対して、両者顔を見合わせる
「えぇ……燐子はともかく紗夜は風紀委員だから知ってると思ったんだけど」
「宇田川さんの言った名前は確か鶴田愛さんですよね? 私も風紀委員として少しばかり生徒の顔と名前を覚えてますがその名前は聞いた事ないですね」
水色の髪を少しかき上げて、リサの言葉に答えを返す。ふと、恥ずかしそうに黒い髪に顔を隠して燐子はリサに思い当たる事を言ってみる。
「そういえば……同じ名前の人なら……聞いた事はあります……確か、弦巻愛って言う方です……」
「え? 弦巻ってこころの?」
「いや……それは無いよりんりん。確かに鶴田愛さんって言ってたけど、同じ愛なんていっぱいいるし。何よりあこもこころのお兄さんを見た事ないし……」
いつかは忘れたが、弦巻こころが自分には兄がいるとは話していたらしいが、あこも見た事は無かったし、何なら羽丘には存在しないのでほぼほぼ幻の人になっていた。愛は奇跡的にRoseliaのメンバーとは教室が違ったので、なんやかんやバレずに済んでいたのだ。
「あんまり興味は無いけれど、確か風の噂で弦巻の兄は羽丘の七不思議みたいな話をしてた人は見かけたわ」
「あ、それアタシも聞いた事ある。学校が違うからこころが言ったかどうかも分からないんだよね」
銀色の髪についた汗をタオルで拭き取りながらリーダーの湊友希那はリサに言った。リサ達の言葉を聞いて、あこは先日あった鶴田愛は、きっとこころの兄では無いなと否定したのであった。