「それでね、愛君。結局普通のご飯が1番美味しいんだよ」
「やっぱり日本人は白米だよな」
「私もお米の方が好きですね」
「でも、たまにはサンドウィッチとかパンも美味しいから食べてもいいんじゃない?」
「確かに。パンケーキ美味しいしな」
羽沢珈琲店には色々なお客様が来店する。今回の客はパスパレボーカルの丸山彩。彼女は愛とつぐみ、蘭を見るなり泣きついてきた。なんでも、最近人気が集まってきたパスパレが番組などで少しばかり高級な物を食べる機会が多くなったのだと言う。
元々庶民派である彩は自分がこんな物を頂いていいのかと罪悪感でいっぱいになり、尚且つ、それが今まで食べている物より美味しいので一般人の食べ物を嫌ってしまったらどうしようと本気で考えていたらしい。
「それならここに適任者がいますよ」
そう伝えて蘭を指差したつぐみ。蘭も愛とは異なるが名家の生まれではあるので多少なりとも高級な物を食べているのではと予想して、その話を聞きながらお茶会をしているのだ。
「卵焼きは醤油なんだが、味に飽きた時みりんとか入れる」
「分かるよ、私もたまに作るけどよく焦げちゃうから」
「彩さん何も分かってなくない?」
「ってか愛さん料理するんですね」
「まぁ、お兄ちゃんだからな」
愛の事を弦巻だと知らないのはこの中で彩のみである。だからこそ、正体を隠しながらも嘘は付かずに会話に参加する。つぐみは愛が料理をしている事を嘘だと思っていないけれども、驚いたのは事実だ。
「愛君は高級な物食べたことあるの?」
「俺は……えっと……か、蟹かな。そう、タラバガニとかだ」
危なくとてつもない高級品の名前を口にする所だったが、よくテレビでやっている通販の食材で誤魔化した。これには2人の門番(つぐみ、蘭)もニッコリ頷いている。
「カニか〜確かにあんまり食べないよね!」
「ああ、どちらかと言うと俺は
「分かるよ、お寿司屋さんの鮪って美味しいよね」
「そうなのか?」
「え?」
愛はお寿司屋には行った事が無い。寿司を作る専門の人がそのまま握ってくれるのだが、彩の反応を見てそれを言ってはならないと悟った彼は、スーパーやコンビニ弁当の一部で見かける鮪寿司を示して話をしておいた。
「そういえば、愛さんてパン食べるの?」
「たまにな。こころ達とピクニックでサンドウィッチを食べる」
「あ、愛君? どうしてこころちゃん達が……?」
「愛さんはハロハピの方と知り合いなんですよ! ね、愛さん!」
「あ、ああ。そうだ。松原花音さんいるだろ? 同じ高校だから知り合いだと前にも言ったはずだが……」
「あ、そうだった。ごめんね。花音ちゃんなら分かるんだけど急にこころちゃんが出てきてたから……」
忘れてたよと笑って誤魔化す彩に対してこちらも負けじと笑って誤魔化す愛。凄く心臓がバクバクしているつぐみと蘭(愛の危機管理係のため)がいたのだが、なんとか誤魔化せたそうだ。
☆
「というわけで、そろそろ俺は鶴田愛として生きれば正体バレずに済むのではと思ったんだがどう思う」
「愛様はアホでいらっしゃいますか?」
「良いと思うぞ」
「旦那様はバカでいらっしゃいますか!?」
弦巻家の一室で、男2人と女1人が意見を交わしている。男の1人は弦巻愛、女の1人はシマエナガこと嶋長エナ。そして、もう1人はかなり凄みのあるオーラとガッチリした筋肉質の男性。旦那様と呼ばれた男は愛の実の父親にして御当主である。
そんな威圧感を保ちながら出てきた言葉は拍子抜け。エナも突っ込まざるを得ない。
「お前には彼女がいると聞いたが?」
「彼女じゃない。だけど、好きなのは事実だ」
「頼むからつぐみさんやAfterglowのみんなと交流出来る時間を俺が当主になってもくれ」
今回はその願いを父親に伝えるために部屋に入った愛である。父も1つ溜息を吐いて弦巻家とはなんなのかと言う事を1つ1つ話をする。
「知ってはいる。シマエナガから聞いた」
「旦那様のお話ですから黙って聞いてくださいよ」
「それを考慮しても寄越せ。俺はただの頂はいらない。ここを出ても良いから時間を寄越せ」
「無茶苦茶な息子だ」
愛の言葉に少し笑いながら、やがて静かに語り出した。
「俺も別に当主になる気は無かった」
「え……父さんも?」
「たまたま弦巻家で産まれただけで、あれよあれよと御当主だ。苦労も反感も反論も我慢も……とにかく辛い事は多かった」
だからこそ、愛の言い分と自分の使命を両立させなければいけないと伝えた。こころを当主から遠ざけて、自分が成ると言ったのなら、そのわがままもほんの少しは諦めを覚えてくれないかと。
「断る」
「え? 次期当主様?」
「そうか」
「え? 旦那様?」
「俺は当主になるが、だからと言ってみんなと一緒に遊ぶのも諦められない。だから先に言っておく」
「俺はつぐみさん達一緒にいたいし当主としても喧嘩を買うつもりだ。許せ親父」
とんでもない暴論である。エナはあまりにも暴論過ぎて言葉も出なかったのだが、愛の父はやはり笑った。愛なら昔、外での平和な日常に憧れた自分の夢をもしかしたら叶えてくれるかもしれないと考えた。だからこそ厳しく伝える。
「外に出るのは構わん。誰と結ばれても知らん。だが、当主はやれ」
「よし、分かった。シマエナガ、俺は今日有咲さん達とお茶飲んでくるから後は頼んだ」
「おい、ふざけんなよ馬鹿当主」
真剣に発した父親の言葉に対して軽く返事をして去っていった愛を全力で追いかけるエナの姿があった事を屋敷の使用人達は見ていたらしい。