「いらっしゃいませ、お品物お預かりします」
そう言って、お客様が持っていたトレーを預かり、パンを袋に詰めながら、レジを打つ愛。それをヒヤヒヤしながら、それでも任せられそうだと安堵しながら、パンの仕上げをこなす沙綾。そして、ブルブルと肩を振るわせながら怒りを我慢しているお客様(嶋長エナ)と彼女を宥めるポピパメンバー。
このようなカオス風景になったのは、少し前の出来事。有咲の家でお茶を啜りながら、Poppin'partyの練習が始まるまで待っていた時だった。
「はぁ!? 沙綾が来られない?」
「どうした、有咲さん」
「そ、それが……沙綾のお父さんが風邪を引いたらしくて……」
山吹沙綾の実家はパン屋である。本来なら沙綾はポピパの練習に来る代わりに、彼女の父親と母親の2人で店を回しているのだが、父親が病欠でお店が回らないらしい。
「そんなわけでバンド練は中止だ。ごめん愛」
「構わない。そんな事より……沙綾さんは大変なのでは?」
「それは……そうだと思うけど、これってどうしようも出来なくないか?」
「よし、俺が行こう」
「え……はぁ?」
そうして、有咲を連れて愛が向かったのは……沙綾のお店である。
「沙綾さん、バイトしたい」
「はぁ?」
「え?」
そんな愛の一言で、事態は大きく加速したのだった。
☆
「愛様、貴様はいったい何をなさっているのですか?」
「口調おかしいですよお客様」
「お、落ち着いて下さい嶋長さん!」
「羽沢様のお店だけならまだしも何故山吹様のお店でもバイトをなさっているのですか!」
「沙綾さんが大変そうだから」
「そういう話じゃ……ああ! もう! このアホ当主が!!」
「他のお客様もいらっしゃいますので大変申し訳ございませんが店内ではお静かにお願い致します」
あまりにも真っ当な事を言う愛にさらに怒りが増すエナ。正直怒鳴り散らしてやりたいところではあるが、ある程度の事情はポピパメンバーから聞いており、愛も別に意地悪とか偽善者などで動いているわけでは無いのは分かっていた。
「俺だって分かっている。でも、早く沙綾の親父さんに回復してもらえば、ポピパのみんなも心配せずに済むし、何より俺がポピパの演奏を聞けるからな」
お前さん達の音が大好きなんだと言いながら応援の言葉を口にして会計を済ませる愛。ポピパのみんなはそれぞれ嬉しそうな反応をするが、沙綾が1番顔が真っ赤であった。
「あ、あの。ごめんなさい嶋長さん……許可をしたのは私です」
「はぁ……別にいいですよ。どうせこのバカな次期当主が思い込みと感覚で動いただけでしょう。怪我さえなければもう……どうでもいいや」
全てを諦めたエナに苦笑いするポピパメンバーだが、愛は正直どうでも良かった。ただただお客様の会計をひたすらレジで打ちながら、パンを袋に詰める作業をしていた。
「ありがとうございました」
「すげぇ普通に働いてんじゃん……」
「愛様は羽沢様のお店でもこんな調子です」
「愛さん、うさぎパンいつ出来ますか?」
「今沙綾のお母さんが釜に入れたから……菓子パンだし、仕上げ含めて10分くらいかな?」
「じゃあ待ってますね」
「おたえは正常運転だね!」
「あ、愛さんはどうしてパンの焼き時間分かるの……?」
「そりゃ、さっき伝えたからね」
それでも一回では覚えないだろと沙綾にツッコミを入れた有咲だが、愛はメモを見ながらかれこれ4〜5時間はバイトしていたのもあり、少しばかり頭に入っていた。
「特にポピパメンバーはいるからたえさんのうさぎパンくらいは覚えといたんだよ」
「凄いですね……」
愛の言葉に呆気にとられるりみと有咲。香澄はキラキラした目で愛を見つめ、沙綾は店が落ち着いたので、仕上げをやめて愛の元で両替の仕方を教えていた。
「愛さんうちで働かない?」
「山吹様?」
沙綾の言葉に死にそうな目をして突っ込んだエナだが、彼女は割と本気だった。このまま行けば正社員でも問題なさそうだと考えてしまっていたからである。
「それもいいが、俺はつぐみさんに明日バイトで呼ばれていてな。毎日は来れんよ」
「まだバイト入っていらっしゃるのですか!?」
「頑張るから」
「そう言う問題ではありませんよ!?」
「そっか、残念。愛さん、今日はありがとうございました」
「友達の頼みだ、任せてくれ」
「自分から首突っ込んだんだろ!?」
結局有咲とエナが突っ込むだけで、愛はただ笑うだけである。それを見ていたポピパのみんなも愛という男への好感度は非常に高まった。
☆
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「予約してた鶴田、2人だ」
「父さん、シマエナガ。来てくれたのか!」
「嘘でしょ!?」
その翌日、愛が羽沢珈琲店でバイトをしていると、愛の父親とエナがお忍びで来店してきたせいもあり、つぐみの胃痛が強くなるだけであった。
因みにこの出来事は特にバレはしなかったのだが、羽沢つぐみの人生大ピンチベスト1に入った事件だったという。