元禄3年(全く関係ない年号)のとある夏が終わりそうな時、鶴田愛はライブハウスに来ていた。幼馴染であるAfterglowのバンド練習を見るためである。天をも貫きそうな大声を出しながらドラムを楽しそうに叩く巴を見ながら、ペットボトルの水を飲み続ける愛。
「元気だな、巴さん」
「おう! 久しぶりに愛さんが練習見に来てくれたんだ、元気にならない訳が無いからな!」
「ハハッ、俺が来ただけでやる気が出るならいつでも来てやるよ」
「巴だけじゃなくてつぐみも嬉しいでしょ」
「ら、蘭ちゃん!? う……うん、嬉しいですけど……」
「鶴田さんとは〜基本コンビニかつぐちんの店でしか会った事ないですからな〜」
「わ、私……愛さんと絡みが無いかも……」
つぐみを筆頭に蘭と巴(妹であるあこと共に)は愛と話はかなりしているが、モカやひまりとはそこまで話しているイメージは湧かなかった。
そう思ったのも束の間、愛はモカにかなりパンを奢ってたのを思い出したので、それをツッコむと、何故か照れるモカや愛と仲良くしてないのは自分だけだと落ち込むひまり。
巴はモカらしいと笑っているが、つぐみと蘭は正体を知っているのもあり、あり得ない物を見る様な目でモカと愛を見た。
「モカ、ひまり……死なないでね」
「え〜、どうして?」
「と言うか私も!? どう言う事!?」
弦巻家の次期当主に奢らせるなと言いたかった蘭とつぐみだが、グッと我慢して、単純に幼馴染でもお金を使わせてはいけないとしっかり叱った2人であった。
☆
「ひまりさんちょっと遅れてる、つぐみさんはBメロのミスタッチ、蘭さんは珍しく歌詞間違えてる」
「モカちゃんは〜?」
「弾けてはいたけどなんか勝手に森に進んでいる感じがしたからみんなの音聞いた方がいいぞ。巴さんは……うるさい」
「アタシだけ雑じゃないか!? ドラムなんだから当たり前だろ!?」
「いや、それでも音の強弱とかあるだろう……音楽は聞く専門だから深くは分からない分感覚で口出してるけど、巴さんは強弱が足りないから曲全体の浮き沈みを把握しておいたらどうだって話だ」
「まぁ、全体通してまとまりはあったし特に次のイベントまで間に合わないって言う出来でもないから、ここを考えてやってみたらなんとかなると思う」
音楽経験は家の習い事でしかやった事ないので、バンドというものはわからない愛ではあるが、弦巻家で鍛えられた耳の良さを活かしながら、音を聞き分けてアドバイスをしていた。
妹こころのハロハピ、香澄や有咲のポピパ、あこのドラムだけではあるがRoseliaの音は耳と脳に入っているのもあり、的を外した答えは無い。寧ろタメになった言葉だと言えた。
「愛さんってさ、実は音楽センスずば抜けてるとか無い?」
「無い無い。言っただろう? 俺は閑静な住宅街に住んでいる4人家族の長男だと」
ひまりの言葉に対して、久しぶりに愛の自己紹介を聞いた蘭とつぐみは苦笑いした。ふと愛が目線をひまりから外すと、じっと自分の事を見つめていたモカがいた。
「も、モカさん? どうしたんだ?」
「鶴田さんって〜昔から不思議ですよね〜」
「何がだ?」
「モカちゃん達って〜結構Afterglowのみんなの家行った事あるんですよ〜」
口調を伸ばしてのんびりと話しているモカだが、目は鋭く愛を見ていた。彼女曰く、中学の時から知り合いなのに家も知らないし妹の名前も知らないなんて事があるのかと疑っているのだ。
愛も、戸惑いながら何か声をかけようとするが、ひまりも便乗して今度みんなで愛の家に行きたいという始末である。
「それに、花咲川では〜鶴田なんて苗字の人、聞いた事がないんですよね〜、それって……」
「いい加減にしろよモカ」
愛がモカに追い詰められていると言葉を強く言った人がいた。先ほどまでドラムの椅子に座っていた巴が、腕を組んで真剣な顔でモカを見ていたのだ。
「愛さんだって愛さんの事情があるんだろ。幼馴染とか友達でも、疑うってのはアタシは気に入らないな」
「巴さん……」
「愛さん、アタシは別に愛さんの事情とか知らないから何にも言えない。けどさ、もしなんか悩んでたら頼ってくれよ。幼馴染なんだからさ」
巴は愛の事情を知らない。それでも、中学時代から知り合って、愛が悪い人ではない事を知っているからこそ、仮に何かを隠していても、黙って見過ごすと言った。そこで悩んでいるならば、それはそれで言って欲しいと言うのは巴の心の底から願った言葉だ。
「愛さん、もういいんじゃないですか」
「つぐみさん……」
「別に、言いたくないならいいですけど……事情を知ってる人もいますし……それに、愛さんはただ嫌われたくないから隠しているだけでしょう?」
つぐみの言葉は正しかった。愛が正体を隠すのは自分が弦巻である事をバレたら関係が壊れると思い込んでいたからである。だからこそ、隠してはいたのだが、正直ポピパのみんなが知ってて、幼馴染のAfterglowが知らないのもおかしな話だ。
「明日……みんな時間あるか?」
「え? アタシは大丈夫ですけど……」
「俺の家に招待しよう。妹も明日いるからさ、挨拶くらいしてくれると助かる」
愛の言葉に少し笑顔を見せたつぐみと蘭。他のみんなは3人で目を合わせるくらいしかその場ではしなかった。
☆
「結局バレたんですね」
「まぁな、でも俺は外にいる時は鶴田だから改めてよろしく頼む」
「ま、まさか愛さんが弦巻家の次期当主だったなんて……」
「これは足を向けて寝られないですなぁ〜」
「言ってる場合じゃないでしょモカ!! わ、私何度も愛さんに財布の中身足りない時奢らせちゃったよ……」
「結局お金返してくれたり別の物でくれてるから別にいいだろ。というか……そんな反応されるから隠してたんだが」
「弦巻さん……ごめんなさい」
「モカさんが素直に謝るの初めてだな。まぁ、今回に関しては俺も悪かったし、でもモカさん。外では鶴田さんでいいからな」
「うーん、鶴田さんって本名じゃないから〜モカちゃんも愛さんって呼んでいいですか〜?」
「弦巻って言わなければ好きに呼んでくれ。今日は来てくれたから妹も紹介するよ」
愛の言葉に、こころのことは知っているので大丈夫ですと全員が苦笑いする事になったのは言うまでも無かった。
それから愛が毎日羽沢珈琲店に来ても、いつも通りに笑って歓迎する幼馴染と大慌てしながらも受け入れる看板娘がいたのだった。
「愛さん〜パンケーキ奢って〜」
「いいぞ、何枚食べる?」
「モカ、いい加減にして。愛さんも甘やかさないで」