弦巻愛は意外にも早く学校に登校する。勿論財閥の次期当主が遅刻をする訳にはいかないという事もあったが、彼に関しては別の観点でも理由があった。それは風紀委員の検査に参加しないためである。
風紀委員の検査で引っかかってしまった場合、弦巻である彼がSPの嶋長エナに怒られるだけでなく、呼び出しを食らって花咲川全員に存在がバレてしまうからだ。
「それじゃあ、行ってくるぞシマエナガ」
「はい、いってらっしゃいませ……ところで1つ良いですか?」
「どうした? 用があるならまだ間に合うから話は聞けるが……」
「今日手荷物検査では?」
シマエナガこと嶋長エナの一言に愛はしばらく考えて、しまったと、声を出すことしか出来なかった。
☆
学年は分かれているが、手荷物検査に参加する愛は順番待ちで並んでいた。その後ろから声色の優しい声が聞こえてきた。
「大丈夫? 愛君」
「何かあったら誤魔化してくれ、花音さん」
「ふええ……私は大丈夫なんだけど……」
花音が考えているのは自分と愛が誤魔化そうとしてもそうはいかなさそうな風紀委員がいる事である。花咲川鬼の風紀委員、氷川紗夜。Roseliaのギター担当でありながら、真面目な性格が風紀委員としての立場や地位を上げたのは言うまでもない。
「噂は聞いているが、そんなにまずいのか?」
「そこ! ネクタイを付けてください! 貴方も少しメイクが濃いのではないですか!?」
「あれ、これ俺やばくね?」
これは手荷物検査で間違い無いと思うのだが、まさかの身だしなみ検査込みであった。しかしながら、自分の順番が回ってきたのもあり、どうする事もできない。
「次の人は……」
「俺ですね、宜しく頼みます」
とうとう呼ばれた愛。まずは紗夜に鞄を見せて中身をチェックさせる。
「教科書とノート……後は筆記用具にお弁当……ええ、全く問題無いみたいですね」
「そ、そうか……なら俺は問題無いと言う事でよろしいですか?」
「ええ……後、貴方のその金髪は染めていますか?」
「いや、地毛だが……」
「生徒手帳を拝見しても?」
風紀委員の紗夜にそう言われてしまっては逃げ場も無かった。なので、せめてもの抵抗で写真以外を手で隠して誤魔化そうとしたが、それを見ていた花音からは多分無駄だと思うという表情をされた。
「なるほど、写真がその髪色なら何も問題は無いですね……そういえば、名前がよく見えなかったので伺いたいのですが」
「愛君だよ紗夜ちゃん」
ふと、助け船を出したのは後ろにいた花音。愛と知り合いなのかと紗夜が聞くと、ハッキリ2人で知り合いだと答えた。
「愛さん……思い出しました。宇田川さんの練習を見てくれたそうですね」
「あ、ああ。あこちゃんとはAfterglowの巴さんから聞いていてな。一緒に練習がてらセッションさせてもらった仲だ」
「ありがとうございます。宇田川さん曰く、貴方のアドバイスはRoseliaでの練習に役立つと喜んでいました。現に、彼女の演奏は日を追うごとに成長していますから」
「俺なんかの意見で成長出来るなら笑いものだな。全ては彼女の努力だろ」
「それでも、感謝はしていますよ……宜しければお名前を伺っても?」
「俺は愛だと言ったが?」
どうやら紗夜はほとんどの人を苗字で呼んでいると言う事で、愛の苗字を聞きたかったらしい。でも、愛は自分の名前だけを名乗ることにした。しっかりと花音と2人で理由も付けた。
これから友達が出来て苗字が一緒になったり、親しみを込める意味で下の名前で呼ぶ事も大切だと言う事だ。
嘘から出た真とはまさにこの事なのでは無いかと心の中で愛は笑ったが、紗夜は至って真面目に確かにそうだと頷いた。
「それでは、もしまた会った時はよろしくお願いします……えっと……あ、愛さん」
「ああ。俺も紗夜さんと呼ばせてもらう。宜しく頼む」
「良かったね愛君……」
二重の意味でとこっそり言った言葉は愛にしか聞こえなかったのでこの手荷物検査は何とかなったのだった。
☆
「そんなわけでバレそうになった」
「そもそも正体を隠さないで堂々としたら良いんじゃ無いですか?」
「2人とも何の話をしてるの?」
お昼に、妹のこころとその友人の美咲でご飯を食べながら愛は今日の話を美咲にした。美咲のツッコミに対して、彼は時代劇に出てくる8代将軍の徳川吉宗だって将軍なんて呼ばれたくなかったと思うぞと訳の分からない理論で答える。
「こころ、俺はみんなと仲良く平和に過ごしたいだけだよ」
「そうなのね、あたしは仲良くもいいけどやっぱり世界を笑顔にしたいわ」
「お前はそのままで良いよ、ハロハピのみんなと仲良くな」
愛の言葉にこころは明るく、勿論と答えた。その後はいつも通りに羽沢珈琲店でつぐみから嬉しそうに文句を言われながらもコーヒーとパンケーキを食べて家に帰った。
「おかえりなさいませ、愛様」
「ただいま。荷物検査はなんとかなったぞ」
「どうやって正体を隠したのですか?」
「下の名前で名乗りながら花音さんと鬼の風紀委員を誤魔化した」
愛の言葉に対して溜息を吐きながらも、訳の分からない説明に疑問しか出なかったエナだった。